決戦前夜
エリーたちは"オラクル"の宣戦布告をルカに告げるために再び"アリーヤ"に訪れていた。
「了承した。すぐにギルド本部に連絡し、民間人の避難を急がせよう」
言うことは伝えた。エリーたちにも準備がある、さっさと"アリーヤ"を後にして孤児院に戻らねばならない。
「エリー・バウチャー」
呼び止められ、ルカに向けていた背中を翻す。
「…すまなかったな。今度からは言葉を選ぼう」
以外だった。まさかルカが素直に謝罪を述べるとは思っていなかったのだ。
そもそも謝る必要はないのだが、エリーに対する歯に着せぬ事実の告げ方に彼なりに反省したのかもしれない。
「いえ…大丈夫です。僕は、道を見つけましたから」
自分に魔族の血が流れていることも、デイヴァという自分の末路の可能性も、後ろ向きに受け止めているだけではダメだ。
ひとつ前の世界で自分とシルヴィアが出会い、この世界でもシルヴィアと出会った。もしかしたらこれは『運命』とでも言えるかもしれない。
もしくは、自分の末路が経緯がどうであれ"人類の敵"だったとしても…それもまた『運命』と呼べるものかもしれない。
言い切ってしまえば、ここに至る全てが偶然ではなく決められたものだったとしても…後悔はしない。
だがもしそれがシルヴィアを、仲間たちを傷つけるものならば抗おう。
デイヴァというエリー・バウチャーが辿った人生は決して生易しいものではない。自分の人生が児戯に過ぎないと感じるほどには壮絶な人生だ。
それでも、デイヴァとは決着をつけないといけない。
その人生に、末路に同情して剣を緩めたりはしない。シルヴィアを救うために自分を殺すことを決意したデイヴァのように、エリー自身もデイヴァという存在に引導を渡すために剣を握ろう。
…色々言葉を並べても、結局は死にたくないだけなのだ。
少し前までは死のうとしていた『人間』の台詞ではないかもしれないが。
まだ皆と一緒に、もっと言えばシルヴィアと一緒にいたいから死にたくない。それだけだ。
"アリーヤ"から出るとシルヴィアは面白そうに小さく笑った。
「ルカ副室長も可愛いところあるじゃない。もう少し素直になればナイスミドルだと思うわよ?」
"アリーヤ"の副室長としてのプライドと滲み出る強者の余裕からそうは思えないが、実は優しい人物なのかもしれない。
「急がず避難をお願いします。開戦の時刻は明日の正午、時間はたっぷりあります。余裕をもって行動してください!」
見れば既にギルドメンバーによる民間人の避難が始まっていた。
やはりルカはかなり優秀なのだろう。ルカがギルド本部に報告しただけでは、こうも町中の民間人を素早く避難させられない。
魔術研究所の配下と思わしきギルドメンバーが手早く民間人の避難を済ませていることから、彼の確かな手腕が垣間見れる。
それを見て、ギュンターは深いため息をついた。
「確実に『戦争』として話が進んでいるのな。ギルドは"オラクル"を信用しすぎなんじゃねぇの?」
「戦争だとどうなるの?」
戦争として話が進むとはどういうことなのだろうか。戦争に慣れていない…どころか継承戦争が初めての戦争体験だったのだ。知らないことの方が多い。
「戦争にもルールとマナーってもんがある。エヴァンジェがやった宣戦布告もそのひとつだ。簡単に言えば『これこれこういう場所をこういう時間に攻撃するから、それまでに民間人の避難とかやっとけよ』ってこった」
つまりは"オラクル"は本気で、ギルドに戦争を仕掛けたということだろう。
その気になればギルドを強襲し、市街地を巻き込んだ戦闘にすることもできたはずだ。
それを"オラクル"は拒んだ。自分たちの復讐に関係のない人々は巻き込みたくないということだろうか。
「何にせよ、民間人が巻き込まれないのならそれでいいでしょう。僕らも準備をしなければいけませんからね」
ウェンの言葉通りだ。"オラクル"、延いてはデイヴァとの決戦に備えなければならない。
「…すみません。私は皆さんの力にはなれないのです。"ダーインスレイヴ"がないのもそうですが、私はもう人斬りに戻りたくはないのです」
今の今まで無言を貫いていたマリーが口を開いた。
「…21年前のことです。前ギルドマスターが死亡し、現在のギルドマスターに変わった直後の出来事でした」
聞いてもいないのにマリーは語りだした。ただ、それを咎めることもなければ咎める人間もいないだろう。
「"ダーインスレイヴ"を片手に小規模の戦闘に現れては片方の陣営を殲滅して去っていく傭兵"人斬り"、それが私の過去。その私に秩序の守護者にならないかと話を持ってきたのは、当時は新人であったルカ副室長です」
そんなある日、ギルドに呼び出された。
『その剣を、人々の笑顔のために使ってみないか』
"ダーインスレイヴ"の力、マリー自身の剣の才、そして何よりもマリーの異常さ。
何をとっても選ばれない道理はなかった。
斬ることしかできないこの身で何かを守れるのならと、秩序の守護者No.1マリー・テレジアとしての人生を選んだ。
「それから4年間、後から加入してきたNo.2、No.4とともに大陸の各地を回って戦いました。…ですが、それは私の思っていたこととは違ったのです」
笑顔を守る、そう言うと聞こえはいいがその実態は以前の自分と変わらない。
ギルドが危険と判断した人物及び魔族の殺害、組織の壊滅。
確かに魔族を倒して感謝されることもあった。脅威がなくなり笑顔になった集落もあった。
だが…自分が"人斬り"であることには変わらない。
「我儘…ですよね。結局は人々のためでなく、自己満足のために戦いたかったのです」
そして、17年前のことだ。
あの日もNo.2、No.4とともに危険分子たる組織の壊滅任務にあたっていた。
だが、その戦闘の最中魔族が現れ状況が一変した。まず敵組織が壊滅し、次にNo.2が食い千切られ死亡。
残ったマリーとNo.4で倒したが、当時まだ5人しかいなかった秩序の守護者の1人を喪ったギルドのダメージは相当なものだっただろう。
そのNo.2が秩序の守護者中心的な人物だったこもありそのショックは大きかった。
それはマリーも例外ではない。
"人斬り"の自分にできた初めての友人なのだ。彼女に依存していたと言ってもいい。今の話し方も彼女に影響されたものでもある。
「全てがどうでもよくなってしまった私はただこの町を歩いていました」
そしてそこで、レベッカに出会った。
道端に捨てられ泣いていた赤ん坊の彼女を見て、自分らしくないが慈悲の心とでも呼べるものが湧いた。
身勝手かもしれないが、育てようと思ったのだ。
マリーが剣を捨てることを決めたのもまたその時のことだった。
魔族討伐のために戦っていたが、このままでは死ぬと思い"代償"を払ったのだ。
まだレベッカを残して死ねない、片腕を捨ててでも生きて帰る――その覚悟を背負ってそれを受け入れた。
だが現実はそれよりも過酷なものだった。魔族の血が流れていた彼女は四肢を失うことはなかったものの、周囲に魔族の血が流れていることが発覚し、今まで仲間だと思っていた人から剣を向けられたのだ。
なんとか逃げ切ったマリーは剣士としての自分と魔剣を捨て、レベッカの母親になろうとした。
「ですがそれも無理な話なのです。どこまでいっても私が"人斬り"であることに違いはありません」
「先生…」
「レベッカやエリー、クローヴィス。孤児院の子どもたちの母親になどなれない。ましてや誰かを慕うことなど許されないのです…」
沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのはキニジだった。
「マリー。お前の17年間は無意味なものだったのか?この手は子どもたちを慈しみ、愛し、育んできた手ではないのか?ならばもう"人斬り"などではなく、立派な"母親"だ」
「ぁ………」
マリーはその言葉を受け、ハッとしたように顔を上げる。
「本当にそう思うのですか?」
「当然だ」
即答だ。それ以外の答えはそもそも持ち合わせていないということだろう。
「ふふ、嬉しいですキニジさん。…ありがとう」
「っ!…あ、あぁ。とりあえず思い詰めることはやめておけ」
眩しいような笑顔になったマリーに思わず照れてしまうキニジが少し可笑しかった。
「さて、帰ってご飯にしますね。…明日皆さんが全力で戦えるようにこのマリー、腕によりをかけて作りますよ!」
そう言って笑ったマリーはまさしく"母親"のような顔で笑った。
夕食後エリーはレベッカに話があると呼ばれ、マリーのことを説明した。
孤児院の中庭でエリーとレベッカは星空を眺めている。
「せんせ…"お母さん"にそんなことがあったなんてね」
「僕もびっくりだよ。でも師匠のお陰で元気を出してくれたみたいだし、良かった」
「エリー」
「何?」
急に改まったようにレベッカに名前を呼ばれ、驚くエリー。
いつになく真剣な面持ちの彼女は、エリーを真正面から見つめる。
「私ね、エリーのことが好きなんだ」
何と答えていいかわからなかった。…レベッカはもっと自分のことを兄妹か何かのように考えていると思っていたのだ。
「もちろん男の人としてだよ?こんな大事なことを、茶化して言ったりしないよ。私はエリーが好きってこと」
正直に言えばレベッカの気持ちは嬉しい。それに気づかなかった自分はどうかと思うが、純粋に嬉しい。…だが、
「…嬉しい、嬉しいよレベッカ。でもね、僕はやっぱりシルヴィアのことが好きなんだ」
レベッカの気持ちに応えられないのには悪いという気持ちはある。だがそれでも自分はシルヴィアのことが好きなのだ。それだけは変わらない。
「そっかぁ。負け戦だってわかってても辛いね、フラレるってさ。そこまで惚れ込んでるならさ、ちゃんと貫き通しなよエリー。ここで私に傾いたとかあったらシルヴィアの前に私が怒るからね?」
レベッカはそう言うと笑ったが、どこか悲しそうだった。
「なんで…今告白しようと思ったの?」
「それを今聞くかエリー。まぁいいけど。単純にさ、エリーだってお母さんだって前を向いた。なのに私だけ変わらないなんてダメでしょ。私なりのケジメだよ」
「そっか。ありがとうレベッカ。改めて決心がついたよ」
お互い成長したね、と笑いあう。
レベッカも彼女なりに前を向こうとしている。皆が未来を見ている、それが嬉しかった。
レベッカやマリーのいて、自分の帰ってくるところがあるこの町を守らなければならない。
改めてそう決心した。
明朝。
フィレンツェ南門にてエリーたちはレベッカとマリーを見送っていた。
マリーは剣士としてではなく母親として生きることを決めた。
ならばそれを守るのもまた、エリーたちの役目だろう。
「レベッカ、"お母さん"。必ず、帰ってきます」
「待っていますよエリー。親不孝者にはならないでくださいね?」
「あったり前じゃん?また私とエリーとクローヴィスの3人で…うぅん、シルヴィアたちともまた一緒にご飯食べるんだから!」
「エヴァンジェとは刺し違えてでも倒すつもりでいたが、俺も帰る場所が出来てしまった。生きて帰る、マリー」
昨晩、キニジとマリーは2人きりで話していたようだ。
何を話していたのかは知らないが、キニジも生きて帰るつもりならば問題ない。
2人の姿が見えなくなるまで見送り、ギルド本部を見る。
「んじゃま、さっさと終わらせようじゃねぇか」
「"オラクル"との因縁はここで終わらせる。…頼むぞ、信頼している」
「"豪傑"がここまで言うとはね。援護は任せなさい、傷くらいは治してあげるわ!」
「魔術師2人。不安かもしれませんが、背中くらいは守ってみせます」
「皆で帰りましょう。孤児院に、帰るべき場所に」
ギュンターの、キニジの、マキナの、ウェンの、そしてシルヴィアのそれぞれの決意を込めた言葉を受けとる。
「行こう。僕と、"オラクル"の好きにはさせないッ!」
4章はこれで終わりです。
5章は整理のためにギルドサイド、"オラクル"サイドのキャラのまとめから入ります。




