人として生きるために
戦争が、続いていた。
もう誰が何のために始めた戦争かわからないものが何百年と続いていた。
止めるものは存在せず、ただただ復讐のための戦争が続いていた。
そんな時代に、僕は生まれた。
両親は死に、頼るべき大人には騙され、借金を背負わされた。
生きるのに必死だった。生きるためになんでもやった、金のためなら人さえ殺した。
そうしなくては死ぬだけの話だ。
ある日、自分の容姿が他の同性とは違うことに気付いた。
明らかに同年代の男とは違う。
金になる。そう思えてしまったのだ。
それからは男を誘って隙を見ては金だけとって逃げ出す日々が続いた。
だが、両親との最期の約束であった「自分のことは大切にしなさい」。それを守るために、その行為だけは避け続けた。
当たり前だがそんな生活も長くは続かなくはずがない。
あの日は、どしゃ降りの雨だったことは今でも覚えている。
騙した男がかなりの大物だったのか、その手下と思われる男どもに終われて逃げ回っていた。
ついに追い詰められもうダメかと思ったとき、僕は彼女に出会った。
「何をしているのかしら?…男2人で女の子を追い詰めるとは、とんだ外道ね」
彼女は、シルヴィアは、あの時の僕にとってまさに救世主ともいえる存在に感じた。
「なんだテメェ。こいつの知り合いか?」
「違うわ。怯えてる女の子を無視するほど性格は腐っていないだけよ」
「じゃあテメェとは関係ないだろうが、失せな」
「失せるのはあなたたちよ?」
男2人に引くどころか強気な態度を崩さない彼女が僕は羨ましかった。
僕にもこんな度胸があれば…。
「ハッ、随分と…舐めた口を聞くじゃねェかよッ!」
男は拳を振り上げシルヴィアに殴りかかり、シルヴィアがそれを躱すと、横からシルヴィアのものではない拳が男の顎を正確に捉えた。
「はぁー。また厄介を起こすなよシルヴィア」
男を殴り飛ばした大剣を担いだ青年――ギュンターはめんどくさそうに頭をかいていた。
もう1人がビビって逃げていったのは見逃してやろうと思う。
「ま、いいじゃない。…それより大丈夫?怪我はない?」
彼女が差し出した手をとる。
「大丈夫。…ありがとう」
それが僕の永い、永遠に続くとさえ思った戦いの始まりだった。
僕はシルヴィアと一緒に旅をすることを決意して、仲間として迎えられた。
それからは僕らは様々な戦場を渡り戦果を上げ、名うて傭兵として有名になっていった。
その旅の最中、僕はシルヴィアのことを好きになっていたのは言うまでもない。彼女が僕のことをどう思っていたかを知るすべはなかったが、僕は間違いなく彼女を愛していた。
だけど、終わりは当然のように訪れる。
――"魔剣センチュリオン"。
人造魔剣と呼ばれたそれを、僕が偶然戦場で拾ったことが全ての終わりだった。
気がつけば僕は魔剣に意識を乗っ取られ、戦場で残虐の限りを尽くしていた。
最初はまだ自制が効いていたけど、ついには戦闘中どころか平時ですら意識を失い、気がつけば
シルヴィアをこの手で殺していた。
「エリー、どう…して…」
記憶が風化した今でさえ、あの感覚は忘れることはない。
最期のシルヴィアの言葉に正気を取り戻した時は、全てが遅かった。
僕たちが加勢していた国には、戦争を終結させた"英雄"として祭り上げられたけど、シルヴィアがいないのなら"英雄"なんてものはいらない。
…最初は"英雄"扱いを受けていたが、それが"脅威"として認知されるのに時間はかからない。
気づけば城で兵士に囲まれ、それを皆殺しにしていた。
それからは明確な"人類の敵"エリー・バウチャーとして、送られてくる人間をただただ殺す日々が続いた。
だがある日、偶然『時を巻き戻す大魔術』の存在を知った僕はそれを唱えるために躍起になった。
魔剣を深い谷底に捨てた僕は、それから戦い続けた。
人間の限界では魔力が足りない――シルヴィアを救うという意志だけで人の形を残した魔族に堕ちた。
それでも魔力が足りない――補助のため魔力結晶を作り続けた。
気づけばその魔術を唱えるために数百年が経過していた。
最早エリー・バウチャーとしての記憶など風化し、あるのはただシルヴィアへの想いだけ。
そしてついに唱えられるだけの魔力が整い、唱えた自分が見たのは自分が生まれた時代から300年前ほどの世界だった。
まず戦争が原因だと思い戦争を無くすことにした。
ある程度情勢を調べ、まだこれなら間に合うと踏んだ僕は残った魔力で転移魔術を使い『どこの時代』の人間すらわからない男を呼び出し、しばらく行動を共にした後、眠りについた。
それがまさか、ギルドを設立し本当に世界を平和にするなんて考えてもいなかったが。
それから300年間眠り続け、起きたのは今から10年前。
はじめは…平和になった世界に涙を流した。だが僕の目的はエリー・バウチャーの殺害だ。
それが救いだと、シルヴィアを救うためだと信じて生き続けた。
いつか自分を殺すために。
「―――そして、それが今日だッ!お前を殺せば全てが救われるッ!シルヴィアのために、人類のために、…死ねッ!」
デイヴァはそう叫ぶと大きく踏み込む。狙いはエリーの首のみ。
「させるかよッ!」
間一髪、ギュンターがそれを防ぐ。
「どいうことだ!俺たちが生きているこの世界は2度目のものってことかよッ!?」
「300年前から今この時、そしてこれからは全て!僕がやり直したものだッ!…邪魔なんだよッ!」
ギュンターを魔力放出で吹き飛ばし一歩ずつエリーにその剣を近付けていく。
キニジ、ウェン、マキナ、マリーはデイヴァを囲むが
「まどろっこしい…!"グラビティ・デストラクト"!」
無詠唱の魔術に反応できず、強烈な重力に耐えきれず地にひれ伏す。
「うそ…こんな簡単に…」
瞬く間に5人を行動不能にし、残るはエリーとシルヴィアだけになった。
「ごめんシルヴィア、邪魔」
デイヴァはそれだけ言うとシルヴィアを強引に突き飛ばし、"グラビティ・デストラクト"で動きを止める。
デイヴァは無抵抗で立っているエリーに近付き剣を振り上げる。
ほぼ同じ容姿…どころか、同一人物が相対する光景は普通ならありえないだろう。
だがもうそれもどうでもいいことだ。どうせここで死ぬ。
「これで、終わる…僕の戦いも、こいつを殺せば…!」
まさに降り下ろそうとしたその時、エリーが口を開く。
「最期に…聞きたいことがある」
デイヴァは一旦上げた剣を降ろし
「…言ってみろ」
試すかのようにそう告げる。
「なんで君は…魔族なのに…僕と同じ化け物なのに、人類のため、シルヴィアのためって言えるの…?」
"人類の敵"と呼ばれた存在が、人類のためになぜ戦えるのか。普通であれば…人類という存在に絶望するはずだ。
少なくともデイヴァは絶望するだけの人生を歩んでいる。
「…魔族?化け物?…笑っちゃうな。所詮肉体なんて物はただの器だ。その本質を決めるのは魂だ」
「魂…」
デイヴァは天を仰いだ。
「そうだ。…この魂も!この想いも!まさしく人間だッ!僕がシルヴィアを想う気持ちは人間のもので他ならないッ!だから僕は『人間』で在り続けてやるッ!!…たかだか魔族の血が入っているくらいで、絶望するような『人間』に僕の戦いを理解されてたまるかよッ!」
…魂、想い。
そうだ。自分の魂は、心は人間だ。
(なんだ、簡単だったんだね…)
気が動転していたようだ。そうだ、自分は『人間』だ。この魂が、想いが、心が、自分の存在を『人間』だと主張している。
――もう、迷うことなどない。
「問答は終わりだ。…死ね」
デイヴァの降り下ろした剣がゆっくり見える。
デイヴァの顔に安堵のような表情が浮かぶ。だがその表情は一瞬で驚きに変わった。
響く金属音。
「――憑依術式」
エリーの手に剣が握られた剣が、デイヴァの剣を防いでいた。
これはただの魔力の結晶体ではない。これは自分の魂の剣だ。
もう迷わない。絶望しない。この想いがある限り、エリー・バウチャーという存在は決して折れない剣となる。
「…ありがとう僕。僕のお陰で希望が見えた」
もう1本造りだし、すぐにでも斬りかかるように構える。
「くっ…!"グラビティ」
「遅いッ!」
デイヴァはエリーの気迫に押されたのか、足が引けながらも詠唱を無視した魔術を唱えようとするがエリーの方が一歩速かった。
「なんだ…こいつ…!」
「貰った…ッ!」
一瞬の隙を逃さない。殺しはしないが、動きを止められれば…!
「おっと、させませんよ」
エリーの剣は、これまた誰かの剣で弾かれた。
その人物はデイヴァを抱えるとエリーから距離をとる。
「はぁ。なにやってるんですかデイヴァ、起きたと思ったら勝手に外に出て。…こんなことやってるから余計に保護者って言われるんですね…はぁ」
"オラクル"の元室長エヴァンジェ…が溜め息と愚痴とともに現れた。
「エヴァンジェ!?何しにきた!」
デイヴァの魔術による超重力が解けたのか、キニジはすぐに起き上がると大剣をすぐにでもエヴァンジェに叩きつけられるように油断なくエヴァンジェを見据える。
「別に戦いにはきてませんよキニジ。デイヴァの連れ戻しと………そうですね、宣戦布告です」
デイヴァを抱えながらも、超人的な跳躍をみせ近くの家の屋根に立つ。
「宣戦布告だと…」
「えぇ。我々"オラクル"は明日の正午より、ギルドに対し戦争を仕掛けよう!それまでに非戦闘員を逃がしてください。ギルドの重役が逃げるのも構いませんが…たかだか10人にも満たない組織に尻尾を巻いて逃げるなんて真似はしませんよね?」
「…フッ、あくまで無関係の人間は巻き込まないか。いいだろう。ギルドを代表して秩序の守護者No.9、キニジ・パール。その布告…受け取ったッ!」
ギルド対"オラクル"の戦争がはじまった瞬間だった。
4章も次話で終わりです。
ここ最近の話で"魔剣"という単語が出てきていますが、"魔剣"に関する話は"オラクル"編の後で書いていきます。




