絶望の先に
学院での生活が始まって2ヶ月。
ついにこの日がやってきたのだ。
「"アリーヤ"…」
エリーの血液検査の結果が今日知らされる。それが何をもたらすのか、どのような結果になるのかはわからない。
だが逃げるつもりはない。
「私も、ですか…」
何故かマリーも第1研究室"アリーヤ"に来るように指示されている
マリー自身は何故なのかを知っているようだが、どんな理由なのかは聞けない。
「…はぁ。ここに来るのは始めてじゃないんだから、二の足踏んでないでさっさと行く!」
見かねたマキナに背中を押され、エリーは"アリーヤ"の中へと足を入れる。
「エリーのこともそうだが、マリーがなぜ呼ばれたかがわからない。…連中は何を考えている」
キニジもキニジでマリーのことが心配で堪らないようだ。
「いえ、いいのですキニジさん。私はわかっていますから」
「そうか…」
マリーは今まで見たことの無いような表情をしている。孤児院でのいつも微笑んでいる彼女とは似ても似つかない。
「とりあえず行きましょう。進まなくては話は始まらないわ」
結局はそれに尽きるのだ。
ここで立ち止まっていても意味はなさない。今までずっとそうしてきたように、一歩ずつ前に進むだけだ。
◆◆◆
「よくきたな、そして帰還を歓迎しよう」
副室長室に入ると開口一番ルカはそう告げた。その言葉の意味を問いたかったが、今は一々突っ込んでいる場合ではない。
ルカは副室長室にいる全員を見回し、エリーを眼前に据える。
「では話に入るが、その前にひとつ」
その視線をマリーに移す。
「17年ぶりだな…No.1。孤児院の経営をしているとは驚いた」
その意味を理解するのに、数秒を要した。
No.1というのは…この場でNo.1という単語が出てくればそれは間違いなく秩序の守護者に他ならない。
「No.1…だと…ッ!?」
現キルドマスターが最初に選んだ秩序の守護者。それがマリーだというのだろうか。
そんな事実をそう簡単に信じられるわけがない。
「マリー・テレジア。秩序の守護者No.1にして"魔剣ダーインスレイヴ"の使い手。それが彼女だ」
ルカは何でもないように淡々と事実を述べているが、エリーたちとしてはそれどころではない。
「疑問には思わなかったか?アズハル孤児院には出資者がいなかったことを。とてもではないが孤児院は余程の資金がない限り出資者なしでは経営など不可能だ」
実はそのことを1度気になり、資金がどうなっているのか聞いてみたことがある。
するとマリーは「ちょっと前の仕事のお陰で貯金があるのですよ。あと10年は戦えますね」と言っていた。
当時は適当なことを言っていたのかと思っていた。…そういうことだったのだろう。
「元々、"ダーインスレイヴ"は彼女の持ち物だ。彼女がいなければ、秩序の守護者に魔剣を所持させるという発想はなかっただろう。だが今はそんなことはどうでもいい」
これで会うのは2回目だが、ここまで熱の籠った言葉は珍しいはずだ。何が彼をそうさせるのだろうか。
だがマリーはルカを睨み付け
「また、私に魔剣を抜けと言うのですか?」
明らかに怒気を含んだ口調で問いかける。
「いや、そういうつもりはない。だがなマリー・テレジア。貴様の存在がエリー・バウチャーの秘密を読み解く鍵だったのだよ」
「…ッ!」
マリーは見てわかるほどに、動揺していた。
どういうことなのだろうか。マリーが自分の秘密を暴く鍵…?
確かにマリーの容姿は12年前から変わっていない。自分と同じような"代償"で体の成長が…、成長?
マリーは20代のおしとやかな女性といった風貌だ。20代ともなると成長はほとんどないのが普通だ。となればマリーの"代償"は体の…時間の…。
ルカは両手を広げ、高らかに叫ぶ。
「マリー・テレジアの"代償"は『体内時間の停止』ッ!…通常の"代償"では体内時間の停止などは発生することなどありえないッ!そしてそれの原因は…」
「やめてくださいッ!」
その声をマリーの悲痛な声が遮る。
マリーの目には涙が溢れていた。
「私のことじゃないのです…!ただ…エリーには、あの子には辛すぎる…!」
声を震わせ、懇願するマリー。それほどまでにエリーに辛い事実のなら、避けるべきだろうか。
いや、ここで逃げるわけにはいかない。
「先生、ごめんなさい。…ルカ副室長、教えてください。僕はなんなんですか…?」
まだやめることはできる。やっぱりやめてくださいと言える。
だがそれでも…自分のことくらいは知りたいのだ。
ルカはその言葉を待っていたと、大きく頷いた。
「ならば言おう。エリー・バウチャー、覚悟して聞け。お前は…魔族と人間の混血だ」
何を言っているのかわからなかった。
魔族と人間の混血?魔族…?
「そうでなくては説明ができない。魔族、というのは一種の不老だ。外的な原因が無くては死ぬことはないと結論が出ている」
不老。
自分の"代償"が『体内時間の停止』だとすれば辻褄は合う。
「そして貴様ら2人は両親のどちらかが『人としての形を維持できた魔族』だったと考えられる。その両親から生まれた子は人としての側面が強く出るが、何かしらの衝撃ともいえる魔力の増加――この場合は"代償"だ。その時点で魔族とての血の影響が出たのだろう。つまりは半魔族化、魔力は取り込まないものの不老の力が備わったといえる。――そういえば、禁術の無理な行使をしても魔族化しないと言っていたな。当たり前だろう…最初から魔族なのだからな」
――自分は、魔族だった。
化け物。人類の敵。忌むべき存在。
そんなものと自分が同じ存在…?
「な、なにそれ…。僕が…魔族…!?」
「少し違うなエリー・バウチャー。混血だ、だからお前はまだにんげ」
ルカの言葉を聞かず、エリーは副室長室から出て走っていった。
「エ、エリー!」
まずそれを追いかけたのはシルヴィアだ。続いてマリーたちも追いかける。
副室長室から出る寸前、キニジはルカの方を向き
「…少しは言葉を選ぶことを知るがいい」
「…善処しよう」
それだけ言い残すと、荒々しく扉を閉めた。
◆◆◆
化け物!化け物!化け物!化け物!化け物!
化け物!化け物!化け物!化け物!化け物!
"アリーヤ"内ですれ違った職員の全てにそう怒鳴られている気がして、逃げるように"アリーヤ"を出た。
涙が溢れて止まらない。魔族の目だと言うのに。
「ここは…」
"アリーヤ"の施設から出て、気がつけば知らない所だった。
ここで死ねたらいいのにと思う。
いや、死ねたらいいのではない。ここで死ぬべきなのだ。
…鞘から剣を引き抜く。
それを首元に添え、後は突くだけだ。
魔族は、化け物は、人類の敵は、ここで果てるべきなのだ。
「…さようなら、シルヴィア」
その剣を首に突き立てようとしたその時、
「だめええええッ!」
その剣は別の剣で弾き飛ばされた。
「えっ…?」
そこには息も絶え絶えになりながらも、必死にエリーを追いかけてきたシルヴィアの姿があった。
「シルヴィア…なんで…」
シルヴィアは何も言わずにエリーに抱き付くと
「なに勝手に死のうとしてるのよ…。身勝手過ぎよあなた…!」
涙を流してくれていた。…魔族の自分にだ。
「おい!大丈夫か!?」
遅れてギュンターたちも駆けつけてくる。
エリーはシルヴィアに抱きつかれた体勢のまま
「笑っちゃうよね…今まで、憎んで、戦って、殺してきたものと同類なんて。僕は結局…地獄の底に落とされるんだ。だからさ…シルヴィアが殺して。魔族なんだから、人類の敵なんだから、殺さないとダメでしょ…?」
静かに、殺してほしいと懇願する。
シルヴィアになら…殺されても構わない。
「嫌よ。エリーは殺せないわ」
シルヴィアは持っていた剣を投げ捨て、エリーを強く抱く。
もう2度と離さない、そう言わんばかりに抱き締める。
「なんで、殺してよ…化け物なんだよ。……殺してよおおおおおッ!」
だがそのシルヴィアの行為もエリーには届かない。
それほどまでには自分の出生に、存在に、絶望したのだ。
「…そうか、ならば死ね」
唐突に響く誰のでもないどこか聞いた冷徹な声。
「!?――チィッ!!」
いち早く気付いたギュンターが飛来してきた剣を弾き飛ばす。
その剣は誰でもない、エリーを狙っていた。
「誰だッ!?」
エリー、シルヴィア、マリー以外の全員はそれぞれの武器を抜き、辺りを警戒する。
そこにフラフラと姿を現したローブをきた人物が現れた。
「…逃げも隠れもしないよ」
フードを深く被り、姿こそよくわからないものの…若い。
体格や声から推測しても、エリーと歳に大差はないだろう。
「…多分こう言えばわかるんじゃないかな。僕の名前は…デイヴァ」
デイヴァ。
"オラクル"がやたらと崇めていた人物のはずだ。
「なるほど、いきなり大将が出てくるとはな!嘗められてもんだぜ」
大剣を構え、いつでも斬ることができるように呼吸を整える。
「別に僕は戦いにきたわけじゃない」
「エリーさんを殺そうとしといてよく言えますね」
ウェンは既に術式陣を背後に展開させ、いつでも掃射できるように待機させている。
デイヴァはそれを見て肩を傾げる。
「そうだね。ここまで来たのに何も見せないのもつまらない。…見せてあげる」
―――ゆっくりとフードをあげ、出てきた顔は。
「エリー…?」
少女と見間違う端正な顔立ちに、透き通るような白い肌、栗色の髪は肩まで届くくらいの長さに整えられている。
こんな見た目の人間なんて1人しかいない。
誰がどう見ても――エリー・バウチャーその人だった。
ただ違うところがあるとすれば…それは髪の長さと、深紅の瞳くらいだろう。
デイヴァはその瞳でシルヴィアたちを見回し
「……昔話をしてあげる」




