日常を守るために
「魔族…ッ!」
魔族に一番近いのは運がいいのか悪いのか、エリー自身だ。魔族を誘導できれば生徒を無事に逃げさせられる。
「こっちだ!」
魔族の注意を引き、町とは反対方向に足を動かす。絶対に学院の生徒には手を出させない。
もしかしたら、夢であった『普通の生活』が叶えられる場所なのだ。それには誰も欠けてはいけない、欠けさせはしないッ!
ある程度距離を稼ぎ、振り返ると
「1人でなんてカッコつけすぎよ?エリー」
生徒の避難を終わらせたのか、少し遅れてシルヴィアがエリーの隣に並んだ。
「ごめんシルヴィア。多分無理させると思う」
「ふふっ、今さらよ」
剣とナイフを取りだし、それぞれに魔力強化を施す。――絶対にこの魔族は倒す、何があってもだ。
変な思い入れが有りすぎるだろうか?だが、それくらい学院での生活は楽しかった。純粋に楽しかったと言える2週間だった。
自分はあと少しでここを去ることになるが…もし、我が儘が言えるのならまだ自分はここにいたい。ここでシルヴィアたちとまだまだ学びたい。
だから絶対に守りきる、人はその最たるものだ。まず人がいてこそ、その場所は成り立つ。
「守ってみせる…!行こう、シルヴィア!」
「久しぶりね、こうやって一緒に戦うなんて」
確かにこうやって肩を並べて戦うのは久しぶりだ。だが自然と落ち着く。何故かそれが、嬉しかった。
「ゴァァァガアアオアオオオォォ!」
凄まじい咆哮をあげ、魔族はその豪腕をエリーに打ち付けようと振り上げる。
拳圧だけで周囲の小石が宙を舞うほどだ、当たればただではすまないだろう。
無論、それをわざわざ真正面から当たりにいくような真似はしない。
まずはその豪腕を回避、通り過ぎ様に2度斬りつける。手応えは今までにないほどあった。
「鱗でもゴム質の皮膚でもない。斬れば普通に通る、だけど…」
その魔族の体は分厚い筋肉で覆われている。攻撃は通る、だが決定的な一撃が与えられそうにない。
今まで戦ってきた魔族は鱗やゴム質の皮膚で覆われている分、関節などは斬りやすかった。
だがこの魔族は刃は通るものの、今度は筋肉の鎧に阻まれ致命傷は与え辛い。首を狙えばなんとかなりそうではあるが、魔族の全長は4mをゆうに越え下手に狙える場所にはない。
「シルヴィア!ちょっと援護お願い!」
「任せなさい!」
ここはシルヴィアに任せ一旦後退。
剣がダメなら魔術だ、手はいくらでも用意してみせる。
…体格が劣っているのなら、それを上回る策略で勝て。シュタインの言葉は一時も忘れたことはない。
今こそ…その言葉に報いる時だッ!
「シルヴィア、下がって!」
両足のナイフホルダーからナイフを全て取りだし、魔族の3方向を囲むように投げる。
(これで取り囲んだ、いけるッ!)
「…"リペレ"・トニトルゥイ"!」
3本のナイフから同時に雷が発生し魔族の手足を焼く。
これは触媒魔術と言われているもので、あの時にとっておきのとっておきだと思っていた魔術が数はそこまでではないが使われている魔術だと知った時には少しショックだった。
だが先駆者がいるのならそれを学び、応用し、活用するまでのこと。
それが自分の、エリー・バウチャーの、戦い方だ。
「ガァァアアッ!?」
手足を焼かれ苦悶の声を漏らす魔族に、シルヴィアはすかさず焼かれたところを何度も斬りつけダメージを与えていく。
「痛いかしら?でも引くわけにはいかないのよッ!」
よく見れば斬っているのは剣だけではない、あれは…
「シルヴィアの『影』…?」
確かに剣と一緒に『影』が火傷の箇所を斬りつけている。
「シルヴィア!その『影』って…」
「これ?あの戦争のときに偶然剣から出せたのよ。だからそれを物にしようとちょっと練習しただけよ」
『影』の威力の凄まじさは知っている。それを――常時あの威力ではないが――出せるというのなら、今まで以上にシルヴィアが頼もしい。
実際、1度剣で斬りつけたあともう1度『影』が同じ場所を斬っている。つまり一振りで2度同じ場所に斬撃が襲っていることになる。
恐ろしい魔術だ。シルヴィアと本気で殺し合うことなどないだろうが、相手にしたくない。
「ガァァアアァァァァァ!!!」
度重なるシルヴィアの斬撃に耐えかねたのか、魔族は豪腕を無茶苦茶に振り回しはじめた。
「あっぶないわね!」
狙いもつけずの攻撃だ、当たるはずもないが見ていてハラハラする。
「シルヴィア下がって!…術式陣展開!」
シルヴィアが範囲外に出たのを確認すると、術式陣を展開。その数12。ウェンやマキナに比べればまだまだ少ない。
だが確実に数は増えてきている。その分魔力の消費も馬鹿にはできないが、学院での勉強の成果か最初に比べれば消費も少なくすんでいる。
こういうところに鍛練の成果がでると嬉しくなる。
「喰らえッ!」
狙うは一点、シルヴィアが斬りつけていた場所だ。まずはそこを徹底的に狙う。
「ガァァァァァ!?」
全弾命中…とはいなかったが、半分ほどはシルヴィアがつけた傷に命中する。
この手応えなら…シルヴィアと2人でもいけるかもしれない。
戦い始めてから10分ほど。
有利にことを運んではいるものの、やはり決め手にかける。
「ウェンかマキナさんがいれば…!」
「なかなか手強いわね」
圧倒的火力を持つ2人と比べて、エリーとシルヴィアはやはり火力不足ということだろう。
「ここは僕が無理をするところ、かな」
ナイフは先ほど使いきってしまった。残るはこの剣のみだ。
…やるしかないだろう。
「シルヴィア、10秒頼んだ!」
「いいわよ!やるからには決めなさい!」
先ほどからシルヴィアには無理をさせっぱなしだ。彼女だけに負担をかけるわけにはいかない。
これじゃあまるで自分が守られているみたいだ。
だがそんなのは嫌だ。
対等でいたいから、好きでいたいから、自分も命をかけてこの身を削ってみせる。
そうでなくてはシルヴィアに示しがつかない。
左手を天に突き出す。
「廻り、巡れ。我が身に宿りて光と照らせ!貫き、穿て。我が身を糧に刃と化せ!――憑依術式、解放ッ!!」
魔力が体内に注ぎ込まれる感覚、それに流されてはいけない。それを制御し、己の刃として顕現する、させてみせるッ!
左手が光に包まれ、そしてそれが晴れる。
「これは…!」
エリーの左手が握っていたのは、まさしく"剣"だった。
「で、できた…できたんだ!」
この土壇場で、完成させられるとは思ってはいなかった。もっと言えば完成まであと数年はかかると思っていた。
それをこんなにすぐ完成できたのは………シルヴィアのお陰だろう。
学院だけじゃない、シルヴィアだって自分の守るべき存在だ。それを失念していた。
何よりも好きな存在を守る。その気持ちを忘れていた。
「ありがとうシルヴィア!シルヴィアのお陰で完成した!…これであの魔族を倒す!」
でも正面切って好きだと言える勇気はない。
詠唱を挟めばもう体への負担はほぼないだろう。だがまだキニジのように連続で作り出すことは難しいはずだ。
あれは"慣れ"の問題だ。まだまだエリーには扱えない。
だが今は十分だ。…シルヴィアを守り、魔族を倒すには十分すぎる。
「…決着だ。行こう、シルヴィア!」




