憧れと誇り
意気揚々と自室を出たエリーの前で何やらギュンターとキニジが話し込んでいた。
「む、おはようエリー。実技テストだってな。実は…いや、なんでもない。実技テストっても学院内でやるんだろ?」
エリーに気付いたギュンターは気だるそうに片手を挙げる。それもそうだろう、まだ早朝なのだ。
普段ならエリーたちが孤児院を出てからギルドに向かっているらしいが今日はやけに早い。何かあったのだろうか。
「多分そうだと思うよ。どうしたの?」
「いやちょっとな。心配することはねぇから大丈夫だ」
そう言うのならもう何も聞かないことにする。仮に危険があったとしえもギュンターとキニジならきっと切り抜けられるだろう。
「んじゃ俺らは行くから。テスト頑張れよ!」
「実技テストだろうと気を抜くんじゃないぞエリー」
それだけ言うと2人は何やら緊迫した面持ちで孤児院を出ていく。それだけ緊急性のある依頼なのかもしれない。
その後は既に準備を済ませていたレベッカとともに未だ惰眠を貪るシルヴィアを起こし、マリーを加え4人で一緒に朝食を食べ終え足早に孤児院を出た。
「今日はエリーもシルヴィアも重装備なんだねー」
研究者コース組のレベッカはいつも通りの赤を基調としたお洒落な制服を着ている。
それに対しエリーはいつもの要所要所は皮で保護した戦闘服。シルヴィアに至っては関節を保護はしているもののそれ以外は守るものがない。
「私はそろそろ衣替えしようかなと思っているのよね。新コスチュームっていいじゃない?ついでにエリーも新しいのにしてみようかしら」
実を言えば心機一転して新しい戦闘服は欲しいとは思っていた。だがシルヴィアとレベッカのことだ、間違いなく2人の趣味に走ったものになることは間違いない。
「エリーのねぇ。ノースリーブにホットパンツなんてどうかな?」
ノースリーブにホットパンツの姿で戦う自分を想像すると少しばかり寒気がする。最近暖かくなってきたのにどういうことだろうか。
「…慎んでお断り申し上げます」
やっぱり今の格好が一番だと確信する。
…だが、シルヴィアたちと買い物に出掛けたいと思ってしまったのは悔しい。
ニザーミヤ魔術学院は孤児院から歩いて2時間ほどの距離にある。
そのためエリーは早起きが苦手なエリーは毎日起きるのが辛く、シルヴィアの場合は毎日叩き起こされている。
朝に強いレベッカは何ともなさそうだが、「眠い」と愚痴は溢していた。
レベッカとは途中で別れ、魔術師コース組の集合場所に行くと既に数名の生徒が準備をしていた。その中にアナスタシアもあった。
昨日はいきなり不機嫌になってしまったことを謝りたいと思ってはいるが、如何せん何と話し掛けたらいいのかがわからない。
「あ、エリーさん、シルヴィアさんおはようございます」
アナスタシアはエリーたちに気づくと自分からこちらに近寄ってきてくれた。
「あの…」
エリーがアナスタシアに謝ろうと口を開いた瞬間
「昨日はごめんなさい」
「昨日はごめんなさい!」
シルヴィアとアナスタシアが同時に謝る。
「「えっ…?」」
2人とも同時に驚いたように声をあげ、お互いの顔を見つめ
「アナスタシアが謝る必要なんてないわよ」
「シルヴィアさんこそ謝る必要なんて…」
とこれまた同時に言葉を発する。正直見ていて頭が痛い。
「その…私はギルドメンバーになりたいんです」
唐突にアナスタシアは語りはじめた。
「幼いころに見た彼らの背中に憧れていつか私も彼らのように何かを守る存在でありたい、そう思ったんです。だからシルヴィアさんたちがギルドメンバーであると知って、私と歳も大差ない、エリーさんに至っては私より年下っぽいのに立派なギルドの一員なんだって思ったら私にもできるんじゃないかと嬉しくて…」
そういうことだったのかと納得する。
自分のように復讐のためにギルドの一員になったわけじゃない。憧れを持って、夢を抱いているのだ。自分には眩しすぎるくらいだ。
だがそれは…純粋すぎる憧れだ。
「アナスタシア。確かに私たちは何かを守る存在だわ。でも同時に何かを壊す存在でもあるのよ。…前にある人が言ってたことなんだけどね。ギルドというのは決して正義ではない、ただの便利屋だ…と」
アナスタシアの顔がどんどん暗くなっていく。それもそうだろう、自分の憧れの汚れたところを言われれば誰だってそうなる。
「でもね、戦えない人を守ることに誇りをする人だってたくさんいるわ。私はそんな人をたくさん知ってる。だからね、その…その憧れを抱いたままでいて欲しいな」
つまりは頑張れということだろう。こういう時にやたら遠回しになるのはシルヴィアが恥ずかしがり屋だからではないか、と最近思い始めている。
「えっとねアナスタシアさん。つまりシルヴィアは頑張れって言いたいと思うよ。ほら、シルヴィア素直じゃないから」
口に手を添えクスクス笑う。普段セクハラされている仕返しだと考えれば罪悪感なんてものはない。
「なっ…!エリーこそ素直じゃないわよ!私が散々…」
日頃、エリーが構ってくれない不満をものすごい勢いで捲し立てていく。自分としては今までよりはシルヴィアに構っているつもりだったのだが…。
「そ、そうですか…」
見ればアナスタシアが若干引いている。近くの生徒も目を見開いている。
確かに衆人環視でエリーに対する想いを堂々と述べればそうもなるだろう。シルヴィアがいわゆる「そっち系」と勘違いする人もいるはずだ。端から見ればそうなので何も言えないが。
「ま、まってアナスタシアさん。これには理由が」
彼女の顔が引き攣っているのがわかる。だがここで誤解させたままにするわけにはいかない。
「え、えっと…随分と仲がよろしいんですね」
思いきって男と明かすことも考えたが、それではエリーが変態扱いされることは間違いない。シルヴィアが変態なのは周知の事実だからどうでもいいが自分まで変態扱いされるのは困る。
言われれば女装するからといって変態ではない、断じて。
だが、こういう風に同じ年頃の人と騒げるのは楽しいと感じた。
もし色々とカタがついたのなら…学院での生活を満喫するのもいいかもしれない、そう思えたのだ。
◆◆◆
そして規定の時間となった。
「では実技テストを始めるぞ。3人1組だ、ちなみにもう組み合わせは決めておいた。各々の戦い方や魔力量から最善と思われる組み合わせだからな、文句言うなよ?」
それに関しては問題ない。しかし連れてこられた場所が問題だ。
学院を出ただけでなく、町を出てしまっている。
結果的にギュンターとキニジに嘘をついてしまった罪悪感もあるが、それよりも町の外というのは危ない。
あの2人の会話の内容からして魔族関連の依頼であることは間違いない。
2人が死ぬことはないだろう。不安なのは魔族がここに現れた場合だ。エリーとシルヴィアだけでどこまで足止めできるか…。
そうエリーが頭を抱えている間もリットンは
「どんどん言うから聞き逃すなよ。まずは…」
黙々と組み合わせを発表していく。
エリーと組んだのはアナスタシアとレオという男子生徒だった。
「よろしくッス。アナスタシアさん、エリーちゃん」
このレオという男子生徒は言動は軽いものの、何だかんだで誠実だとクラス内での信頼は高い。
「よろしくお願いしますね」
「よろしくね、アナスタシアさん、レオくん」
不安はあるが、それに注意をとられて怪我なんてもってのほかだ。とりあえずは目の前のことに注意を払わねばならない。
ついにエリーたちの順番となった。
アナスタシアもレオもそれなりに緊張しているようだ。ここは戦いなれている自分が、と思ったが何故か自分も緊張する。
「よし、7組目。はじめッ!」
リットンの掛け声ともに魔物が入っている檻が解き放たれ――。
――危なげなく魔物を倒すとレオがエリーの肩を軽く叩き
「お疲れッス。エリーちゃんは戦いなれてるだけに流石ッスね。勉強になったッスよ!」
「そ、そうかな…」
何故だろう、妙に恥ずかしい。剣の師も魔術の師も教えるとあらばスパルタだったため、誉められて慣れていないからだろうか。
一方アナスタシアはエリーの顔をまじまじと見つめ
「そういえば見てて気付いたんですけど、エリーさんって魔術とか使うときに目が一瞬だけ紅く光りますよね」
顔と顔が数cmの距離まで近付く。自分にはシルヴィアがいると自分自身に言い聞かせても動悸が激しくなる。
最早自分の目のことはどうでもいい、シルヴィアの目が怖い。
「ちょっとエリー、うわ」
シルヴィアの声は、木々を薙ぎ倒す音でかき消された。
目の前に出てきた化け物に呆気にとられる。
「こいつは…!」
巨体とそれに似合う豪腕、そしてそれを支える大木のような足。深紅の目玉を輝かせ、地獄の底から聞こえるような咆哮をあげたのは――!
「魔族…ッ!」
穏便に済むはずだった実技テストは一転、混乱に陥った。




