接触③
魔族の剛腕を間一髪で避け、過ぎ去り様に一撃加える。
感触は芳しくない。魔族の鱗にヒビが入った程度だろう。
「硬い…!」
この魔族のような表面が硬い鱗や皮膚に覆われた魔族は剣よりも、より重量のあるもの方が有用だ。
ならばここは魔術で援護しようと、一旦下がる。
詠唱が短めの魔術で様子見したその直後、背後から光が差した。
「闇を欺き、光を穢す災厄の剣!斬り伏せろ"ディザスター・ブレードッ!」
背後の光――ウェンの詠唱が終わり、魔族の頭へむかって禍々しい光を携えた剣の形をした魔力が振り下ろされる。
それが魔族の頭に直撃すると閃光と爆音とともに大爆発が起きる。
凄まじい威力だ。エリーの魔力量ではあれを再現するのは不可能かもしれない。
不安になったがシルヴィアとギュンターはきっちりと爆発から逃れ、爆発で起きた煙を切り裂くように再び魔族へと斬り込んでいった。
「効いてはいますが、致命傷とはいきませんね」
よほど硬いのだろう、ウェンほどの魔術師でさえこの手応えだ。
シルヴィアもギュンターも魔族の予想以上の硬さに手間取っている。
「一撃でダメなら、数で…!」
自分では剣でも魔術でも一撃で鱗を貫通できないだろう。
なら貫通するまで攻撃し続ければいい。
「右腕を…」
左手でナイフを取り出す。
シルヴィアとギュンターの2人は、先程から積極的に右腕を狙っているようだ。特に話もしていないのに狙う箇所が決まっているのは流石だと言わざるを得ない。
エリーも狙おうと考えるが、人間よりも魔族は大きいとはいえ3人で狙うには少々厳しい。
なら意識を反らすために、自分は左腕を狙った方が得策だ。
「こっちだ!」
「――!?」
魔族が右腕を見た瞬間を見計らい、左腕に斬りかかる。
魔族は予想していなかったのか、声は出さないものの驚いた様子を見せた。
「悪いなエリー。まだ連携も覚束なくて」
「1人で戦うのは慣れてるから大丈夫!」
「いやそうじゃ…まぁいいか」
まだ昨日の今日では互いの癖も理解できない。
なら最低限の意識は持ちつつも、今まで通りに戦ったほうがいい。
「――――ッ!」
魔族はエリーを邪魔に感じたのか、シルヴィアとギュンターを無視して左腕で殴りかかる。
もちろん、それに当たるわけにはいかない。
「そこだ!」
左腕をかわし、飛び上がると左手に握ったナイフを魔族の右目に向けて投げつける。
「――――ッ!?」
「よし!」
右目を抑え、悶える魔族。恐らくは右目を潰せたはずだ。
これで少しはシルヴィアとギュンターも楽になるだろう。
その分エリーが狙われることが多くなると思うが、避けるのは得意だ。
「ありがとうエリー、助かったわ。でも無理しないで!」
「シルヴィアさんも!」
何にせよ、シルヴィアたちが安全に魔族を倒せるのならそれに越したことはない。
張る命は自分のものだけで十分、散る命もまた自分だけでいい。
魔族の右目を潰してからは戦いは優位に運んだ。
本来は適当に戦って逃げるだけだったが、4人で戦うというのが予想以上に効果だったからだろう。
これなら、もしかしたらこのまま倒せるのではないか。
エリーを含む、誰もが脳裏に浮かべたなとだった。
――嫌な予感は的中した。
右目を潰されてからは執拗にエリーのみを狙っていた魔族の動きがさきほどとは違う。
(慣れたのか…?)
動きが右目を潰される前のそれに近くなっている。
だが右目が癒えた様子はない。
「――――――ッ!!」
唐突に魔族が吠えた。両手を天に掲げて、自分の体を再び誇示するかのように空を仰ぐ。
そして右腕が僅かに傾いたのをエリーは見逃さなかった。
「――え?」
不意打ちのように振り下ろされる右腕。狙いはシルヴィアだ。
普段なら避けられるであろう攻撃。しかし魔族の咆哮に気をとられ、少しばかり集中が切れたその瞬間に凪ぎ払われた右腕をかわすことなどできない。
そしてこの剛腕が一度シルヴィアに当たれば、彼女は死ぬだろう。
上半身が飛ぶか、潰れるか、どうなるかは知ったことではない。彼女がこのままでは死ぬ、それだけだ。
「間に合えッ!」
気付けば体が動いていた。
シルヴィアを突き飛ばし、迫りくる剛腕を自分の剣で防ごうと剣の腹で受けることを試みる。
「――――ッ!」
「ああああッ!」
シルヴィアとギュンターに斬られ、ウェンの魔術を集中的に食らったボロボロの右腕とエリーの剣。
両者は一瞬拮抗したかに見えた。しかし、エリーの剣は砕かれ多少は威力が弱まっているとはいえ、脅威そのものである右腕がエリーを捉えた。
エリーは砕かれた剣とともに吹き飛ばされ、近くの木に激突する。
「「エリー!」」
「エリーさん!」
シルヴィアたちの悲鳴が、木々にこだました。
「まだだ…ッ!」
地面に這いつくばり見上げるように魔族を見た瞬間に、記憶が蘇った。
そうだ、あの魔族だけは忘れてはならなかった。
全身の痛みを無視し、立ち上がる。
――なんで忘れていたのだろう。
この魔族が、この化け物が、僕の全てを奪った――ッ!!
◆◆◆
「やっと…見つけた…」
ほんの数秒までのエリーと比べて、見違えるような気迫。
シルヴィアはその変化を敏感に感じ取った。
「おいエリー、大人しく寝てろッ!」
魔族の右腕を捌き、僅かに下がったギュンターが緊迫した面持ちでエリーに叫ぶ 。
だがエリーはそれさえも聞こえないかのようにゆらりと魔族に向かっていく。
武器はもうナイフ1本のみ。そんな武装で魔族に立ち向かうなど無謀以外の言葉で表せない。
「まだだ…僕はまだ戦える…ッ!こいつだけはッ!僕が倒すッ!」
額からは血が流れ、服が破れて露出した腕には大きなアザまで見える。
誰がどう見ても戦える状況ではない。
冷静な判断がとれないことは明白だ。
「シルヴィアさん!エリーさんを止めてくださいッ!」
ウェンに諭され、エリーに手を伸ばす。ウェンからは離れていて、ギュンターは魔族で手一杯だ、今エリーの手を掴めるのは自分しかいない。
――しかし、その手は掴めなかった。
「うおおおおおッ!!」
ギュンターに注意をとられている魔族の隙をつき、後ろに回ったエリーは魔族の背中の刺にナイフを突き立てる。
一瞬、エリーの目が紅く輝いた気がした。
「神鳴りの槍よッ!閃光とともに、貫き散らせッ!"ライトニング・ランス"ッ!!」
自分が魔術を食らいかねない距離、ナイフを突き立てた状態のまま構いなしに魔術を放つ。
エリーの背後から雷を纏った槍が現れ、そのまま魔族に射出された。
「――――ッ!?」
「ぐっ…!」
槍が直撃すると目の前が真っ白になった。爆発したと気付くのに少しだけ手間取ってしまう。
「エリー!」
思わず叫んでいた。
光で少しだけ目が見えなかったが、何があったかは想像に難くない。
「だ、大丈夫…」
慌ててエリーの側へ駆け寄る。
「何が大丈夫よ!酷い怪我じゃない…」
爆発によって吹き飛ばされたのか、魔族から離れたところにエリーは倒れていた。当然ながら傷はさらに酷くなっている。
裂傷、火傷に加え出血も酷い。放っておけば間違いなく死んでしまう。
その対価にもならないが、魔族の右刺は半分ほどの長さに折れていた。
「2人ともお願い!」
「わかってる!さっさと連れて町に逃げろ!」
「適当に相手したら僕らも引きます!今は自身とエリーさんの安全を優先してください!」
「…ありがとう!」
エリーを抱え、走り出す。
絶対に死なせない、死なせるわけにはいかない。
それだけはあってはならないと祈るようにシルヴィアはエリーを抱えながら走っていった。