ニザーミヤ魔術学院
「ニザーミヤ魔術学院…予想以上に立派なところなんだね」
ギルドと魔術研究所が運営しているというニザーミヤ魔術学院。
その規模も生徒の数もエリーの予想より上回っている。
学院の外から覗いただけでも老若男女、あらゆる立場の人物が同じ屋根の下で勉学に勤しんでいるようだ。
「予想以上に立派って…。何を想像してたのよエリーは」
マキナによると、このニザーミヤ魔術学院の歴史は200年ほどだという。
当時から身分立場を問わず魔術師もしくは研究者を育む、言わば『魔術の入門所』として多くの人がここの門を叩いた歴史がある。
ちなみに魔術の三大権威なるものが存在し、それが『魔術研究所』、世界の結び目の『王立研究院』、そして『ニザーミヤ魔術学院』。
エリーは知らなかったが、三大権威に数えられるほど多くの有名な魔術師・研究者を排出している"立派な"学院であることは間違いない、
「ダメ元で私も学院入れて欲しいって頼んだら、まさか許可されるとはねー。言ってみるもんだねこういうの」
昨日、"アリーヤ"のルカ副室長に「私だけじゃ不安だから、レベッカも構わないかしら?」とシルヴィアが訊ねたところ、こめかみに指を当てながら「…今さら1人増えたところで問題ない」とレベッカの入学を許可してくれた。
その翌日、即ち今日からエリー、シルヴィア、レベッカの3人はニザーミヤ魔術学院へ入学することになったのである。
シルヴィアは学院の正門を前に1人盛り上がっていた。
「実はかなりワクワクしてるわ。シャルルに勉強は教えてもらってたけど…こういう大人数で同じところで勉強するなんてはじめてだもの」
頬を高揚させ、さっきから妙にテンションが高いことから見るに本当に楽しみで仕方なかったのだろう。
エリーはあれ、とひとつ気になることを発見した。
「ねぇマキナさん。あの人たちは同じような格好してるのに、あっちのご老人は私服?だよね。なんか違いでもあるの?」
むこうののエリーと同い年くらいの青年たちは赤を基調とした同じ服を纏っているのに対し、あちらの老人は恐らくだが私服を纏っている。
「あぁあれね。あれは制服よ」
「「制服?」」
そんなもの聞いたことがないと、エリーとレベッカは顔を見合わせる。
そんな中で1人シルヴィアはピンときたのか
「制服?軍服のようなものかしら?」
マキナは若干呆れながらも
「あーうん間違ってないけど…。てかアンタたち制服知らないの?」
マキナの人生で制服を知らない人物はいなかったのだろう。知らないことに驚きを隠せていない。
「ほんとに知らないのよね?よし、じゃあ着せてあげる。ついてきなさい」
マキナの言葉に従い連れられた部屋にはその"制服"なるものが陳列されていた。
「これが制服かー。可愛い!着替えてくる!」
「いいわ、とってもいい!さっそく着てくるわ!」
レベッカとシルヴィアの予想以上の好反応に驚くマキナだが、エリーが今一といった表情なのに気付く。
「エリーは着ないの?」
「女子生徒の制服、だし…。男子生徒用の制服ってあるかな」
マキナには発言の意味がわからない。
「アンタって男装の趣味でもあるの?」
「男装?女装ならさせられたことなら…」
女装?エリーの今の服装はいつもの戦闘服ではなく、ユニセックスながらも女性らしさを垣間見れるハイセンスな服なのだが…。
ここまで考えてマキナはある結論に至る。
「もしかして…男?」
まさかとは思いつつも脳裏に上がった結論を口にする。
エリーも何故か驚いていた。
「男ですけど…。マキナさん、もしかして」
さも当然のように男とエリーは言ったが、マキナはここ数年最大の衝撃に身を震わせる。
「お、落ち着けあたし。ゆっくり落ち着いて詠唱を」
「それはまずいですよ!」
錯乱して魔術の詠唱を始めたマキナを羽交い締めにして止める。
結局マキナが落ち着くのに数分を要した。
「2人とも遅い。何かあったのかな」
「エリー見てき…あたしが見てくる」
2人は今いる部屋の隣の部屋で着替えているはずなのだが、着なれていないにせよ時間がかかりすぎだ。
何かあったとは思わないが、流石に心配になる。
「シルヴィア?レベッカ?何かあった?」
マキナが木製の扉を開けて隣の部屋に入る。
声らしきものが聞こえたが、マキナ共々部屋から出てくる気配がない。
恐らくは着替えおわっていると考え、エリーも隣の部屋に入ることを決意。
念のため、扉を数回叩き
「入るよー?」
慎重に、具体的に言えばすぐにでも閉められるようにゆっくり扉を開く。
「はい、エリー。ご愁傷さま」
「え?」
真正面に立っていたマキナとその言葉に気をとられると
「今よッ!」
扉の後ろに隠れていたシルヴィアとレベッカに捕らえられる。
「ちょっ2人とも何!?」
シルヴィアに左側を、レベッカに右側を抑えられ身動きがとれない。
「エリー、これを…!」
シルヴィアの左手には女子生徒の制服の上着が、
「着てもらうからね…!」
レベッカの右手にはスカートなどが握られている。
この2人はエリーが制服を着ない限り離さないつもりだろう。
はぁー。と大きなため息。
「わかった。わかったから。とりあえず手を離して」
実のところ、エリー自身も制服が可愛いと思っていたのは秘密だ。
◆◆◆
マキナに案内され、エリーたちが編入されるというクラスの前にやって来た。
ニザーミヤ魔術学院というのは2年制で、1年目は総合的な内容を2年目は魔術師のコースか研究者としてのコースを選択するとのことだ。
エリーたちは1年目、つまり総合的な内容の勉強をすることになる。エリーが実際にいるのは1、2ヶ月ほどだが。
2年目に入ると魔術師コースの場合、実戦の比率が多くなるらしい。1年目でもあるにはあるが、研究者を目指す生徒は戦わなくてもいいらしい。
……ちなみにエリーの制服に対するシルヴィアとレベッカの評価だが
「なんか普通に似合ってて何とも言えない」
「やっぱりメイド服着せた時の衝撃には敵わないわね…」
と散々なことを言われた挙げ句、エリーがこの服で過ごすことを決められてしまった。
別にもう何も言わないが、せめてマキナには止めて欲しかった…。
扉の前で立ち尽くしているとシルヴィアが不思議そうな顔で
「開けないの?」
と聞いてくるが、答えられない。
開けないのではない。開けられないのだ。
この木製の扉にはドアノブと呼べるものはなく、ちょうど手の位置に謎の窪みがあるだけだ。
(どうやって開けるのこれ…)
本気でわからない。押してもダメなら引いてみろとは言うがそのどっちもダメな場合はどうすればいいのだろうか。
「入ってこーい」
教師の声が聞こえる。はやく開けねば。
「なにやってんのよ…」
見かねたのかマキナが扉を"横に"開けると、扉は今までの奮闘が無駄になるようにスライドした。
教室には眼鏡をかけた教師と、十数人の生徒が見える。
「ほら、エリーってば行きなよ」
レベッカとシルヴィアに押されるかたちで教室の中に入る。
「えー…学期の途中だが、編入生を紹介する。1人ずつ自己紹介をしてくれるか?」
この教師が説明している間にも「やっべ全員やべぇ」、「銀髪の人綺麗…」、「黒髪ツインテだと…!?」、「ポニテの子タイプなんだけど…」と全員が何かしらの反応を見せている。
「まずはお前からだ」
教師に名指しされ、とりあえず名乗ることにした。
「エリー・バウチャーっていいます。よ、よろしくお願いします」
「次は私? レベッカ…。レベッカ・テレジア、よろしくね!」
緊張ぎみのエリーとは違いいつも通り明るいレベッカを羨ましく感じてしまう。
レベッカの姓はどうするのかとは思っていたが、マリーの姓を借りたのは懸命だろう。
「最後は私ね。シルヴィア=クロムウェル、よろしくお願いするわ」
「クロムウェル!?」
驚いたのは何故か教師の――リットン教諭はクロムウェルの名を聞くと天地がひっくり返ったかのような驚きっぷりを見せた。
リットンはずれた眼鏡を元の位置に戻すと
「いや、失礼。少々驚いてしまった」
冷静を装ってはいるが、汗の量が半端ではない。
「"アリーヤ"から僕たちの名前とか聞いていないんですか?」
「いや聞いていない…3人ほど1、2ヶ月預かって欲しいという連絡が昨日きただけだ。案内役はこちらが用意するから問題ないとも言っていた」
小声で確認する。間違いなく連絡したのはルカ副室長だろうが、不親切にもほどがある。普通は名前も知らせるべきではないのか。
「と、とりあえずエリー、レベッカ、シルヴィアの3人と仲良くするようにな。では終わりだ」
それだけ言い終えるとリットン教諭が教室を出ていく。
教師が出ていくまでは静かだった生徒たちも教師が出ていった途端、我先にとエリーたちに押し掛けてくる。
結局その日はろくに学院内を巡れずにに終わってしまった。
あまり人が多いところは好きではないし、どちらかと言えば人が苦手なエリーには少々大変な1日だった。
話の流れとはあまり関係ありませんが、57話でのギルド創設についての内容がある程度まとまったのでその話をいつか書きたいと思います。
それが"オラクル"編が終わってからなのかこの作品か終わってからなのかはまだ決めていません。
仮に"オラクル"編が終わってから書き始めた場合でも『週最低1話』のスタンスは崩さずに書いていきます。




