幾星霜を越えて
何かに気付いたのか、古ぼけた椅子に座っていたカルディアは急に立ち上がり
「……キニジとあれは…No.8か。フィレンツェに入ったみたいだ。どうするエヴァンジェ?仕掛ける気かい?」
そうか…来たのか。
あれから3ヶ月弱。再びヤツらはここに戻ってきたようだ。もちろん、僕が殺すと誓ったヤツもいる。
「まだです。準備が整っていない。ギルドというものを相手にする以上、その準備に妥協は許されない。逆に言えば…降りるなら今のうちということです」
僕を含め、テラ、ディア3姉妹、そして残りの"オラクル"2人とそして、
「今更降りハしマせんよォ!ワタクシを追いヤっタギルドにナぞ慈悲もナク…全部ブっ壊してヤりマスよ!ギャハハハハハ!」
場違いな程の大声で笑う男。
正直こいつは嫌いだ。味方でなければすぐに背中から斬っているくらいだ。
禁術"代償"の提唱者にしてそれの責任を負わされた研究者、マルコ。
こいつは薬でもキメているのか常にこんなテンションだ。ついでに口も悪ければその発言も下品なものが大半で何か喋るごとに不快に気分にさせてくる。
「最早我らは退けない所まできている。故に退かず、この道で果てるのみ。そうだろうエヴァンジェ」
このテラという男は、研究者というよりは武人と例えた方が近いだろう。
テラとエヴァンジェはギルドメンバーから第7研究室"オラクル"に入ったという。あのクソッタレな研究者とは違い、テラに対しては僕は好感を抱いている。
他の"オラクル"2人は非戦闘要員で、はっきり言ってこと戦いに関しては期待していない。
つまり戦闘要員は僕、エヴァンジェ、テラ、マルコ、ディア3姉妹の7人だけ。
手を組んでるとはいえ、僕は"オラクル"の野望になんか興味はない。それにギルドには僕もそれなりに思い入れがある。別にギルドの一員だったわけではないが…。
「私たちはまだ仕掛けませんが、それはデイヴァも同じですよね?」
「言っただろ、混乱に乗じてヤツを叩くと。"オラクル"の準備が終わったら教えてくれ。…それまで寝てる。魔力を蓄えるからな」
魔族化はしたがそれでも限界がある。確実に葬るためにはエヴァンジェの言葉を借りるとすれば、妥協は許されない。
たかが数ヵ月だ。その瞬間のために築き上げてきた幾星霜のに比べれば一瞬に過ぎない。
思えば、あの日あの時からこの戦いは始まっていたのかもしれない。僕が彼女に出会ったあの時から――――。
しばらく使っていない自室の前にて立ち止まる。この扉を開くのはいつ以来だろうか。
本格的に魔力を蓄えるために寝るのは久しぶりな気がする。
だがそれでも定期的に掃除はしていた。あの頃の癖が抜けきらないのは喜ぶべきなのか、忌むべきことなのかはわからない。
あまり広くないこの部屋には質素ベッドがひとつ置いてあるだけだ。
「………」
横たわる。もう睡眠を必要としない体だが、寝るのが一番魔力を回復できるのは変わらなかったようだ。いや、もはやそうしなければならないところまできている、と例えたほうが正しいか。
まだ人としての部分が残っているのは僕としては嬉しい。見た目は人間と変わりはしないけど、それでもやっぱり…嬉しいんだ。
もう寝よう。この天井を見るのはこれで最期だ。
待ってて、僕ももう少しで――そっちに逝くから。
「………ィア…」
◆◆◆
デイヴァが束の間の休息に入ったのを確認するとカルディアはまずエヴァンジェに詰め寄る。
「エヴァンジェ。あんたはいいのかい?多分あの子は…全部終わったら死ぬ気だよ」
エヴァンジェの計画の根本たる部分のデイヴァに死なれたら、計画が形を成さないのではないか。
「いいんですよ。彼は――人の身では耐えられない年月を過ごしてきた。それをたったひとつの想いで耐えてきたのなら…少しは報われるべきだと思います」
デイヴァが"オラクル"を利用しているように、エヴァンジェ自身もデイヴァという存在を利用している。
それはお互い様だと考えているため何とも思わない。
だが"オラクル"とか復讐とか関係なしに、デイヴァという『人間』は救われねばならない。
「ああ、あの!エヴァンジェさんは、そ、そのデイヴァちゃんをどう思っているんですか?」
デイヴァを『デイヴァちゃん』なんて呼ぶのはメディアだけだ。それだけに一番可愛がっているのもメディアだが、デイヴァ自身は邪険には思っていないだろうがあまりいい反応は示さない。
「ただ利用しているだけ……ではダメですか?」
自分のデイヴァに対する同情など知らせる必要はない。ただ利用しているだけ、それが一番楽な関係だろう。
だがリディアはその嘘を見破った。
「嘘ですよね?デイヴァにやたら肩入れしていのはわかりましてよ?…同情しているならそう言いなさいな」
めざとい姉妹だ。
特にリディアは他人の嘘に関しては敏感だと言える。商人としての側面をもつ彼女だからこそだろうか。
「…"同情"していますよ。例えるなら彼は暗闇の迷路を天井から差す僅かな光で越えようとする、それほどまでの険しい道を歩んできました。それに、彼は……。」
ここまで言って、それ以上は言えないと口を紡ぐ。
必要以上の同情はしてはいけない。だが、デイヴァに対してはどうしても彼の同情が駆り立てられてしまうのだ。
同情しないために、名を互いに捨てたというのに。
「随分と保護者が板についてきたみたいだねエヴァンジェ」
エヴァンジェやテラと同じ元"オラクル"職員、レイナルド。
軽薄そうな顔付きだがその実優秀な研究者で、"オラクル"にいた頃も彼の発見には驚かされるがりだった。
保護者と謂われて、少し頭にきたエヴァンジェは珍しくも機嫌を悪くしたのか眉間に皺を寄せる。
「保護者?馬鹿言わないでください。何で私の何倍もの年齢の人間の保護者をやらなきゃいけない」
「そうかい?エヴァンジェがそう言うからそうしとこう。見てて面白いから俺はどっちでもいいけど」
レイナルドはそれだけ言うとケラケラ笑いながら部屋から出ていく。基本的にチャラチャラした風貌のためよく誤解されるが実は誠実な男というのも知っている。
カルディアは大きくため息をつくと、頭をかきながら呆れたように口を開く。
「…わかった。あんたがいいのならあたしは黙るさ。引き続き偵察してるよ」
「感謝しますカルディア。もう少しで準備は整いますから」
あと少し、あと少しだ。この戦いが敗北で終わったにせよ、ギルドという存在と魔族の存在は揺るがせられる。
そのために散った命だけは無駄にしてはいけない。
エヴァンジェは密かな決意を胸に刻み、また1歩を踏み出した。




