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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第4章 秩序を壊す者、己を殺す者
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第1研究室"アリーヤ"

明けましておめでとうございます。

今年も、エリーたちをよろしくお願いします

あの戦争から1ヵ月。

こんなにもはやくフィレンツェに帰ってくるとは思ってはいなかった。だがそれを喜べる状況ではない。


「ここが…」


魔術研究所の目の前でエリーは立ち尽くしていた。





「魔術研究所…魔術研究室の集まりの総称です。エリーさんが行くのは第1研究室"アリーヤ"…ですか。はぁ」


露骨に嫌な顔をするウェイの隣でまたマキナも同様の表情をしていた。


「"アリーヤ"…。あたし嫌いなのよ、堅苦しいし保守的だし。未だに"アリーヤ"にだけは名門出身の魔術師ないし研究者しか入室できないのよ?時代錯誤もいいところね。ま、"アリーヤ"以外は割と開放的なんだけど」


魔術研究所の職員である2人がそう言うのなら偽りはないのだろう。むしろそれを聞いて不安になってきた。





「確かウェンもマキナさんも第2研究室"タスク"の職員だったっけ。…どうなの?」


ウェンが秩序の守護者ギルド・ガーディアンにならない代わりに、"タスク"に入室することを強制されたのは数日前に聞いている。


だが実際の"タスク"がどんなところなのかは聞いていなかった。


「どうなのって…。流れ者のあたしでも居心地はいいわね。室長を筆頭に変なやつばっかだけど」

「そうですね。癖は強いですけど、不思議と嫌いにはなれない人たちですね」



「そうなの?ならよかったよ…。…はぁ、尚更不安だなぁ」


軽い検査だけだと聞かされているが、そもそも禁術の無断使用の忠告だけではないのだろうか。


「何でも、エリーの"代償ペナルティ"とあの時魔族化しなかったことが何かしらの因果関係があるとお上は考えてるらしくってね」


体の成長が止まったことだろうか。それに魔族化しなかった理由はただ運が良かっただけと考えていたのだが、それにも理由があるというのならば…聞きたいかもしれない。




「それにしても遅いわね。すぐに案内を寄越すからここで待ってろと言われて既に何分経過したのかしら?」


珍しく黙りを決め込んでいたシルヴィアが口を開く。


「"アリーヤ"の連中はだいたいこんなものだ。…アリーヤ、か。らしい名前だな、奴らは自分たちこそ至高の存在だと疑っていない。俺の嫌いな人種だ」


明らかに怒気を含んだように吐き捨てる。この3人は"アリーヤ"で何があったのだろう…。





やたらと重い音ともに"アリーヤ"の扉が開く。


「お待たせしました。エリー・バウチャーさん。後はエリーさんのお仲間も…む、No.8とNo.9ですか。えぇっと、確かエリーさんを連れてくるとの任務ですね。…ここで任務は終了ですが、どうなさいますか?」


扉から出てきたのはまだ20代と思われる青年だった。

もっと年老いた人間ばかりいるのだと考えていたが、予想外である。




ウェン、キニジ、マキナの3人は驚いたようにその青年を見る。


「アンタ本当に"アリーヤ"の職員?見たことないんだけど」


怪訝な顔をしてぐいっと青年に近寄るマキナ。マキナ本人は気付いていないが、かなり近い。


「い、1ヶ月ほど前に"アリーヤ"に配属されたエルヴィンと申します。魔術師としての才能はありませんが、研究者として認められて"アリーヤ"の一員になりました」


新人ならマキナが知らないのも無理はない。それにしてもここまでマキナの対応がキツいことを考えると相当嫌っているようだ。




「あぁ、そうか新人か。俺はエリーに同行する。問題はないだろう?」


感情的になるマキナとは違い、キニジはあくまで冷静な対応を崩さない。


「問題はないはずです。あなたはどうしますか?」

「あたしも同行する」


結局6人全員行くわけだ。キニジはともかく、マキナまでついてくるとは予想していなかった。彼女なりに思うところもあるのだろうと結論を出す。





やたら長い廊下に、エリーたち7人の足音のみが響く。

随分と飾り気のない無骨な造りだ。研究以外には興味ないというのが言葉にせずともわかる。


「そういえば、本来のギルドがどういうものか知ってる?」


沈黙に耐えかねたのか、それとも別の何かがあるのか、最初に口を開いたのはマキナだった。


「ギルド?確か約300年前、ソーマ・アリーヤなる人物によって創立されたってことは知ってるが」


それに答えたのは以外にもギュンターだった。



「それも間違ってないけど、ギルドを創立したのは正確にはソーマ・アリーヤではないわ。今のギルドは傭兵の同業者組合が元になった組織だと伝わってる。その元の組織を作った人物の名前は残念だけど伝わってないけどね」


そのギルド元の組織を率いていた人物は一体どういう想いを残して、そのソーマ・アリーヤという人物にギルドを託したのだろうか。


「もっと言うと、ソーマ・アリーヤは300年ほど前まで続いていた大陸の戦争を終結させ、大陸に平和を取り戻した後姿を消したって話よ。今のギルドの体制を整えたのは3代目」


今までなんとなくギルドの一員として過ごしてきたが、そのギルド創立にも多くの戦いと多くの犠牲があると考えると込み上げる感情がある。



「そのソーマ・アリーヤという人物も謎が多くてね。アリーヤという姓も妻のものらしいし、そもそもその争乱で名が上がるまでの経歴が一切不明。その上戦いが終わったら行方知れず。だから色々と尾ひれがついて神格化されているわ。…それに」


マキナの説明を遮ったのはエルヴィンだ。


「ここです。この副室長室でルカ副室長がお待ちしております。自分はここで待機していますので」


マキナは話を遮られて一瞬不満な表情をするも副室長室の扉を見ると顔をひきつらせる。

ウェンとキニジもあまりいい表情をしていない。






「エリーさん」

「わ、わかりました」


エルヴィンが扉を開けると、そこには荘厳な中年男性が座っていた。


(なんだこの人…!)


ただならぬプレッシャーと殺気。人を寄せ付けないこの力強さはおおよそ人のものではない。




この男――ルカ副室長はエリーを見るなり


「貴様がエリー・バウチャーだな。話は聞いている。時間がない、手短に済ませる」


威圧的に話しながらもルカは手元の書類を次々に処理していく。


「まず貴様の"代償ペナルティ"だが、私は成長の停止ではないと考えている。体の成長が止まるなど"代償ペナルティ"ではありえないことだ。だがそれに近いモノは条件つきだが確認されている」


エリーのことは一切見ずもエリーに口を挟ませる余地は与えない。




「それに関しては我々が調べよう、この後血液検査をしてもらう。が、結果が出るには時間がかかる。"ケミスト"が作り出した結晶機械を以てしても今の技術では月単位が必要だ」


ふと、作業を止めエリーを眼前に据える。目を逸らすことは簡単なはずだ。なのにこの男に睨まれると動けない。決して魔術ではない。この男の存在自体がそうさせる。



「次に、貴様が禁術…憑依術式リチュアを行使した件についてだが、先の2度の行使には目を瞑ろう。だが次に無断で使うのであれば、ギルドという存在を敵にすると心得よ。本来であればギルドに通達して許可を得るのが通りだが…」


ルカはエリーとキニジを交互に見比べ、またエリーに視線を戻す。



「残念だが今の貴様そもそも使いこなせない。よって許可は出せん。誰が教えたのかは知らんが…中途半端に教えるからこうなる。…さて、ここからがある意味本題だ」


ルカは1枚の紙を取り出すと、エリーに取らせた。


「ニザーミヤ魔術学院?」

「魔術研究所が設立した魔術の学院だ。今の貴様はギルドの管理下に置く必要がある。禁術のこともそうだが、その特殊な"代償"の研究対象でもあるからな。そこでエリー・バウチャー。貴様には血液検査が終わるまでの期間、そこに在籍してもらう。すぐに決めろとは言わん、だが明日までには答えは固まらせておけ。貴様の選択肢はそこに行くか、"アリーヤ"で軟禁されるかのどちらかだがな」


選択肢はふたつにひとつということだ。確か検査が終わるまでは月単位でかかるといっていたはずだ。

それまでエリーはその"ニザーミヤ魔術学院"にいることになる。



「待って。その学院は信用に値するのかしら?」


シルヴィアの目にはルカに対する警戒が色濃く出ている。エリーに何かあったら許さない、明らかにその言葉には敵意を含ませている。


「魔術研究所、延いてはギルドの管轄下の学院が信用できないとでも?舐められたものだな、ギルドというのも。心配なら貴様も入ればいいシルヴィア=クロムウェル」

「わかったわ。そうさせてもらいましょう」


言いたいことは言い終わったのか、また黙りを決め込むシルヴィア。


「以上だ。この後貴様には血液検査が待っている。それさえ終われば後は帰っていい。ただし明日までには結論を出せ。魔術学院に行くか、軟禁されるか、な」


ルカはそれだけ言うと、再び書類の処理を始めた。





「えっと…皆さん、こちらです」


エルヴィンに案内され、副室長室から出る。

まず不満を爆発させたのは、やはりと言うか、シルヴィアだった。


「全く…何よあれ。感じ悪いわね」


ウェンも緊張が解けたのか、大きなため息をつくと


「こんなものですよ。むしろルカ副室長は"アリーヤ"の中でも話せばわかるタイプの人です。彼が対応してくれて助かりました」


ルカはウェンの言っていた通り威圧的ながらも、柔軟な対応ができる人物なのだろう。逆に他の"アリーヤ"職員がどんなものか気になってはきたが。



「後は僕が血を取るだけで終わるんだよね?さっさと終わらせて帰ろう…なんか疲れたよ」





その後はエリーの血液を抜き取り、アズハル孤児院に帰ることとなった。

マキナとはそこで別れ、エリー、シルヴィア、ギュンター、ウェン、キニジの5人は孤児院に泊まる予定だ。

既に1度孤児院には荷物を置いてきているため、体自体は軽いが足取りは果てしなく重い。


「おかえりー!…どしたの?」


孤児院の扉を開けるとレベッカが明るく迎えてくれた。今はこの明るさが非常に助かる。


「おかえりなさい。夕食の準備ができているのです」


マリーは暖かく迎えてくれた。やっぱりここは安心する。


「実はね…」




レベッカとマリーに一通り説明すると


「えぇ!?エリー学校に行くの!?」

「ニザーミヤ魔術学院、やはり…。いえ、行かなくてはいけないのなら行くべきだと思いますよ?エリー」


行きたくないわけではないが、そこにいる人と少なからずも関わることになる。1ヶ月から2ヶ月程度で結果は出ると検査の時に説明されたが、あまり人が多いところは好きではない。


だったらむしろ"アリーヤ"にいた方が…


「"アリーヤ"に行くのだけはやめた方がいいですエリーさん」

「同感だ。ニザーミヤの方がいいだろう。魔術も学べるしな」


ウェンとキニジがここまで言うのなら、やめた方がいいかもしれない。



「魔術学院ね。エリーを1人にしたくなかったし、勢いで私も行くって言っちゃったけど、不安だわ」

「シルヴィアも行くの?…私も行きたくなってきた」


だけど孤児院がーとレベッカが悩んでいると、隣に座っていたマリーが


「そういえばキニジさん。今回はどのくらい滞在するのですか?」


まさか自分に話が振られるとおもっていなかったのか、キニジは多少たじろぎつつ答える。



「少なくともエリーの検査が終わるまではここにいるつもりだ。どうかしたのか」


それを聞いて、マリーは嬉しそうに笑いながら


「大丈夫ですよレベッカ。キニジさんが孤児院のことを手伝ってくれますから」


当然のように、キニジを手伝わせることを決定する。キニジも最初は驚いていたが、「まぁいいか」と承諾。

それでいいのかと思いもしたがマリーが嬉しそうなのでキニジもいいのだろう。



「となると僕の答えは魔術学院に行くこと、だよね。うん、シルヴィアとレベッカがいるならいいかな」

「じゃあ決定ね。明日また"アリーヤ"に行くのは癪だけど仕方ないわ」


どうせ結果が出るまでの短期間だ、問題ないだろう。

だったらせめてその学院での生活を楽しもうと思う。



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