崩壊への前奏曲
―――時を少し遡る。
この部屋はいつになっても慣れない。
苦手…というわけではなくて、僕自身がどこか入るのを拒んでるそんな感じがするのだ。
実際この部屋には僕以外にも、女が3人、男が3人と多少は広いとはいえ、この部屋が狭く感じる。
――なるほど、撤退するから門を開け、か。別にそれはい構わない。
「ふっ」
膨大な魔力により詠唱をしなくても魔術の行使は可能だ。確かに詠唱した方が魔力の消費も少ないが今は緊急事態だ。詠唱している間に死なれたら目も当てられない。
どうせ魔力は腐るほどある、だったら確実に助けられるこっちを選ぶ。
「いやぁ助かりましたよデイヴァ」
この人を食ったような面構えの男――エヴァンジェは僕が転移魔術で作った門なら出てくると開口一番そう告げた。
「何が助かりましたよ、だ。あのキニジという男にだって本当なら遅れはとらないだろ?何故手を抜く」
エヴァンジェの実力は確かだ。正直僕だって確実に勝てるとは限らない。これで魔族化していないというのが驚きだ。
いや、本当に魔族化しているのはここにいる"オラクル"の中でも僕だけだ。武人のような出で立ちの男――テラだって"暴走術式"で魔族化はしているが、真の意味では魔族とは言えない。
「それにもうひとつある。何を考えたかは知らないが、宗教団体の真似事とは感心しないぞエヴァンジェ」
僕が神? 笑わせる。たった1人すら守れなかったヤツが神なら、世の中の人間はどれほど神と呼ばれるのだろうな。
「こういうのはインパクトが大事ですよデイヴァ。それに今の"オラクル"が宗教団体だと勘違いされれば、捜査の手も少しは離れる。それにですね。我々"オラクル"は確かにあなたとは協力関係を結び、"暴走術式"等々禁術の知識を授かりました。ですが…あなたに従う義理はない。もっと言えばあなたは我々に後ろから斬られる可能性だってあるわけで」
だから信用するなとでも?少なくともエヴァンジェが裏切ることはないとわかっている。
そもそも僕がこの計画を実行に移したのは…彼らの協力があってこそだ。ギルドに復讐し、『魔族の絶対的殺戮を止める』ことが目的のエヴァンジェたちと、『いつか人類の敵になる人間の殺害』が目的の僕は今のところは利害が一致している。
ギルドを追い詰めれば必ずヤツは現れる。そもそもギルドの本部がフィレンツェである以上、ヤツはフィレンツェにやってこなければならないと"知っている"。
そうだな…もっと言えば僕の本当の目的は『いつか必ず人類の敵になる人間を殺害し、彼女を今度こそ救う』ってことだろう。
そのために全てを犠牲にしてきたのだ。人間としての自分も、時間も、全てヤツを殺すために培ってきたものだ。ギルドだってそうだ。
僕の前から去ろうとしていたエヴァンジェはふとこちらを振り向くと
「あとひとつ訂正ですデイヴァ。私は手など抜いていませんよ。本気で戦って普通に負けただけです」
「ならばなぜお前が愛用しているその無銘の剣を使わない。そもそも誰が作ったかわからない剣なんて」
ここまで言って口を閉じる。つい怒りに任せて捲し立ててしまったが、普段は冷静なエヴァンジェでも感情を乱すことだってある。それがエヴァンジェが携えている剣をなじった場合だ。
「…悪い。言い過ぎた」
「…まぁいいです、私も言い過ぎました。デイヴァ、これは私の戦士としての考えですがね。戦士が真に持つべき剣は名工が打った業物ではなく、その戦士がそれと決めた剣だと私は思っているのです。それと決めたのならば、例えド素人が打った剣でもその戦士が持つべき剣である。…と私は考えています」
正直に言おう。僕はこの考えが羨ましい。戦士としてここまでの考えをもったエヴァンジェがとても眩しく見えた。
「それにしても聞いていた通り、やはりデイヴァ、あなたと彼は似ている…どころか全くの同じですね。同じでなければおかしいですが。なにせ」
「黙れ。お前がそうであるように僕だってキレることはある。2度とその話はするな」
剣に手をかける。それ以上語るなら剣を抜くことも構わないという意思表示だ。実際にそうであれば僕は躊躇いなくエヴァンジェの首をとる。
「フッ、ちょっとした仕返しですよ。今のところはあなたと刃を交えるつもりはありまそん。今のところは、ですけどね」
わざわざ強調して言ってくれてご苦労なことだが、こいつは裏切らないのはわかっている。そもそもこいつに僕自身のことを話さねざ計画はここまでスムーズに進まなかっただろう。
何せこいつにとって僕は『希望』そのものだ。
ギルドに復讐こそすれ、エヴァンジェの真の目的は『意志疎通ざできる魔族の存在』を示すこと。こいつは神話や伝承をよみ解いていくうちに僕のような魔族の存在を知った。ま、僕は出自が若干異なるが、エヴァンジェにとっては些細なことなんだろう。
それに気付いたエヴァンジェは論文をまとめあげギルドと魔術研究所に提出。反論なりなんなりがあるにせよ何かしらのアクションがあると思っていた。
だがギルドと魔術研究所はその論文を焼却処分、存在しなかったことにし、エヴァンジェにその研究は無かったと言わんばかりの態度をとった。
それを知ったエヴァンジェと一部の第7研究室"オラクル"職員は暴走。
非人道的な実験を繰り返し、秩序の守護者と第1研究室"アリーヤ"の介入により壊滅、"オラクル"は解散となった。…いや、なればよかったのだろうな。
なんとか逃げ出したエヴァンジェを含む"オラクル"の連中5人はここ6年間で力を蓄え、僕という存在を見つけ、ギルドに復讐する準備を着々と進めている。
…む、そういえばケイネスの姿が見えない。エヴァンジェとテラとともに出たはずなんだが。
「おいエヴァンジェ。ケイネスはどうした?」
「………した」
「は?」
「死にました」
なっ…、嘘!? 少なくともこんなところで死んでいいわけかない。"オラクル"の大義を果すまで死ねないと言っていたのはあいつじゃないのか!
「なんで黙ったままなんだよエヴァンジェッ! お前の大切な仲間が死んだんだぞッ!」
僕とは関係ない、僕とは関係ない、そう言い聞かせてきていたが、どうしても1度関わった人間には情が移ってしまう。この悪癖だけはいつまでたっても治らない。
それなのにこいつは…なんで平気でいられるんだッ!
「平気なわけがないでしょう!彼だって"オラクル"とは関係のない道を選べたのにそれでも私についてきた大切な友です!それを喪って、苦しくないわけがないッ!……すみません、声を荒げてしまいました。私らしくありませんね」
以外だった。こいつはもっと物事を冷静に考えられると思っていたが、こんな激情を胸に秘めているとは考えられなかった。
「リディア、メディア、カルディア。少し頼みごとがあります」
エヴァンジェはこの部屋にいた女3人、正確には3姉妹に
「ギルドと"レイヴン"の動向を監視してもらえますか?そうですね、1ヶ月ほど」
「了解。ギルドはともかくカラスまで監視するのかい?別に構わないがあたし1人で十分だろう」
荒っぽい外見の女――カルディアは偵察に特化した魔術師だ。このリディア、メディア、カルディアの3姉妹は元"オラクル"職員ではない。元はギルドの人間だ。
リディアは商業の手腕には確かなものがあるし、剣士とても実力は高い。
メディアは魔術師としては"タスク"の連中にも引けをとらない。
カルディアは偵察・監視任務なら右に出るものはいない。
この3姉妹は誰もが優秀な人材だ。エヴァンジェも言葉にこそしないが信頼しているんだろうな。
だが問題があるとすれば―――、
「わ、わわわかりました。み、見てきますぅ」
このように、対人恐怖症の次女と
「お姉様が手を出すことはありません。私1人で十分です。だから偵察終わったら撫でてください!」
……シスコンの三女だろう。
以外にも一番マシなのは長女だが、あいつもあいつで問題が…。
いやどうでもいいか。どうせ僕の目的にはこの3姉妹は関係ない。
「そうか。ではカルディアだけで十分でしょう。メディアとリディアは待機を」
「わ、わかり、ました」
「残念です…」
やっぱりこいつら大丈夫じゃない。
頭が痛くなってきた僕を他所に、エヴァンジェは
「さてデイヴァ。これからどうするつもりですか?」
「どうするもこうするも、まだ動く時じゃない。次にヤツがフィレンツェに来たとき…それがチャンスだ。確実に仕留める。ま、お前らの騒動に乗じて、だけどな」
そうだ、確実にヤツを仕留める。2度と同じ間違いが起きないようにな。
だがヤツと一緒にいる仲間たちとは刃を交えたくない。その仲間を救う意味もあるのだから。
どうにかして1対1の状況を作り出さねば。
悩む僕を尻目に、エヴァンジェは両手を天に上げ叫んだ。
「では始めよう…我々の戦いを!」
例えそれがもう逃れられないモノだとしても。
彼女を救うために――必ず殺す。
年明けに投稿できるかなと考えていたらまさか半日で書き終わるとは…。
普通は2日かかったりするんですけどね。オラクル陣営を書くのが楽しかったのもあります。
それでは第4章、『秩序を壊す者、己を殺す者』(決定)です。
"オラクル"編も折り返しを過ぎて、話の中心は"オラクル"になっていきます。




