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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第3章 継承戦争
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決着③

間に合え。間に合え!間に合えッ!

シャルルとオリヴァーがあの程度の爆発で死ぬはずがない。

だから生死に関しては心配はないのだが――このままではシャルルは間違いなく敵を斬るだろう。


あの時、もうシャルルに人を斬らせないと約束したのだ。

たった1人との約束も守れないようでは、大切なものなど守れやしない。

クロムウェルの名に、そして何より自分のプライドにかけて、守り抜いてみせるッ!





「見えた!」


シャルルの付近に複数の敵兵がいるのが確認できる。

殺される、などと心配はしない。

彼女はそんなことで死にはしないだろう。


ふと、シルヴィアはあの日のことを思い出していた。


自分がシャルルと出会ったあの日のことを。





◆◆◆




「あなたが私のあたらしいメイドなの?」


あの日のことは今でもはっきり覚えてる。



「はい。シャルルと申します。シルヴィアお嬢様と歳が近く、話しやすいだろうということで、本日からわたし…わたくしが世話をさせていただきますわ」


突如として屋敷にやってきた美人のメイドに驚かせれたものだ。

だがシャルルがとても話しやすかったこと、そして何より優しかったのだ。シルヴィアがシャルルになつくのにそう時間は必要なかった。


だが楽しそうではあるがどこか影があり、ある日突如姿を消すのではないか、そういう不安も過っていた。

その当時はある商人が何者かに殺されたとの事件が発生していて、尚更不安を感じていたのもある。


しかしシャルルが「大丈夫ですよお嬢様。何かあればわたくしがお守りしますわ」との言葉だけで心の底から安心できた。


他のメイドが言わないであろうことも、お構い無しに言ってくれたこともありギュンターやウェン以外に心置きなく話せる数少ない人物でもある。いつの間にかシルヴィアはシャルルを姉の様に慕っていた。まさかシャルルもシルヴィアのことを妹のように思っていたとは考えていなかったが。


キスリング侯の言葉で涙を流したあの夜も、ギュンターとウェンを悪く言うつもりはないが、男2人は何をしていいかわからなくて何も言えなかったのに対し、シャルルは慰めてくれたのだ。

優しく声をかけてくれた。たったそれだけでも嬉しかったのだ。




シャルルは自分のことを血で汚れた殺人者って言っていたが、それは違うと声を高らかに叫んでやろう。

エリーにも言えることだが、他人に優しくできる人間がそんなただの血で汚れただけなわけがない。


過去は変えられない。重要なのはそれをどう乗り越えるかだ。乗り越えるだけの強さは誰もが持っているはずだ。気付いていないだけの話なのだ。


それだけの強さを持ったシャルルにまた辛いことはさせたくない。手を汚すのは自分の役目だ。約束は必ず――この手で守ってみせるッ!





あと10歩、絶対に間に合わせる。

シャルルは私にたくさんのことを教えてくれた。あんなに楽しそうに笑っていたシャルルにまた同じことをさせはしない、それは絶対だ。


シャルルが近くにあった剣をとる。

そんなことさせない、もう少しで自分の剣が届く範囲だ。

だから―――、



「届けええええぇぇぇぇ!」


剣が敵兵を捉えたと同時に『影』の衝撃波が敵兵を貫く。

『影』は長い詠唱と大量の魔力が必要だったはずだ。だが今はそんなことはどうでもいい。

シャルルとの約束を守れた、今はそれで十分だ。




「お嬢様!?なん…何故ここに!?」

「言わなかったかしら?シャルルの手はもう血で汚させないと。…約束、守れたわよね?」


剣についた血を払い、少しだけカッコつける。


「ええ、守れましたよ。お嬢様」


にっこり笑ったシャルルの顔を見ると、心の底から良かったと思える。




後は、邪魔者を片付けるだけだ。


「ふふっ、そこらの敵兵さん?このシルヴィア=クロムウェルが直々に逝かせてあげるわ!覚悟なさい!」


正直真正面から勝てるとは思っていない。馬鹿正直に戦うつもりもない。





「お前1人でか?公爵家とはいえ容赦はせんぞ!」


1人が剣を構え、突撃してくる。

ひとつ試させてもらおう。


「せあっ!」


まずは剣を受け止める。エリーの動きを真似て、剣の勢いを殺さぬまま地面まで流す。そのまま上から剣を叩き付ける。


「グっ!?」


苦悶の声をあげそのまま倒れる。……人を斬るのは、いつまでたっても慣れない。

しかし一々気を落としている場合ではない。ここで時間をかければかけるほど不利になり、シャルルが剣をとることに繋がりやすい。


だから一瞬で終わらせよう。そのための力だってあるのだから。





剣の切っ先で指を少し斬り、血をしたたせる。それを地面に垂らし、剣を突き立てる。

準備は整った。



「…クロムウェルと契約結びし神の刃。我が血を糧とし蹂躙せよ、破壊せよ、凪ぎ払え。シルヴィア=クロムウェルの名に応じ、現れよ!暴虐なる影の嵐!ふふっ、私の『影』…受けてみなさい!」



魔力を全て持っていかれる感覚。同時に剣に膨大な魔力が注がれ剣がミシミシと悲鳴をあげるのがわかる。

そしてそれをシルヴィア自身に戻す。触媒が剣である以上魔族化する危険はない。

過去にクロムウェルの血をもつものが、"何か"の力を得たらしいが今はそれを気にしていられない。


シルヴィアを伝った魔力は『影』に注がれ、それは刃のカタチを得て敵を凪ぎ払う。

憑依術式リチュアの応用だということにはなっているが、シルヴィア個人ではこれはもっと違うものなのではないかと考えている。





「な、なんだよあれ…!」

「影…?アレが人の影なのか!?」


答える義務はない。


「さあ、行きなさい!」


言葉では余裕を持たせているが、魔力を全部を使うため実は立っているのがやっとの状況だ。これでやれなければ、死ぬ。その事実だけがまだシルヴィアの足を立たせていた。





影はシルヴィアが指示することなく、自動で追尾し


「なっ…ぐ、がぁ!?」

「…ぁっが!」


正確に敵を捉え、斬っていく。流石に斬り刻むのは見られない。だから一撃で仕留める。





――――僅か10秒。


たった10秒でシルヴィアの前の敵兵たちは言葉解さぬ塊になっていた。





「………」


この惨状を見て、ある種の感情が沸かないと言えば嘘になる。


「お嬢様…」

「ねぇ、シャルル…。私、守りきれたわ、よね…?」


消えかけの蝋燭のような意識をなんとか踏みとどまらせる。


「はい…。わたくしをちゃんと守ってくれましたわ…」


だとすれば良かった。約束を守りきれた。



ふと視界が傾く。


「お嬢様!?」


体から力が抜ける感覚。


(そうか、私は――)



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