預けられる背中、守り抜く背中
ちょっと今回は説明が多いです…。
「さて、作戦会議といきましょうか」
開戦からちょうど10日。クローヴィスとギュンターに合流したエリーたちは情報の整理と休息を兼ねて前線から少し離れたところで昼食をとっていた。
「んじゃ俺からだな。戦況としては王立軍、鉄騎隊、連合軍それぞれの損耗は激しくねぇ。どっちかといえば反乱軍の方が激しいだろうさ。だが例の2人のお陰で攻めあぐねてる状況だ………ん、うまいなこれ。エリーかシャルルさんのどっちだ?」
サンドイッチをかじりながら戦況報告するギュンター。誰が作ったかの選択肢にシルヴィアがいないのはギュンターもシルヴィアの料理を……。がここまで考えエリーは思考を止める。多分これ以上考えても得をしない。
「それは僕が…ま、まぁとりあえずそれは置いといてやっぱりあの2人が鬼門だよね」
シュタインは剣の腕もさることながら、魔力の放出、魔力強化を平然と使いこなしていた。
流石は秩序の守護者ということだろうか。
マキナの実力はまだ定かではないが、魔術師としての技量ならトップクラスであることは間違いない。
だがこちらには規格外の魔力量を誇るウェンがいる。
なんとかウェンにマキナを抑えて貰い、先日と同じようにシュタインと多対一の形にもっていくことができれば勝機はあるはずだ。
「それは僕から。まずはNo.10、シュタイン・ベルガーです。彼はなんと言っても器用ですね。剣術はもちろんのこと魔術も高い水準で使いこなせるとのことです。実際に戦った3人ならわかると思います」
「まぁな。そうだな…この中で戦い方が似てるのはエリーじゃねぇか?剣と魔術を織り交ぜつつ戦ってるし。てかそのお陰でシュタインと戦いやすかったしな」
あの場にいたエリー、クローヴィス、ギュンターの中でギュンターが一番シュタインと渡り合えていたのはそういうことたろう。
だが、魔術はともかく剣の腕ではエリー1人ではシュタインに敵わないのが現状だ。
「次にNo.8、マキナ・アモーレ。彼女は厄介ですね。何しろ僅か13歳で秩序の守護者に選ばれ"神童"とまで言われた人です。彼女は魔力量が、まぁ多いんですが、常識の範囲内です。彼女の場合は魔力を効率的に使うことに長けているんです。実質的な魔力量は僕と大差ないんじゃないかと思われます」
ウェンと魔力量が大差ないのならば、裏を返せば戦闘が長期化するということだろう。
つまりそれだけシュタインとの戦いを有利に運べる…のだが、ウェンがそもそもこの作戦に乗るかどうかもわからない。
それにマキナが僅か13歳でその後の生き方を決められたというのはそれは辛いことなのではないだろうか。
エリー自身は決められたのではなく、決めたことだ。だからこの生き方に後悔はしないと決めている。
だがこれが誰かに決められたことなら、耐えられなかったかもしれない。
「はい、質問」
いつになく真剣な声音のシルヴィア。
「前から気になってはいたけど、秩序の守護者は選ばれたら必ずならなくてはならないものなの?」
実は前から気になってはいたことだ。
基本的に誰かの肩を持つことはしないキニジが、ギルドの駒ともいえる存在になるのは少し理解できていなかった。
ならば強制的にと考える方が自然だろう。
ウェンはしばし口を閉ざすが、
「はい、強制です。抜け道はあるにはあるんですけどね。GMでなくても強制的に、です。ギルドも力がありすぎる個人を放っておく訳にはいかないですからね。出来る範囲でその人物の要望を聞いてでも管理下に置きたいということです」
「そう…わかったわ。でもこれから戦う敵に同情はしないわ。私の個人的な疑問よ。それにウェン、やたらマキナに詳しくないかしら。もしかして知り合い?」
「別に知り合いというわけではありませんよ。ただ魔術研究所で何度かすれ違ったくらいです」
そういえばウェンは魔術研究所の職員だということを思い出した。
確か―――、
「第2研究室"タスク"の次席だったっけか。そもそも魔術研究所ってなんだよ」
エリーが抱いていた疑問を口に出したのはギュンターだった。
「文字通り魔術の研究所ですよ。ちょうどいいです。簡単に説明しましょうか。全部話すと長くなるので一部の研究室だけですけど」
・魔術研究所とは
ギルド管下の魔術の研究機関。
『知識の集大成』とも例えられ、事実大陸中の知識人、魔術師が多く在籍する。
その権力はギルドの次とされており、魔術研究所の独断で物事を決めることも(ある程度ではあるが)容認されている。
また、魔術研究所独自の戦力を持つことも上限付だが許可されている。
・第1研究室"アリーヤ"
第1~第6まである研究室の統括、最終段階になった魔術・魔力技術品の実験、魔物・魔族の研究を主な活動としている。
"アリーヤ"とは初代ギルドマスター"ソーマ・アリーヤ"にちなんで名付けられたもの。
今はもうない研究室"オラクル"の調査を行ったのも"アリーヤ"である。
第2研究室"タスク"
ここでは戦闘用の魔術・兵器の研究が行われている。禁術の調査・研究はここが一番盛ん。
また優れた魔術師が自然と集まり、魔術研究所の最大戦力とも捉えられている。
第4研究室"ケミスト"
"タスク"とは違い生活用品、つまり魔力技術品や生活に活用できそうな魔術の研究を主にしている。
魔力結晶などもここで作られたもの。
第7研究室"オラクル"
今はもうない7番目の研究室。
神話・伝承から魔術の発見を試みる研究室であったが、6年前禁術の無断研究及び実験で"アリーヤ"の調査の手が入り消滅。
その際に5人の研究者が逃亡し、1ヶ月ほど前"オラクル"消滅の起因となったキニジと魔術研究所とギルドへの復讐を目的に蜂起。
理性と人間としての形を失わない魔族へと変化させる禁術"暴走術式"を使い、ギルドと魔術研究所に衝撃を与えた。
現在は秩序之守護者による調査が行われているが未だ尻尾を掴めていない。
なお、"オラクル"の研究は"アリーヤ"に引き継がれた。
………簡単にまとめるとこんな感じだろうか。
「…まあこんなものですかね」
一仕事終え、満足した表情を浮かべるウェン。
「お疲れ様。そういえばウェンって次席って話じゃない?…いい地位持ってるわね」
「いやそうでもないですよ。ちょっと特殊ですが次席って何人もいますから。まず室長。次に副室長1人、主席3人、次席5人…。まだありますがそんな感じですね」
てっきりそれこそ上の人物と思っていたがそうでもないようだ。
「ちなみにマキナ・アモーレは"タスク"の主席の1人です」
「細かい話は置いといて、単刀直入に聞くぞウェン。お前、戦えるか?」
ギュンターの真っ直ぐとした飾り気のない言葉にウェンは一瞬、一瞬だけ言葉を飲むと
「戦いますよ。…というか僕が戦う前提で作戦立ててますよね?」
「あはは…バレたか」
「当たり前です。エリーさんも1人で考えないで言ってくれればいいものを」
ウェンが人との戦闘を好んでいないのは知っている。だからあまり無理強いするつもりはなかったのは確かだ。
「でもウェンいいの?」
「やりたくないことと、できないことは別です。彼女を抑えられるのが僕しかいませんし、……やりますよ」
覚悟を決めた瞳がそこにはあった。
「ありがとう、あとごめんなさいねウェン。でもやってくれるなら…この背中、絶対の安心をもって進めるわ」
「ええ、安心してください。皆さんの背中は僕が絶対に守ります」
ならばそのウェンの覚悟を無下にはしない。ただ前に向かって突き進むだけだと決める。それが信頼と呼べるものだろう。
最終的にはエリー、シルヴィア、ギュンター、クローヴィスの4人がシュタインと多対一の状況を作り、ウェンと鉄騎隊がマキナと反乱軍の足止めという形になった。今回はウェンも魔術の出し惜しみなしの全力で挑むと言っていた。
不安なんてものは存在しない。ウェンを心から信頼しているからだ。
「さて、決着をつけに行きましょうか」