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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第3章 継承戦争
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生きる道

目覚めてから2日、未だにエリーは歩けずにいた。

はじめは車椅子の生活も新鮮で楽しめてはいたが、2日経つと楽しさよりももどかしさの方が強くなってくる。


……そういうわけで。

シルヴィアから本を借り、むすーとした表情を作り中庭にて眺めていたエリーだったが、予想以上に内容が難しく途中で諦めてしまった。

マリーから読み書きや計算は一通り習っているが、これほどまでに難しい本となると"読む"より"眺める"と言った方が近い。





シルヴィアはそんなエリーの顔を不思議そうに眺めて


「エリー?どうしたの?」


貴族の子女であるシルヴィアは自分よりも教養をあるのはわかってはいたが、ここまで差があるとは思っていなかった。


「シルヴィア、これ難しくない?」

「そう?私の得意分野なのもあるけど、比較的簡単よ?」


『数学』と言われるこの分野は自分にとっては苦手と結論を出し、話を切り替える。




「シルヴィアは誰から勉強とか剣とか習ったの?」

「剣はギュンターのお父様から。勉学は…」


するとシルヴィアの隣にシャルルが音もなく現れ


わたくしですわ。私が来る以前は王都の学校に通っていたそうですが」

「シャルル!いつの間に!?」


本当にシャルルは神出鬼没だ。気配を消すことになれているのだろうか。

驚くシルヴィアとは違い、シャルルはいつもの余裕を感じさせる笑みを浮かべながら


わたくしの話と聞ききまして」


さも当然のように告げる。

シルヴィアは呆れた様子でこめかみに手を当てながら


「理由になってないわよ…。とはいえ私がシャルルから学んだのは確かよ」




シャルルはエリーの顔を覗きこむとこう告げた。


「エリー様も教わってみます?」


正直教わってみたいのは確かだがすげなく断る。今は戦地にいるクローヴィスとギュンターが心配でならない。

2人が死ぬ、ということはシュタインやマキナと戦わない限りないだろうがそれでも心配なのだ。




「そうですか…残念です。…エリー様を見ていると、思い出すのです。12年前に姿を消した弟のことを」

「弟、ですか?」

「ええ。彼はもうわたくしの顔は覚えていなさそうですけどね」


クスクスと笑うシャルル。が、すぐにその表情を止め

わたくしの名前、ひとつ気になるところがありませんか?」

「シャルルの名前?うーんそうね…」


シルヴィアと考えるが、一向にわからない。



「シャルルって、本当は男性の名前なんです。本来、わたくしはシャルロットという名前のはずでした」

「でした?」

「…わたくしの家は、代々暗殺者の家系でしたの。そこでわたくしは男として生きてきた。もう10年も前になりますけど」


あの時、キスリングが元暗殺者と言っていたのを思い出した。

特に気にはしていなかったが、まさかシャルルのことだとはエリーは思いもしていなかった。


「12年前に人殺しの仕事が嫌なのか、まだ7歳の弟が逃げ出したのです。それ以降見つけられずにいたので死んだと思っていたのですが…」



「まさかここでその彼と会うことになるとは思ってもいませんでしたわ」


ここにいて、12年前に7歳。この条件に合致している人物を自分は知っている。

だが…そんなことがあってもいいのだろうか。


わたくしのフルネームは、シャルル・アークライト。もう、お分かりですよね」


孤児院の頃、クローヴィスは頑なに自身の過去を話そうとはしなかった。お互いの過去には踏み込まないのが暗黙の了解としてあったため特に言及したことはなかったが、まさかこういう事情があったとは知りもしなかった。

それに、クローヴィスとシャルルの容姿は確かに似ている。それも姉弟だというのなら説明はつく。



「それで…言いたくなかったらいいんですけど、シャルルさんはなんでここに?」


シャルルの話を聞く限り10年前までは普通に暗殺者として活動していたことになる。

悪趣味かもしれないが、どうしてクロムウェル家のメイドとして仕えることになったのか純粋に気になるのだ。


「…ねぇ、シャルル。私も気になるわ。シャルルって昔のこと全然話してくれなかったじゃない」

「ご安心くださいお嬢様。ここまで話したのです、中途半端には終わらせませんわ」







一呼吸いれ、口を開く。


クローヴィスがいなくなってから2年が経過していたあの日、わたくしは依頼を完了させましたが深手を負い意識も朦朧とした状況でさ迷っておりました」


なんとか歩けてはいたが、ついに限界に達し倒れてしまった。


「その時、たまたま近くにいた当時のクロムウェル家のメイドだったヴィオラさんに助けられこのお屋敷にて介抱されたのです」


ヴィオラは初対面であった自分を特に探ろうともせず、見返りも求めず、無言で傷の手当てをしてくれた。


「ヴィオラさんと旦那様はわたくしに『あなたの素性を深く問いただすことはしない。しばらくここにいたいのならそうすればいいし、出ていきたいのなら何も言わずに出ていってもいい』、そう言ってくれたのです」


シャルルが生きてきた世界は血と金でできている世界だった。

個人が己の欲望のために他者を殺す。暗殺者も金さえ受け取れれば依頼主に従う、そんな世界。

故に誰かのために無償で動くということはないし、優しさなんてものは自分の人生で触れることなんてないただろうも思っていた。

あの日までは。




「お2人の優しさに触れて、暗殺者という生き方に疑問を感じたわたくしは戻るに戻れなくなっていました。その事をヴィオラさんと旦那様に自分の素性を含めて話したのです。…出ていけと言われることを覚悟していました。ですが『そうですか、でしたらここでメイドとして働いてみるのはいかがでしょう?実は旦那様のご息女があなたと年齢が近いのです。あなたさえ良ければメイドとして、お嬢様のお付きのメイドして生きてみませんか?』。旦那様も『素性がどうであれ、仕える気があるのであれば別に私は構わないさ』。気付けば泣いておりました。わたくしのそれまでの人生であれほどの優しさに触れたのははじめてでしたから」


「そうだったの…」

「それからはクロムウェル家のメイドとして、お嬢様の世話をして参りました。そのうちにいつの間にかお嬢様を妹のように思っておりました…お許しを」


シルヴィアは一瞬だけ驚くと、目に光るものを湛え


「お許しを、じゃないわ!わたしだってシャルルのことを」


シルヴィアの唇を自分の指で抑える。シャルルもシルヴィアと同じように涙を浮かべていたが、どこか満足そうに笑っている。


「そこまでです…お嬢様。エリー様たちが時間を稼いでくれた際、1人の敵兵が迫ってきていたのです。あの時私わたくしは無意識にその者を殺していました」


あれから10年たっても肌に刃を刺す感触は忘れられず、人を殺す術も忘れていなかった。




結局、自分は人殺しのままなのだろう。


「シャルルさん…」

「どうか軽蔑なさってください。メイドの真似事をしても…わたしの手は血で塗られているのだから」


この汚れた身でシルヴィアを妹と思うなど烏滸がましいと思う。

どこまで行っても人殺しは人殺しなのだ。





「違いますシャルルさん」

「違うわ、シャルル」


シルヴィアと同時に言ってしまった。


「先に言わせて貰うわエリー。ねぇ、シャルル。あなたは暗殺者であるかもしれない、でも私のメイドでもあるのよ」


シルヴィアはエリーを一瞥するとまたシャルルを眼前に据え


「それにね。私、大事な人を侮蔑されるのは嫌いだし本気で怒るけど、大事な人が自分を卑下するのも嫌いよ」


シルヴィアはあの時も、エリーの時も、本気で怒っていた。周りの人間が本当に大好きだからここまで怒れるのだろう。



だが、それにシルヴィア自身は入ってない。シルヴィアには自分自身も大切にして貰いたいのがエリーの本音だが今はそれを言える状況ではない。



「相変わらず、お優しいのですねお嬢様」

「そう?私は結構冷たい部分あるわよ?」

「優しいですよ、お嬢様は」


涙を拭き、笑うシャルル。


「それにねシャルル。敵兵が迫ってきた時、あなたは真っ先に私を守ろうとしたじゃない。それが…純粋に嬉しかった」


誰よりも、自分を守ろうとしたことが嬉しいと語るシルヴィア。


「当然ですわ。ヴィオラさんとの約束でもありますし」


だから当たり前のことだと、ツンとした態度を見せる。




「シャルルさん、僕からもいいですか?」

「ええ、どうぞエリー様」


思いの丈を吐き出す。


「シャルルさんは自分のことを『人殺し』って言いましたけど、それは僕だってそうです。どうしても取り戻したい命もあります。でもそんなことはできません。だから背負ってきた」


今度はエリーがシルヴィアを一瞥する。


「少し前、その背負うことに限界がきたんです。そんな時、救ってくれたのはシルヴィアたちです。1人で背負う必要はないと教えてくれました。…僕はシャルルさんが何も思わずに殺めてきたとは思えません。だから…」

「『僕にも背負わせてください』ですか?…ふふ、ありがとうございます。嬉しいですわ、エリー様」


先に言われてしまい思わず黙ってしまう。




わたくしは恵まれていますね、本当に」


その時にシャルルが見せた笑顔は多分忘れられないだろう。


「ええ、後悔するくらい恵ませてあげるわシャルル」


笑いあうシルヴィアとシャルルが何故か眩しく感じた。

少しでも、役に立てたのならそれで十分だ。





◆◆◆





昼下がり、心地好い風を浴びながらエリーはまた中庭にいた。

すっかりここがお気に入りの場所になってしまっている。特に何もなければここにいることがほとんどだ。


「そろそろ僕の足も治ってくれたらいいんだけど…」


開戦からちょうど1週間。

まだ大きな動きはないとウェンから聞いているが、戦地にいるクローヴィスとギュンターはやはり心配だ。



ちょっと試すくらいならいいよね、と車椅子から立ち上がろうと両足に力を入れる。


(あれ、力が入る?)


まさかと思い車椅子を支えに立ち上がってみる。

エリーの両足はしっかりと体を支えていた。


「や、やった…立てたっ…!」


あまりの嬉しさにガッツポーズまでとってしまう。

これでやっと自分の足で動くことができる。



「エリー様、そこがお気に入りなんです…まあ!」


偶然そこにやってきたシャルルがすぐさまシルヴィアとウェンに知らせてくれた。


「エリーさん、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫、これで僕も…戦える」


まだ違和感はあるが、すぐに戻るだろう。


「そう…ですか。わかりました、エリーさんがそう言うなら大丈夫でしょう。僕は別に医療とかに詳しくありませんしね」


ウェンは暗い顔から一転、普段のテンションに戻ると少し笑顔を見せる。


「ああ、でも本当に良かったわ。エリーがまた歩けるようになって」

「一時的なものってウェンも言ってたでしょ?」

「それでも不安なのよ…。一緒に散歩するにしてもやっぱり目線が近い方がいいじゃない」


そう無邪気に喜ぶシルヴィアを見ると治って良かったと思う。



「さて、明日にはお父様のところ…戦地に赴くわ。エリー、ウェン、いいわね」

「あらお嬢様。わたくしを忘れてもらっては困りますわ」

「いいのシャルル?あなたは別に」

「別に戦うとは言っておりませんわ。ですが、もし戦うとしたらそれはお嬢様をお守りするときだけ…。それならわたくしもこの刃を抜いてもいいと思っていますの」


暗殺者としてでなく、シルヴィアのメイドとしてこの刃を捧げたいと言葉にせずともわかった。

シルヴィアはそれを聞いて頬を赤らめ


「ま、まぁいいわ。でもシャルルに刃は抜かせない。絶対に」


ぶっきらぼうに言い放つ。



「よし、じゃあ今日は明日に備えるわよ!」


シルヴィアの号令て、各々の準備に取りかかるエリーたちだった。



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