戦いに備え
「ん、ここは…」
シルヴィアの屋敷のエリーに宛がわれた一室で目を覚ました。
おもむろに起き上がると包帯が巻かれた両腕が目に入る。
「そうだ…僕はあの時に…」
使ったことが無いのに憑依術式をぶっつけ本番で使用し、その反動で倒れていたのだった。
「いや、反動じゃない。あの意識が混濁したのは…」
そうじゃないと首を振る。
恐らく自分は魔族化しかけていたはずなのだろう。
慣れていない身での憑依術式の酷使、本来であれば既に魔族と化していても不思議ではない。
「確かに魔力を制御できていなかったはず…、なのになんで魔族化しないんだろう」
確かシュタインも「なぜ魔族化しない」と驚いていた記憶がある。魔力を制御できないのなら魔族化するのではないのだろうか。
なのに体のどこを見ても魔族化したと思わしき箇所はない。
…そういえば今着ているこの服は誰のものだろうか。女性物――確かネグリジェという名前だったはず。となると恐らくシルヴィアのものだろう。
「そ、そうだシルヴィアは…」
腕だけでなく体全身に痛みが走るが、なんとかベッドから抜け出し立ち上がる、が。
「えっ…?」
足に力が入らずそのまま崩れ落ちる。いや足だけではない、下半身に力が入らない。
それでもなんとか腕の力だけでドアの目の前まで到着した。ドアの近くには自分の剣がある、それを支えに立ち上がれば…。
エリーが剣に手を伸ばしたと同時にドアが開く
「ぁ、シルヴィア…」
ドアを開けて部屋に入ってきたのはシルヴィアだった。
「エリー!良かった…!…どうしたの?」
「足が…動かないんだ」
それを聞いたシルヴィアから血の気が引いていく。
「えっ…。…ちょっと待ってて、皆を呼んでくるわ。エリー、1人でベッドまで戻れそう?無理なら私が運ぶわよ?」
「大丈夫。なんとか頑張るよ」
「わかったわ、ちょっと待っててね」
そう言うとシルヴィアは足早に駆け出して行った。
数分後、なんとかベッドに戻れたエリーの元に、シルヴィアはギュンター、ウェン、クローヴィス、シャルルを連れて戻ってきた。
「それで、足が動かないと?」
「正確には下半身に力が入らないって感じかな。また歩けるように…戦えるようになるかな?」
ウェンはしばらく顎に手を当て厳しい顔をしていた。
「恐らくは一過性のものだと思います。憑依術式の反動が大きかったのでしょう。そしてそのことについてお話があります、何が言いたいかわかりますよねエリーさん」
一転、今まで見たことの無いような、本気で怒っているであろう顔をしている。
「うん。無茶をしてごめんなさい…」
素直に謝罪の言葉を述べる。これに関しては間違いなく自分が悪い。
「憑依術式を訓練も無しで使うなんて聞いたことがありませんよ。…魔族化する危険性もあるんですから。いえ、本来なら魔族化していたはずです。運がいいのか、はたまた別の理由があるのかはわかりませんが、二度とこんなことはしないように」
珍しくはっきりと感情を込めて言うウェン。
「それに…もしエリーさんが魔族化したなら、僕らはエリーさんを殺さなければいけない。そうなることを僕らは誰も望んではいません」
もし自分が魔族となれば、シルヴィアたちはエリーを殺さざるを得ない。それで剣が鈍るかもしれない、その隙を魔族の自分が逃さずそれが致命傷になったとすれば…。
「うん、僕は…魔族になるわけにはいかない。なりたくない」
それに魔族になったエリーを殺したら、シルヴィアたちはエリーを殺した十字架を背負い続けるかもしれない。
―――イヴァンとリアンのことのように。
もう自分を責めることはしないが、今でもあの2人の命は背負い続けている。その同じ苦しみをシルヴィアたちに味あわせたくない。
「色々あっても、エリーは人として生きて帰ってきたでしょう?私はそれだけで嬉しいわ」
そう言うとエリーの手を強く握るシルヴィア。
内心ドキッとするがそれは表に出さない、ように心掛けた。
「フフッ、エリー顔真っ赤よ」
「……。そ、そんなことより僕ってどのくらい寝てたの?」
その質問に答えたのはシャルルだ。
「5日、ですね。ちなみに今エリー様が着ているのはお嬢様が着ていたネグリジェですわ」
「そうなんですか…」
「私の個人的な話ですが、クローヴィス様たちとエリー様をこの部屋に運んでドレスを脱がせた際に…」
さらっと何でもないことのようにとんでもないことをシャルルは眉ひとつ動かさず言ったが、エリーにとってはとんでもないことだ。
「えっ、脱がせたって、え?」
「実に華奢でしたね、殿方であるとは信じられませんわ。いえ、実際に殿方であらせられたのですが」
「あー、うん。エリー、御愁傷様」
死にたくなってきた。クローヴィスの気遣いに涙が出そうになる。
なんで自分が意識を失って介抱される度に裸を見られなければならないのだろうか。
「仕方ないでしょう。ドレスだって破けてたし、エリーにも返り血が付いていたんだもの。体を拭きたいし服だって変えなければならなかったわ…」
理屈はわかっている。だがそれでも度し難いものがある。
そして何よりシルヴィアの鼻息が荒くなっているのがさらに心の傷を抉る。
「ちなみにエリー様のスリーサイズですが、70の57の77となって」
「なんで知ってるんですか!?しかもなんで言っちゃうんですか!!」
「お嬢様からの情報兼、私が実際に測った数値ですわ。それにエリー様を見ていたらなんとなく苛めたくなりまして…」
……………。
正直、疲れた。もうまた数日くらい気を失っていたい。
(いやダメだそれは!またセクハラされるぞ!)
こっちをとってはあっちがあがらず、あっちをとってはこっちがあがらない。どうするべきかと頭を抱える。
それを見かねたのかはわからないが
「さてと、真面目な話だ」
ギュンターが助け船を出してくれた。
「ありがとうギュンター!」
感極まって思わず声に出してしまうエリー。
「お、おう。…んでこの5日間の戦局の話なんだが。キスリング一派、反乱軍と仮称するぞ。その反乱軍と殿下…いや陛下だな、その陛下直属の王立軍とクロムウェル公爵家の鉄騎隊、及び有力諸侯の連合軍がここから北の――あぁ、そうだ。エリー、あの時に逃がした陛下や貴族の方々は全員無事だ」
良かった、と心の底から安堵する。
あの場に残った名も知らない傭兵たちが流した血は無駄ではなかったのだ。
「戦局は今のところ優勢、なんだが」
「何かあったの?」
「例の秩序の守護者2人です。No.8マキナ・アモーレとNo.10シュタイン・ベルガー。大部やられているとの話が入っています。特にマキナ・アモーレの魔術での犠牲者が多いそうです」
あの時あと一歩まで迫ったとはいえシュタインはかなりの強敵であったし、そのマキナの実力も相当であろう。
「なぁウェン。お前も魔術師なんだしマキナの実力とかわかんねぇの?」
ギュンターの素朴な疑問に対しウェンは
「わかりませんよ。もし報告通りの実力ならば秩序の守護者には選ばれませんし」
「どういうことなの?」
つまり本気を出していないということだろうか。
「これはエリーさんにも関係ある話です。いいですか?力のある魔術師は余程のことが無い限り全力を出すことはないんですよ」
「じゃあウェンは基本的に全力を出してないことになるわよ?」
「全てが才能で決まる魔術において、自分の底を見せることはそれだけ危険ということです。同じ魔術師同士の対決なら相手の底を知っていればそれだけ対策を立てやすくなる。…僕の場合は相手が人間でないことがほとんどですし全力を出してもいいんですけどね」
全力を出さないことが普通とは言われても、先の戦いで自分の魔力の限界は見せてしまっている。
確かに戦っていたシュタインの魔力量は最後まで判明せず、マキナの魔力量も同様にわからなかった。
(まだまだだな、僕も…)
いくらでも上がいる。身近なところではギュンターには剣で、魔術ではウェンよりも実力は下だろう。ウェンとは魔力量が違うのに比べるのもおかしいが、魔力量だけでなく『魔力を如何に効率よく使うか』にかけてもウェンの方が上だろう。
いくら見上げても頂は見えない。だからこそ面白いのかもしれない。以前シルヴィアから聞いた言葉の意味が少しわかったような気がした。
「とまぁ今の状況はそんなとこだ。あと俺は明日から鉄騎隊の本隊に加わるからここにはいられない。クローヴィスはどうなんだ?」
「俺?んー、オルクスさんの元に戻らないといけないし俺も明日は前線かなー」
「そっか…2人とも頑張ってね」
動けない今のエリーには2人を見送ることと、2人とも無事で帰ってくることを祈ることしかできない。
「私もエリーが復帰次第そっちに合流するわ。ウェンはどうするの?」
「僕はシルヴィアさんの従者、という立場ですしシルヴィアさんが行くようなら同行します。ですが、本音を言えば人とは戦いたくないですね。ですが実際に戦場に立てばそんなことに拘っている場合ではないことはわかっていますが」
「私もお嬢様と一緒にむかいますわ、戦えないわけではありませんもの。理想はその前に終わることですけどね」
ウェンは彼の理念からして人とは戦いたくないのだろう。それでも国のために戦おうとしている。シャルルはシャルルでシルヴィアを守るために戦おうとしている。
それぞれ、何かの意思をもってこの戦争に挑んでいる。
それはエリーも同じことだ。
関係のない話だが、金髪碧眼とクローヴィスとシャルルは似ている。何故だか知らないが、身のこなしかたさえも似かよっている気がした。
「僕もなるべく早く脚を取り戻してそっちに行くよ。今度こそシュタインさんを打ち倒さなきゃね」
「ああ、頼むぜ」
その後はクローヴィスとギュンターの準備でドタバタしていたが、歩けないエリーは手持ち無沙汰になりゴロゴロすることしかできなかった。
シャルルが気をきかせて車椅子を用意してくれたので移動は特に困ることはなかった。
シルヴィアに車椅子を押されながら移動するのは新鮮でもあり、楽しいと感じたのは事実だ。




