前夜
「君がエリー君だな。話は聞いている」
「はい。シルヴィア…さんたちにはお世話になっています」
オリヴァー=クロムウェル。
シルヴィアの父にして、鉄騎隊の創設者。
鉄騎隊の指示はギュンターの父親に任せてあるとの話だが、オリヴァー本人も戦士としてかなりの実力を備えているとシルヴィアから聞いていた。
そんな彼を前にすると自然と畏縮してしまう。
「ふ。そんなに堅くならなくていいのだよ。シルヴィアたちのこともいつも通りで呼ぶといい…。別に怒りはしないさ」
シルヴィアが異例なだけで、他の貴族はそこまで気さくな人物ではないと思っていたがそういうわけでもないらしい。
「どの様な事情かは聞いていると思う。だが君はスチュアートとは無関係の人間だ、そこまで気にする必要はない。……明日のスチュアート中の貴族が集まる会議はシルヴィアも出席する。エリー君、君が行くというのなら話は通してある。護衛、という立場だがな」
どうするかは君次第だとオリヴァーは言っているが、エリーが行くこと前提で話を進めている。
最初から来るとわかっているのだろう。
もちろんエリーも行かない理由がない。
「僕も…行きます。確かに僕はこの国とは今は関係ないけど、それでも行きたいんです」
そう答えるとオリヴァーは笑い
「そう言うと思ったよエリー君。むしろ安心したよ。それでは君には明日、私とシルヴィアの護衛ということで来てもらおう。腕はシルヴィアが保証してくれたから安心だな」
「えっ」
思わず言葉を失うエリー。
「それでは失礼するよ。これでも色々と忙しくてね」
オリヴァーはそう言い残すと部屋足早に去っていった。
(無駄に期待されちゃったなぁ…)
期待されるのは悪い気持ちはしないが、過度な期待はされたくない。失敗してしまった場合のことを考えると体が震えてくる。
「はぁ…仕方ない、頑張るかな」
エリーも部屋からでるとそこにはギュンターの姿があった。
「シルヴィアの父親と会った感想はどうだ?」
ギュンターがいたことに驚きながらも、素直な感想を述べる。
「悪い人ではないと思うけど…なんか怖い人?かな。なんでそんなこと聞くの?」
「そうか。まぁその感想は間違っちゃいねぇよ。まぁ特に理由なんてねぇけど、気になるだろ?完全に外部の人間の評価とかさ」
やっぱ外部内部問わず同じ感想なんだなと1人で納得するギュンター。
少し外部の人間という言葉に傷ついたが、ギュンターに悪気はないのはわかっている。
「それで行くんだろ?」
「もちろん」
当たり前だ。
「安心したぜ。実はシルヴィアがこういう公の行事に出るのは6年ぶりなんだよ。エリーが支えてやってくれ」
「何か嫌なことでもあったの?」
普段は明るいシルヴィアだが、ただ明るいだけではないのは知っている。もし公の行事で嫌なことがあったならば、もしかしたらGMをシルヴィアが志した理由はそこにあるかもしれない。
「シルヴィア自身に何かあったわけじゃねぇけどさ、他の貴族とちょっとな。……オリヴァーさんみたいな平民のことをちゃんと考えてる領主だって存在する。だがその逆もしかりだ。見下してる奴だっている。シルヴィアはハンティンドンの人との関わりで、平民のことがそこらの貴族よりはわかっているんだ。だからこそ許せなかったんだろうな…」
ギュンターは唇を噛み締め
「6年前、まだ14歳だったシルヴィアはこう言ったんだ」
『民の気持ちもわからない領主に統治されている人たちがかわいそう。少なくとも私ならそうしないわ』
「…ってな。しかも貴族同士でのパーティーでだ。あまり良くない施政を強いている領主にむかってな。その領主は何て言い返したと思う?」
『子どもごときに何がわかる。私の幸福こそ民の幸せ。そのためこその民だ。…ふん、どうせ何も知らない平民なんぞに押し付けられたのだろう?くだらない…』
「14歳のガキにはさぞ辛い言葉だったろうな。…泣いてたよシルヴィアは。それからだったかな、シルヴィアがGMになりたいだなんて言い出したのは。弟もいたこともあって、シルヴィアはクロムウェル家の後継ぎの座をあっけなく弟に譲り渡したんだ」
そんなことをシルヴィアから聞いたことすらなかった。
貴族であるシルヴィアがGMを志した理由を聞いてみたいと思っていたが、そんな経緯があったなんて考えもしなかった。
「多分シルヴィアさんは貴族でありながら貴族に絶望したのでしょう。だから自分がそんな人間になってしまう前に、貴族という肩書きを捨てたかった…のではないかと僕は思います」
話を聞いていたのか、ウェンが出てきた。
「盗み聞きとはいい趣味してるじゃねぇか」
偶然ですよとギュンターの言葉を受け流す。
「だからこそエリーさん。あなたの支えも必要なんです。シルヴィアさんは大丈夫なふりをしていますが内心嫌で嫌で仕方ないでしょうし、またあの貴族と何かがあるのではないかと僕も僕で落ち着きません」
冗談を除いては他人の悪口など一切言わないウェンがここまで言うのだ、本当に酷い人物なのだろう。
「貴族の義務。少なくとも奴が民のために何かしたという話は聞かない。俺は一応シルヴィアの親戚にあたるんだが、まぁ平民と大差ない。民を守る盾としても、その貴族の端くれみたいなもんとしてもあいつは嫌いなんだよ」
ギュンターが吐き捨てる。これほどの嫌われっぷりを見ると逆にその人物を見たくなってくる。
とはいえ自分はあるまでオリヴァーとシルヴィアの護衛という立場だ。会議の後にパーティーがあるという話だが、護衛が入れる訳がない。
「でも僕って護衛って立場だよね。それじゃシルヴィアの側に居られないんじゃないかなぁ」
「あれ、エリーってシルヴィアの従者じゃなかったか」
「え?」
護衛ってことじゃないのかと耳を疑う。
「それに関しては今さっき旦那様から伺いましたよ。曰く『エリー君のことを護衛だと勘違いしてたが、本当はシルヴィアの従者だった間違えた』と」
………。
エリーはしばし頭の中が真っ白になった。
結局は娘と同じで、肝心なところが抜けているということだろうか。流石親子。
「つまりシルヴィアの側にいられるの?」
とはいえシルヴィアの側にいられるのなら構わない。
「まぁそういうことになるな」
露骨に嬉しそうだなと頬を緩ませるギュンター。
実際エリーは喜びを隠しきれないのかニヤニヤしている上に、目まで輝かせている。
嬉しそうならいいかとギュンターは肩をすくませた。
◆◆◆
「…シルヴィア?入っていいかな」
「ん?エリー?入っていいわよ」
夜、シルヴィアの部屋を訪れることにした。
「珍しい…というかはじめてじゃないかしら?エリーが私の部屋をこんな時間に訪れるなんて」
「いつもはシルヴィアが来てたもんね」
お互いクスクスと笑う。
「ねぇシルヴィア」
「フフッ。大丈夫よエリー。あいつの事はもう気にしないことにしたわ。それに今はエリーもいる、ついでにギュンターとウェンもね」
「なんだ…わかってたんだ」
「当たり前じゃない。エリーのことならほとんどわかるわよ?」
だから心配しなくても大丈夫と気丈に振る舞う。
エリーもそんなシルヴィアを見てひとまず安心できた。
「何かあったら言ってよ?僕ができることならなんでもするから」
「なんでも?」
「許容できる範囲でね…」
会議は明日。
各々の思惑が交差する、偽りの舞踏会。




