お嬢様とメイド長
早速シルヴィアの家に入ると
「おかえりなさいませお嬢様」
どこかで聞いたような台詞と共にメイドが一斉に頭を下げる。
エリーはその光景に驚きを隠せないでいた。
「うわーすっごい。まるで本物のメイドさんみたいだ」
「本物だからな」
フィレンツェのそれとは違い、動きの何から何まで無駄がない。
メイクも決して派手ではないが、かえってそれがセンスを感じさせる。
エリーがメイドに惚れ惚れしているのを見たシルヴィアは楽しそうにひとつの提案をした。
「そんなにメイドが気になるのなら、エリー用のメイド服を用意してもいいのよ?」
「大丈夫」
エリーの脳内にフィレンツェでの悪夢が蘇る。
確かにメイドカフェの従業員に可愛い可愛い言われるのは悪い気持ちはしなかった。だが自分は男だ。
どうせ着せられるならフリフリのメイド服よりも、カッコいい服の方が着たい。
だがそれが似合わないこともエリーは悲しいことにわかっていた。
「エリー、少し待っててくれるかしら。ちょっとお父様に挨拶してくるわ。何かあったら…シャルル!」
「はいお嬢様」
(すごい美人さんだ)
シルヴィアに呼ばれてこちらに来たのはふわふわした髪に理性的な目、それでいてどこか安心させるような雰囲気を持つ女性だった。
風貌は金髪に碧眼。シルヴィアに勝るとも劣らない美貌を備えている。
「エリー様、でしたね。お話は伺っております。私、メイド長のシャルルと申します」
シャルルは優雅に一礼するとシルヴィアに笑いかける。久しぶりのシルヴィアの帰宅に嬉しいのかエリーから見ても気分が高まっているのがわかる。
「お嬢様、はやく旦那様の元へ向かっては?ああ見えて首を長くして待っていらっしゃいましたよ」
「えぇ、わかってるわ。それじゃあエリー、ちょっと待っててね」
シルヴィアはギュンターとウェンと共に階段を昇っていく。
「よろしくお願いしますシャルルさん」
「はい。よろしくお願いいたします、エリー様。何かあったらお申し付けくださいませ」
「わかりました。後…あの僕には普段通りの言葉でいいですよ」
あまり自分に堅苦しい言葉を使われるのはエリー自身好きではない。
「あら、ではそうさせてもらいますわ。少し席を外させていただきますわ」
シャルルは微笑むと他のメイドの所に行き、何かを話している。
暇でやることもないエリーはしばらく付近の芸術品……と思わしき絵画や陶器を見ていた。正直価値がわからない。
……が、シャルルに呼び止められる。
「いきなり込み入った話ですが…エリー様。お嬢様とはどれくらい進展なされているのですか?」
「えっ」
「私、お嬢様を10年ほど前から見ていまして。妹のように思っていたのです。そのお嬢様に殿方ができたとあっては…それなりに気になりますゆえ」
まさかの質問に言葉を詰まらせる。
(どこまでいったとか言われても…)
「そんなこと言われても、特に何もありませんよ…?」
心の中でシルヴィアたちに助けを求めながら答える。
「そうなのですか?手は繋ぎました?」
「まぁ…はい」
「接吻は?」
「え、えっと…一応」
「男女の契りをなされましたか?」
「そ、そこまでは…」
怒濤の質問に困惑するエリーだが、逃げようにもシャルルの目は真剣そのものだ。仮に逃げても捕まるだろう。
「なるほど、そうですか…。つまりお嬢様はまだきむ」
「ちょっと何言ってるのよシャルル!」
シャルルの声を遮るようにシルヴィアの怒声が階段から響く。
「し、シルヴィア?」
「あらお嬢様。エリー様と少し『お話』していただけですわ」
あくまで余裕の態度を崩さないシャルルと怒り心頭といった表情のシルヴィア。
「私には『お話』には見えなかったのだけれど。…全く、どの様な了見かしら?」
今にも飛び掛かりそうな勢いで捲し立てる。
「私はただ、エリー様と情報を共有したかっただけですわお嬢様。例えばお嬢様とどのくらい関係が進展しているか?とか」
「余計な心配しなくても、私とエリーはラブラブよ!」
シルヴィアは完全に頭に血が昇ってしまっている。
それからシルヴィアはエリーに対するのろけ話を話し続けるが、本人であるエリーは恥ずかしさのあまり逃げ出したかった。
「ふふっ、そうですか、そうでいらっしゃいますか。お嬢様のお気持ちは食傷気味になるくらい聞きましたから、それではエリー様。エリー様自身からは何かないんですか?」
「えぇ!?」
まさか自分には飛び火しないと踏んでいたエリーは予想外の事態に驚く。
「エリーは積極的じゃないからいいの!私がリードするくらいでないと」
それもそれで自分なりにどうかとは思うが間違ってないので何も言い返せない。
考えること数秒。エリーも覚悟を決める。
「僕だってシルヴィアのことは好きですよ?でも人前で堂々と言うのは少し恥ずかしいし…」
……と赤面しつつ人前で堂々とシルヴィアを好きと言うエリー。
「そうですね、となればあれしかありません。では、キスをお願いします」
「……は?」
「まだですか? できないんですか? はやくやってくださいなお嬢様、ほらほら」
「でも心の準備があるのよ」
「ラブラブ、なんでしょう? なら、簡単ですよね?」
「そうだぞー」
「全くその通りですよ」
シルヴィアとシャルルの言い合いに混じる声ふたつ。
階段を見ればギュンターとウェンが大爆笑しながらエリーたちの会話に乗っかっていた。
「――覚悟はいいかしら?」
地獄の底から響くようなシルヴィアの声。怒りのあまり声が低くなって余計に怖く感じる。
「くっ! バレましたね、逃げましょう!」
「あいよ!」
危機を察したのか、2人は全速力で逃げていく。
「な…! こ、この…! 待ちなさいよ!」
シルヴィアもそれを追いかけて行く。
それをエリーはただ見守ることしか出来なかった。
シャルルはそれを見送った後エリーに近付きなんてことはないように言った。
「エリー様。失礼しました、ですがこれは私のための確認のようなものですわ」
「シャルルさんのための?」
「はい…。お嬢様たちが旅に出て4年。4年というのは短いようで長くもあります。その間お嬢様たちが変わってしまったのでないかと不安に思いまして。ですがお嬢様たちはいい意味で変わっていないようで安心しました」
シャルルは瞳に少しだけ憂いを含める。
「4年間手紙だけ送ってきていましたから、お嬢様たちが本当はどうなのかというのがわかりませんでしたの。もしかしたら以前の明るさは消えてしまったのではないかと私含め、この屋敷の人のほとんどが心配でありました」
それに加えシルヴィアは公爵家の長女でもありながら、シルヴィアは幼少の頃はよく町で遊んでいたらしい。
つまり町の人々ともある程度の親交があったと考えていい。
そんなシルヴィアが別人のようになれば町の人々は驚くに違いない。
「つまりシャルルさんは他の皆さんのことを思って?」
「そうとも言えますわ。でも半分…いえ7割くらいは私が面白いからやったことですけど」
(主従関係ってなんだろう…)
もしかしたらシャルルがシルヴィアのことを妹のように思っているのと同じように、シルヴィアもシャルルのことを姉と思っているのかもしれない。
なんだかんだ言ってもシルヴィアはシャルルを慕っているようだったしきっとそうなのだろう。
その間にも階段の上から剣を振る音と、バタバタと逃げ回る雄とが響き渡る。
「ちょっとエリー、それにシャルル!あのバカ2人を捕まえるのを手伝ってくれるかしら!」
「少しやりすぎましたし、ここはお嬢様に加勢いたしましょう。エリー様も構いませんか?」
「いいですけど……。大丈夫なのかなぁ」
未だに2人を捕まえられないシルヴィアに頼まれ、シャルルと共に2人を捕まえることになったのはまた別の話。
そろそろ戦闘を書きたいなと思っていますが、まだ先になりそうです。
戦闘を最近書いていないせいか、本当に剣と魔法のバトルものなのかと不安になってきました…。