死神
あれは今から2年くらい前。
強力な魔族が現れたとの噂を得た僕は、モンペリエにやって来ていた。
GMになってから1年ちょっと、魔物との戦いには慣れたけど魔族との交戦回数は未だ0。
まだギルドから魔族討伐の依頼を受けられる権利がなかったからね。
GMを無駄死させないための規定って話だけど、当時の僕からしたら邪魔で仕方なかった。
その日はモンペリエ周辺の地理を把握しておきたくて、モンペリエ周囲の魔物の討伐依頼を請け負おってたんだ。
数が多いからということで他のGMにも依頼を出していたからか、僕の他にもちらほらGMの姿は見かけた。
あの2人も辺りにいたGMに過ぎなかった。
リアンさんにイヴァンさん。
「そこのキミ!大丈夫かい?」
ある程度魔物を倒し終え休憩していた僕は、突然声をかけられて驚いたのを覚えてる。
後で聞いたらたまたま僕が踞っているような体勢だったから心配になって声をかけたとか。
「へ?だ、大丈夫ですよ?」
旅に出てから会話らしい会話はギルドの人とだけだったから、思わずすっとんきょうな声を出してしまった。
「なら良かった!怪我してるのかと思ってたよ!」
そうハキハキ喋ってたのは、リアンさん。ショートヘアーの活発そうな女性だった。
「またリアンの早とちりか。ま、怪我がないのなら良かったわ」
そう呆れた顔をしていたのはイヴァンさん。雰囲気はギュンターに少し似ているかな。
そのまま一緒に周囲の魔物を倒し、流れで2人と夕御飯を一緒にとるとこになったんだ。
「へー。エリーちゃん一人旅してるんだ」
リアンさんは僕のことが色々と気になっていたらしく、次から次へと質問攻めをされたよ。
「こんな可愛い娘が一人旅なんて大変だろうに。何かと苦労も多いだろう?」
リアンさんとイヴァンさんは僕の性別を疑いもしなかったから、特に聞かれることもなく僕も言うことはなかったんだけど。
…今思えば、言っておけば結末はまた違ったかもしれない。
「あたしはコイツと一緒だからなぁ。あまり一人旅の苦労ってのがわからないんだよ。イヴァンはどう?」
「俺もリアンと一緒だったからな。でも複数人でやることを1人でやるってのは大変なことだと思うな」
リアンさんとイヴァンさんは同郷とのことで、一緒に地元から出て今はモンペリエを拠点にGMとして活動していたんだ。
「そうだ。エリーちゃんはしばらくこの町にいてくれるんでしょ?」
「はい…そのつもりです」
「こうなったのも何かの縁!エリーちゃんがモンペリエから発つまであたしたちと組まない?」
GMになってから今まで誰とも組まなかったあって、いい経験だろうと僕は二つ返事で承諾してしまった。
ここで断っていたのなら、誰も傷つかなかったのに。
「イヴァン!そっち行った頼む!」
「任せておけ!」
リアンさんは弓、イヴァンさんは斧、と得物は違うけどその連携は完璧でそのコンビプレイに僕は息を飲むことしかできなかった。正直僕いらないんじゃないかなと思ったくらい。
イヴァンさんは魔物を仕留めると僕の方をむくと困ったような顔をした。
「すまないな、今までこの2人で旅をしてきたからかあまり他人との連携というのがわからないんだ」
「いえ僕も…今まで他人と組んだことがありませんから…」
僕が2人と連携出来ず結局1人で戦っているのを見かねたのか、イヴァンさんは少し立ち回りを変えてみようと提案してくれた。
イヴァンさんの提案もあり、僕もなんとか2人と連携をとって魔物を倒し続けた。
「今日はありがとうね!あたしも楽しかったよ!」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
久々に他人と関わったこともあって、僕自身嬉しかったんだと思う。
実際充実していたし自分1人だけでは得られないものもあった。
それから数日は2人と行動していたけど…。
あの日はあくまで噂でしかなかった魔族が確認されて、ギルドでは対魔族の依頼が出され、依頼を受けなかったGMもモンペリエ周囲の一般人の保護のため、動けるGMは町の外で逃げ遅れた一般人の捜索をしていたんだ。
当然僕らも町の外で捜索をしていた。
相当強力な魔族だったらしく、僕はもちろん普通の魔族の討伐の許可が降りているリアンさんとイヴァンさんすら依頼の受託は出来なかった。
「こっち、一般人いたぞ!」
その時…イヴァンさんが付近で一般人を見つけて、リアンさんに町までの案内を頼んで僕とイヴァンさんはそのまま周囲の捜索をしていた。
その時だった。
「――――――ッ!」
何と表現していいのかわからならない咆哮を上げ、その魔族は僕らの前に出て来た。
「なっ!?こいつが!?」
イヴァンさんは冷静にも斧を取らず、距離を開けた。
なのに。
僕はあまりの恐怖に、足がすくんで動けなかった。
魔族は冷静に下がったイヴァンさんではなく動けない僕に狙いを定めた。
そのまま豪腕を振り上げ、僕に振り降ろすのが妙にゆっくり感じられた。「あぁ僕はここで死ぬんだな」とまるで他人事のように考えていた。
「クソがッ!おおおおお!」
イヴァンさんは僕に体当たりをし、その豪腕から僕を助けた。
だけど…助かったのは僕だけだった。
「ぐ…っごは…」
僕を庇ったイヴァンさんはそのまま魔族の豪腕に体を貫かれていた。
魔族がイヴァンさんからその豪腕を引き抜くと、イヴァンさんはそのまま崩れ落ちた。
「な、なんで…」
僕は突然のことに頭が真っ白になった。
「はやく…逃げろエリー…」
「なんで僕を庇ったんですか…!」
僕なんかを助けるために自分の命を犠牲にする必要なんて無かったのに…!
「エリーみたいな娘を…死なせたら、リアンになんと言われるかわからないからな…。フッ、我ながら馬鹿らしいと思うけどな…ぐッ」
イヴァンさんは吐血しながらもまだ続けた。
「そうだ…。リアンに伝えておいてくれ。すまなかった、とな」
それを最後にイヴァンさんが再び口を開くことはなかった。
「嘘…ですよね!?イヴァンさん!?」
僕は頭では無駄だとわかっているのに、それでもイヴァンさんに声をかけることを止められなかった。
だけど魔族もイヴァンさんを殺した後止まっている訳じゃない。
「グウゥゥウウウ…」
魔族は再び僕をその両目で捉えると、ゆっくりとたが確実に詰め寄っていた。
「クッ!こうなった少しでも…!」
今の自分では勝てる訳がない。だがそれでも一矢報いることはできるはずだ。
そう自分自身に言い聞かせて、震える足でなんとか立ち上がったその時。
「無理はいかんぜお嬢ちゃん」
その声と共に複数のGMが駆け付けてきた。
後から聞いた話だと秩序の守護者を含む討伐隊が魔族と僕たちを発見、僕とイヴァンさんを保護しその後無事に討伐したらしい。
僕はそこで気絶しちゃってその後のことは記憶にないけどね…。
次に目覚めた時はギルドのとある一室のベッドの上だった。
僕は特に怪我を負ってなかったからすぐにベッドから抜け出し、リアンさんとイヴァンさんの…遺体を探しにその部屋を出た。
探しものはすぐに見つかった。
「うっうぅ…イヴァン…」
そこには泣き崩れるリアンさんの姿と、イヴァンさんの姿があった。
僕はどうしていいかわからずにその場で立ち尽くすことしか出来なかった。
「あっエリーちゃん…」
リアンさんは僕を見ると、何があったか説明して欲しいと涙混じりに言った。
勿論断れないから僕はあの時のことを包み隠さず全て話した。
「最期に…イヴァンさんは、言ってました。『リアンに伝えておいてくれ。すまなかった、とな』…と。…全部、僕が悪いんです。僕の命は、リアンさん。あなたの好きにしてください。僕は…リアンさんの大事な人を」
「うぅん。いいんだエリーちゃん。GMとして戦うということは…魔族や魔物との戦いで命を落とす可能性があるってこと…。あたしも、イヴァンも、それを覚悟してたはずなのに…」
リアンさんが無理をしているのが痛々しいくらい僕にも伝わった。
「イヴァンに救われた命を、あたしが殺せるわけがない。だからエリーちゃん。キミは生きるんだ」
リアンさんはそう言うとイヴァンさんの遺体が安置されている部屋を出て行った。
僕も慌てて後を追ったけど、結局リアンさんは見つからないまま。
結局僕がリアンさんの行方を知ったのは翌日の朝、リアンさんが遺体で発見されたと聞いてからだった。
……モンペリエは海の近くの町でね、リアンさんはその付近の崖から海に向かって飛び降りたらしい。
その後僕はリアンさんが最期に会ってた人物としてギルドに事情聴取をされ、リアンさんが自殺だとわかったため釈放された。
そのあとに僕は逃げるかのようにモンペリエを出た。
1日で僕と関わった人が2人死に、モンペリエの町では僕をこう呼んでいた。
―――――"死神"。