祈りの先に
「話せることは全て話すよ。私もエリーが心配だもん」
酒場に入ってきたレベッカは、暗い面持ちでシルヴィアたちがいるテーブルまでやってきた。
「エリーに何があったかは、知ってるんだよね」
「ええ。魔族に両親を殺されて、孤児院に拾われたと」
だいたい合ってるとレベッカは言い、懐かしむように続けた。
「孤児院にやってきたころのエリーはね、誰彼構わず当たり散らしてた。そうなっちゃうのもわかるけど、その時にいたほとんどの子はエリーから距離を置いちゃったんだ」
魔族に両親を殺され、絶望の淵にいたのならそれは不思議ではない。
ただ、まだ幼かったエリーが結果として周りとの距離を作ってしまった。
誰にも関わられず、1人で溜め込み、当たり散らす。その結果さらに距離が開くという負のスパイラルに陥ってしまうだろう。
「でも、今ここにはいないけどクローヴィスっていう重度のお人好しと、私は諦められなかった」
周りとの壁を造り上げ自分自身も殻に籠るエリーを見てレベッカとクローヴィスは見ていられないと決起し、エリーの心を開くことができた。
「でもね、わだかまりを解いても、エリーはどこか虚ろな目をしてたんだ。……多分、いやきっとあの頃からずっと魔族を討つことを考えてたんだと思う」
「…………」
「シルヴィアたちには、感謝してるよ。仇の魔族を討ってくれてさ。エリー、孤児院にいた頃に比べてすっごく笑うようになってたんだよ。」
嬉しそうに笑うレベッカだが、その顔は純粋なものではないように見えた。
8年の月日を重ねてもできなかったらことを、シルヴィアたちは半年で終えてしまった。
仇の魔族を討ち取ったこともあるが、それだけではないということもシルヴィアは理解していた。
「ごめん、ちょっと次エリーのこと話すまで待ってて。身勝手だけど、ごめん」
レベッカにとっても、その時間の差は辛いものがあるのかもしれない。
ここはレベッカがまた話したくなるまで、そっとしておくのがいいかもしれない。
「――俺が話そう。もう6年前か、俺はあの日魔族との戦闘で少し怪我をしてな」
「……キニジさん割と重症でね、ふらふらだったところを先生が見つけて孤児院で懐抱したんだ」
その後キニジは傷が癒えるまで孤児院に滞在することになった。
戦いに明け暮れていたキニジにとって、孤児院での、マリーとの日々は一種の安らぎを与えたに違いない。
「ある日のことだった。エリーが俺に剣を教えてほしいと頼んできた。その時はクローヴィスも一緒だったな」
どこでキニジが剣士なのか知ったのかは定かではないが、できないと断った。
「だがエリーはしつこく、それこそ土下座をしてまで、頼み込んできた。――『剣を教えてください、僕にはそれが必要なんです』と何度もな。最終的には俺が折れてエリーとクローヴィスに教えることにした」
そう、それが間違いだったのだ。
「少々厳しめの特訓を課しても2人は挫けることはなかった。クローヴィスもエリーがやるなら俺もやると、理由はアレだが剣を扱えるようになろうと2人とも必死だったな」
エリーはもはや、狂気的ともとれるほどだった。
擦り傷や切り傷に痣を体中に作りながらそれでもなお剣を握り続けた。
「その証拠に剣の腕は目を見張るほとに成長していった。だが目的が復讐ならば、いずれエリーは感情で戦うことになってしまう」
冷静に敵を殺せるのが優秀な戦士なら、エリーは不出来な戦士とも言えた。
確かに感情は時に実力以上の力を引き出す。しかしキニジはそのエリーの復讐心に危惧を抱いていた。
「だから言った、言ってしまった。躊躇うな……と。本当は戦闘に感情を持ち込むなと伝えたかったのにな。――今ほど、自分の口下手を恨むことはない」
感情に任せて戦えば何れ身を滅ぼすことになりかねない。
だからこそ、最後の最後に仇を討てる喜びに足を引っ張られないように躊躇うなと言ってしまった。
「これは全て俺の責任だ。人として必要な何かを損なわせてしまった」
項垂れるキニジ。今も仮面を被っているため顔は見えないがどの様な表情かは想像に難くない。
「キニジさんだけの責任じゃないよ。私だって8年も一緒にいたくせに、結局はエリーを救ってあげられなかった。でも、それはシルヴィアたちがやってくれた、元気にしてくれた。――敵わないなぁ、シルヴィアには、本当に。私は…選ばれなかったんだよね」
レベッカも同じように顔を地面に向ける。
レベッカの言葉を聞いて、シルヴィアは気付く。
「レベッカ、あなた…」
エリーのことが、と言いかけたがレベッカその人に止められる。
「いいの。私、戻るね。空気悪くしちゃってごめんなさい」
顔を上げずに酒場から出ていこうとするレベッカ。
それを見てシルヴィアは酷くこうかいした。
何も考えずにエリーとの出来事を話していたのはシルヴィアだ。それがレベッカを知らず知らずのうちに傷つけてしまっていたのなら……。
「レベッカ、待っ」
待って、とは言えなかった。
レベッカが外に出ようとすると、酒場のドアが開かれた。
それだけなら問題ない。その開けた人物が問題だったのだ。
ポニーテールにまとめた栗色の髪に茶色がかった瞳、少女と見紛う可憐な風貌は世の男を振り向かせてあまりあるものだ。
「エリー、なんであなたが……」
エリーは無言で酒場からでようとしていたレベッカの手を握ると、シルヴィアのところまで彼女を引き戻した。
「――さっきたまたまレベッカが孤児院から出ていくのを見て、なんかおかしいなと思ってつけてみたら、こんなことになってたなんてね」
「エリー……!」
キニジの表情が、仮面の上からでも氷ついていくのがわかる。
この話はエリーにだけは聞かれたくなかったからだ。
「――悪いのは師匠でも、レベッカでも、誰でもない。……全部僕が悪いんだ。全て」
無表情でエリーは語っていく。その顔はケイネスを殺したの狂気を持った顔とは違い、いつものような優しい顔だった。
「――全て話すよ。僕の、罪を」
その瞳からは、涙が溢れていた、
あと2話ほどで2章が終わりそうなので今月中に書き終わるよう、頑張ります。




