真実
「さて、とりあえず"オラクル"の話から始めようか」
酒場の一角、キニジさんはシルヴィアたちが揃ったのを確認すると開く。
「俺が"オラクル"のことを知ったのは6年前になる。あれの正式名称は『魔術研究所・第7研究室オラクル』だ」
魔術関係の組織とは思っていたが、まさか魔術研究所の直轄組織だとは考えもしなかった。
「が、今はそれも昔の話だ。あの時俺はギルドの依頼で第7研究室にスパイとして潜入していた。憑依術式の存在を知ったのもその時だ」
今の言葉には聞き逃せないものがある。だがシルヴィアが口を開く前にギュンターが言葉を投げ掛ける。
「ちょっと待て。『ギルドからの依頼』と言ったか?ギルドは常に中立を保ち、ギルドから個人への依頼は無いはずじゃねぇのか?」
キニジさんは少し驚いた表情を見せる。
「ウェンたちにもギルドから依頼が出されただろう?"死神"についての調査だ」
確かにその依頼は受けたけどギルドからのだったとは考えもしなかった。
そう言われればギルドの信用など、ごく普通の一般人が依頼にしてまで気にかけることではない。『ギルドから個人への依頼はない』と信じきったばかりに重要な点を見誤ってしまった。
「まぁそう信じきってた俺らが悪いってことだな。つーかなぜピンポイントに俺らに依頼を出せたんだろうな」
当然の疑問だ。とはいえエリーではなく、シルヴィアたちに依頼を出したということはそこまで絞りきれてなかった、ということだろうか。
「そこを含めての説明だ。ギルドには情報機関もあってな。どれくらいの実力といえば、ノーヒントからエリーたち4人の中に俺の知り合いがいるというところまで絞り込める程だ」
「だから依頼が私宛になっていたのね」
色々と納得がいく。恐らくギルドはシルヴィアが中心人物と仮定し、シルヴィアに送っておけばキニジさんの知り合い、エリーに届くと考えた…と思われる。
「しばらくギルドに戻らなかったからな、務めを果たせということだろう」
結果としてギルドはキニジさんとの連絡をとれた。
「務めってなんだ?」
「おや知らないんですか?」
ここまで無言を貫いていたウェンだ。
「秩序の守護者No.9、"豪傑"キニジ・パール。…そうでしたよね」
「それはお前もだろう。『魔力研究所・第2研究室タスク』次席、ウェン・ホーエツォレルン」
秩序の守護者に次席という単語に、今一シルヴィアとギュンターは状況が飲み込めない。
つまりキニジだけでなく、ウェンもギルドでの地位を得ているということだろうか。
「秩序の守護者、ねぇ。ギルドが私兵として抱えている少数精鋭を地で行く部隊ってことは知ってるんだが」
何もわからないのが自分以外にもいたかと思えば、ギュンターはある程度知っていたようで、シルヴィアは軽く驚いた。
「現在、秩序の守護者は17人。そこまで大差ないとはいえキニジさんの実力は秩序の守護者最高とも言われています。そして憑依術式を扱えるGM4人全員が秩序の守護者として登録されています」
大陸トップクラスの実力者がギルドの、悪く言えば駒として動いている。
改めてギルドの存在感を思い知った。
「あとウェンが魔術研究所の人だって」
「キニジさん程ではありませんよ。ただ僕が魔術研究室の出入りが許可されているだけです」
「話を戻そう」
キニジさんは混乱するシルヴィアを置いてさらに話を進める。
まだ聞きたいことはあるが、時間をかけるわけにもいかない。
「まぁなんだ、その俺が秩序の守護者として"オラクル"に潜入したのが6年前だ。あそこは当時からギルドや魔術研究所の調査を拒み続けていたからな。結論から言えばあそこは当時から禁術を秘密裏に研究・実験していたのさ」
ギルドの規定によりギルドの許可を得ずに禁術の使用、実験は禁止されている。
"代償"のように見過ごされているのもあるが、間違いなく"オラクル"のしていたことは咎められなければならないことだ。
「俺も俺でその時に憑依術式を修得した。後でギルドから許可を得たから問題はない」
キニジはキニジでちゃっかりしている。
だが、なぜギルドの管下である魔術研究所の一部だった"オラクル"が秘密裏に禁術の禁止をしたのか。
「それで何故隠れて研究していたのかだが。最初はギルドと魔術研究所に許可を得て研究していた。だがその実験がギルド・魔術研究所の両方にバレたそうだ。内容が内容だから当たり前だがな」
「その内容ってのはなんなんだ?」
恐る恐るといった感じでギュンターが尋ねる。
「言っていいのなら言うが、いいんだな?」
そこまで実験の内容が酷いと考えられる。
キニジは1拍間を置き意を決した表情を見せた。
「…おおよそ人のやることではなかったなアレは。ギルドが捕まえた犯罪者を引き取り禁術の実験台にした。失敗し、魔族化すればその場で殺す。年齢も関係あるのかと孤児すら実験台にしたことすらあった。無論、失敗すれば処分だ。後はそうだな瀕死の」
「いえ、そこまでで結構よ」
はっきり言って聞いていられなかった。
ギュンターもウェンも怒りで顔を歪めている。シルヴィアもそうだ。
「…そうか、すまなかったな」
「キニジさんが謝ることではありませんよ。お気になさらず」
話を聞いただけのシルヴィアたちでさえ、怒りに震える程だった。それをリアルタイムで見ていたキニジはシルヴィアたちとは比べ物にならないほどの怒りを感じているだろう。
その証拠にキニジの拳は固く握られ、唇は噛み締められ血が流れている。
「研究・実験を禁止された後もそれは続き、それを俺がギルドに通告し第7研究室は解散、関係者は軒並み捕らえられた。…ならどんなに良かったことか」
実際そうではないから"オラクル"が私たちの前に立ちはだかった。
「秩序の守護者と魔術研究所による捜索の際、一部の第7研究室の職員が逃走した。それがあのエヴァンジェとその部下だ」
つまりエヴァンジェたちがキニジさんを裏切り者呼ばわりしたのは自分たちを売ったから…ということかしら。
「エヴァンジェ、ケイネス、テラ。あの時にいた3人はその時に逃げ出した職員5人の内の3人だ。ケイネスは…エリーが殺したから残りは多くて4人だ。今の"オラクル"がどれ程の規模かは知らないが"デイヴァ"という人物を含めて最低5人だ」
以外と少ないだろう?と少しおどけてキニジさんは言った。
「第7研究室が解散されてから6年、"オラクル"の手がかりを探していたが昨日まで全くなかったといっていい。ギルドの情報機関をもってしても掴めなかったそうだ。元々俺がギルドから召集された理由が"オラクル"のことだが、今回の件で色々と話が進んだ。感謝する」
そう言うとキニジさんは深々と頭を下げた。
「いやいやそんなことしなくていいぜ。俺もやるべきことを見つけたからな」
ギュンターが何かを決心したような不敵な笑みを浮かべる。
「"オラクル"を潰す手伝いをさせてくれ。そりゃ俺なんかあんたに及びもしないが、足は引っ張らない程度の腕はあるさ」
ギュンターはそう言うとシルヴィアに顔をむける。
「悪いなシルヴィア。お前の護衛って話だったがここまでにさせてくれ。無責任なことはわかってる。だがそれでも」
――答えるまでもない。
「いいわギュンター。あなたの好きなようにすればいいわ。やるべきことがあるのなら私はそれを止めはしない。シルヴィア=クロムウェルではなく、友として、仲間として、あなたの武運を祈りましょう」
覚悟を決めた戦士を止めることなんてできない。
ギュンターは心の底から嬉しそうな顔をしていた。
「ありがとうシルヴィア。ウェンはシルヴィアと一緒なんだろう?」
「えぇ。"オラクル"を潰したいのは僕も同じですが、僕にとって大事なのはシルヴィアさんにエリーさんの付き添いですから。シルヴィアさんとエリーさんが"オラクル"を潰すというのなら共に行きますよ」
「いえ…私は。私は……悪いけどすぐには"オラクル"を倒す訳にはいかない。その前にやるべきことがあるもの」
「エリーか」
「そうよ。ただの勘でしかないけどエリーは苦しんでる。助けを求めてる。だったら手を差しのべるのが私のやるべきこと」
そうでなければ自分はエリーを真正面から大好きと言えない。
あの時、ケイネスを倒したエリーを怖いと思ってしまった。嫌だと思ってしまった。
エリーだって苦しんでいるはずなのに、それを顧みようともせずただただ拒否しそうになった。そんな自分が嫌いになりそうだった。
「そうだな、エリーのことも話さなければならないな…」
「実はもう1人呼んである。この中ではエリーとは一番付き合いが長いからな」
入ってこいと店の外に指示を出した。
すると酒場の扉が開き――、
「……エリーのこと、私も気になってるんだ。もしエリーを助けられるなら、協力させて。そのためならいくらでも話すから」
――そこにはエリーの幼馴染みことレベッカの姿があった。