素質と歪み
人として魔族になったその男は右腕から生えた刃をエリーたちに向けると声高々に
「お前たちに恨みはないが我々(オラクル)の邪魔をするというならば、我が身をもってして打ち砕こう」
自分の意思で戦うと告げる。
「魔族化して理性を失ったわけではない…?以前キニジさんが言っていた通り理性を保った魔族とでもいうのですか…!」
エヴァンジェは激しく斬りつけられた肩を抑えつつも
「そうですとも…!それが暴走術式の能力であり、主から私に与えられた魔術!」
エヴァンジェはなおも続ける。
「暴走術式は憑依術式とは異なり、『自分の魔力』を他の人間に取り込ませ、その相手の魔力を『暴走』させる術式…!暴走した魔力はたとえその本人の魔力であっても制御しきれない、そして制御しきれない魔力は魔族化を促す!だがこの術式はその魔族化すらもコントロールし人としての意識を保ったまま魔族化させる!…つまりはコントロール可能な魔族ということですよ、この意味がわからないあなたたちではあるまい」
「憑依術式が魔力を『取り込む』魔術なら、暴走術式は魔力を『取り込ませる』魔術とでもいうというの!?」
シルヴィアは信じられないといった表情だ。
だが恐らくその言葉に偽りはないだろう。
だとすれば"オラクル"は任意に意志疎通が可能かつ裏切ることのない魔族を生み出せるということになる。
だがそれは人間の形を保っている場合のみだろう。
ならば話ははやい。
「魔族化したといってもその体が人間と同じであるのなら…」
躊躇いもなく剣を抜く。
レベッカに着せられた服のせいで若干動きにくいが大丈夫だろう。
「ちょ、ちょうとエリー?」
シルヴィアは戸惑っているようだ。
「ごめんシルヴィア。魔族は魔族だ。それに孤児院をめちゃくちゃにされて何もできないなんて僕の気がすまない」
恐らく、ではあるがこの度のキニジ関連の依頼は"オラクル"が依頼主だ。
こんな奴らにガルドや罪のない人は殺され、思い出のつまった孤児院までもが壊された。
そこまでされてただ黙っているだけというのはエリーにはできない。
「…わかったわエリー、一緒に暴れてやりましょう。私もこいつらの上から目線にイライラしていたところだもの」
「僕ははじめからそのつもりです。魔術師としてあの魔術のことは問いたださねばいけない。人を魔族化させる魔術なんてあるべきではありません」
シルヴィアとウェンも自分の武器を構える。
エヴァンジェはそんなエリーたち3人を見るとため息をついた。
「やれやれ…困った方々ですね。もう1人オマケしてさしあげしましょうか」
仲間のもう1人も同じように暴走術式で魔族化させる。
「上等だわ、さっさと片付けてあげるわよ」
「エリー。俺はエヴァンジェを叩く。魔族2人は任せたぞ」
「任されました!師匠も気を抜かないで!」
掛ける言葉はそれで十分とお互いの相手にむかって走り出す。
「シルヴィアとウェンは片方をお願い!僕はこっちを!」
「わかったわ!ウェンはエリーの方も見てあげて!」
「了解です、2人共無理をなさらず!」
エリーたちはそれぞれ散開するとそれぞれの相手に剣を向ける。
「やはりそっくりだな…。手加減はできないぞお嬢ちゃん」
ケイネスと呼ばれていた魔族は右腕の刃をエリーに向ける。
「なんでもいい、僕はあなたを倒すだけだ。あと僕は男だ」
「そういうところも、か。まぁいい、邪魔をするよなら倒れてもらおう」
ケイネスの言葉は気になるが、今はそれどころではないと地面を強く蹴る。
エリーは魔力強化した剣を、魔族は右腕の刃をそれぞれ振り降ろす。
響き渡る金属音。
「ぐぅ…!」
鍔迫り合いの形になるもエリーの不利は明確だ。
人の姿を保っているとはいえ魔族でありなおかつ体格で負けている。
故に真正面からの力比べを避け、魔族の刃を受け流すと魔族の右腕を踏み台にし跳ぶ。
そのまま空中で体勢を整え、魔族の首目掛けて剣を振り降ろす。
だが魔族も甘くない。右腕の刃で防がれる。
「そう簡単にやられはしない…!」
防いだ刃でエリーを押し返す。
エリーは反動で身を踊らせつつも左足の太股にあるナイフを取りだし手首だけで投げつける。
(並の相手ならこれで…!)
「ッ!」
しかしそう簡単にはいかず、今度は魔族の左腕にある盾で防がれる。
(強い)
エリーはナイフを抜き、左手で逆手に構える。
残りのナイフはこれを含めて2本。これてどう崩すか。
(この人、戦いなれてる)
少なくとも素人のそれではない。
刃と盾のコンビネーションは本物だ。
「どうした?来ないのならこちらか行くぞ」
魔族は刃を振り上げエリーに肉薄する。
その刃をあえて剣で受け止める
「…穿て、閃光。魔を滅せよ"ライトニング・スビア"!」
至近距離で魔術を発動させる。
「!!ぐうっ!」
魔族もギリギリのところで避けようとするが間に合わず左肩に"ライトニング・スビア"の直撃を受け、切断はされなかったものの大穴を開けられる。
ケイネスは左肩を庇い、下がる。
「魔族化したのに何故にこうも押されている!?」
半狂乱になりつつもエリーに向かって刃で斬りかかる。
その刃を避けるか受け流してさらに攻撃を加えていく。
「いくら魔族化したとしてもそのベースが人間である限り、そこまで肉体的な強化はされない…。魔力に関しては飛び抜けてるから魔術を使われると脅威だけど、そんな隙を僕は与えない。魔族になったことで慢心したあなたの負けだ」
一旦ケイネスと距離をとり構え直す。
ケイネスは何が面白いのか「生意気なところもか」と笑った。
「まぁ私は死ぬだろうな…。だが、目的は達した以上もはや用済みだ」
先程までの狂信者のような雰囲気は失せ、どこか達観したようにエリーを見る。
「さぁ、こい」
「終わりだよ、さよなら」
ケイネスが振った刃を剣で渾身の力をもって受け止め、右手にもったナイフを魔族の喉元に突き立てる。
「が…ぁが、あ」
魔族は首から血を噴水のように吹き出し倒れこむ。起き上がることは2度となかった。
「ケイネスが…くッ!」
キニジに対し防戦一方のエヴァンジェに一瞬の隙が生まれる。
「余所見をしている場合か!」
キニジが憑依術式で新たに作り出した大剣がエヴァンジェのレイピアを捉え弾き飛ばす。
「勝ったと思いましたかキニジッ!」
「まさかなッ!」
エヴァンジェはすぐさま剣を作り出しキニジと打ち合う。
その後数分斬り結ぶも、決着はつかなかった。
「時間ですね。また今度決着でもつけましょう」
「何を馬鹿なことを」
エヴァンジェはキニジから大きく距離をとる。
「見るまで確信はできませんでしたが、やはりそっくりですね。――そうでなくてはおかしいですが」
「誰のこと――エリーか!?」
エヴァンジェの視線の先には、返り血を拭うこともせず、血に濡れた剣を手に立ち尽くすエリーがいた。
次回はこれからしばらく話の中核を担うであろう禁術を解説したいと思います。