未来を見据えて
――"レジスタンス"との決戦から早1週間。
ギュンター、メディア、ナハトの3人は浮かない表情で病院近くの酒場で顔を見合わせていた。
軽傷だったナハトとは異なりギュンターとメディアはそれぞれ数日は入院していた。特にメディアは強化魔術の重ねがけなどで負荷が大きく、昨日退院したばかりだ。
ちなみに残るはエリーとクローヴィスだけであり、エリーも目を覚ましたとシルヴィアから聞いていて、本来であれば――グリードという犠牲があったとはいえ――そこまで気分が沈んでいるような状況ではない。
では何故そこまで3人の気分が沈んでいるのか。
理由はただひとつ。リディアの処遇だ。
『相打ちになり両者とも死亡した』ウェンとマキナとは異なり、リディアはギルドが身柄を確保して今も病院に療養しつつ軟禁されている状況だ。
また、スキピオの配下の魔術師曰くクローヴィス証言した『アークライト家には精神を操る魔術があること』と『"レジスタンス"がアークライト家の魔術に近しいものを使用していた』ことの2点からリディアが精神操作を受けていたのではないかということは概ね正しいとのことだ。
「……で、だ」
もう席に座って10分は経っているというのに、誰も口を開かない状況を打破するためギュンターはとりあえず適当に言葉を発した。
それに何も頼まないのはよくないとそれぞれ飲食物を頼んだはいいが、揃いも揃って手をつけていない。
周りからは珍妙な集団に見えるだろう。ただでさえ全身鎧を着込んだ人間がいるのだから尚更だ。
酒場だと言うのに雰囲気は暗く注文したものを食べようともしていない。実際店員が何かあったのかと言わんばかりにこちらを見ている。
「……リディアに対しての返答は未だなし。でいいんだな?」
ジョッキに注がれた葡萄ジュースを飲みながらナハトに質問を投げかける。ちなみになぜジュースなのかというとこんな状況で酒を飲む気にはなれないのと、単純に今が昼間だからだ。酒は夜に飲むものだという認識がギュンターにはあった。
「あぁ。スキピオ殿を通じて今回の件は全てギルドに報告してある。……言っておくが、虚偽の報告はしていない」
「今さらそこは疑わねぇよ」
ギュンターの言葉に何処か満足気なナハトはストローで兜の隙間から器用に葡萄ジュースを飲んでいる。
そういえばナハトの素顔を見たことがない。食事の時ですら脱がないのであればよほど他人には見られたくないのだろう。
「彼女の処遇はギルドの上層部が決めるはずだ。少なくとも秩序の守護者に決定権はないと考えてくれて構わない」
「リディアちゃんは……どうなるんですか?」
「クローヴィス君の証言は恐らく受け入れられるはずだ。だからこそ情状酌量の余地はあると思われるが……彼女は"2度目"なのでね」
また沈黙が流れる。
いよいよ店員がこちらに来ようとしている。ギュンターは急いで葡萄ジュースを一気に飲み込んだ。
「…………んっ。わたひはリディアちゃんにひあわせになってほひい」
メディアも慌てて近くの豚肉のワイン煮を口に放り込んでいる。焦る気持ちはわかるが、そんな食べ方では味もわからないだろう。あとマナー的にもよろしくない。
「口に物を入れたまま喋るのはやめたまえ。……君の妹を想う気持ちは身を持って知っているとも。しかし、彼女以外の"レジスタンス"構成員は全員死亡しているだろう?」
含みを持たせたようにギュンターを見る。
ウェンとマキナの2人の件は作戦に参加していたメンバーだとスキピオとその私兵たち以外には共有済みだ。
もっともスキピオも馬鹿ではない、早めの段階で察してはいるたろう。それでもスキピオがギルド側に報告している様子がないのは彼なりの気遣いや今回の件の功績に免じて、といったところか。
「残ったのはリディア嬢のみ、しかし彼女は精神操作されている可能性がある。……"誰が責任をとる"か。ギルドはそれが欲しいのさ」
そう言うとナハトは豚肉のワイン煮をフォークで刺して兜の隙間から食べていった。
しかも兜に汚れを一切つけていない。ナハトの努力が垣間見れた気がした。
「"責任"、なぁ? 首謀者は死んだし、支援者も見つけてんじゃねぇの?」
「あぁ。先日の黄昏の旅団の襲撃事件があった時に"レイヴン"が裏を洗ったようでね。今回の作戦が決行される同日に秩序の守護者と"レイヴン"の混合部隊が襲撃して支援者たちを一網打尽にしたそうだ」
「へぇ。 俺らそれ聞かされてねぇけど」
「仕方あるまい。ウェン君とリディア嬢の件があるからね、完全には信用されていない。そもそも私ですらその襲撃作戦を知ったのは一昨日だ」
それならそれで構わない。
シルヴィアがウェンとマキナの逃亡の手引きをしたのは彼女もギルドを信用しきっていないからだろう。
それはギュンターも同じであり、メディアとリディアは一旦ギルドの干渉が緩い地域に連れて行こうとしている。
「君が2人を何処へ連れて行くつもりかはどうでもいい。……が、何処へ行ってもギルドの目はあると思いたまえ。それこそシルヴィア嬢に協力でも頼んだらどうかね」
「それも考えたが、まだやりようがあるからな。それにいつまでも主人に頼るようじゃ元従者として情けないだろ?」
もっともどうにもならなくなればシルヴィアだけではなく、他の仲間たちも頼るつもりではいる。
メディアもリディアの安全が第一だ。
「おっと、私を頼るにはやめてくれよ。私にも立場があるのでね。それに、しつこいようだが私は君たち姉妹を許したわけではない」
ナハトは言葉こそ冷たかったが、声音はいつかの時に比べれば優しかった。
「ただ、私の中で気持ちの整理をつけただけだ。もし今後、君たちが私の前に立ちはだかるような時がくれば容赦はしない。以前君が私に言った様に、君の命を奪うと宣言しよう」
「いえ……それでも、ありがとうございます。ナハトさん」
「……礼を言うことではない」
ぶっきらぼうに吐き捨てるようだったがそれでも以前のような憎しみは感じなかった。
メディアもそれがわかっているのだろう、にっこりと友人や家族にむけるような笑顔をしていた。
宣言通りのことがあれば実際に戦うことにはなるだろうが今はこれでいい。
「ま、とりあえず今は飯食おうぜ。メディアの退院祝いでもあるしな」
「辛気臭くなってすまない。ギュンター君が奢ってくれるそうだ。ならば私たちは好きなだけ食べさせてもらうとしよう」
「え、ほんと!? ギュンターくんありがと!」
「お、おう。好きなだけ食えよ」
そんなことは一言も言っていないし、ナハトとしても本気で言ったわけではないだろう。
しかしメディアにこうも嬉しそうな顔をされれば引き下がることもできない。
「それならどれ食べようかな〜えへへ。病院のご飯味気なかったんだ」
ウキウキしながらメニューを覗くメディアを横目にナハトの方を見ると申し訳なさそうしていた。
もっともその表情はわからないのだが……。
恨めしそうな顔をしつつ「後で少し出せよ」とナハトに囁く。ここは全部奢ってやりたいが、今は諸事情で少しばかり懐が寂しい。ある程度はナハトに出してもらおう。
ナハトも無言で頷くと、それはそれとしてと言わんばかりにメニューをとった。
「先ほどは適当に頼んでしまったからな。よく見てなかったんだ。……ふむ、アクアパッツァもあるのか」
「ナハトさんは、肉より魚派なんですか?」
「実はそうでね。メディア嬢は肉派かな?」
「はい! さっきの豚肉のワイン煮がおいしかったのでもうひとつ頼もうかなって……」
こうして見るとただの友人のようにしか思えない。
もっともナハトにそれを告げると怒るのは目に見えているため口にすることはない。
「ギュンターくん、どうしたの?」
「……いや、俺も何にしようかなと思ってな。なんか良さそうなのあったか?」
「あるよ! 色々と! ギュンターくんは肉派?」
「どちらかと言われればそうだな。地元が海近くねぇから食べ慣れてないってのもあっけどな」
メディアはまるで無邪気な子どものようにメニューを見せてきた。
彼女がこれまで歩んできた道を思えば、この笑顔を自分に向けてくれるのは最大限の信頼を感じる。
「じゃあわたしが他に気になってたこのタリアータとかどうかな?」
「おっいいなそれ。しかもバルサミコソースか」
育ち故に舌が肥えに肥えているシルヴィアと大食漢のウェンに隠れがちだが、ギュンターもまた食に関してはそれなりに拘りがあった。
とはいえ、旅の道中の食事や人に出された物にケチをつけるようなことは決してしないくらいの良識は3人とも持ち合わせている。せいぜい"良いもの使った料理はそれ相応においしいから好き"くらいの感覚でしかないのもあるが。
また長い間世話になっている孤児院の料理も3人揃って気に入っている。特にシルヴィアの気に入り具合は群を抜いており、できることならクロムウェル家の料理人として雇いたいと以前溢していた。クロムウェル家とは違い高級な食材は使われていないが、それ故の素朴な味わいがまた良いのだ。
「よし、せっかくだしたらふく食おうぜ」
「うん! 久しぶりにお腹いっぱいになるまで食べる!」
「では私もそうさせてもらおう」
ひとまず今は目の前の食事に集中しよう。
今いない人物に思いを馳せるのはそれはそれで失礼にあたるだろう。
◆◆◆
「あぁ〜食った食った」
「おいしかった、また来ようねギュンターくん!」
しばらくたって、ギュンターたち3人は全員満足して酒場を後にした。
ちなみにナハトには半分ほど出してもらった。
「……さて、ここで解散、とはならないようだ」
「あん?」
店を出た直後にナハトの腕に伝書鳩が停まってきた。
首に巻かれたスカーフには"盾に描かれたゆりかご"のマークが記されている。ギルドのものだろう。
「……喜びたまえ、リディア嬢との面会の申請が通ったよ」
「本当か!」
「あぁ。どうせ君たちは会いたがるだろうと先日申請をしていてね。私が間に入れば申請も通りやすくなるだろう?」
「ありがとうナハトさん!」
ナハトは照れ隠しかのように手をパッパッとメディアを遠ざけるように振る。
「私のためでもある。とにかく、今からでも会いにいけるがどうするかね?」
「行きます! メディアちゃんと話さなきゃいけないことが沢山あるんです」
決まりだ、とナハトは手紙を鎧の内側にしまった。
ナハトにとってもリディアと会話できる数少ない機会だろう。ナハトが彼女にどのような感情を抱くかは定かではないが、今はある程度落ち着いて話せるはずだ。
「私も色々尋ねたいことがあるんだ。君たちはともかく私はしばらくこちら側には戻れないからね、機会を逃すわけにはいかないのだよ」
「そうなのか?」
「あぁ。しばらく大陸の東側で活動することになる」
今ギュンターたちがいるのは大陸における西側にあたり、ギルド本部のフィレンツェも西側にあるためギルドの権威が強い地域だ。
それに比べて東側は支部の数も西側と比較して少なく、ギルドが支部を置けていない国家や地域も数ある。
これは西側はかつて一帯を支配した大帝国があったため、ギルドの介入もしやすかったことに起因する。
しかし西側は小国の集まりであり、帝国に対抗するため連合を結成していたが一枚岩などではなく、むしろ水面下での対立は激しかったという。
そのためギルドという存在は他国への隙となり今もその名残でギルドは比較的受け入れられていない。
「言っておくが、君たちの関わりでこうなったわけではない。元より東側への任務は決定していた。むしろ君たちのお陰で任務が遅れに遅れている」
「それは……すまねぇな」
「気にするな。むしろ良かったとさえ思っているのでね」
甲冑が擦れる音と足音を響かせながらナハトは前を歩く。
相変わらず兜のせいで顔は見えない。
「それでは行こうではないか。リディア嬢との面会と洒落込もう」
その声音は単純な言葉では言い表せないものだった。