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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
終章 あなたと私の話
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旅立つあなたに

――しばらく経って。


レベッカとシルヴィアはエリーの部屋へと戻ってきていた。

2人が何を話しているのか気にならないと言えば嘘になる。しかしそこはグリードを含めた3人が秘する話であって、部外者たる自分たちが立ち入る話ではない。

とはいえ、グリードが以前マリーの前に姿を現した時にあった一悶着から考えてただ事ではないのは確かだが。


「エリー、アリシア。どう?」

「もう大丈夫だよ。入ってきて」


エリーの声だけが聞こえたことに疑問を持ちながらも扉を開ける。

開けた先にはアリシアの手を握りながら片手で器用に本を読むエリーと、ベッドに横顔を埋めながら静かに寝息をたてるアリシアの姿があった。


「……どういうことかしら?」


珍しくシルヴィアが目を丸くしてエリーに問い詰める。


「ちょっとね。色々あってアリシアも疲れてるだろうし寝させてあげて」

「ちょっと……?」


ちょっとだけで済むような話ではないようだが、これ以上を追求するのはやめておこう。



「アリシア……というか皆大変だったって聞いたよ。ゆっくりしてもいい……うん?」


レベッカが何となくアリシアの顔を見ると目が赤く腫れていた。

ちょっとで済まないのは確定した。


「エリー。もしかしてアリシアのこと泣かせた?」

「泣かせてないよ!」


焦るように首を横に振るエリーがおかしくてついつい笑ってしまう。

シルヴィアも同じようにアリシアを起こさないように控えめに口に手を当てて笑っていた。


「……それで、満足のいく話はできたのかしら?」

「できたよ」

「それなら良かったわ。……レベッカは何か聞くことはある?」

「いんや、特にないかな。私が話の内容を聞くのはちがうもんね」


気を使わせてしまったとエリーは恥ずかしげにはにかんだ。


「……ありがとう2人とも」

「いいのいいの気にしなくて」


笑いかけつつエリーの側の皿を片付ける。

ここを出る前にあったリンゴが全て無くなっている。どうやら全部食べてくれたようだ。


「……よし。アリシアを起こすのは悪いし、ゆっくりしよっか」

「そうね。窓でも開けるようかしら」


泣きつかれて眠ってしまった様子のアリシアだが、今は口から涎を垂らすくらいには眠っている。

こうも気持ちよく寝られていては起こすのも忍びない。

レベッカたちは各々静かに時間を潰すことにした。






――またしばらく時間が経った頃。


「……はっ!」


アリシアはまるで寝坊したかのように飛び起きた。

それと同時にエリーの手も離していたが、おそらく彼女は自分が起きるまでエリーが手を握ってくれていたことには気づいていない。


「おはようアリシア。よく寝てたね」

「えっ……」


口元についた涎を拭い、さらに目元を擦って辺りを見回す。

そんなアリシアの視界に映ったのは各々本を読んだり髪型をセットしていたエリーたちの姿だった。


「なっ、なんで起こしてくれなかった」

「起こしたら悪いかなって……」


随分と気持ちよさそうに寝てたし、とエリーは特に悪びれる要素もなく淡々とシルヴィアに髪をおもちゃにされている。

どうやら今度は髪を下ろして後頭部で髪を結んでいるようだ。普段はポニーテールにしていて気づきにくいが、エリーの髪もかなり長い。

シルヴィアは弄りがいがあるに違いない。あそこまで他人の髪を弄るのが好きであれば、その道でもやっていけるとアリシアはこんな状況でぼんやりと考えていた。



「……ってそうじゃない。別に起こしても私は怒らないしむしろ起こして欲しかった」


人前でああもだらしなく眠るのは恥ずかしいのだ。

しかも涎まで垂らしていたとなると随分と間抜けな寝顔をしてに違いない。


「はいアリシア。……目元が腫れてたけどもしかしてエリーに泣かされた?」


レベッカがタオルをこちらに渡しつつ尋ねてきた。


「ありがとう。いや……」


そうでなはいと否定しようとした、だが。


「……そうだ。泣かされたな。ひどいやつだよ」

「え」


悪い顔をしてエリーに笑いかける。

寝顔を見られた仕返しだ。


「やっぱ泣かしたじゃん! サイテー!」

「酷いわエリー。女の子を泣かせるなんて……」


ここぞとばかりに加勢するレベッカとシルヴィアを見て小さく笑みを零す。

エリーも大慌てで訂正しようと試みるが、思うように体が動かず細やかに震えているようにしか見えない。


「ふふっすまない。冗談だ」

「アリシア……!」

「ふふ……!」

「もう……」


抗議の意が籠もったエリーの目から目を逸らす。

エリーには悪いがおかしくて仕方ない。それにここまで表情豊かな彼を見るのも珍しいのだ。



「……そうだ、まだ言ってないことがあった」

「うん?」


一通り笑ったあと、少し真面目な声音で切り出す。

グリードの話で有耶無耶になってしまったが、本来は話すべきことはこちらなのだ。


「グリードの刀を預かっていてな。私では使いこなせないから、あれを打った鍛冶師に返そうと思うんだ。まぁ、何処の誰が造ったものかもわからないからまずは調べるところから始める必要があるけど」

「フィレンツェに戻れば調べられそう?」

「多分。だからその……エリーが旅ができるくらいには体が回復したら……一緒に来てくれないか?」


少し気恥ずかしいが、エリーをまた旅に誘う。

思えばエリーとの初対面も彼はこうして懐抱されていた。あの時のことを思い出して少し感慨深くなる。

エリーも前向きといった表情をしたが、自身の体を見渡して少し残念そうな顔をする。


「どれくらいかかるかわからないよ?」

「いいさ。気長に待つよ。まぁでも、私が老いぼれになる前には歩けるようになってくれよ」

「待ってアリシア。あなた、おばあちゃんになってもエリーとそんな感じなの?」

「……? 何か問題でもあるのか?」


さも当然のように言い放つ。


「別に問題はないけれど……」

「……よくわからんが友人とはそういうものじゃないのか?」


エリーと出会うまで歳が近い友人というのがいなかったアリシアにとって、一般的な友人関係というのは今一ピンとこない。

ましてや異性ともなればその感覚は掴めないだろう。

しかしだ。



「む……確かに、恋人がいるやつを勝手に誘うのは良くないな。なら、悪いが怪我が治ったらエリーを少し貸して……これどっちなんだ?」


アリシアの視線がシルヴィアとレベッカを行き来する。

シルヴィアがエリーとそういう関係なのは知っているがその割にはレベッカの距離が近すぎる。幼馴染であることを考慮しても随分とベタついている。知識に乏しいと言えど何かおかしいのはアリシアでもわかる。


「"どっちも"だよ!」


レベッカは満面の笑みでエリーの肩を抱きかかえた。


「え、え……えぇ……?」


レベッカの言葉を理解するのに少し時間を要した。

アリシアにとって恋人とは1人であり、数が増えていくようなものではないからだ。彼女の感覚ではよほどの不届き者くらいしかやらないと認識していた。

ましてやこんなことをする輩は身内からそんなことする人物が出るなど考えるはずもない。


「……その、2人はそれでいいのか?」


恐る恐るレベッカとシルヴィアに尋ねる。


「もちろんよ。それに……"優柔不断で甲斐性なしのスケコマシ"さんは私たちで好き勝手するって決めたものね」

「ねー!」


それはもう満足したような顔でそう言われればアリシアとしては何も言うことはなくなる。

本人たちがそれで良しとするならば、外野がとやかく言うことではない。



「まぁいい……。それでだ。エリーの怪我が治ったら……まぁ、暇な時でいいんだがグリードの刀を返しにあれを打った刀匠の元へと行きたくてな」

「さっきは言われた直後で混乱していたけれど、アリシアなら構わないわ。それにエリーも彼とは無関係ではないでしょう? それなら行くべきではなくて?」

「そうだね。僕も行くよ」


手足を見ながらエリーは頷いた。その顔はアリシアが見てきたどんな顔よりも明るかった。



「というか、2人は一緒についていったら駄目なの?」

「……言われてみればそうだな。2人とも来るか?」


アリシアとエリーとグリードの話は終わった。

刀を返すという話はまたそれとは少し違う。ならば別にシルヴィアとレベッカがそこに同行してもおかしくはないはずだ。


「え、いいの?」


アリシアの提案にレベッカは目を丸くした。

アリシアはレベッカに「ああいいぞ」と微笑を浮かべながら頷く。


「よくよく考えたら別に人数が増えても問題ない。それに、お前たちもエリーとはなるべく一緒にいたいだろう?」

「あら、それならお言葉に甘えてさせてもらういましょうか。ふふ、楽しみがまた増えたわ」


シルヴィアは既に宿のことを考え始めていたが、それに対してレベッカの表情は暗かった。


「……私戦えないし。旅にも不慣れだから足引っ張っちゃうよ」


今回の件はちょっと違うけど…と付け加えながらレベッカは声を小さくする。

しかしそんなことを気にしていたのかとエリーたちは肩を竦ませた。


「レベッカ。別に旅に慣れてなかったり戦えないくらいで僕らが嫌がると思う?」

「思わないけどさ。でも気にしちゃうじゃん」

「だったら僕が回復して旅ができるように頑張るみたいに、レベッカも旅の練習……みたいなのしてみたらいいんじゃないかな」


それに長旅ではないとはいえ、フィレンツェからここまで歩いてこれているのだ。

レベッカは何もできないわけではない。

それを少しでも伝えようと震える手で彼女の手を握った。


「レベッカが何ができるできないとかは関係ない。レベッカだって、こんなどうなるかわからない僕でもいいと言ってくれたでしょ? それは僕も同じだよ」

「……うん。ありがと」


ずっと明るかった彼女だがエリーの言葉か嬉しかったのか、顔を赤くしながら彼の手をギュッと握り締めた。

どこか自信がなかったようだが



「……ふ、話は決まったか? 4人で行くとしよう」

「ありがとうアリシア」

「気にするな、元は私が切り出した話だ」


そろそろ行くかとアリシアは帰りの支度を始めようとした。


「エリー次第にはなるが……もしかしたら先に調べているかもしれない。わかったらまたここに戻って共有するよ」

「助かるわ。それとアリシア」

「どうしたクロムウェル」


それよ、とシルヴィアは目を細めた。

どうやら不満があるらしい。


「私とレベッカも名前で呼んでくれないかしら」

「……え?」


いつまでもクロムウェル呼びは何処かしっくりとこない。

クロムウェルの名に誇りがあることと、シルヴィアという名で呼ばれたいことはまた別なのだ。


「私とレベッカを友人だと思っているのなら、名前で呼んでほしいわ」


それと、エリーだけ名前呼びなのはずるい。

彼女にとって初めての友人なのだから特別視してしまうのはわかるのだが、それはそれ、これはこれだ。


「……む、そうか。少し恥ずかしいな」


はにかむようにアリシアは笑った。

彼女に友人と思われていたのがシルヴィアは嬉しく感じていた。


「んんっ。では改めて、シルヴィア、レベッカ」


恥ずかしがっているのを隠すようにアリシアは大袈裟に咳払いをしてから2人の名を呼んだ。


「その……これからもよろしく」

「ええ。よろしくお願いするわ」

「よろしくねアリシア!」


アリシアはそのまま勢いよく立ち上がると荷物を手早くまとめた。

やるべきことを改めて認識できた以上、それに向かって邁進したいからだ。






「それじゃあ私は行くよ」

「そっか。じゃあね」

「…………」


ドアノブに手をかけたアリシアだったが、ふと何を思い出したかのようにその動きを止めた。

まるで忘れ物があるかのように先程まで座っていた椅子の近くまで来ると、座ることはせずエリーの隣まで来てしゃがんでエリーの顔と高さを合わせる。


「アリシア?」

「その……まだお礼を言っていなかったな。私は先に進むことができたんだ。お前だけではなく、友人や仲間たちのお陰でもあるが……やはり私はエリーに一番世話になったと思う」

「僕こそアリシアに助けられたことも多かったよ。ありがとう」


彼女はとても嬉しそうにはにかんだ。


「あの日たまたま海岸でエリーを見つけられていなかったら、こうはならなかっただろう。縁とは奇妙なものだが、今はそれに感謝したい」

「あの時は色々ありがとうね」

「私は何もしていない。あの宿のご夫妻のご厚意のお陰だ。いつかお礼を言いに行かなければな」


そう月日は経っていないのにどこか昔のように感じる。アリシアにとってはエリーと出会ってから今日この時までの旅が、これまでの人生で一番濃密な時間だった。

そしてこれからもその旅が続くことを願っていた。


「エリー、お前に出逢えて良かったと心から思う。そうでなかった時の私は……少し想像したくない。だから、今までありがとう。そしてこれからも――よろしく頼む」


自身に向かって伸ばされた手をエリーはしっかりと握り返した。


「こちらこそよろしく、アリシア」

「あぁ」


まるでこれからの付き合いの長さのような、長い握手を交わすとアリシアは晴れやかな顔で


「また来るよ」


と言い残し、病室から出ていった。



「……ふふ。やることが決まったのなら後はそれに向けて頑張るだけね。目標がある分リハビリにも精が出るのではないかしら」

「何か手伝えることがあったら言ってね!」


隣にいてくれるシルヴィアとレベッカには感謝しかない。

彼女たちに報いるためにも、アリシアとグリードとの約束を果たすためにも、リハビリへむけて今からできることを始めるとしよう。




◆◆◆




――病室から出たアリシアは、陽の光の眩しさに目を細めた。


雲一つない見事な晴れだ。気分のいい天気に心地よい風が吹く。

ここイニーツィオの病院は小高い丘に建てれているのでここからだとイニーツィオの町を一望できる。赤い煉瓦造りの街並みがよく見える。

決して大きくはない街ではあるが住民の気質も穏やかで、付近の畑では葡萄とそれから造られる葡萄酒が特産品だと言う。


(いい街だ。……グリードはこの街を歩いたことはあるのだろうか)


アリシアが知っている街も知らない街も、グリードが辿った旅路に刻まれているかもしれない。

一介の傭兵として生きてきた彼を知る者はその旅路にどれだけいるだろうか。ましてや故郷が滅んだ彼には帰るべき場所もなかった。

もしかしたら彼のことを覚えているのはアリシアたちしかいないのかもしれない。


(それは、少し寂しいな)


もし自分が旅を止めると決めた時、無事でいられたのなら、本を書いてもいいかもしれない。

ちょうど最近、読書が好きになってきたのだ。それを参考に――もっとも、あまり文才はないだろうが――自分のそれまでの半生を書くのも悪くないだろう。

旅路のこと、そこで出会った人々のこと、相対した人や魔物に魔族――。


そして、エリーやグリードと仲間たちのこと。

 

そうすれば、自分が死したあとも皆のことが誰かの記憶に残るかもしれない。

グリードとの約束でもある世界を旅した記録を残せるという意味でも本を書くのは悪くない。


「うん。また目標が決まったな」


とはいえ、未来のことは何もわからない。

取らぬ狸の――とも言うし、あまりあれこれ決めるのは良くないだろう。


「よし、行くか」


随分と先の長い目標ではあるが、それを達成するにはまだまだ強くならなくてはならない。眼下に広がる街や、まだ見ぬ人々を守るのも秩序の騎士たるアリシアの役目だ。




――まぁ、頑張れよ。




声が聞こえて、周囲を見渡す。


「……グリード?」


いないのはわかっている。

けれども、その声は確かに彼のものだった。

ただの幻聴かもしれない。だが、彼が自分に言ってくれたものだとアリシアは信じた。

彼に応えるように口を開く。



「頑張るよ。だから、見ていてくれ」 



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