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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
終章 あなたと私の話
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レベッカとシルヴィアは近くにあったベンチに腰掛けた。

普段ならそこまで離れていない距離に座っていたが、今この時はどこか距離が離れている。


「レベッカ」


シルヴィアが口を開いたが、遮った。

自分から切り出さなければならないことだから。


「ごめんね。まだ、エリーが好きなんだ」


ずっと自分ではないことはわかっていた。

3年ぶりに帰ってきたあの日、彼の目線の先に自分がいないことを悟ってしまった。

あの時ほど自分の愚かさを呪ったことはない。

近くにいるだけでは彼の心を動かすことは叶わなかった。なぜそれを理解できなかったのか。


「エリーにとって私はただ一緒に育ってきただけの女の子で、エリーにとってはただの家族に過ぎなかったんだ」


ただ隣にいただけでは、ただ話していただけでは、意味がなかったことを痛感させられた。

それでも……家族として思われていることは、まだマシなのかもしれない。

一つ前の世界のエリー――デイヴァはレベッカのことをひとつも話題にしなかったという。

同じ顔で同じ声の――別人だと自分に言い聞かせたが、その事実はレベッカの心を大きく抉った。

世界が戻っても、まさしく運命でまた会えるエリーとシルヴィアと違って、自分は偶然今の世界で会っただけの人間に過ぎない。

勝てるわけがなかったのだ。

はじめから勝負にもなっていなかった。

生まれてはじめて愛した人は、最初から別の愛する存在がいたというのだから。



「私も馬鹿だよね。もうどうにもならないのにまだ諦めきれないなんて」

「そんな……」

「もしかして、さっき私からエリーを奪ったってこのことだったりする?」

「ちが、私……そんなつもりじゃ……」

「ごめん。意地悪だった」


シルヴィアの人となりは理解している。

そんなつもりであの発言をしたわけではないことも理解している。

それでも嫉妬の気持ちを拗らせてしまうのだ。


「こんなんだから、駄目なんだろうなぁ」


背もたれに寄っかかり天を仰ぐ。

今日もいい天気だ。

どこかに出掛けるにはこれ以上ないくらいだ。


「それでも、諦めきれない」


エリー会いたさにはじめて生まれ育った街を出るくらいだ。

自分は自分で思ったよりエリーに恋焦がれていて、自分は思ったより諦めが悪いようだ。


「勝ち目がなくても、最後に泣くのはわかってても、ね」

「ねぇ……レベッカ」

「うん?」


シルヴィアは気付いていた。レベッカはひとつ勘違いをしている。

それを言わなければならないと、シルヴィアは己を奮起させる。いつまでも落ち込んでいたら、ここまで励ましてくれた親友に報いることができない。



「多分エリーは……レベッカが思っているよりも、あなたのことを見ていると思うわ」

「……というと?」

「はじめてアズハル孤児院を訪れる前……エリーはあなたたちの思い出を語っていたけれど、あなたの話の割合が随分と大きかったわ」


当然クローヴィスやマリーたちの話もしていたが、レベッカの話ばかりしていたのをシルヴィアははっきりと覚えている。


「それに、孤児院に帰ってきてからあなたと話すエリーは……とても、楽しそうに見えたわ」

「……んー。でも、あれ中身はシルヴィアのことが多かったよ? 私と話すのが楽しいんじゃなくて、シルヴィアのことを話すのがたのしかったんじゃないかな?」

「それでも私の前では見せなかった笑顔をあなた引き出していたわ。……それこそ、嫉妬するくらい羨ましかった」


まさかの発言にレベッカは心底驚いた。


「シルヴィアでもそんなこと思うんだ。正直、そんなことないかと思ってた」

「買いかぶりすぎよ。如何に"クロムウェルを背負う者たれ"と自らを律しても、どうしてもそんな感情は生まれてしまう。恥ずべきものだと最初は思ったけれど、人間ってそんなものよね」


それに気づいたこともある。

そして一歩進むことができたのだ。


「この感情は故郷で生きてるだけじゃ得られなかったわ。……誰かに恋をするというのはこれほど感情を揺さぶられるものだったなんてね」

「そうだね。私もここまで初恋を拗らせるなんて、昔の私に言ったら驚きそう」


もし故郷ハンティンドン残っていたままだったらどうなっていたか、今では想像もつかない。

自分の容姿と家柄しか見ない男との婚姻は願い下げだが、立場がそうさせなかったかもしれない。

その"もし"の話を思い、たどり着いた結論がある。


「……"誰かが誰かに恋するのを止める権利は私にはない"わ。何より私が恋をして変われたのだから、誰かが変わるかもしれない行為を止めるのは、私自身への裏切りになる」

「だから、私がエリーを想い続けるのも止めないと?」

「そうよ。それにあなたはまだ負けたって思っているようだけれど、そうじゃないと思うわ」


これは慰めや哀れみなんてものではない。


「ずっと思っていたことがあるの。エリーが私に向ける感情は、本当に恋愛感情なのかってこと」

「……と、言うと?」

「私を殺すことによって世界が繰り返され続けているのら、エリーはきっとそのことに責任感を持つでしょう。そして私を守ったり気に掛けたりするのは、それは本当に私への恋慕によるものなのかしら? それを知るのが、怖いの」


もしエリーがシルヴィアに向ける感情が違うのなら、ひたすら空回りしていたことになる。

それが怖かったのだ。違和感に気付きながらも、そこを知ってしまうのが怖かった。


「……シルヴィアも同じだね。私も、エリーに本当はどう思われてるのが怖くて踏み出せなかった」

「えぇ、同じね、私たち」


似た者同士だと笑い合う。


「なんか話してたらスッキリしちゃった。このままエリーに会いに行かない?」

「私も同じこと考えてたわ。エリーの顔を見て、もし起きていたら……答えを聞くわよ!」


2人同時に立ち上がった。

お互い、気持ちは遥か上空に広がる青空のようだった。


恋をした人の、答えを聞きに行こう。

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