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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
終章 あなたと私の話
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居場所はなく

"レジスタンス"との決戦から早1週間。


砦の最寄りの町、"イニーツィオ"に一先ず移動したシルヴィアたちは、そこで今回の事変の事後処理に追われていた。

とはいっても大半はスキピオが率先して処理していたのだが。「私は何もしていない分、このような所で働くのが道理ですからな」と、彼は大量の書類を手早く処理しながらどこか嬉しげに言っていた。


ということでシルヴィアたちはそれぞれ戦いの傷を癒すために療養中だ。

もっともシルヴィアは大した傷もなく健康体そのものであったため、自由に動き回れている。

時にスキピオの手伝いをし、時に町の小さな依頼を受け、時に仲間たちの様子を見に行く。

じっとしていると無限に気が落ち込むだけだった。なら無理にでも動き回って気を紛らわすしかなかった。

そして気がつけば1週間が経過していた。




だがひとつ珍しいことがあった。


このイニーツィオという町はフィレンツェから3日、旅に慣れてなくとも5日もあれば余裕をもって到着できるくらいには近しい位置関係にある。

なのでここに来た人物がいた。


「シルヴィア、疲れてる?」

「……少しね。そういうあなたこそ初めての旅だったのでしょう? 疲れは大丈夫なの、レベッカ」


少し俯きながらベンチに座っていたシルヴィアに覗くように声をかけてきたのはレベッカだ。

"レジスタンス"との戦いが終結してからレベッカとマリーの下へと転移移送で手紙を送っていた。

その返信にこちらへ来るとの文面があったのだ。1人ではなくマリーと共にだったが、彼女にとっては生まれてはじめて街の外に足跡を作ったことになる。


「昨日ゆっくり休んだから大丈夫だよ」

「それなら良かったわ。旅に出てみた感想はどうかしら?」

「……世界って広くて楽しいんだね。皆こんな楽しいことしてたんだーって思うと羨ましくなっちゃった」


目を輝かせ目に映る全てのものが美しく見えるような様は、かつて自分が旅に出た当初のことを思い出して微笑ましくなる。


「……それで、さ。エリーのことなんだけど」


顔を伏し声のトーンをいくらか落としてレベッカは切り出した。

いずれ話題にしなければならないことだ。

本当なら自分から言わなければならないことだ。だがレベッカに切り出させてしまった。


「……わからないわ。外科手術の施術後にも、治癒魔術を使える人が交代で"アスクレピオス"をもって回復してくれてるから一先ず安定したけれど……これからどう転ぶかは……」

「そう、だよね。エリー……」

「ごめんなさい……私がもう少し考えが回っていたら」


あの時エリーの近寄れていればこうはならなかった。

勝利の安堵にあぐらをかいていたからこうなったのだ。


「違うよ。だいたいどんな感じだったかは私も聞いた。シルヴィアがどうこうできる問題じゃなかったじゃん」

「でも……ごめんなさい……」

「シルヴィア……」


生まれ持った性質なのか貴族として育った責任感から来るものなのかはわからないが、シルヴィアはこのような場合過度に背負いこみあまつさえ限界まで思い詰めてしまう悪癖がある。

実際何とかできる状況ではなかったのは確かで、あの場ではシルヴィア含めた全員がなんとかしようと奮闘していた。だがどうにもならなかった。それが事実だ。

誰も責められない状況で、あえて、わざわざ、責任を問うのであれば今作戦に参加した全員が問われるべきだ。

だがシルヴィアにはそれができない。どうしも全ての責が自分にあると考えてしまう。





「少し歩こっか」

「わかったわ……」


半歩遅れてレベッカの隣を歩く

普段の快活で自由気ままな彼女の姿はなく、まるで衛兵に追われているこそ泥のように周囲に怯えてるように見える。彼女を責める者など誰もいないのだが。


「あのお店、ここに一昨日来た時から気になってたんだよねー。エリーが回復したら3人で来ようね」

「…………」

「あそこのブティックの雰囲気いいなぁ。あの店頭にある青色の装飾のネックレスとかシルヴィアに似合うんじゃないかな?」

「………………」


まるで日常かのように明るく振る舞うレベッカだったが、シルヴィアは口を開くどころかろくな反応を示さない。


「あっ、あそことかどうかな?」

「もうやめて……!」


悲痛な叫びともとれる声だった。


「私を憎んでいるのならそう言って……! エリーを死なせたって、自分からエリーを奪ったって!」

「憎むも何も。別にエリー死んでないし」

「でもどうなるかわからないのよ!?」

「そうだね。じゃあシルヴィアはエリーがこのまま死んじゃうって、そうなってもいいって思ってるの?」

「そんなわけ、ないじゃない……!」


ついに涙を流してへたり込んでしまったシルヴィアに目線を合わせるため、レベッカも屈み込む。

往来のど真ん中でやるのは少し気が引けるが今はそれを気にしている場合ではない。


「じゃあそれでいいんじゃないかな。もし、エリーが死んじゃったら…………その時にまた考えよ? 大丈夫だよ、何度も何度も戦闘の度に入院してるんだから、今回もきっと元気になる」


もしエリーが死んでしまったらと一瞬考えを巡らせると胸にナイフを突き立てられたような気分になった。

自分だって喪うのは怖い。だがそれだけを考え後悔を重ねるのは間違っている。

シルヴィアはまだ顔を地面に向けたままだがそれでも話すのは止めない。


「大事な人を喪ったら……ってなったら思いつめちゃうのはわかるよ。でも、ずっと暗い顔のままも良くない」

「…………」

「エリーだけじゃなくて周囲の人たちを大事に想っているのはシルヴィアのいいところだよ。でも、想い過ぎてるのかもね。もう少し信頼してあげよう。ギュンターにもウェンにもできたんだから、エリーにだってできるよ。ね?」


泣きじゃくる子どもを諭すかのような優しい声音で話しかける。


「私、信じてなかったのかしら……」

「信じてるよ。でもそれ以上に大事に想う気持ちが強すぎたんじゃないかな?」

「…………」

「……えへへ。私がエリーとシルヴィアの関係につっこむのもおかしいね」


小っ恥ずかしくなって顔を赤くして立ち上がる。

シルヴィアもまた立ち上がり、やっと自分の顔を見てくれた。


「ありがとう、少し気持ちが楽になったわ」

「それなら良かったよ。シルヴィアが元気な方がきっとエリーも喜ぶだろうから」

「……ねぇ、レベッカ」

「なぁに?」

「……話があるわ」


そう言うとシルヴィアは近くの広場を指さした。

住民が憩うように建てられたであろういくつかのベンチが備えられた、少し地味な場所だ。


「うん、行こっか」


レベッカは覚悟を決めて、笑顔で返した。

いつまでも、このままではいられないから。

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