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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第5章 人類の翼
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"エリー・バウチャー"

「……あなたを倒し、仲間の元へ帰らせてもらう」


腰に差した剣と太もものナイフホルダーに差してある短剣を引き抜く。

"センチュリオン"は先ほどキニジに貸したままだ。

魔力も尽き、カナヒメもいない状況で戦わなければならない。

周囲は噴出した魔力に囲われ、逃げ出したくてもそうはできない。


「……お互い残ったのは剣だけか」


レザールはそう告げると片手に持った剣を両手に持ち変え、上段に構え直す。

"バスティオン"を失ったのかと思えば近くに落ちている。最期の戦いの割には強力な手札は使わないようだ。


バスティオンは?」

「私の剣に盾はない。あれを使っていたのは手に入れたが故に使っていただけのこと。もうあれを使う余力がないのであれば本来の剣に戻るだけだ」

「…………それなら、いい。カナヒメがいなくなれば剣しかないのは僕も同じだ」


余力もないのはこちらも同じだ。

それに元々、そういう戦いをしてきた。

魔術に手を出したが"代償ペナルティ"を払っても得られたのは多めに見積っても上の下程度。

剣も"代償"のせいで身体は成長しないため力では大半に勝てない。――もっとも、ディヴァを見る限りは普通に成長しても体格には恵まれなかっただろう。

それでも戦い続けてきた。

一度得た仲間を喪い、恐怖と後悔から周囲との壁を作ってもきた。

それでも新たに得た仲間と共に旅を続け、様々な経験や力を得た。

その果てがこの戦いだ。

今は仲間もいない、得た力もない、魔力も尽きた。

"エリー・バウチャー"という一個人の力だけで目の前の敵を討ち果たさなければならない。




「ここで終わりだ……レザール!」

「こい――エリー・バウチャーッ!」


お互い同時に踏み込んだ。

上段から振り下ろされたレザールの剣を右手に持った剣で受け流す。

正面から受け止めることはしない。

いくら限界を迎えているとはいえ相手は鍛えている成人男性だ。肉体年齢が15歳の自分では力負けは必至だろう。


(――重い!)


受け流し自体は上手くいったが右手が若干の痺れを覚えるほどの一撃だった。

何度も連続では受けられない。受けるだけではなく避けることもしなければならないだろう。

一瞬エリーも両手で持つことを考えたがすぐにそれは無理だと考え直す。

同じ条件で戦えばなおさら勝てない。なら自分の強みを押し付けるべきだ。


(ナイフは3本ある。布石か本命か、どちらで使えば勝てる?)


左脚に2本右脚に1本ナイフを差してある。左脚の1本は先ほど抜刀したため脚に残ってるのは1本ずつだ。

無難な手を選ぶのであれば最初の1本は布石に使うべきだ。


「動きに迷いがあるな、エリー・バウチャー!」

「くっ……!」


レザールの一撃を右へと受け流す。

今回は受け流して体を右回転させることで勢いを殺し腕への負荷を軽減させる。

だがそれだけではなく、回転した勢いのまま持っているナイフをレザールの首筋へと突きつける。

回転したお陰でナイフを持った左手を隠しつつ攻撃できた。見えない箇所からの攻撃であれば意表をつけるはずだ。


「……やはりな」


しかしレザールは初めからエリーがそうするとわかっていたかのように悠々と首を動かしてかわした。

そのままエリーの体を押して距離をとられる。すぐさま距離を詰めようとするが一切の隙がない。


「容赦がなく躊躇いもない、常に相手を殺す最善手を模索できる優秀な戦士だ。故に手に取るように次の行動がわかる」

「…………」

「体格差という覆せないものがある以上、狙うのは急所への一撃だ。そう考え首をずらしてみたが……正解だった。私の腹でも狙えば違ったかもしれないな」


まるで教えるかのように饒舌に喋るレザールとは反対にエリーの口数は少ない。

喋る気にならない……ということでもなく、こうしてレザールが話す間にも如何にして相手の体に剣を突き立てるか、それを考えていたからだ。


「今もそうして私を殺す算段を考えているだろう。そんな目だ」

「……何が言いたい。僕の師匠にでもなるつもり?」

「まさか」


折れた剣を構えたままレザールは肩をすくめる。


「最期だ。饒舌にもなる。そういうお前は違うようだがな」

「死ぬつもりはないし、それにあなたと話すことがない」

「そうだな。ならばそろそろ真面目に戦うとしよう」



そう言うとレザールはグッと地面を踏み込んだ。

一切体幹がブレることなく、まるで水平移動してるかのようにこちらへと斬撃を放つ。


「ぐぅ……ッ!」


剣と短剣両方を使って受けるが、凄まじい力に苦悶の声が漏れる。

そう何度も受けられないが、そう簡単に避けられるものでもない。


「守っていてばかりでは勝てないぞッ!」


休憩する暇などレザールは与えてくれない。

嵐のような連撃がエリーを襲う。

ついに体が耐えきれなくなり、膝をついてしまう。


「大口を叩いてその程度か!」


容赦なくとどめを刺さんと膝をついたエリーの真上から剣を振り下ろす。


(やるしかない――!)


一か八か膝をついた体勢のままレザールの顔目掛けて短剣を投げつける。


「――!!」


反射的にレザールはそれを払うために剣を動かす。

その隙に這うようにして距離を離す。

随分と無様な回避の仕方だが、勝つためには無様なことでも何でもするだけだ。


(残り2本……)


何とか立ち上がり、今度は自分の番だと2本目の短剣を抜いて斬りかかる。


「驚いたぞ!」


レザールはエリーの二本の剣の攻撃を受け流しつつ声を荒げる。

今のレザールの連撃を受けて、何となくではあるが彼の癖のようなものを理解できた。


(相手の癖を見抜いてそこを突く。元々こんな戦い方だった――!)


何もなかった頃の戦い方だ。

今は多くのものを得て自然と薄れていったが、元来こんな戦い方をしなければ自分はまともに戦うことすらできなかった。


「素晴らしいぞ!」


当然レザールも反撃をしてくる。

だが先ほどとは異なり、防御ではなく回避を主体として立ち回り始めた。

まだ甘くギリギリの回避になる。

何度も剣が体を掠めた。顔も腕も脚も切り傷で血が滲む。

その滲んだ血が肌を伝われば伝わるほど、感覚が研ぎ澄まされていく。

攻撃も回避も精度が上がっていく。

レザールは間違いなく自分より強い。だがそんな相手に少しずつ喰らいついていくこの感覚。これはまるで――、



「楽しいか? エリー・バウチャー」

「っ!?」

「どうやら図星だな。魔族化、というよりも魔物化はその生物の暴力性を高め、闘争心を増すと聞いたがどうやら正解らしい。自分では気づいていないようだが、随分笑っていたぞ」


思わず手が止まる。

戦いなど傷つくだけのもののはずだ。


「半分魔族であるお前はあまり自覚がないかもしれないがな。楽しんでいるのだろう?」

「そんなことは……」


言葉に詰まった。

なぜ自分はレザールと戦おうとしたのか。

なぜレザールに勝つために無茶な訓練をしたのか。

"そうしたかった理由"がわからない。勝ちたいのは確かだ。だが、本当にそれだけだろうか?


「心の奥底ではお前は戦いというものを望み、そしてそれを楽しんている。そう感じたから私は"レジスタンス"に誘ったのだ。ギルドを相手取る大戦……楽しめそうだと思っただろう?」


反論ができない。

それどころか今まで心につっかえていたものが取れた感覚すらある。

戦いを望み、そしてそれを楽しむ。


「……そうだね。本当はそうなのかもしれない」


それは認めるしかないだろう。

しかし、だ。


「でも僕は、そうだとしても、ただ戦うことはしない」


"理由は何だ"

自分の胸に手を当て、思い浮かんだことがある。


「誰かを守りたい。大切な人を、仲間を。僕はそのために戦う」


戦いを望むとか楽しむとか、それ以前になぜ戦おうと思ったのか。


「それが魔族としての性ではないものだとしてもか?」

「そうだ。誰でもない僕がそうする」


ずっと長い間、自分は誰なのかわからなかった。

純粋な人間ではない、魔族でもない。

剣も魔術も中途半端で、どっちつかず。

容姿のせいで初対面の人に自分の性別を誤認される。

おまけに未来の自分は人類を滅ぼした。そして過去に飛んで今を救った。

もうめちゃくちゃだ。意味がわからない。


「僕は僕だ。人とか魔族とかどうでもいい」


だがそれでもきっと、肯定してくれるだろう。

エリーはエリーだと言ってくれる人たちがいる。

なら、それでいい。


「戦いを楽しんでいようが嫌っていようが……人でもなく魔族でもない化け物でもいい。ただの"エリー・バウチャー"としてあなたを倒す」

「残念だ。私の意志を継げると思ったのだが」

「それは無理な相談だよ。僕の戦う理由は僕が決める」


剣を握る手に力を込める。傷だらけだが今はそんなことが気にならない。

ようやく自分がわかった気がする。

これも仲間のお陰だ。自分を前に向かせてくれたからこそ、この答えにたどり着いた。



「はああああああッ!」


全力で踏み込む。

レザールの癖はなんとなく掴めた。あとはそれを見切り、自分の動きを最適化させる。

右手の剣と左手の短剣でレザールに猛攻を浴びせる。変わらず急所は狙うが、それだけでなく時折フェイントを混ぜていく。


「この短時間で私の剣を見切るか。――だがッ!」


何も癖を見抜くのはエリーだけではない。

レザールもまたエリーの癖を理解し、左手にもった短剣を弾き飛ばす。


「まだ!」


飛ばされた方向を確認しながら最後の1本を抜く。

そのまま首筋へと噛みつくように斬りかかる。

だがそれは手で払うように防がれた。


(喰らいついてやる……ッ!)


左手が防がれたのなら右手で上段から振り下ろすまでだ。

それも今度は剣で受け止められる。

鍔迫りになっては不利なのはこちらだ。すぐさま1歩引いて力勝負は避ける。

レザールの大上段からの追撃は右半身をずらして対処する。完璧とはいかず、右肩が斬られる。

当然痛みはある。しかし引きはしない。

大上段からの攻撃なら追撃はすぐにはこない。その隙をつく。


「だぁぁぁアアアッ!」


咆哮とともに左手の短剣をレザールの脇腹へと捩じ込んだ。


「ぐっ……!」


深く突き刺さったがレザールはこれで倒れる気配は見せない。

これであとは右手にもった剣しか持っていない。


「流石にやるな……!」


レザールはエリーを突き飛ばしつつ体勢を整えた。

あれだけの消耗具合に脇腹への短剣は致命傷となってもおかしくはない。額には脂汗が浮かんでいる。

だがレザールはそれでも立っている。

そう簡単には死ぬつもりはないのだ。


(思ったより、傷が深い……)


右肩にそっと触れると、血がベッタリとついていた。想像以上の重症のようだ。不思議と痛みはない。痛みを感じる余裕すらないということか。

まだ力は入るがそれもいつまで持つかはわからない。

ならば時間はかけられない。

レザールにも時間を与えないようまた踏み込む。

先ほどまでとは違い一刀流の状態だが、すぐさま切り替えて戦えるよう鍛錬は続けてきた。

今度は両手で剣を握りレザールに斬り上げるように下からの攻撃を放つ。

レザールはそれをまた剣で受け止める。どうやら避けるだけの余裕はないらしい。

だが下から持ち上げるのは上から抑え込むよりも遥かに力が必要だ。体格差があるのなら尚更だ。

すぐさま剣と剣を離し、右手だけで持って勢いをつけて回転斬りで胴体を狙う。

しかしながらそれはすぐさま防がれる。


(……1本の位置は把握してある。もう1本は……!?)


レザールに投げつけたものの位置さえ把握できれば隙を見て回収に向かえる。


(あった!)


レザールの剣撃をなんとかいなしつつ2本目を発見できた。

位置としては自分の正面――つまるところレザールの後ろ。そしてもう1本は自分の左手側に転がっている。

とりあえずは近場の短剣から回収に向かう。


「目的はそれか!」


レザールも勘づいたのかこちらの妨害を行わんと詰めてくる。そうせざるを得ないだろう。

そうわかっていたエリーは剣先を床に擦り付け、砂利を巻き上げてレザールの顔面へと飛ばす。

行儀が良いやり方ではないが、手段を選んでいられる状況ではない。


「くっ!」


目に入らないよう手で庇っている間に短剣を回収する。

これで元通りだ。



「卑怯なやり方で悪いね……」

「いいや、構わない」


まるで気にすることなくレザールは半ば折れている剣を上段に構える。

彼の口からは血が溢れており構えた剣はわずかに震えている。限界は近いようだ。

もっとも、それはエリーも同じだ。

致命傷は受けてないものの、出血の量も馬鹿にならないようだ。右腕も少し重くなってきた。


「……今から逃げ回れば……私はいずれ死ぬだろうな。どうする? エリー・バウチャー?」

「そんなことはしない。それじゃあ、あなたに勝ったとは言えない。……それに、そうしないと勝てないと思われてるのが気に入らない」

「クク……そうでなくてはな」


笑いながらレザールは突撃してきた。

動きの精錬さが少し欠けた剣を右手の剣で受け流す。

先ほどの剣撃よりは威力も劣っている。今の右手ですら難なく受け流せる威力だ。万全の状態であればさらに楽に対処できただろう。

追い詰めている証だ。


「……!」


レザールはそれをわかっていたかのように矢継ぎ早に剣を打ち付けてくる。

力ではなく手数で押すと決めたのだろう。

万全の状況でなくとも直撃さえすれば致命傷になるのには変わりないからだ。


「ぐっ……ぅ!」


連撃を受け流すエリーの状況もそれほど良くはない。

徐々にだが右肩が鈍い痛みを伴うようになり、肩を上げようとしたら激痛が走る。


「はああああッ!」


防戦一方では何も始まらないと無理矢理前に踏み出てレザールの首元を狙う。

左手の短剣で剣を受け流したが無理に攻め入ったせいで完璧には受け流せず、左腕の二の腕あたりから左脇腹あたりが切り裂かれる。

だがレザールの首元とはいかずとも、鎖骨あたりを大きく傷つけることができた。


「まだだァ!」


そのまま左手の短剣を逆手に持ち替えレザールの右肩に突き刺す。


「まだ終わらせん……!」


レザールは尚も怯むことはせず、エリーを全身全霊の力をもって蹴り飛ばす。


「がっ……」


ろくな防御体勢もとれず、まともな受け身もとれずにエリーは床を転がる。

その折に残った右手の剣すら手放してしまった。

それでも立ち上がる。



「見事だ、エリー・バウチャー……ッ! だが私はまだ戦い続けるぞ……勝つのは……私だッ!」


レザールはついに膝から崩れ落ち、剣を杖に膝立ちでなんとかこちらを見ているだけとなった。

全身が血だらけで吐血も止まらないようだが、その瞳からは闘志が消えることはない。

むしろさらに燃え上がっているようだ。

それはエリーも同じだ。勝ったとしても助からないかもしれないくらいには傷ついている。だが退くことはしない。

何故ならば目の前の男を超えたいからだ。


「……いいや僕だッ!」


幸運にも近くに先ほど回収しなかった短剣が転がっている。それを手に構えた。

そして放りだしてしまった剣を見つける。近くにあって良かった。


「――ッ!」


ただ一歩、ただ一歩踏み出すだけで倒れそうになる。

よほど脇腹の切傷が酷いらしい。


(敢えて見てないけど……随分と持ってかれてるみたいだ)


どうやら生還することは思慮に入れなくても良さそうだ。だが生きることを諦めたわけではない。

死ぬまで足掻いて生きて死ぬ――そうするだけだ。

次の一撃が最期になるだろう。


「終わりにしよう、レザール……!」

「ならば、死力を尽くして迎え撃とう……!」


レザールもまたこれが最後だと悟ったらしい。

そして全力で駆け出した。

一歩踏み出すごとに死が近づくのがわかる。それでも足は止めない。


「はああああああァァァァッ!!」


身を屈めながら剣を拾い、レザールへと斬りかかる。

レザールもまた上段に構えた剣で受け止めようと振りかぶった。

エリーもそれに両手の剣で正面から立ち向かう。


「これでさよならだ、レザールッ!」


最期の力を振り絞り、レザールの剣を押し込んだ。

レザールの剣は元より折れていたこととこれまでの攻防により限界を迎え、砕け散った。

そしてエリーはそのまま剣を振り切った。







「……見事だ、エリー・バウチャー」


両手の剣で正面から切り裂かれたレザールだったが、倒れることはせず尚も立ったままだった。

対してエリーはもう立てる気力もなく、膝から崩れ落ちた。しかしエリーもまた倒れることはなく、まっすぐレザールを見つめている。


「私の、負けだ」

「レザール……」

「……お前が自分で戦う理由を選び取るのならば、その道を進み続けろ」


レザールの体はもう形を保てず、光り還っていく。


「……そして覚えておいてくれ。我々という存在がいたことを。ギルドから与えられた鳥籠ではなく、そこから羽ばたく翼を欲した者が存在したことを」

「……わかった」


忘れられるものか。


「……だが……悔しいな。人類に翼を……」


レザールは光へと還っていった。

最期まで自由を求めたレザールかのように、その光は天へと羽ばたくように昇っていった。

それを見送って、まるで囁くような祈るように呟いた。


「……ギルドは変わっていくよ、同じ轍は踏まない。アリシアたちが変えていく…時間はかかるかもだけど……」


技術の独占もなくなっていくだろう。

"オラクル"の件も含めて、ギルドはこれまでの体制を変えねばならない。

技術の開放や融和的な動き、それらはきっと起こるはず。

アリシアが目指す場所はその変革を為す場所だ。


「でも……それを見れるか……わからないなぁ」


レザールが斃れたからなのか周囲の魔力の噴出は止み、シルヴィアたちの姿が見える。

どうやら随分と動揺しているようだ。

それも当然か。どう見たって自分は死にかけている。


「…………」


シルヴィアたちに手を伸ばす。

届くわけがないが、自然と手を差し出していた。


「……僕は」


言い切る前に意識が遠いていく。

まだ言いたいこともやりたいこともある。

だが何故かやり切った、そう感じた。


だから、こんな最期も、悪くない。

次回から最終章です

そんなには長くならないと思います

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