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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第5章 人類の翼
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巨人を討つ

理性を無くしたとはいえ元がレザールなだけに巨人タイタンとの戦いは熾烈を極めていた。

右腕の振り下ろしを避け、返しに一撃入れるも大した手応えはないことにアリシアはため息をつく。


「流石に手強い……」


巨大化しただけに動きも比較的ゆっくりで精度にも欠けているが、あの巨体から繰り出される一撃は脅威だ。

まともに受ければ次はない。

シルヴィアの顔を見ると魔力の余裕はまだありそうだが、悠長に時間をかけている場合でもないのは確かだ。

一旦引くのか、それともこのまま討滅を目指すのか。

どちらを選ぶにしても早く決めねばならない。


「どうするねアリシア嬢。私としては引いてもいいが」

「そうだな……クロムウェルに障壁の突破を任せている以上、彼女が限界を迎える前に巨人を倒さねばならない。……が、障壁を突破したとしても有効打を与えられる保証もない」


相手が魔族化しているのであれば魔術が大いに効く。しかしながらギルド屈指の魔術師であるウェンもマキナも姿を消している。

彼らほどの才覚をもつ魔術師はそうはいない。


「私なら大丈夫よ! それにあの障壁がまた成長すれば私の『影』ですらどうにもならなくなるかもしれないわ! だったら今やるしかないんじゃないかしら!」


どうやら会話が聞こえてたらしく、少し遠くからシルヴィアが声を張り上げてきた。


「……確かにそうだな。何度も悪いが頼んだぞ!」


シルヴィアは無言で顔の前でぐっと拳を握っている。頼もしい限りだ。

その顔に安心していると巨人はその剛腕を振るってきたが、苦も無く避けて一撃入れる。



「ずいぶんと嬉しそうだなアリシア嬢。本当は決着をつけたかったのだろう?」

「バレたか。……まぁそうだな。できれば私の手でやりたかった」


元より今作戦におけるギルドの方針は変わっていない。

レザール以外の"レジスタンス"が討たれた以上、無理に戦う必要もない。エリーの救援に成功した段階で撤退しても問題はなかったのだ。

だがアリシア個人としてはこの場で"レジスタンス"を討つことを目的としていて、なおかつグリードの仇討ちという目的もできた。

組織人としては退くべき状況だったが、レザールの魔族化によってそうとも言えなくなったのだ。


「"言い訳"もできたことだ。私も最後まで手伝うとしよう。無論死なない程度にしてくれたまえ」

「あぁ。グリードの願いのためにも、元気に帰る。必ずな」


"ブリューナグ"に光を宿し、床から跳び立つ。

狙うはレザール本体だ。如何に巨人が強く堅牢だとしても、人の部分が残っているのであればそこが弱点だろう。


「――応えろ"ブリューナグ"ッ!」


一度"2nd"に至ったことで、"Artificial Deva"の使い方も何となくではあるが理解できた。流石にまた"2nd"を再現するのは厳しいが、複製を創り出すのは可能だ。

空いている左手に複製の相棒ブリューナグを創り出し、勢いのまま投げつける。


「はぁッ!!」


だがしかし、その複製はガラスが砕け散るような音を発しながら消滅した。


「やはり守られているか――!」


厄介な障壁だ。

直接触れれば自分はおろか"ブリューナグ"ですら無事である保証はない。

シルヴィアの『影』によって少しずつ障壁は消滅している。しかしながら相殺される都合上その都度『影』を出さなければならず、進捗は遅くなる。

かといって焦るわけにはいかない。現状障壁を突破できるのはシルヴィアしかいないのだ、無理をさせてしまっては元も子もない。



「……今俺たちにできるのは『影』を全て突破するまでシルヴィアを守り切ることだ。それさえできれば後はどうとでもなる」


義手の魔力の装填が終わったキニジが一撃入れつつもこちらへと戻ってきた。

義手も元は魔力結晶をそのまま装填する形だったが、今は専用の容器に魔力を込めてそれを交換する形で魔力の補充を行っている。

専用の容器になったことで複数個の持ち運びが可能になり継戦能力が改善された他、魔力が空になった容器に再び魔力を補充することで使い回すことも可能になった。

先ほどエリーに合流する前にスキピオの私兵に魔力の補充頼んでいたようなのでまだ戦える時間はあると考えていい。


「だが……他の手段を考えないわけではない。……エリー!」


すこし離れた位置にいるエリーを声をかける。


「すまないが、カナヒメの力を借りてもいいか!」

「わかりました! いいよねカナヒメ? ……今そっちに投げます!」


了承を得たエリーは"センチュリオン"を鞘ごとキニジへと投げた。

少々ズレたものの、無事キニジは自身の位置へと飛んできた"センチュリオン"を掴んだ。


「主人でなくて悪いが、力を貸してもらうぞ……!」


"センチュリオン"を腰に差して全身に力を込め、それと同時にキニジの仮面から紅い光が溢れる。

カナヒメの力があれば"完全開放フルドライヴ"での消費魔力は"センチュリオン"に蓄えられた無尽蔵とも言える剣を消費することで賄うことができる。


「"完全開放フルドライヴ"――!」


元より憑依術式リチュアの技術はキニジのがエリーより上だ。そんな彼が魔力による時間制限という枷を取っ払ってしまえばどうなるか。


「……素晴らしい力だ。……エリーはこんな力を操っていたわけだ。フッ、心が躍るとはこのことか」


エリーの鎧とはまた違い、右腕以外をガッチリ守った完全開放の鎧が生成されていた。

そして背後にはこちらはエリーと同じように余剰魔力を推力に回すための噴出口が備わっている。



「さて――いくかッ!」


その言葉と同時にキニジはたった一歩だけの踏み込みで巨人へと肉薄した。

そして双大剣を背中に回し噴出口から出ている魔力に触れさせる。


「まずはこれからだ――!」


そしてそれを抜刀させると噴出口からの魔力を纏わせ、その魔力を撃ち出した。

まるで飛ぶ斬撃だ。


「Ghaaaaa――――――ッ!!」


巨人は本能でこの脅威と悟ったのか、両腕で防御の姿勢をとりそれを受け止めようとする。

だがキニジはそれを確認し、斬撃の上から自身の双大剣を打ち付けた。


「叩き斬るッ!」


まるで押し込むかのように飛ぶ斬撃ごと両腕を切断した。

が、すぐさま再生が始まってしまう。


「再生までしてくるのか!」

「だがあれを続ければいつかは魔力が尽きる! 畳み掛けるぞリヒト!」


魔族に再生能力の類は備わっていないためあの再生は"Artificial Deva"由来のものだろう。

ならロザリーの時と同じように攻撃をし続ければ魔力切れに陥り再生はできなくなる。


「……いくら戻そうとその度に切り落としてやろう!」


"センチュリオン"の力を得たキニジが上空で暴れまわっている。であればアリシアとナハトは地上で巨人の下半身を攻撃するのが得策だろう。



「クロムウェル!」

「何かしら?」

「私とナハトの武器に『影』を纏わせることはできるか!?」

「私からも頼む! 巨人を相手取るにはただの徒手空拳じゃ厳しいのでね!」


シルヴィアは少し迷う素振りを見せ、意を決した表情を見せた。


「……わかったわ! ただ自分の武器以外にやったことはないわよ!」

「それでもいい!」

「これで多少傷つこうがどうなろうが頼んだ我々の自己責任だ! シルヴィア嬢は迷わずやれ!」

「いいえ必ず無傷でお届けするわ。……クロムウェルの名に泥は塗らない!」


例え次期当主の座を降りようと、貴族ではない生き方を選ぼうとも、クロムウェルの名と誇りを捨てたわけではない。

シルヴィアの『影』はアイデンティティでもある。他の誰でもない、自分だけの力。

それを穢すような真似は、何があってもしない。


「さぁいきなさい!」


自身の愛剣の切っ先を床に突き立て澄んだ金属音を響かせる。

それと同時に切っ先から『影』が出現しアリシアとナハトへと地面を伝っていく。

そしてその『影』2人を傷つけることなく、それぞれの武器に纏う。


「受け取った!」

「これを以て勝利すると約束しよう!」


内心ホッとしながらもシルヴィアは巨人に攻撃する用の『影』をまた創り出す。

そろそろ厳しくなってきたようだが音を上げている場合ではない。


「はぁッ!」

「もらった!」


アリシアとナハトの一撃によって巨人が膝をついた。

障壁もない場所であれば『影』の一撃はさぞ効くだろう。


「何度再生しようと無駄だッ!」


キニジは巨人の周囲を残像を残しながら斬り刻んでいた。

それだけではなく先ほどと同じように噴出口からの魔力を剣に纏わせている。

その光景はまるで光の牢獄のようであり、気づけば巨人の周囲は光の残像で覆われていた。


「これで終わりだ! 散れ――ッ!!」


全身全霊の力と魔力を込めてその牢獄を叩きつけた。


「Ghaaayaaaaa――――ッ!!!?」


回避不能の一撃を受け、両腕は切り刻まれ体からは体力の血と魔力を放出した。

ここまでくればあと一息だ。レザールが埋まっている胸部付近の障壁さえ破壊すれば本体に攻撃が届く。



「さぁ、そろそろ邪魔な障壁にはご退場願うわ!」


ここ一番と見切り、シルヴィアは再び剣の切っ先を床に突き立てた。

その先からは辺り一面を覆うような『影』が噴出し、それら全てが巨人へと襲いかかる。


「Gaaaahaaaaaa!!」


爆発音と共に最後の障壁が砕け散った。


「最後に託すわッ! これで決めなさい!」


もう魔力の底は見えている。ならばこれで決めるしかない。

最後の『影』を託すため、かつてやったように詠唱と共に呼び出す。


「――我が血に契られし、我が誇りたる力よ! 紡ぎ、迸り、切り開け! シルヴィア=クロムウェルの名において明日を見せよ、我が影の刃ッ!」


剣を突き立てた状況から力を込めて押し込めると、剣は魔力の粒子となり砕け散った。

かつてエリーの目の前ではじめて『影』を見せた時と同じものだ。つまりもう次はない。

だが今回はこの力は仲間に託す。必ずや巨人を倒してくれると信じているからだ。


「アリシアッ!」

「受け取ったッ!」


託すと決めたのはアリシアだ。彼女ならば巨人を打ち倒すと信じたからだ。

『影』を受け取ったアリシアは"ブリューナグ"に纏わせた。


「いくぞ"ブリューナグ"……! この一撃で決める……!」


その声に応えるように"ブリューナグ"の輝きが増した。

それを見たアリシアは不敵な笑みと共に巨人へと突貫した。


「だぁあああああッ!!」

「Gaaaaaaahaaàaaaaaa!!!」


"ブリューナグ"の光刃とシルヴィアの『影』、両方を纏って巨人をレザールごと刺し貫いた。

直後、巨人は体力の魔力を噴出させながら全身から光を発し始めた。


「アリシア! 早くそこから離れて!」

「わかった!」


爆発に巻き込まれまいとアリシアが離れた瞬間、巨人は鼓膜を破くのではないかという音と同時に激しく爆発し散った。







「……やった、やったのね」

「私たちの勝ちだ」


爆発によって建物は大きく崩壊し、天井はもはや存在しておらず、そこからは雲一つ無い空が広がっていた。


「見事だ。シルヴィア嬢、アリシア嬢」

「文句ひとつない勝利だ。……弟子の成長も見られたしな、ここまで晴れやかな勝利ははじめてかもしれん」


エリーもこちらへと駆け寄ってきていた。

どうやら動き回れる程度には回復はできたようだ。


「やったんだね、良かった!」

「……ふふ、見てくれたかしら、私の活躍」

「もちろん。アリシアも、師匠も、ナハトさんも、すごかったです!」


珍しく感情が昂っているエリーを見てついつい笑ってしまう。

まるで他人事のようだが、彼は当事者であり活躍した人間の1人だ。


「それもこれもあなたがレザールと1人で互角に戦い、一度は打ち破ったからよ。そうでなくては私たちはここに間に合わなかったのよ?」

「あぁ。お前も、クローヴィスも、俺の誇りだ。師として嬉しく思う」

「見事としか言いようがないよエリー嬢。この勝利は君のお陰だ」


まさかここまで褒められるとは思っていなかったのかエリーはたじろいだ。


「いや、結局皆が来ないと死んでたし……」

「自分を無闇に卑下するな。レザールを追い込んだのはお前だ、エリー。誰でもないお前だ」


キニジの強いが優しい言葉にエリーは顔を上げる。

続けてアリシアが優しい声音で声をかけた。


「それでもと言うのなら……私が勝てたのはエリーのお陰でもあるんだ」

「僕の?」

「あぁ。ロザリーとの戦いの最中、分断されたエリーが気がかりだった。グリードが死んだのもあるが……私が普段以上の力を出せたのはエリー、お前の力になりたいと思ったからなのも確かだ。だから、私の勝利もお前のお陰でもある、ありがとう」

「そっか……そうだね。でも皆の力があってこそだよ。だから……ありがとう」


曇りない笑顔を見せるエリー。


「さ! あとは"バスティオン"を回収するだけね!」


両手をパンと叩き、シルヴィアもまた笑顔になりながらも仕事は終わりではないとレザールがいるであろう場所を指差す。


「であれば拾ってこよう。私は活躍しきれなかったからな。雑用くらいはこなそう」

「じゃあ僕もいいですか? 体力も回復できたので手伝いたくて」

「む。なら、構わないよエリー嬢」


エリーとナハトは瓦礫の山になっている巨人がいた場所へと歩き出す。

戦闘が終わったこともあってスキピオの私兵もまた手伝ってくれるようだ。


「ナハト様。エリー様。我々も協力いたします」

「あぁすまないね」


あとはこの瓦礫の山を退かし、"バスティオン"を回収するだけだ。


「思ったより多い……」


瓦礫の山に手を触れた瞬間。





建物全てが大きく振動を始めた。


「なっ、なに!?」


直後、床から魔力が勢いよく溢れ出す。

その勢いたるや床のあちこちを破壊し崩落させていくほどだ。


「早くその場を離れて!」


シルヴィアの絶叫ともとれる声を聞きとりあえず離れようとするがその道を魔力が遮った。


「エリー!」

「大丈夫! 他の人は!?」

「安心したまえエリー嬢! 君以外は無事だ! 運悪くそこに集中しているようだ!」

「どうやら巨人を討った時の魔力が暴走している! 俺が向かうから身の安全を確保しろ!」


それなら安心だ。とりあえずキニジの助けを待とう。

だがそうしようとした矢先に近くの瓦礫の山が吹き飛び、うめき声のようなものが耳に入った。



「ククク……我々の夢は潰え、私も破れ、残るは僅かな時間だけか……」

「レザール……!?」


ゆらりとまるで亡霊かのように立上がると、レザールは半ばで折れている剣をこちらへと向けた。


「悪いけど、あなたに構ってる場合じゃない……!」

「そうだろうな……だが、今この場は私とお前しかいない。それに、本当は決着をつけたかったのではないか?」

「それは……」


正直否めない。

本気で勝ちたいと想った相手と白黒つけられたわけではない。だが仲間たちが勝利した以上それは飲み込むはずだった。


「レザール!? 今レザールって言ったの!? キニジさん、早くエリーの下へ!」

「わかっている……"完全開放"ッ!!」

「ダメだキニジ殿! 勢いが強すぎる!」


外からエリーの下へと近寄ろうとしているのが聞こえるが、噴出した魔力の向こう側から来れる気配がしない。


「……来れないようだな。最期の最期にどうやら天は私に味方したらしい」

「あなたはもう体を保てない。なのにどうして戦おうとする? ここで僕に勝っても負けても……あなたはここで消えることになる」


キニジはもう体から魔力の粒子が光と散っている。

あと僅かで彼の存在は消え去るだろう。

ならば何が彼を立たせているか。それは間違いなく執念だ。


「……私の同志には私に希望を託した者もいた。であれば最期までギルドの欺瞞に満ちた秩序を打ち破らんと戦うのが報いだ。そして私の我儘だ」

「我儘?」

「そうだ。憐れみで見送られるよりは戦いの最中に散りたいという我儘だ」

「……………」


その願いを叶えてやる義理はない。

彼はテロ行為を画策した人間だ。無関係の人間を傷つけ、殺めてもきただろう。そんな人間に付き合う方が愚かだろう。

今のエリーであればここで無理に戦って致命傷を負う可能性も0ではない。


……だが。


「……どうやら僕は……相当な愚か者らしい」


お互いボロボロで万全とは程遠い姿だ。

ここで戦う必要がない、義理もない、意味はない。

だがそれでも理由はある。


「やはりお前が最期の相手として相応しい……!」

「決着を、つける……!」


最期の戦いが幕を開けた。

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