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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第5章 人類の翼
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未来

――魔術研究所・第二研究室"タスク"。

"レジスタンス"の件はあれど、普段と変わらない雰囲気を保つここに似つかわしくない人物がいた。


「それで、これを私に試して欲しいと」

「今、アンタにしか頼めないのよ。お願い!」


台車に乗せられた槍のような何かを見て、ナハトは肩を竦めた。

ナハトの視界には両手を合わせて懇願するマキナの姿と、自分から距離をとって半分隠れるように見ているメディアの姿があった。



◆◆◆



「ナハトさん宛に依頼が来ています」


ギルド本部の受付から珍しい物を渡された。

任務ではなく名指しの依頼に、ナハトは驚き半分、疑問半分で声をあげた。

強制力のある任務ではなくあくまで任務である辺り、依頼者のことが気になる。


「……私に?」



――フィレンツェに戻り数日、変わらずギルドからの任務に励んでいたナハトの下に魔術研究所からの"依頼"が来たのだ。『新兵器の実験』とあったその依頼は"タスク"のマキナからのものだった。

秩序の守護者ギルド・ガーディアンは、ギルド内において多くの権限を持つ代わりに上層部からの"任務"をこなさなければならないという制約がある。この"任務"というのは秩序の守護者同士でも適用され、上層部にてその"任務"が許可された場合正式に"任務"として下るのだ。

秩序の守護者になった当初はマキナは幼く特例として"任務"等を割り当てられなかったため、実際に動いていた年数はナハトの方が長い。しかしその間に彼女はギルドでのルール込みで勉学に励んできたはずだ。秩序の守護者間での"任務"を知らないわけがないだろう。

なのにわざわざ"依頼"として出してきたということにナハトは少し興味を牽かれた。


(……"タスク"としての依頼か)


とはいえ、"タスク"にはメディアがいる。ロンバルディア姉妹への恨みはまだ消えてはいない。特にリディアは裏切りの件もあって可能ならば自らの手で始末したいとさえ思っている。

もっとも、ギュンターがそうはさせないと出張るのは見えているが。面倒な男だ、とため息をつく。



「ナハトさん。どうされますか?」


たまたまナハトに依頼書を渡した受付は少しばかり不安そうな面持ちだ。


「……まぁ、いい。マキナ君に恨みはない。受けようじゃないか」


鎧を着込んでいるため表情を見せなくていい、というのは助かる。

今自分がどのような顔をしているかわからないからだ。いくつかの感情が体で渦巻く感覚がしてならない。


「わかりました。マキナさんは"タスク"にて待っていらっしゃいます。なるべく早くとの希望です」

「了解した。今から行こう」


ロンバルディア姉妹のことはひとまず置いておく。マキナからの依頼に注視すべきだろう。

受付に軽く例を言うと、ナハトはすぐさま魔術研究所へと向かった。




◆◆◆




指示された場所は"タスク"が実験に使うという大きめの建物だった。本当に何もなく、いくつか実験中と思われる装置や兵器らしきものがいくつかあるだけだ。

そこでナハトを待ち構えていたのは、巨大な杭とそれを覆うようにある機械のようなものが横たわっており、それの隣に立つやたら誇らしげな顔をしていたマキナであった。


「マキナ君、これはいったい……」


嫌な予感がした。


「レザールの障壁を破る手段を模索しててね、その"手段"の試作品が出来たのよ!」


バァン!と試作品と呼ばれたものに手を叩きつけて誇示する。


「そうか。少なくともそれは人が持てるものでは無いように思えるが?」


強く叩きすぎて痛かったのか、手のひらを擦るマキナを見なかったことにして、ナハトは試作品の側に寄る。

杭の高さだけでも成人男性ほどある。よりによってその杭は金属で造られており、その杭を打ち出すであろう機械も含めると非常に重いことは想像に難くない。



「そんなことはわかってるわよ。別にこれを持って使えってんじゃないわ」


そう言うとマキナは何かのボタンを押した。

そうすると杭の下に置かれていたバネのような装置が上がり、ちょうどナハトが取りやすい位置にまで杭を持ち上げた。


「使うだけなら君でも出来ないか?」

「……反動がでかすぎるのよ。あたしとメディアの2人で使っても反動を抑えきれずに吹き飛ばされたし」


そう言ったマキナの視線を追うと、近くの装置の影に隠れていたメディアが顔を半分くらい出した。


「それで、これを私に試して欲しいと」

「今、アンタにしか頼めないのよ。お願い!」


確かにナハトの鎧は魔物を殴るために特別な調整が施されている。マキナとリディアが2人で支えられなかったというこの杭も、ナハトなら支えられるかもしれない。


「マキナ君がそこまで言うなら仕方ない」

「ほんと!?」

「ただ、ひとつ訊かせてくれ。急ぎならなぜ"依頼"にしたんだ? "任務"でも良かっただろう」


そう訊ねるとマキナは照れくさそうにこめかみあたりを指で掻いた。


「秩序の守護者同士でそれはなんか嫌だって思っただけよ。知り合いならなおさらね」

「……なるほど、君は優しいな。優しすぎる。その様子なら、向こうに行ったウェン君やロンバルディア姉妹の片方ことも諦めてはいないのだろう?」


和やかな雰囲気が一瞬で砕け散った。

メディアの顔は凍り付き、マキナの顔からも笑みが消える。



「……アンタはもう少し賢いと思っていたわ。こんな場でそう切り出すとはね」

「私はマキナ君が思うほど聡くもなければ、そう簡単に割り切れるほど出来た人間でもないよ。この発言が場の空気を悪くするとわかっていても、ね」


――先日の衝突を経て、ギルド上層部からの指示がひとつ変わった。

"レジスタンス"幹部の最低1人は生きたまま捕らえるというものが、『生存の配慮なし』になったのだ。

これは即ち、ウェンやリディアを"生かさなくてもいい"ということになる。


「あの霊峰での一件で少しは丸くなったと思ったんだけど」

「そうとも。ロンバルディア姉妹の片方が裏切らなければな。やはり始末しておくべきだった」


少し前を向きかけたというのに、裏切られた。ナハトの失望度合いはマキナにはわからない。


「そっちはまだ利用価値があるから"生かしておく"。だがもう『片方』は私が殺す」

「アンタ……ッ!」


わざわざナハトを呼んだのは、少しはメディアとわかりあって欲しかったからだ。そもそも力がある人物がいならギュンターでも呼べばいい。計算上は鍛えられた成人男性でも支えることは可能なのだ。

それでも呼んだ。メディアにも許可をとってある。

しかし完全に失敗だったとマキナは深く公開した。


「そもそも君たちが仲良くしているのが不可解なんだ。知り合いが死んだ者だっているだろうに」

「それでもあたしは!」


今すぐにでも戦い始めそうな一触即発の空気を壊したのは、他でもないメディアだった。



「リディア、です……!」

「何……?」

「片方、じゃありません。あの子は"リディア"です!」


ナハトの目が兜の下からでもわかるほど鋭くなった。

それでもメディアは――恐怖に足を震わせながらも――怯まずに吠えた。


「あなたは……! あなたは……わたしたちに恨み辛みを言うだけで、実行に移そうとしません。殺せるチャンスは何度かあったはずなのに、マキナちゃんたちがいたからですか? それとも、怖いんですか?」

「なんだと!?」


一歩、メディアに詰め寄った。

あと少しでメディアに手が届く、殺せる。復讐が果たせる。


「……許せ、とは言いません。それにわたしはお姉ちゃんを助けるために、"オラクル"に入ったことも後悔してません。わたしはわたしの意志で生きて、今ここに立っています!」

「黙れェ! 私たちから奪ったくせに知ったような口をきくなァ!」


ナハトの籠手が光を纏った。あの籠手の魔力を貯めて攻撃を強化させる装置を作ったのは"タスク"だ。

それ故にマキナはその光が致命的であるのに気付いた。


「殺したいのなら、殺してください。それで気がすむのなら」

「望み通りにしてやるッ!」


ナハトが殴りかかった。普段の無駄のないそれとは違う、感情まみれで無駄だらけの一撃。


「マキナちゃん、リディアちゃんのことお願い……」




◆◆◆




メディアにはその拳がやけにゆっくりと見えた。見えたところで、何かできるわけではない。ただ死への時間が延びているだけだ。

幼少期、母の死、父の急変と虐待、そして死。姉妹と共にギルドと戦う道を選んだこと。走馬灯とも呼ぶべき今までの記憶がメディアを駆け抜けた。

その先にあったものは、"何故か"ギュンターの顔だった。


――気がついたら、視線で彼を追いかけていた。

はじまりは魔族化したカルディアの一撃から彼に庇われたことだろう。男から覆い被せられるなど、その時までのメディアにとっては恐怖でしかなかった。だがギュンターは違ったのだ。庇い、鼓舞し姉を救うのを手伝ってくれた。当時はまだ、それだけだった。


それから彼らの下で生活しはじめることなり、よく気にかけてくれていた。

それだけでなく、積極的に話しかけメディアとリディアが自然と馴染めるように影ながら尽力していたのをメディアは知っていた。

もしかしたら肉親を殺させてしまったことへの彼なりの贖罪なのかもしれない。

それに当時からリディアも彼をに惹かれていたをメディアは知っていた。詳しい理由はわからないが、ある意味姉妹らしいといえば姉妹らしいだろう。


その時からどこかで彼に惹かれていたが、決定的となったのは"黄昏の旅団"襲撃事件の時だろう。

自分の忘れたい過去を聴いて、軽蔑するどころか「守る」と言い出したのだ。意味がわからなかった。どうしてこの男はそう言えるのかと。おまけに自分のことは信じなくていいからシルヴィアとウェンは信じてほしいとまで言う始末だ。さらには自分とリディアの居場所になるとまで。


そしてその居場所が欲しい。そう願ってしまった。


エリー曰く、リディアが"レジスタンス"に行ったのはメディアのためだそうだ。そんなことをしても自分のためにはならないのに、どうしてそんなことをしたのか。

もしかして、と思ってしまった。姉妹揃って同じ人を好きになってしまった。そしてそれはお互いに気がついていたのだろう。

だからこそ、こう考えた。


『リディアちゃんのために諦めよう』

『お姉さまのために諦めよう』


少なくともメディアはリディアに幸せになって欲しかった。自分が泣くことになっても。

もしリディアもそう考えていたとしたら。もちろんそれだけが理由ではないが、それが"レジスタンス"への理由のひとつだとしたら。


――わたし、お姉ちゃん失格だなぁ。


たった1人になってしまった家族のことを理解してやれなかった。

だとすればこれは罰だ。"オラクル"のことも、姉としても。

あぁ。後悔ばかりだ。何もかも。


ゆっくりと近づいいていた『死』に、メディアは目を閉じた。もう一度人として生きられるのなら、次は――――。




◆◆◆




鈍い金属音。


「また君は……私を邪魔するのか……ッ!」


目を開けると、やっと見慣れた大剣と背中。


「よく言うぜ。殴るコースじゃなかっただろ今の」


理解が追い付かなかった。


「ギュンター……くん……?」

「おうよ」


メディアよりも状況を理解しているマキナが、大声で捲し立てた。


「ったく遅いのよ! 当たったらどうすんのよ!?」

「正直出るか迷った。……なぁナハト、殴る気なかっただろ」


どうやらマキナが一枚噛んでいるらしい。


「……どういう、意味だ?」

「そのまんまだよ。あそこまで殺気を出しといて、どうして殺そうとしなかった?」

「…………」


死ななかったということをやっと理解し、メディアはその場にへたりこむ。




「……私は、あの日から憎しみの炎で動いてきた。だというのに、消えそうなんだ、炎が、あれだけ燃え盛った炎が……!」

「……なんでだ?」


優しい声音でギュンターが訊ねた。


「どうやら君たちと行動するのが楽しかったらしい。もし、ロンバルディア姉妹を殺せば元の関係には戻れないだろう。そう思うと握った拳が震えて仕方ないんだ……」

「だろうな。少なくとも俺は許さねぇよ。だがよ、それは今のお前と同じなんだな。でも、今度は恨まれるとわかってても止められなかったんだろ?」


殺されたから殺して、殺したから殺されて。

何も珍しい光景ではない。

復讐の連鎖は止めねばならないと誓っても、その連鎖に巻き込まれた者は止めようとしない。


「……戦いの果てに散るのなら本望だが、君たちに恨まれるのはあまり好ましくなかった。しかしロンバルディア姉妹を憎むこの想いは変わらない。どっちつかずの自分に苛立っていたのだろうな、私は」


だったら、とメディアは立ち上がった。



「……だったら、ナハトさん」

「 なんだ?」

「わたしと、戦ってください」


ギュンターとマキナが驚愕の表情を浮かべた。


「メディアお前!」

「ちょ、バッカじゃないの!?」


さらに言いたげな彼らを制止し、ナハトの側に近寄る。


「正気か? 勝ち目なんてないぞ」

「わかっています」


へたり込んでいたナハトに手を差し出し、そのまま立ち上がらせる。

その行動だけでナハトは自分よりも遥かに力が強いと理解した。

それでも、だ。


「あなたは、秩序の守護者です。わたしは少しばかり強化魔術が得意なだけの三流魔術師。勝ち目なんてありません。でも、戦います」


懐から折り畳み型の杖を取り出す。


「行き場のない怒りを、炎を、私にぶつけてください。お姉ちゃんの分も、リディアちゃんの分もわたしが受け止めます。そうしなければあなたは自分を責めてしまうから」


メディアの魔術の才は中の上が関の山だ。強化魔術だけは秀ているが、それ以外はなんら珍しくもない。

マキナやウェンでは比較対象にすらならない。仲間内ではエリーも同じくらいの才だが、エリーは魔術だけではない。



「ギュンターくん、マキナちゃん。手は出さないでね」


ナハトから少し距離をとる。

この近距離では魔術師側が不利極まりない。"勝つための戦い"ではないが、手を抜くわけにもいかない。


「……闇を掬い光と羽ばたく極光の剣! 響いて、"アウロラ・ブレード"!」


杖の先から魔力で作られた剣を生み出し、凪払う。

それをナハトは容易くかわした。


「まさか本当にやるつもりか?」

「……こんなところで嘘や冗談は言いません。ナハトさんが来ないなら、わたしからいくまでです」


次の詠唱をはじめる。

そういなければナハトは本気で来ないからだろう。


「……ならッ!」


ナハトが消えた。――いや、消えたように見えるほどの高速移動ということだ。

少なくともメディアでは追うことはできないのは確かだ。


(……今!)


しかしメディアもそんなことはわかっていた。


「"アイシクル・ブラスト"!」


ナハトの拳が自分を捉えるその瞬間、自分を機転に魔術を発動させた。

自爆にも等しいこの行為にメディアは賭けていたのだ。


「ぐぅっ!?」

「きゃあっ!」


足下から無数の氷柱が生え爆発するこの魔術はメディアが扱えるものでは上位に位置するものだ。

直撃したナハトはもちろん、メディアもただではすまない。


「メディアッ!?」

「あの馬鹿!」


ギュンターとマキナもそれぞれ悲鳴をあげると、直ぐ様駆け寄ろうとした。


「来ないで! まだ、終わってないから!」


氷晶が舞う最中、メディアが立ち上がった。

額からは血が流れ右腕はボロボロに成りながらもまだ立ち上がる。


「ナハトは!?」


マキナはもう一方にも視線を送る。

ナハトは鎧に一部欠損が見られるものの、大きな傷はないと言えるだろう。

あの鎧は"タスク"が造ったものだ。自分たちの製品の優秀さをこんなところで感じたくはなかった。



「まだ、です……ナハトさん。わたしはまだ倒れてはいません……!」


折れた杖を投げ捨て、動かなくなった右手を気遣う素振りすらせずメディアはナハトを呼んだ。


「まだやる気か」

「当たり前、です。あなたの怒りはこんなものではないはず」


そう言うとメディアは再び詠唱を開始した。

詠唱をされている以上、ナハトも動かざるを得ない。だが先ほどの魔術でお互い距離が離れてしまっている。

ナハトの速度でも詠唱を阻止できるかどうかの距離だ。


(……この距離からなら避けられる。間合いを詰めるだけだな)


だからこそここでナハトは待ちの一手を取った。状況はナハトが圧倒的に有利だ。五分五分に賭ける必要性はない。


「……過去を拓くため、魂に誓いて瞬け、勇気の剣! 響いて――"ヴァリアント・ブレード"!」


詠唱を終えたメディアは巨大な"アウロラ・ブレード"を出現させると超高速でナハトに飛び掛かった。



それの本質に真っ先に気付いたのは同じ魔術師であるマキナだった。


「あれは……!」


見た目だけならば巨大な"アウロラ・ブレード"で説明がつく。

しかしそれと違うのはメディアが自身に強化魔術をいくつも掛け、ナハトに追随できるだけの身体能力を会得しているということだ。


「速い……!」

「やぁっ!」


意識外からの一撃だったが、ナハトはそれに対応することができた。

魔術の知識がマキナと比べ乏しいギュンターもその異常さはすぐに理解できていた。


「おいマキナ、あれウェンがやったことと同じか!?」

「そうよ。だけどメディアはウェンよりも強化魔術が得意だから、自分に使ってる量が違うわ。単純な身体能力の強化、反応速度の上昇、そして"速く"動く魔術。今わかったのだけでそれだけ……!」


メディアのそれはウェンが使った"ディザスター・ブレイヴ"を模倣している。あれも短時間自身を強化していたが、その時間が過ぎれば立ち上がるのが困難なほどの体への負荷があったはずだ。

ギュンターも1度メディアに使って貰ったことがあるため、負荷の高さは重々承知している。しかし、あの時の魔術はひとつだった。それが3つともなれば……。


「ってことはあれやべぇんじゃねぇのか!?」

「間違いなくやばい! あんなの誰も耐えられないわよ!」


いくら強化魔術が得意でも限度というものがある。


「おいメディア! 今すぐそれを止めろッ!」


だがメディアはそれを聞き留めることはなくナハトへとヴァリアント・ブレードを振るう。

ナハトもそれを避け続けている。



一方ナハトは静かに決着を確信した。


(……確かに速いが、それだけだ)


ギュンターは動揺の余り気がついていないが、どれほど強化したところでメディアは武術の技術も経験もない。

いかに強く速くとも、慣れてしまえばそれだけだ。むしろ単純な分すぐに適応できた。


「メディア・ロンバルディア」


小さく、名を呼ぶ。


「私の勝ちだ」


籠手に魔力を流し込む。

籠手が青い光を放ち、その光を携えメディアの剣に真正面から拳を撃ち込んだ。


直後、ガラスのような繊細な音と共に剣は砕け散り、メディアもそれに連動するように静かに倒れた。





◆◆◆





事象を脳が理解するよりも、ギュンターの体は速く動いた。

メディアの体が地面に触れるよりも先に彼女の体を抱く。


「ギュンター……く、ん……」


ギュンターの名前を言うと大きく咳き込んだ。そこには血と吐瀉物が混じっていた。

自分が汚れることを気にすることもなく、ギュンターはメディアを呼び掛けた。


「クソッ馬鹿しやがって! マキナ!」

「わかってるっての! 今なら"まだ"間に合う!」


マキナも慌てて近寄り"アスクレピオス"での治療をはじめる。

メディアはそんなマキナに「ごめんね」と謝ると今度はナハトを向いた。


「ナハト……さん……」


息も絶え絶えで意識を保つのがやっとといった始末だが、それでもナハトに伝えたいことがあった。



「わたしの、負け……です。手も足もでません、でしたね……えへへ」

「……そうだな」


力なく微笑む。

結果だけで見れば、メディアのこの有り様に対しナハトは鎧が少し欠損しただけ。誰が見てもナハトに軍配が上がるだろう。

ただこれはメディアにとって"負けるための戦い"だ。しかしわざとではない、全力で戦って負けたのだ。


「メディア・ロンバルディア。どうして、こんなことを」

「後悔、してほしくないんです。わたしを殺さなかったら、あなたは後悔してしまう……どこか気持ち悪くなってしまう……。それは、嫌だから……」


もう一度咳き込んだ。先ほどよりも血が多い。だがギュンターとマキナは止めようとはしなかった。

きっと、どんなことよりも伝えたいことだろうから。


「許して、とは言いません。ずっと……ずっと、恨んでください。でも前を向いてほしいんです。そうして、わたしを殺したいのなら、抵抗はしません。だから、それまでは……」


そう言うと、力なく項垂れた。


「大丈夫よ。なんとか生きてる……」


この短時間に全力で治癒魔術を行使したのだろう。マキナの額には大粒の汗がいくつかあった。



それから数分、沈黙の時間が過ぎた。


「――ギュンター君、マキナ君」


沈黙を破ったのはナハトだった。


「まず謝らせてくれ、すまなかった」

「お前はこれからどうするんだ?」


ギュンターはメディアを横抱きにして立ちたがり、ナハトに訊ねた。


「少し……時間が欲しい。後悔しない選択がしたい。次の対"レジスタンス"作戦にも私は召集がかかっている。それまでには、答えを出すさ」

「……そうか」


ギュンターもマキナもナハトに対してどう言えばどのような感情を持てばいいかわからなかった。


「とりあえず、もっとちゃんとした治療を受けさせるわよ。"アスクレピオス"じゃ応急処置が精一杯なんだから」

「わかった。行くか」


ギュンターは腕に抱いた女性に視線を落とす。彼女は後悔して欲しくないと言った。

自分は後悔しないようにできているだろうか?


「……んなことねぇな」


後悔などたくさんしてきた。こうすれば、あぁすれば良かったなんていくつもある。


「なんか言った?」

「いや、何も。治療所ついたら着替えさせてやってくれ。血と吐瀉物で汚れちまってる」

「りょーかい。……アンタ、近くにいてやりなさいよ」

「わかったよ」


だからこそ、後悔しない選択をしなければならない。

メディアとリディア、2人の姉妹をどうするか。

そしてギュンターとシルヴィアとウェン。自分たちのこれからを。

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