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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第5章 人類の翼
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燃え盛る希望

黒い炎がアリシアの毛先を焼く。

そんなことは意に介さず、アリシアはリディアへとただ走る。


(狙うは剣!)


「くっ……!」

「手加減はしないぞ、リディアッ!」


あと一歩まで肉薄すると、アリシアは体勢を低くし下からかち上げるように槍を振るう。

狙い通り、リディアの右手にある"レーヴァテイン"には当てられたもののリディアの体勢を崩すだけに留まった。


「十分!」


左手を"レーヴァテイン"へと伸ばす。


「させませんわ!」


それを右腕を黒い炎に包ませるという荒業でリディアはなんとかかわす。

この黒い炎は、"レーヴァテイン"の所持者には効果がない。……というものはなく、全てを等しく焼き尽くす。

故に、リディアの体や服は所々焼けている。



「この剣はわたくしの希望……ッ! 手放すわけにはいきませんわッ!」


黒い炎を、より一層深く纏う。


「お前さんの希望は、随分とろくでもないんだな」


リディアの目の前には、グリードがいた。

瞬きの間にリディアに肉薄し、彼女の足に右足を引っ掻ける。


「きゃあっ!?」


刀での一撃を警戒していたリディアは、いとも容易くバランスを崩された。

だが、リディアは渡すものかとバランスを崩した体勢そのままに下から上へかちあげるように黒い炎を凪ぎ払った。


「アリシアッ!」

「わかっているッ!」


それを見越し一歩引いた位置で待っていたアリシアは、グリードの声を聴くとリディア目掛けて走り、自身の槍を使って棒高跳びの要領で空へと翔び上がった。


「"ブリューナグ"ッ!」


槍の名を叫び、光を携える。

リディアは既に地面へと倒れている立ち上がり迎撃する時間はない。

黒い炎は消えている、ここを逃すわけにはいかない。


「やめ」

「はあぁぁぁぁッ!」


リディアの声を掻き消し、"ブリューナグ"を振るう。

――"レーヴァテイン"はリディアの手から離れ、床を滑っていった。


「グリードッ!」

「あいよ!」


アリシアは上から飛び掛かった弾いた勢いのまま、リディアを押さえつけた。

"レーヴァテイン"はグリードに任せ、リディアを睨み付ける。


「このまま帰って来て貰うぞ……!」

「貴女、そんなわたくしに思い入れでも……っ!」


リディアは必死に振りほどこうとするも、所詮は剣を振るえる商人程度。何れ秩序の守護者ギルド・ガーディアンになるべく鍛えられたアリシアが相手では力負けしてしまう。


「正直ない。……が、お前に戻ってきて貰わなければ、色々と不都合があるのでな……!」


リディアの顔寸前まで自身の顔を近づける。力で勝ってはいるものの、大きな差はなく、アリシアも持てる力を総動員して抑えている。

――だが、それももう終わる。


「確保したッ!」


待っていた男の声。


「でかした!」


グリードの手には"レーヴァテイン"が握られている。





「それは……させない……!」


エリーと空中戦を繰り広げていたロザリーはこちらに気づいたのか、グリード目掛け一直線に飛んでくる。


「あなたの相手は僕だ――ッ!」


そこに全力で飛んできたエリーが横から蹴りを入れ、壁に叩きつける。


『リディアも無力化も終えたのでな、残るはお前だけじゃ。覚悟を決めてもらおうかの』


ロザリーの周囲に3桁を越える剣を展開する。

それと同時に詠唱を始める。



「光も闇も等しく裁き、剣を携え踊り狂い、切り刻め、災厄の嵐! ――吹き荒れろ、"ディザスター・ストーム"ッ!」


それを合図とし、魔力の剣と展開していた剣を同時に掃射する。

だが、それだけでは終わらせないと直ぐ様詠唱を開始する。


「広がり、迫り、押し潰す、無情の業火よ!」


追い詰めても相手は霧になって逃げられてしまう。ならばどうするか。

答えはひとつ、霧ごと蒸発させてしまえばよい。


「――災いの如く、その悉くを焼き付くせ! "スパンディメント・インフェルノ"ッ!」


剣の嵐をが降り注ぐ中、その後ろには業火が控えている。

過剰かしれないが、確実に仕留めるにはこうするしかない。


「――くっ」


ロザリーは体を霧のようにして剣の嵐を無効化する。ただ、あれはそれなりに集中しなくてはならないのか、エリーと空中戦をしていたときはしてこなかった。

慣れれば戦闘中にもできるかもしれないが、ロザリーはまだ"Artificial Deva"を使ってから日が浅い。そこまではできないはずだ。


『終わりじゃ、焼け尽きるか消えて無くなるか、好きな方を選ぶがよい!』


霧にならず蒸発を避けたとしても、灼熱の業火は消えない。

どのみち、あれは避けられないのだ。





「――困るな。そういうことをされるのは」


突如としてロザリーの目の前に1人降り立った。すると彼女の目の前に迫っていた業火が突如として消滅した。


「――!?」

「あつッ!?」


それと同時に、リディアの体が炎に包まれる。しかしリディアは焼けていない。

彼女を押さえていたアリシアにはキチンと熱が伝わってはいる。


「それと、"それ"は返して貰おう」

「チイッ!」


グリードが持っていた"レーヴァテイン"にも火が上がる。



「レザール……ッ!」

「久しいな、エリー・バウチャー。アリシア・アリーヤ。そして、元傭兵よ」


降り立った人物――レザールは、エリーの魔術を打ち消していく。火に水をかけたような消えか方ではなく、壁にぶつかりそのまま消え入るような、消え方だ。


「私の同胞が世話になったな」


そう言うと、ロザリーまでもが火に包まれた。すると彼女らは何も残さず、消えてしまった。

文字通り何もかもだ。始末やきころしたなら残りカスのような物は残るだろう。しかし今は何も残っていない。




――転移魔術の類いのようじゃな。炎で移動するとは見たことないがの。


(そう。今はレザールの方が重要だ)


消耗しているが、まだ戦える。敵の頭が出てきたのならチャンスだ。ここで倒せばこの戦いが終わる。

剣を再び展開し、レザールに向ける。



だが、レザールは腰に刺さった剣を抜くとこはしなかった。


「ここでは興が乗らん。この城の奥まで来るがいい」


そう言うと、レザールは自身も炎に身を包み、消えてしまった。




◆◆◆




「……逃げられた」


鎧を解除し、地上に降りる。

リディアもロザリーもあと一歩まで追い詰めただけに、悔しく思う。


「まァ、奴が出てきたと言うことは追い詰めたってことだからな。あのままいってたら勝ってたさ」


切り替えていけと余裕を見せるグリード。


「そうだな。追えばいいだけだ。燃やされた借りを返す」


アリシアはリディアの黒い炎やレザールの炎で火傷を負っている。軽傷の範囲内だろうが、不安だ。



「アリシア、治そうか?」

「大丈夫だ。私より自分の心配をしろ。負担もあるし、それにバウチャーの魔力を節約しないとな」


服の汚れを払い、槍をしまう。エリーの魔力量はさほど多くはない。ロザリーに放った魔術ふたつも、魔力の消費は少なくないはずだ。


「そっか、アリシアがいいなら。――じゃあ、レザールを追いかけよう」

「ああ」


あと少し、あと少しで戦いは終わる。





◆◆◆






シルヴィアが目を覚ましたのはベッドの上だった。右手を見ると包帯が巻かれている。

――どうやら、リグに負けた後野営地か何かに運び込まれたらしい。



「む、無茶しちゃダメだよ!」

「やだ! 離しなさいよ!」


右から聞き覚えのある声がふたつ。


「マキナちゃん! 怪我したんだから寝てないとダメ!」

「こんなん掠り傷よ! 唾つけときゃ治るっての!」

「女の子がそんなこと言わないの!」


メディアとマキナだ。

マキナもシルヴィアと同じように体に包帯が巻かれている。恐らくは自分と同じようにやられたのだろう。それにしては騒がしいが。


「……随分と元気そうね」

「あ、アンタも起きたの。あたしはこれからまた攻め入るけど、どうする?」


そう言って立ち上がろうとするマキナをメディアが抑える。どうやらリグにこっぴどくやられたのが悔しいらしい。

それはシルヴィアも同じだ。しかし、その前に気になることがあった。




「クローヴィスはどうしたのかしら?」

「クローヴィスくんは……えっと」


メディアは目を逸らした。


「まさか……!」


『死』という単語が脳裏を過る。



「い、いや生きてるよ! 生きてるんだけど、ただ……」

「……あたしらがやられたあと、1人で挑んで全身を貫かれたらしいわ。あたしの杖があったからなんとかなったけど……もし無かったら……」


マキナは声のトーンを下げつつ近くのに置かれている"アスクレピオス"に目を向ける。その隣にはシルヴィアの剣(エクセルシオールⅢ)もあった。


「まだ意識は戻ってないんだって……」

「最善は尽くしたのでしょう? なら、今は信じて待つしかないわ」


ここでウダウダ言っても仕方がないと、シルヴィアは立ち上がる。



「シルヴィアちゃん、どこ行くの?」

「花を摘み行ってくるわ」

「そ、そう……?」


一瞬、メディアの気がシルヴィアに向けられた。計画通りと口角が上がる。


「今よ!」

「あっ!」


待ってましたとばかりにマキナが立ち上がり、剣と杖を抱えて全力で走り出した。



「シルヴィア、これ!」

「ありがとう。メディアに追い付かれなければいいけれど」

「それは問題ないわ。……ほら」


マキナに言われるがまま後ろを見る。


「ま、待って~! きゃあっ!?」


……転んでいた。


「うん……」


心の中でメディアに謝り、手を差し伸べたい気持ちを抑え、ただ駆けた。

まだ、間に合う、そう思って。

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