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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第5章 人類の翼
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侵攻

進撃の号令とともに、砦前の開けた場所に出た瞬間のことだった。


「上、きます!」


砦の城壁の上。そこには弓をつがえた"レジスタンス"が何人も立っていた。

直前まで彼らの姿は見えなかった。ギルド側の合図――花火に反応したのだろう。その数は30人は確実にいる。全滅させることは出来ないが、なるべく数を減らすのが狙いなのだろう。


「射ってくる!」

「わかっていますとも。花火というわかりやすい合図を使った手前、こうなることも予想済みですな」


"レジスタンス"から射ち出された矢はその全てが魔力強化されたものだ。当たればただではすまない。既に駆け出した剣士たちがこれでは死んでしまう。

だがそれも想定内だとスキピオは魔術師部隊に指示を出す。


「魔術師部隊、迎撃開始ッ!」


直後、魔術師たちはそれぞれの魔術で射ち出された矢を撃ち落とす。

魔術師の数は40。数で勝っていることもあり、矢を全て防ぎきった。様々な魔術と矢がぶつかり合い、戦場は一見それとは思えないほどの色とりどりの爆発が広がる。そして駆け出した者たちはそれを当然かのように気にも止めない。スキピオの部隊の者はともかく、そうでないこの日に招集させられたギルドメンバーですらそうだ。

スキピオの信頼が窺い知れる。


「よし、これで!」

「いや、これだけありませんな」


浮かれているエリーとは違い、スキピオは険しい顔を見せる。

城壁にいた"レジスタンス"全員が魔術の詠唱を終わらせていたからだ。


「弓はあくまで囮。本命はその魔術ですか。相手の方が一枚上手でしたな。これはまずい」


必殺の威力を秘めた矢はあくまで囮。真の狙いはその矢よりも範囲に優れた魔術。矢が迎撃されることは"レジスタンス"も想定済み。迎撃されるその隙をついて魔術の詠唱を終え、カウンターの魔術を叩き込む算段だったのだ。

ここままでは魔術師部隊はおろか、先に突撃していった剣士たちも一掃されてしまう。

だが、スキピオは落ち着いていた。


「メディア殿」

「は、はい! わかりました……!」


スキピオの後ろに控えていたメディアは息を大きく吸うと


「――風を駆ける足を、天を目指す翼を、時を掴む腕を!今ここに授けたまへ! "クロック・アクセル"!」


東門側の戦場を包み込む光が彼女から発せられた。

その光を受けたギルド側は常識からかけ離れた速さを以て"レジスタンス"の魔術を全て避け、城壁へと辿り着く。わずか10秒ほどの加速時間だったが、十二分に効果を発揮していた。

"レジスタンス"はそれを見ると城壁から直ぐ様引いた。城壁が壊されれば自分達の足場がなくなるからだろう。引き際を間違えない辺り、流石だ。



「す、すごい……」


エリーは息を飲むことしかできなかった。まだ始まってから1分も経っていないというのに、圧倒されてしまった。


「そ、そうだ! メディアさん、そんな魔術使って大丈夫なんですか!?」


エリーの知る補助及び治癒魔術というのは対象者に"直接"触れつつ魔術を使わなければならなかったはずだ。

それをこんな範囲で、なおかつその場にいた全員を、となると必要になる魔力は人間の限界を優に越えている。

魔族ならば有り得なくもないかもしれないが、メディアは魔族ではない。そして"代償ペナルティ"を払った形跡もない。

どんな無茶をしてこんなことをしたのかと目を丸くするエリーに、メディアは少々申し訳なさそうな顔をしながら


「大量の魔力結晶を用意してもらったんだぁ」


種明かしをした。メディアの後ろの森から魔力の粒子が土砂降りのように霧散していく。


「彼女の加速させる魔術は非常に珍しく、そして強力なものだ。それを使わない手はない、というわけですな」


これだけの魔力結晶を用意するのに、小国の10年分の予算ほどの金が消えましたが――と苦い顔をするスキピオ。


「そ、そんなにですか」

「それだけの金をかける価値がこの戦いにはある。それにほら、東門側の部隊は全員無事ですぞ。とはいえ、もう切り札を使わされてしまったのは想定外ですが。そこは相手を素直に褒めるべきですな」


目を向けると既に門と城壁の破壊のための爆弾を設置していた。

今日この日に会ったであろう人も多いはずだ。なのにここまでの連携がとれるというのは、スキピオの指揮のお陰だろう。




「さて、ここからは貴方たちの出番ですぞ。主力部隊は砦内部へと侵入し、"レジスタンス"を討つ」


エリー、アリシア、キニジ。そしてギルドメンバーが数人。名前こそ知らないが、頼りにさせてもらおう。


「他の部隊には"レジスタンス"の構成員、及び貴方たちの援護を任せますぞ。貴方たちは"レジスタンス"幹部だけを見て突撃してくれればいい」


頷く。

ここからが本番だ。


「わたしは今ので魔力使いきっちゃったからこれ以上は戦えないよ。ごめんね……」

「いやいや。貴女のお陰で部隊は無事に城壁を破壊できた。それだけで十分ですぞ」


あの10秒は今日の戦いで最も重要な10秒だっただろう。メディアでなければ無傷で部隊を送り届けられなかった。スキピオの言う通り、十分過ぎる働きだ。


「あとは私たちに任せてくれ、その活躍を無駄にはしない。さぁ行くぞ、バウチャー!」

「うん。後は僕らに任せて下さい」


こうもしてもらったからには、俄然気合いが入るというもの。

アリシアも同じようで、拳に力が籠っていた。


「よし、行こう!」


それはエリーも同じこと。この戦いに必ず勝つと改めて誓い、駆け出した。





◆◆◆





――西門側。



こちらは東門側とは異なり、いきなりの派手な攻防はなかった。

そう、"攻防"ではない。"蹂躙"だ。

それも、たった1人にだ。

魔術ひとつで人が、大地が弾けて行く。近寄る隙はおろか避ける暇も与えない、無慈悲な殺戮の嵐。


「………………」


見間違いであって欲しかった。幻であって欲しかった。

しかし、冷気とともに部隊を薙いでいく彼は間違いなく本物だ。


「そんな……!」

「シルヴィア、どいてろ」


ギュンターがシルヴィアを庇うように前に出た。


「あいつの相手は俺がする」

「ギュンター……」


ギュンターはシルヴィアに背を向け、顔を見せようとせず彼の部隊に声をかける。


「お前たちは砦に入り込め。やつの相手は俺がする。指揮はナハト、頼めるか」

「任せたまえ」


ナハトは頷くと2分隊を率い砦内部へと突撃していく。城壁はマキナが魔術で既に破壊している。あえて爆弾を使わなかったのは西門側にある程度注意を向けるためと、敵にそれだけの魔術師がいると教えるためだ。

マキナの情報は"レジスタンス"側にあるだろうが、見るのと聞くのとでは大違いだ。城壁を一撃で打ち破る魔術師がいたのではたまったものではない。



「それはさせません……!」


"ディザスター・ブレード"の詠唱を既に終わらせていたウェンはナハトたちへと向けて躊躇いなく振り下ろす。


「させるかよッ!」


そこにギュンターが飛び込み、魔力強化した大剣でウェンの魔術を迎え撃った。


「ギュンター!」

「どうしたウェン! そんな魔術じゃ、簡単に止められちまうぞッ!」


言葉通り、"ディザスター・ブレード"を霧散させる。


「なら次の……!」

「魔術は唱えさせねぇッ!」


詠唱を終える前に接近すればこちらに分がある。


「そう来ると思いましたよ! "ディザスター・ブレイヴ"ッ!」


両手に"ブレード"を生み出し、ギュンターへと斬りかかる。

そこまではギュンターも読めていた。……が、ウェンのそれはギュンターの知るそれ以上に速く、鋭かった。


「……ッ!?」


大剣で片方の剣を防ぎ、もう片方は気合いで避けた。……そうとしか思えない。掠り傷ひとつ負わなかったのは幸運だろう。



「驚いたな。まさかお前がここまで近接戦闘やれるなんてな」

「僕も日々を無下に過ごしていたわけではありません。"ディザスター・ブレイヴ"をもっと扱えるように努力はしてきました。それに子どもの頃から僕はあなたたちの剣を間近で見てきたんです。剣をどう扱えばいいか、というのは見て覚えました」


そうかよ、と吐き捨てる。

聞きたかったのはそのような言葉ではない。


「お前……シルヴィアに言うことがあるんじゃねぇか」

「ありませんよ」


速答だった。


「シルヴィアさんたちに語る言葉など存在しません。無駄な問答に時間をかける余裕はない、砦内部に侵入したギルドを始末しないといけませんので」

「あぁ、そうか」


大剣を握る手に力が籠る。

もうこれ以上の言葉は不要。ならば後は叩きのめして真意を訊くまでだ。


「お前、俺たちの剣を見てきたって言ったな。それは俺も同じことだ。お前の魔術の癖は見抜いてんだよ。エリーみたいにすぐに人の癖を理解できる頭じゃねぇが、俺には十数年分の記憶がある」


3人で過ごしてきた記憶、それが勝機だ。




「ギュンター君!」


ナハトの声がした方向を見ると、ほぼ全ての部隊が砦内部へと突入を果たしていた。

砦攻略の第一段階は達成だ。


「後はお前だッ!」


大剣を下から凪ぎ払うように振るう。

ここでウェンを下す。そうすれば"レジスタンス"側の戦力は大きく削がれる。


「くっ……!」


2本の剣で応戦するウェン。

当たれば死ぬ代物だが、よく見て落ち着いて対処すれば脅威ではない。


(こいつは左利き。なら、気を付けなきゃいけないのは左の剣。まだウェンは剣を使いこなしているとは言えない、尚且つ二刀なら利き腕でない方はおざなりになる――ッ!)


つまり、左の剣を弾いてさえしまえば、勝負は決まる。

防御を捨て多少の傷は割りきる。今はウェンが防ぐので手一杯にさせなければならない。


「――――ッ!」

「ッ! そこだァッ!」


体のあちこちに掠り傷をつくりながら、その"瞬間"を逃さない。

苦し紛れに放ったその斬撃。苦し紛れ故に体勢も完璧ではない。それこそ、待ちわびたものだ。

左の剣に大剣を全力で叩き付ける。重い金属音とともに左の剣を弾き飛ばした。


「なっ……!」


剣を弾き飛ばすと同時に、ギュンターは自らの剣から手を離す。

そして一度腰を落とし、彼の鳩尾へと狙いを定める。

ウェンが慌てたように右の剣を振るが、もう遅い。


「お前の迷った剣で――――俺に勝てると思うなッ!」


鳩尾へと全力の拳を打ち込んだ。


「カハッ――」


鳩尾を打ち抜かれたウェンは勢いのあまり数m吹き飛ばされる。

さらに地面を転がり、止まったものの起き上がろうとしない。いや、できないのだろう。



「……ぐっ、くぅ……」

「……接近された時点で、お前に勝ち目はなかったんだよ。大人しく捕まれ」


放り投げた大剣を拾い上げ、もう諦めろとウェンに近寄る。


「まだ、ですよ……」

「あん?」

「……斬り伏せろ」


まずいと思った時には体は動き出していた。


「"ディザスター・ブレード"ッ!」


倒れたままのウェンの左手から巨大な剣が横凪ぎされた。


「くっ!」


慌ててウェンから距離をとる。

……間一髪だったとはいえ、距離をとってしまったのは愚策だろう。


「……氷の旋律とともに、崩壊の花よ開け! "アイシクル・ブレイク"ッ!」

「チッ!」


ギュンターの頭上に多数の氷塊が出現し、それが降り注ぐ。

それらはなんとか捌ききったものの、今度は落ちた氷塊が爆発した。


「クソ……!」


今回ばかりは防ぎきれず、爆風と氷の破片がギュンターに突き刺さる。


「なかなか……やるじゃねぇか」


なんとか手足は繋がっているものの、出血と凍傷と火傷が酷い。つまるところ、大怪我だ。

これではこの戦いからは引かざるを得ないだろう。

だが、引かざるを得ないのはギュンターだけではない。


「ギュンターにだけは負けるわけにはいかない……ッ!」


起き上がれず仰向けになるウェン。その口からは血が流れている。

成人男性が吹っ飛ばされるほどの拳を鳩尾で受けたのだ。意識があるだけマシだろう。




「はっ……! それは俺も同じことだ……ッ!」


悲鳴をあげる体を無視してギュンターは立ち上がった。


「僕は……僕らは……ッ! シルヴィア=クロムウェルの剣にして盾ッ! 同じ存在、けれど、剣と魔術、畑こそ違ったが……いや、だからこそッ!」


ウェンも立ち上がる。

立つのがやっとの体で、2人の男が同じこころざしの剣を向け合う。



「「……お前には負けられないッ!」」


ギュンターの"ヴァリアント"が蒼い光を纏う。これ以上は戦えない。ならば、出し惜しみをする必要はない。

ウェンは左手に剣を生み出す。使いなれた、それでいて自分の一番信用できる魔術。


「一撃だ。それで決着をつけるッ!」

「わかってますよ。……"ディザスター・ブレード"……ッ!」


互いに剣を両手に持ち、残る全ての力をこめて、ただそれを振るった。




◆◆◆




耳を切り裂く音。全てを塗りつぶす閃光。魔族に殴打されたかのような衝撃。巻きおこる土埃。

爆発がおこったと理解するのに、そう時間はかからなかった。


「…………っ」


言葉が、出なかった。

普段は泉のように言葉が湧き出てくるのに、今は何も浮かんでこない。


「どうして……」


それしか出てこない自分に失望する。

気づけば膝から崩れ落ちている自分がいる。歩けすらしない。

土埃は未だ晴れない。だから2人の下へ行けないのではない。

その気になれば


「今いくわ!」


マキナのように駆け込めるというのに。土埃の奥からマキナの声が聴こえる。



シルヴィアはただ眺めることしかできなかった。彼らの間に割って入ることはできたはずだ。

やろうと思えば止められたのだ。しかし、しなかった。


「さっさと運び出すわ!急いで!」


視界の向こうでは、マキナ率いる救護部隊が2人と、怪我人を運んでいた。


「今治すわ、死ぬんじゃないわよ……!」


土埃も晴れてきて、その向こうではマキナが2人に治癒魔術を施していた。

幸いにも2人は剣を打ち合った場所で倒れており、マキナが2人同時に治癒させている。

傷つき、今にも死んでしまいそうな2人の顔を見て、シルヴィアはようやく動くことができた。


「マキナ、私も手伝うわ……」

「助かる。アンタは出血を抑えてて」


マキナから布を渡される。

傷口に布をあてると真っ白な布が紅く染まっていく。命が流れていくのが確かな感覚として布から伝わってくる。


「助かるの……?」

「……正直、わかんない。でも絶対に生きて帰す」


2人同時に治癒魔術を施すことがかなりの無茶らしく、マキナの顔色はあまりいいものではない。

けれど、マキナはそれを止める様子は微塵も見せない。


「くっ……なんとか応急処置は終らせたわ。……はやく2人を運んで!」


なんとか終らせたマキナの声に担架をもった2組の男たちが駆け付ける。

そのまま2人を担架に乗せようとした瞬間、ウェンの体が炎に包まれた。


「ウェン!」


慌ててウェンを掴もうとするが、灼熱の炎がそれを許さない。

それでもなんとかしようと挑みかかろうとするも、ウェンの体は消えてしまった。


「これは……転移魔術!? まさか……!」


マキナが城壁を見上げ、シルヴィアも釣られるようにそこを見る。



そこには――レザールがいた。


「彼は返してもらおう。我々"レジスタンス"の同士なのでな」

「ふざけないでッ!」


反射的に『影』を呼び出し、レザール目掛けて走らせる。

影の刃はいくつも枝分かれし、レザールを串刺しにせんと襲い掛かるが、見えない何かに防がれた。


「クロムウェル家に伝わる『影』。中々の威力だな。しかし、私を倒すには至らない」


レザールは腰に下げていた剣を抜くと、それに炎を纏わせた。

そしてそれをシルヴィアたちへ向けて放つ。


「くっ……!」


『影』をいくつもドームのようにして重ね防ぐ。

ドームを開き外を確認すると、そこにはレザールの姿はなかった。



「いない……!」

「やられた……! 多分あたしが治すの待ってたのよアイツ!」


悔しそうに拳を握るマキナ。


「仕方ない。とりあえず撤退よ。砦内部にはクローヴィス、ナハトの部隊とギュンターの部隊が入れたし、及第点よ及第点」

「そうね……」


犠牲こそあったが、西門側の戦いという視点では成功している。

けれど、どうにも気分は晴れない。



「私、これから砦に入るわ」


既に砦内部では戦闘が始まっているようで、中からは鋼がぶつかり合う音が鳴り響いている。

すぐにクローヴィスかナハトと合流したいところだ。


「そんじゃ、あたしも行く」

「救護班はいいの?」

「治癒魔術がないだけで、救護班の治療技術は大陸でもトップクラスよ。彼らに任せておけば問題ないわ。それに秩序の守護者ギルド・ガーディアンとしての仕事もあるし」


マキナは"アスクレピオス"をくるくると回し、なんでもなさそうな口ぶりで告げる。


「つまりは、レザールに落とし前をつけたいのね?」

「……別にそんなんじゃないっての」

「ふふ、素直じゃないわね」


少しだけ、口元を歪めることができた。

けれど、思いっきり笑うのは全てを終わらせて仲間たちを取り戻し、平和な日常に戻る時だ。


「さぁ、行くわよ」


シルヴィアとマキナは、覚悟を決めて砦内部へと一歩を踏み出した。

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