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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第5章 人類の翼
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開戦

"レジスタンス"襲撃日。

エリーは目の前に聳え立つ要塞を見て、思わず息を飲んだ。


「なるほど、ここが……」


クリミア砦と呼ばれる要塞を"レジスタンス"は拠点としていたようだ。場所としてはフィレンツェから東の方向にある。数十年前にあったいざこざでその要塞は放棄され、ギルドでもその要塞を保持していた国も管理することを避けていた結果、"レジスタンス"に良いように扱われてしまっていたらしい。





「東門にはNo.6、No.9、No.18の3人。西門にはNo.8、No.13を配備。及び近隣のギルドから一般ギルドメンバーを500。それぞれ300:200で東と西。それからNo.6さんの部隊が100。後方支援が30ずつ。東門側300のうち、剣士が250、魔術師が40、偵察が10。それに僕たちが加わる形かな」


アリシアから渡されていた周囲の地図と味方の数を頭に叩き込む。

エリーがいる東門前はクリミア砦の真正面に位置し、開けているため主戦場となることが予想されている。そのため、秩序の守護者ギルド・ガーディアンが3人配備という形をとった。

エリーたちも半々に別れ、東門側にはエリー、アリシア、キニジ、メディア。西門側にはシルヴィア、ギュンター、クローヴィス、マキナ。それぞれの得意なことと、この戦場で求められることをよく考え、分けられている。



「こうしてお会いするのははじめてですな、エリー・バウチャー殿」

「あなたは……スキピオ・バルカさんでしたっけ」


エリーの目の前に現れたのは筋骨隆々の男。見るからに強そうなのだが、マキナ曰く見かけ倒しらしい。人は見た目によらないものである。


「いかにも。それにしても、ギルドを騒がせた人物が齢19の子どもとはにわかには信じられませんな」

「その……その節は大変ご迷惑をおかけしました」


深々と頭を下げる。彼とは初対面だが、ギュンターたちが彼とその部隊と交戦したのは知っている。


「騒がせたのは確かですが、被害は微々たるほどでしてな。バウチャー殿が殺害した男もギルドメンバーだったゆえに大事にはならなかった。実力主義であるギルドではメンバー同士での争いは常に"負けた方が悪い"。それをどう受けとるかはバウチャー殿次第ですぞ」

「それでも罪は罪ですから。贖罪……かどうかはわからないですけど、僕は今もこうして戦場ここに立ってます。"レジスタンス"を倒して、仲間を守るために」


どう足掻いても過去つみは変わらない。ならば背負って歩くしかない。

別に過去デイヴァを否定するわけではない。過去の惨劇を知ってもなお進み続ける。それだけだ。今までの自分たちと、シルヴィアのために。


「思ったよりバウチャー殿は強いようですな。立派な戦士と言える。私の部隊に誘いたいくらいだ」

「あはは……それはちょっと。嬉しいんですけどね」


やんわりと断っておく。


「……面白い話だな、No.6。俺の弟子に粉をかけるとは」

「冗談ですよ、No.9。そう睨まないでほしいですな。まともに戦っても私と貴方では勝負になりませんのでな」


威圧感を出しながらキニジがやってきた。仮面から覗かせる目は笑っていない。



「まぁいい……。それより砦内部の偵察はどうだ?」

「ついさっき、終わったところですぞ。報告によれば、内部に立て籠った"レジスタンス"の数はおよそ300。貴方たちの情報にあったレザール、ロザリー、リグら"レジスタンス"幹部。……そして貴方たちから離反したウェン・ホーエツォレルン及びリディア・ロンバルディアの姿は確認できず。さて、どう考えますかな?」


普通ならば、レザールたちはそこにいいと考えるべきだろう。

だが、彼らはそこにいる。信頼と言うべきだろうか。


「……僕はいると思います」

「ほぉ? なぜですかな?」

「元"レジスタンス"の傭兵が、彼らは逃げはしないと言ったんです」

「信じるのですか? その言葉を」


微かにスキピオの目の色が変わった。


「今その傭兵はアリシアが雇っています。……雇い主のアリシアが信じるって言ったんです。僕も彼女を信じるだけです」

「……お人好しですな。No.18もそうですが。いつか後悔しても知らないですぞ」

「それでも、僕は信じます」


即答する。

どんな時でも仲間は信じてくれた。なのに自分は信じないとあれば、自分が自分を余計嫌いになる。


「いい返事だ。そして真っ直ぐで、輝いている。こういう若者が未来を切り開くのかもしれませんな。……バウチャー殿」

「……はい」

「今は貴方の言葉とアリーヤ嬢を信じ、その傭兵とやらを信じましょう。ですが、少しでも不穏な動きをすれば始末するのでそのつもりで」

「……あ、ありがとうございます!」


スキピオは優しげに笑っていた。

――この戦いに勝たねばならない理由がまたひとつ増えた。スキピオの厚意に免じるためだ。





「……さて。砦攻略の話としましょう」


そう言ってスキピオは砦内部の地図を持ち出した。そこにペンで全ての部屋に×印をつけていく。


「この×印は私の部隊が偵察を行い、"レジスタンス"幹部の姿が確認れなかった場所」


砦内部は極めてオーソドックスな、わかりやすい造りをしている。当時の砦としてはありがちな形態化された砦だ。

なので一目見ればだいたいわかるはずなのだが、エリーは最上階の下の階に違和感を感じた。


「その……この6階のここって、妙にスペースがありませんか?」

「ほう……」

「この時代の砦は階を登るにつれて先細っていく形です。でもそれを考えても部屋が少ない……気がします。だから実は部屋とかあるんじゃないかなって。砦を攻めるって言うから慌てて知識を詰め込んだので間違ってるかもしれないですけど……」


足りない頭で考えたことなので、間違っている可能性が高いが、わからないままにしておくには危険すぎる。恥をかいてでも明らかにするべきだろう。

そんなエリーの考えとは別にスキピオは嬉しそうに拍手をした。


「バウチャー殿の言うとおり、そのスペースには隠し部屋がありますぞ」

「へ?」

「そこはあえて私の部隊には探させませんでした。そこにいる可能性が一番高かったですからな」


そう言うとスキピオは手から鳥を出した。正確には魔術で出した鳥の形をした魔力だが。


「それは……」

「偵察用の魔術。"レイヴン"ではよく使われるものですな。そしてこれでその隠し部屋を確認したところ――」


鳥の目が光り、そこから絵のようなものが浮かび上がった。


「これ……絵、ですか?」

「いや、映像と呼ばれるものです。この鳥が見てきたものをそのまま写し出す。簡単に言えばその場の景色の流れを保存し、いつでも見えるようにしたもの、ですかな」


魔術研究所では既にそれの機械化の研究が開始されていたはずですぞ、とスキピオは付け足す。



「それで、この隠し部屋の映像ですが」


そこには"レジスタンス"の幹部たちとウェンとリディアの姿があった。


「ここにいたんだ! ……あれ? スキピオさん、もしかしているの知ってました……?」

「そうとも。試すような真似をして申し訳ない」


スキピオはエリーと腕を組んで静観していたキニジにイタズラがバレた子どものような顔を見せた。


「師匠……気づいてました?」

「あぁ。試すつもりだったのだろう。俺は試すまでもないと言ったのだがな。無論、いい意味でな」

「しっかりとこの耳と目で確かめねば気がすまないタチでしてな。面倒なのはそういうものだと思って頂ければ」


私の悪い癖でして、ととぼけたように言う。以外にも彼は親しみやすい生活なのかもしれない。





「バウチャー! ここにいたのか!」

「アリシアちゃんと探したんだよぉ」

「…………」


草を掻き分けアリシアとメディアの2人がエリーたちの元へと入ってきた。彼女らの傍らにはなんとグリードがいる。


「僕を探してたの?」

「あぁ。グリードのこともあるしな」


グリードを見るとバツが悪そうな顔をしていた。


「今朝ここに来ていざ暴れようかと思っていたら既にギルドの部隊がここにいてな……。あんだけの人数が準備しているのに、1人だけ突っ込めば予定の全てが狂うだろ? どうせこの砦を落とすなら足並み揃えた方がいいと思ってな」

「そうなんだ。でも、一緒に戦ってくれるなら嬉しいよ」


純粋に仲間が増えるというのは嬉しいことだ。しかもそれが腕の立つ人物なら尚更のこと。



「エリーを捜すついでに見回りもしたが、特に以上はなかった」

「その、魔術的な仕掛けも、こっちには見当たらなかったし、攻城にはなんの問題もない……と思います」

「そうですか。ではそろそろ攻めるとしましょうか」


エリーが話し込んでいる間にアリシアとメディアは色々やってくれていたようだ。メディアが少しスキピオに対して怯えているのは、ナハトの一件もあるのだろう。


「ではこちらから花火を打ち上げ、向こうに連絡。あちらからも打ち上げられたなら開戦と行きましょう」


そう言うとスキピオは少しばかり愉しげに口角をあげた。





◆◆◆





「魔力もある、剣も十分研いだ、体調もいい、髪も荒れてない。……よし! コンディションは万全ね。いつでも行けるわ」


一方西門では、シルヴィアたちが着々と準備を進めていた。

とは言ってもシルヴィアは部隊を率いるわけではなく、自分のことさえしていれば良かったため、今はもう深い森を駆け抜ける風を肌で感じているだけだ。


「靴とか、防具とか、穴が空くくらい見たけど特に変なところはなかったし……。こんなことならもっと遅く来ていれば良かったわ」


防具、と言っても肘や膝、手を守るくらいなもので数は多くなく、革製故にたいして重くはない。

気だるげなのは暇だからなのか、と訊かれればそうではない。


はぁーと深いため息をつく。


「エリーと別の場所なのはいいのよ。作戦のためなのだから仕方ないわ。けど、こっちもあっちも動きが無さすぎよ……」


おまけにこっち側の仲間たちも今はいない。各々部隊の確認だとか偵察だとかでやることがあるからだ。

その時、特徴的な声が彼女の後ろから響き渡った。


「暇そうだな、シルヴィア君」

「あなたは……ナハト」


このくぐもった声はナハトだとシルヴィアは振り替える。


「相変わらず重そうね……」

「そうでもないさ。確かに君に比べれば遥かに重いが、この重さが打撃の威力を上乗せしてくれるからね。無駄ではないよ」


ふーんと彼女らしくない素っ気ない返事をするシルヴィア。


「……私と話してもつまらないか?」

「そうじゃないのよ……。これから大規模な戦闘があるって考えて憂鬱になっていただけよ」


継承戦争にもシルヴィアは参加していたが、あれはほんの一部分かつ僅かな時間にしか過ぎない。

今回のように最初から激戦の最中に放り込まれるのははじめてなのだ。



「私、何故かトップクラスの戦力扱いされているけど、『影』が無かったら戦力外もいいところよ 。『影』があっても厳しいのに……」

「『影』の力はそれだけ凄まじいということた。……ちなみに、厳しい、とは?」

「……例えばエリーには軌道をぜーんぶ読まれておしまい。なんとか限定解放までは使わせられたけれど、完全解放はもちろんカナヒメも出せなかったわ……」


いくら癖とかスタンスを読まれていると言っても酷すぎると沈みまくるシルヴィア。


「……そういえば、私はまだ完全解放を見たことがないな。どんな感じなんだ? 文献だと術者によって鎧が異なるらしいが」

「確かに違うわね。同じ鎧でもエリーなら創作ものの鎧っぽくて、キニジさんならガッチガチの鎧を着込んでる感じかしら」


エリーがそんな鎧なのはレベッカが買ってきたそういう小説を一緒に読んでいたからだろう。逆にキニジは実際の鎧を見ていたから現実に則した鎧になったと思われる。

ちなみに、鎧と呼ばれているため非常に重いと思われがちだが、憑依術式で形成される鎧は非常に軽い。魔力で形成されているため、重さがほとんどない。その結果飛行能力に代表される圧倒的な機動力を得られたのだ。

また、その防御性能もずば抜けている。ただの鎧では魔物の爪や牙は防げないが憑依術式の鎧ならば防ぎきれる。圧倒的な防御力と機動力。攻撃面こそ武器に困らないくらいで乏しいものの、その2つは他の追随を許さないほどの力を持っていたからこそ憑依術式を求める者が絶えなかったのだろう。



「なるほどな。私も憑依術式を扱えれば自分なりの鎧を作れるわけか。……ふむ、習得してみるか?」

「いいわね。戦力が増えるのは嬉しいもの。……あら?」


嬉しそうに両手を合わせるシルヴィアの目に、花火が射ち上がっている光景が映った。


「ねぇ、あれってそろそろってことよね」

「あぁ。こちらからも花火を射ち上げ、その30秒後に攻めいる!」


準備はとっくに済ませていたのだろう。ナハトは特に慌てる様子もなく、部隊へと戻っていく。シルヴィアもそれに続く。





部隊へと戻ると、ギュンターがそこで指示を出していた。


「準備は大丈夫か? 靴紐は緩んでないな? 互いの顔は覚えたな? 今日限りとはいえ背中を預けて戦う仲間だ、助け合え。あとそれぞれの隊長の指示に従え。単独行動は絶対にやるな。今日出会ったばかりの俺たちより、向こうの方が連携がとれてる。1人で行っても犬死だ。だが、数はこちらが勝ってんだ、最低限の連携と助け合いがあればこの戦、俺たちの勝ちだッ!」


部隊全員が自分を見れるように近くの岩に登っていたギュンターは、そこで高らかに叫ぶ。


「そして、 新秩序の守護者No.9、ギュンター・ハンプデンとして命ずるッ! "レジスタンス"を打ち倒し、この大陸の秩序を守り抜けッ! ――マキナッ!」

「りょーかい。さぁ行くわよ……!」


マキナが花火を射ち上げた。

30秒後、いよいよ始まる。



――のだが、シルヴィアの興味は別のところにあった。


「ギュンターが……秩序の守護者になるの?」


全くもって知らなかった。なるのは構わないが、一言くらいあってもよかったのではないか。


「ギュンター君が? それはないな。新ギルドマスターが就任したらその都度秩序の守護者が選出される。ギュンター君にも声がかかっていた。だが彼は断ったよ」

「……え?」

「ただ、まだ正式に断ったわけじゃないから"新"をつけてても問題はないよ。部隊を鼓舞するためにそれを使ったのだろう。……ふ、ギュンター君も中々切れるじゃないか」

「そ、そうだったのね……」


お互いにいい大人だし、それぞれの道を歩んでも何ら問題はない。

ただ、その予想が出来なかったのだ。子どもの頃から3人ずっと一緒だった。特に何もなければ、故郷に戻っても毎日のように会えたはずだ。

――この5年の旅が、シルヴィアたちを変えたのだろう。世界を見て、歩いて、全身で感じたからこそ、シルヴィアたちの人生は違う道が開けた。



「――この戦いに答えがある気がするわ」

「……どうしたのだい?」

「ギュンターも考えて誘いを断ったはず。ウェンもそうよ。……あとは私。これからどう生きていくか。この戦いを通じて見つけるわ」


旅を続けるのか。故郷に戻るのか。それとも別の道か。様々な意味でこの戦いはターニングポイントとなり得るだろう。


――だからこそ、負けられない。


なぜウェンが"レジスタンス"に行ったのか、問いたださねばならない。そして彼の道を知る。

だが、友が道を間違えたのならぶん殴ってでも連れ戻す。……クローヴィスが言っていたことを、今度はシルヴィアが実践する番だ。


「5……4……3……2……1……! 全部隊、進撃開始ッ!」


ギュンターの声が響き渡る。


「さぁ……行くわよ!」


シルヴィアは剣を抜き、駆け出した。

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