復活の"銀椀"と"魔剣士"
「覚悟はいいな?」
それだけ告げると、キニジは姿を消した。
「どこに……!?」
「ここだ」
いや、姿を消したのではない……キニジは目で捉えられない速さで距離を詰めただけだ――。
――そう"レジスタンス"の男が気付く頃には、彼の首と胴体は繋がっていなかった。
「なんだこいつ……!?」
"レジスタンス"は唖然とするばかりだった。目の前の男はとても同じ人間だとは思えない。
剣の冴え、速度、単純な力。どれをとっても彼らでは敵うはずのものはない。
「ば、化け物だ……!」
前方のキニジから逃げようにも、彼らの後ろは瓦礫で塞がっている。
こうなることはエリーは予測していなかっただろうが、それでも"レジスタンス"の面々は仕組まれたことではないのかと勘ぐらずにはいられなかった。
「…………」
キニジは彼らに憐れみの目を向けると、銀色の義手をちらりと見た。
code:Aという名で呼ばれていたこの義手の真の名は"アガートラム"。ギルド内外を問わず、様々な技術の全てがこの右腕を動かしている。
「銀椀……。俺には荷が重い気がするがな」
"アガートラム"という名は、稼働実験の際に義手が原因不明の銀色の発光をしたことから名付けられた。――だからこその"銀の腕"を意味するアガートラムの名が冠せられた。
ただ、発光の原因も解明の方法も不明、問題なく義手は稼働するためそのままこうやって実際に戦闘に使われるはめになったのだが。
しかし、如何に技術を結集させた面のと言えど、避けきれない弱点が存在する。
「……時間か」
突如として"アガートラム"の輝きが失われた。それと同時に義手で握っていた"魔剣クラウソラス"が床に落ちる。
「どういうことだ……?」
"レジスタンス"の1人が訝しげに呟いた。
「まさか……!」
何かを悟ったその男は、勇ましくもキニジに手に持った剣で斬りかかる。
「お前の義手……どうやら限界みたいだな!」
「あぁ、そうだ」
弱点――それは活動時間である。
戦闘に一切の支障が出ないように作られた"アガートラム"は、その稼働時間が極端に短い。もってせいぜい5分といったところ。
義手という大きくできない機械に積めることができる魔力結晶には限界がある。今の技術ではどんなにエネルギー効率を求めても5分が関の山だ。
"レジスタンス"程度なら5分もいらないと踏んでいたキニジだったが、意外にも彼らは粘っていた。流石はギルドを潰そうというだけはある。
だがそれはそれ。もう片腕がもう使えなくなったとしても――。
「遅れはとらん」
「なッ……!?」
左手にある"魔剣クレイヴ・ソリッシュ"で斬りかかってきた男を両断した。
残るは5人くらいだろうか。
「……さて」
義手の弱点は他にもある。右腕が生身じゃなくなったことで、憑依術式が右手では行えなくなったことだ。つまりは咄嗟に右腕で剣を造りだして防ぐといった芸当ができなくなる。
それに限定解放等でも右腕だけには防具をつけられない。もっとも、義手となった今は右腕を守る必要性は薄いのだが。
「ちくしょおおおおおッ!」
自棄になったのか、1人が突進してきた。それをなんなくいなし首を落とす。
今になって"レジスタンス"はようやく理解したのだ。
目の前にいる男が秩序の守護者最強の剣士――No.9、キニジ・パールであるということ。
そして、ここで自分たちは死ぬということを。
◆◆◆
「"No.1"。本気か? "本当にダーインスレイブ"を?
「今回だけなのです。そのためにも"ダーインスレイブ"を返しにもらいにきました」
――魔術研究所、第一研究室"アリーヤ"副室長室。
ニザーミヤ魔術学院に孤児院の子どもたち迎えに行ったはずのマリーがなぜかここにいた。
「先日の旅団襲撃。あれを見て私も考えたのです。――あの子たちを守るために、私も剣をとる必要があると」
人斬りとして名を馳せた秩序の守護者No.1、マリー・テレジア。
それを過去の話として今は孤児院を経営していた彼女がなぜ再び剣をとるのか。
「私は母親です。子を守るためには世界を敵に回す覚悟はできているのです。子を守るために、私は剣をとります」
「あくまで子どもを守るため、か」
副室長――ルカはそれ以上話すことなく、手元の書類に素早く記入した。
そしてそれをマリーへと差し出す。
「これを持っていけ。これで"ダーインスレイブ"は貴様のものだ」
「感謝するのです。それでは私はこれで」
それだけ言うと、マリーは副室長室を後にする。
「……あの"目"。人斬り時代のそれと一緒だな。No.9が復帰したとの連絡もあった。案外"レジスタンス"の掃討に時間はかからないかもしれん」
ようやく戻ってきたかと笑みを浮かべる。理由こそ子どもを守るためだが、彼女が剣を手にしたのには変わらない。
「No.1、マリー・テレジア」
秩序の守護者においてNo.の意味は入った順番に過ぎない。
だがマリーがNo.1になり得た理由はただ一番最初に加入したからではない。
「最古参にして最強の魔剣士。その力、再び見せてもらおう」
◆◆◆
"ダーインスレイブ"を手に魔術研究所から出ると、そこにはクローヴィスたちが待っていた。
まだ幼い子たちは「先生!」と楽しそうに手を振っている。
「先生。子ども連れてきたぜ」
「ありがとうクローヴィス」
「……ん? 先生それって」
マリーが持っている"ダーインスレイブ"にいち早くクローヴィスが気付いた。
彼女がそんな物騒なものを持つとは考えもしていなかったのか、孤児院の子どもたちも怖いのか黙ってしまっている。
「"魔剣ダーインスレイブ"。クローヴィスは見たことあるのですよね?」
「継承戦争の時ですけどね。あの時はNo.10シュタイン・ベルガーが持ってたなぁ」
黒くそれでいた禍々しいそれは、"魔剣"という称号が最も相応しいものかもしれない。
「ルカ副室長によると、もう"レイヴン"施設に"レジスタンス"が入り込んでいるとのことなのです。ここも安全とは言えません。とりあえず孤児院に行ければギルドとは離れているししばらくは大丈夫はず、急ぐのです」
魔術研究所は出たとはいえまだここはギルドの中だ。安全とは言いがたい。
「お母さん……」
「大丈夫ですよレベッカ」
不安そうなレベッカに笑いかける。
「……残念ですが」
「リディアどした?」
警戒するように周囲を見ていたリディアが突然レイピアを抜いた。
「そうはいかないようですわ」
マリーたちの正面、ギルドの出口へと繋がる道に"レジスタンス"らしき影がいくつか。
「"レジスタンス"か!?」
「そうです。彼らは間違いなく"レジスタンス"ですわ」
「チッ……仕方ねぇ。レベッカ、子どもたちと下がってろ!」
クローヴィスは背負った両剣を構える。
……が、そのクローヴィスの横をマリーが1人歩いていく。
「先生!」
「……その必要はないのです」
うつむき、剣を引きずるように歩いていく。
「哭け、"ダーインスレイブ"」
その声とともに、風が斬られたかのような感覚がクローヴィスとリディアを襲った。
瞬きの次の瞬間には彼女の剣は解き放たれ、抜き身の剣が太陽光を反射し眩しく輝いていた。
「先生……」
何をしたのかと訪ねる前に、結果は訪れた。
「なっ……!」
まだかなりの距離があるはずの"レジスタンス"の面々が血飛沫をあげて倒れたのだ。
"斬撃を飛ばした"。そうとしか思えない。
「先生……それって"ダーインスレイブ"の?」
「いえ、これは"ダーインスレイブ"の力ではないのです」
「つまり先生の力……!?」
戦慄した。
クローヴィスとエリーの師であるキニジも規格外の実力だったが、マリーも別方向で規格外だ。
斬撃を飛ばす、など聞いたことがない。
「えっ、なに、どーゆーこと!?」
凄惨な様子が見えないように子どもたちの目を覆っていたレベッカは状況を飲み込めないようだ。
「なっ、まだ来るぞ」
マリーに説明を求める間もなく"レジスタンス"が湯水のように現れてくる。
いったいどこからそんな人員を調達しているのだろうか。
「まだ残っているみたいですね」
続々と現れる"レジスタンス"にため息をつきながら、マリーは"ダーインスレイブ"を彼らに向けた。
「最初に言っておくのです。私はかなり強いのです。あなたたちでは敵わないと、わかりましたか?」
そして剣を鞘に1度納めるとそれをもう一度抜き放ち、再び斬撃を飛ばす。
今回は"レジスタンス"を捉えず、彼らの一歩手前を地煙をあげながら切り裂く。
そこには綺麗な一本の線が引かれていた。
「もしそれでも……その線を越えるなら。これ以上、武器を振るおうとするのなら。私の愛する子どもたちが傷つくかもしれないのなら……」
三度剣を鞘に戻す。
「秩序の守護者のNo.1ではなく……。1人の母として、あなたたちを排するのです」
普段滅多なことでは怒らないマリーが、今は明らかな怒気を込めて"レジスタンス"を睨んでいる。
(先生の剣は恐らく抜刀術……。もう2回も剣を振るったのに全くその太刀筋が見えない。No.1の称号は伊達じゃないってことか……!)
マリーが剣を置いてもう18年経つはずだ。肉体的な老いはなくとも、腕が鈍るはずだというのにマリーからはそれが一切感じない。
「……どうする」
圧倒的な実力差の前に、"レジスタンス"の面々はどう動くのかとクローヴィスは身構えていた。
撤退か、それとも突撃か。
「…………!?」
そのどちらでも無かった。
「――――――ァァアア!」
"レジスタンス"の男がいきなり悶えだしたのだ。そしてその体がどんどん膨張していく。魔力を際限なく取り込んでいく様子からするに――。
「魔族化だとッ!?」
任意で魔族化する方法など聴いたことがない。
「暴走術式でもない! あんなもの見たことも聴いたことも……」
リディアもまたまさかの事態に顔を青ざめている。
「アアァァ――――ッ!」
驚いている間に男は魔族へと姿を変えた。四肢を持つ魔族――人型魔族。最悪なことに、一番手強い相手だ。
ただ、そんなものを目の前にしても、マリーは動揺すら見せなかった。
「……そうですか」
マリーはそれだけ言うと、抜刀した。クローヴィスも今度は目で捉えられた。空気の歪みが、マリーの目の前で停滞している。
「……ッ!」
マリーは今度は鞘に納めず、抜刀したままもう一度空気を切り裂く。
空気の歪みが十字になったのを彼女は確認すると、それを蹴り飛ばすかのように回し蹴りを放つ。
回し蹴りでこちらを向いたマリーと同時に、その十字の斬撃は魔族へと発射された。
「アアァァ――――」
それをまともに食らったであろう魔族は四分割されそのまま消滅した。
それを見た"レジスタンス"はクローヴィスたちとは距離が離れているため声は聞き取れないが、明らかに動揺しているようだ。
「すごいな……」
「流石に斬撃を停滞させるのは私の力ではないのです」
それはそうだ。斬撃を停滞させるなど人間ができる範囲を越えている。
もっとも、マリーは純粋な『人間』ではないのだが。
「………………」
「どうしたリディアさん」
クローヴィスは黙ってレイピアを構えたままのリディアに気付いた。
「いえ。マリーさんの実力に驚いていただけですわ」
「そうか」
違和感はあるが、今は子どもたちを安全な場所へと移動させるのが最優先だ。
「見て、逃げるよ!」
レベッカの声に導かれるように"レジスタンス"を見ると、彼らは撤退しているように見えた。
「逃げましたか……。これで孤児院まで移動できるのです」
「お母さん、急ごう!」
全員頷き、子どもたちもともにギルドから逃げる。自然とクローヴィスが殿を務めているが、レベッカには任せられないので仕方ないだろう。
◆◆◆
「皆さん、やっと見つけました!」
ギルドからやっと出られたと安堵したところにやって来たのは、ウェンだった。
「ウェンか? あれ、"タスク"にいたはずなんじゃ」
「そうなんですが、キニジさんの義手が完成したのと"レイヴン"に"レジスタンス"の襲撃があったとのことで、まずはキニジさんを"レイヴン"に送り、僕は皆さんにそのことを伝えようとここまで走ってきた次第です」
その割には息があまり切れてないように見える。魔術師ではあるものの、鍛練はしているということなのだろう。
「にしてもウェンさんよく"レジスタンス"に襲われなかったね」
「"レジスタンス"? さっき走っていった武装集団ですか?」
「うん」
「それは……運が良かったですね。それより、つまり皆さんの所にも"レジスタンス"が行ったということですか?」
そうだと頷くと、ウェンは項垂れた。
「そうでしたか……。皆さんが無事で何よりです」
「先生が追い払ってくれてさ。俺何にもしてないんだよね」
それを聞いてウェンはマリーの剣を見た。
「それは"ダーインスレイブ"……!」
「そうなのです。"レジスタンス"から子どもたちを守るために、ギルドから返してもらったのです」
「それは心強いですね……。彼らが逃げていったのも納得です」
マリーが認められた気がして少し得意気な気持ちになるクローヴィスとレベッカ。
「ともかく、急ぎましょう。"レジスタンス"がまた来るかもしれませんわ」
「そうですね。孤児院に行くのです」
「恐らく"レイヴン"に向かった人たちも孤児院にくるはずです」
ならば孤児院に行かない理由はない。
時間との勝負だ、子どもたちを守りつつ、孤児院に一秒でも早く辿り着かねばならない。
「やるしかないな……ッ!」
難しいところだが、やるしかないとクローヴィスは覚悟を決めた。
真面目なお知らせがひとつ。
この作品は次の章『人類の翼』をもって完結します。
アリシアの行く末、グリードの過去、"レジスタンス"の目的。そしてエリーのさらなる憑依術式の解放。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




