アズハル孤児院
徒歩で2時間、孤児院に到着した。
「ここが…僕が3年前までいたアズハル孤児院だよ」
そこには小さいながらも立派な建物があった。
「ここがエリーの…」
「ちょっと先生に聞いてくるから待っててね」
エリーは孤児院の扉を開け、中に入っていく。
数分後、エリーが出てきた。
「いいってー」
少しばかり嬉しそうなエリーは3人を孤児院に招く。
「それじゃあ入ろうぜ」
「何故か緊張しますね」
「お邪魔します…」
エリーを先頭にシルヴィアたちは中に入る。
そこには割烹着を着た初老の女性がいた。
「ようこそ、アズハル孤児院へ。マリーと言います。遠慮はなさらず中へ」
「は、はい」
シルヴィアたちは少し緊張しているようだ。
「別に緊張しなくてもいいよ。先生優しいから」
「そ、そうね。お世話になるシルヴィアです。こっちがギュンターとウェン。泊めて頂きありがとうございます」
「エリーに良くしてくれてるとお聞きしました。礼を言うならこちらのほうなのです。手がかかる子でしょう?迷惑かけてなければ良いのですが…」
「せ、先生」
さながらエリーとマリーは親子の様だった。実際エリーの育ての親ではあるのだが。
「いえいえ、世話になっているのはこちらの方です。エリーさんにはいつも助けられていますよ」
「そうなんですか、エリーも頑張っているのですね…」
マリーは一瞬遠い目をしていた。
「それではお部屋に案内しますね。エリー、レベッカたちに挨拶してきましたか?」
「あぁ、うんまだ。じゃあ僕レベッカたちのところに行ってくるね。また後で」
エリーはそう言うと孤児院の奥へと走り去って行った。
孤児院の裏手、ちょうど入口からは死角のところに園庭はあった。
「ほらロランどうしたの?転んだって?根性でなんとかしなさい根性で。ちょっとレン!そんな泥だらけの格好で院内に戻らないの!」
彼女は3年半前と変わらず、孤児院の子どもたちの世話をしていた。
「ん?どうしたの?後ろに知れないお姉さんが?」
彼女は後ろむき
「エリー…なの?」
驚きと嬉しさが入り交じった表情をした。
「ただいま、レベッカ」
エリーは少し照れくさそうな顔をすると目を反らす。
「本当に…エリーなのね…!」
艶やかな黒髪をツインテールにまとめた彼女ーーレベッカはエリーを見ると興奮のあまり抱き付いた。
「よかった…!帰ってきてくれて…!本当に…本当に!でも…3年半もの間連絡ひとつ寄越さないものだから心配したのよ!」
目に涙を浮かべ、レベッカは喜びを表すかのように捲し立てる。
「あはは、ゴメンね。でも無事に帰ってきたから、チャラじゃダメかな?色々話もあるし」
レベッカにこれまでの3年半のことを話す。気がつけば辺りは暗くなり、星が見え始めていた。
「色々あったんだ」
「本当に色々あったよ。中でも一番」
「シルヴィアさんたち、でしょ?エリーってば半分以上それしか話してなかってじゃん」
楽しかった時間と言おうとしたのだが先回りされてしまった。正しくは楽しかったと言うよりは現在進行形で楽しい。
「でもちょっと嫉妬しちゃうなー」
レベッカは頬を膨らませていた。
「エリーは気付いてないかもしれないけどね、今のエリーはすっごく充実してるって顔してるの。孤児院にいた頃には見なかったよ、そんな顔」
確かにシルヴィアたちと出会うまでのエリーが旅してきた3年間と出会ってからの半年ではまるで日々の密度が違う。
「それにね、ちょっと怖いの。もしかしたらエリーはアズハル孤児院や私たちのことを忘れてしまうんじゃないかって」
「忘れるわけがないよ」
反射的に声を出していた。
「孤児院での8年間は、きっと僕の宝物だと思う。どれだけこれからの毎日が楽しくても、何年も孤児院に戻ってこなくても、ここや皆のことは絶対に忘れない。誓うよ」
嘘偽りない本心をそのまま伝えた。
レベッカは立ち上がり満点の夜空を見上げていた。こんなに綺麗な夜空を見たのは久し振りかもしれない。
ふと、レベッカがエリーの方を見る。
「そっか…。エリーは優しいね」
レベッカは笑っていた。
夜空の下で笑う彼女は、大人びた雰囲気を纏っていた。
思わずドキドキしてしまう。
「ね、エリー」
「な、なに」
「エリーがここにやって来た日もこんな夜空だったね」
11年前のあの日両親を失い流れ着いたのがこの孤児院だった。
当時は全てのものが恨めしくて、理不尽に感じて、接してきた全ての人に当たっていた。
当然、自分の周囲からは人がいなくなった。
それでも声をかけ続けてくれたのがマリーと目の前にいるレベッカともう1人の友人、クローヴィスだ。
「エリーに最後まで声をかけてくれたのは私とクローヴィス、それに先生もだったね」
「当時はほっといてほしかったよ…。でもレベッカたちが諦めないで声をかけ続けてくれたから、今の僕はいるんだと思う。感謝してるよ」
本当にレベッカたちには世話になったと笑いながらエリーは話す。
「それでさ、クローヴィスは今どこにいるの?」
気になっていた疑問を投げ掛ける。
「クローヴィスはエリーがGMになってから1年半後、ちょうど2年前に同じくGMになって旅に出たわ」
クローヴィスーエリーの少し前に孤児院に入った彼は逸早く孤児院に馴染んだという。天性の明るさで孤児院のモードメーカーになっていた彼は、入った直後塞ぎ込んでいたエリーにも声をかけた。
だが当時のエリーに暴言を言われてショックを受けたらしい。それでも彼は折れずにレベッカと共に声をかけ続け、ついにエリーの心を開いた。
そんなクローヴィスがGMになっているとは衝撃だった。
「クローヴィスがGMに…。なんか理由知らない?」
「なんか自分もGMになりたくなったそうよ。まったく…これだから男は」
「じゃあクローヴィスがなにしてるか知らないの?」
「エリーと違って、クローヴィスは定期的に孤児院に戻ってくるから何処にいるかはともかく、何してるかくらいは知ってるわよ」
彼女は茶目っ気たっぶりにエリーと違っての部分を力をこめて言う。
「悪かったよ謝るって。でも…元気ならいつか会えるね」
「でも1ヶ月前に来たばかりでしばらく帰ってきそうにないのよ。まぁいつか会えるんじゃない?」
「そうだね、その時はまた3人で笑いあえるといいな」
満点の夜空の下、密かに夢を抱く。
(また3人揃うまでは死ねないな…)
エリーとレベッカが話している様子を夕食をとりながら見ていた。
「あいつらかれこれ2、3時間話し込んでるぞ。…ちょっと食い過ぎたかな」
「3年半も会ってなかったそうじゃないですか、話すことがたくさんあるんでしょうね。あ、すみませんお手を煩わせて」
ギュンターとウェンはマリーの作る夕食をよほど気に入ったのか、次々おかわりをしている。
そんな中、シルヴィアは何故か浮かない顔をしていた。
「どうしましたかシルヴィアさん。もしかしてお口に合いませんでしたか?」
「いえ…」
ウェンは続々と夕食を口に入れながら
「どうしましたシルヴィアさん。普段のシルヴィアさんなら食べ過ぎではないかというほど食べてるじゃないですか」
「お前がそれを言うかね…」
ウェンの発言に突っ込みを入れつつもギュンターはシルヴィアの考えていることを読み取る。
シルヴィアの目線の先にはエリーとレベッカがいた。
「ははーん成る程ね」
「どうしましたギュンター」
ウェンは気付いていないようだ。
「なぁ、まさかとは思うがよシルヴィア」
ギュンターは笑いを堪えたような表情と声音で続ける。
「まさかお前、エリーの幼馴染み…レベッカだったかな。もしかして嫉妬しちゃってます?」
もう耐えられなかったのか最後は完全に笑っていた。
シルヴィアは助けを求めるようにウェンとマリーを見るが、ウェンは食事に夢中(しかも上品に)でマリーは「あらあら」と助け船を出してくれそうにはない。
「はぁ!?嫉妬?冗談言わないでよ。あんな光景、優雅に食事をとりながらだって私には眺められるわ!」
バァン!
テーブルを叩きつけ口調を荒ぶらせつつ否定する。
だが悲しいことに彼女の声は震えていた。
「とりあえずテーブルを叩くのはやめろ。ま、まだ勝負決まった訳じゃないだろ?」
「そ、そうよ。この程度、想定の範囲内よ」
「シルヴィアさんは…エリーのことが大好きなんですね」
マリーがゆっくりと口を開く。その顔には笑みが溢れていた。
「えぇ…。大好きと本心から言えるわ…言えます」
「ふふっ、かしこまらなくていいのですよ?」
マリーは楽しそうな表情を浮かべ、
「それで…エリーのどんなところが気に入ったのですか?」
「それはもう…」
2人の話が長くなるのを察し、ギュンターはウェンとともに撤退する。
「ふぅ、満足しました」
「お前は食い過ぎな」
ウェンを嗜め、空を見上げる。
「お、いい夜空じゃねぇか」
見ればエリーとレベッカも話を止める気配はない。
満点の夜空の下、アズハル孤児院は長い夜を迎えようてしていた。