平穏をかき消す爆音
「今のところは異変はなし、か」
「3人だけ、とは思えないもんね……。ギュンターくん、どうする?」
ギュンターとメディアが向かった先には大したことは起きておらず、先程あった傭兵の襲撃が早くも話題になっているくらいだった。
「とりあえず見回る。秩序の守護者が動いてるってこはもうギルドは気付いているだろうし、事を起こす前に抑えられてるかもしれねぇな」
「そうかもしれないね。でももう少し注意してよっか」
そうだなと頷きつつ、辺りを見る。
……平和だ。"オラクル"事変があったものの、大きな出来事もなく、日々つつがなくフィレンツェは一日を終えている。
「平和だなぁ……」
「なんかお爺ちゃんみたいだね」
「そうかぁ? ……まぁでも、軍人が平和を傍受出来て、それを見られて老成気味と言われんなら、いいかもな」
そんな世界を作ってみせる、と意気込むギュンター。
「ギュンターくんは軍人さんなんだっけ。確かシルヴィアちゃんのお父さんの、オリヴァー=クロムウェルが率いる鉄騎隊だったかな?」
「そうそう。知ってたんだ」
「うん!」
嬉しそうに頷くメディア。
その動作は非常に可愛らしいものだったが、警戒状態のギュンターはそれに反応することはせず、険しい表情を崩さなかった。
「にしても、ここら辺は本当に何も問題はなさそうだな」
不穏な点も不可解な点もなく、ここらは黄昏の旅団はいないのではないだろうかと考える。
「……そうだね。孤児院に戻ろう」
「悪いな。無駄足に付き合わせちまって」
「ううん。わたしは大丈夫」
問題はウェンとリディアの方だ。
あの2人ならなんとかなるとは思うが……。
「……いや、待て」
違和感を覚え、剣に手をかける。
平和なはずなのにピリピリとした緊張がギュンターを駆け抜けた。誰かに見られているような気がするのだ。
戦士の勘とでも呼称しよう。その戦士の勘が「油断するな」とギュンターに警鐘を鳴らしている。
「メディア、どの属性の魔術が得意だ?」
「天と氷」
「なるほど。じゃあ、あの建物の角に氷を造ることって出来るか?」
できるよとメディアは頷くと、小声詠唱しギュンターが指示した建物の角に小さな氷を出した。
「ギュンターくん、これでいい?」
「あぁ。勘が正しければ、これで……」
今周囲で身を隠しながらギュンターたちを見れるのはそこしかない。
「つめて!?」
情けない声を発しながら、建物の角から男が1人出てきた。
「さて、何で俺たちを見てたんだ。"黄昏の旅団"さんよ」
まだ"黄昏の旅団"とははっきりとわかったわけではない。しかし、ギルドの一員とは明らかに装備が異なる。対魔物ではなく、対人を主とした武装。そんな格好しているのは今なら"黄昏の旅団"である可能性が高いものの、"確実に"とは言えない。
カマをかけたわけだが、ここで否定されると決定的な証拠がないため、これ以上言及出来なくなる。
――だが。
「あぁそうだ! 俺は"黄昏の旅団"のアッシュ! てめぇとギルドの犬が俺の仲間を倒しやがったからな! その報復だ!」
「……はぁ」
なんと言うか……馬鹿だ。
たまには分の悪い賭けもやってみるものだとギュンターは思った。
「別に何の権限もあるわけじゃねぇけど、大人しく捕まっとけ」
それならギルドも悪くしねぇさと付け足す。
「うるせぇ! とりあえず仲間の仇をとる!」
「"とりあえず"なのか……」
猛々しく雄叫びをあげ、突進してくるアッシュ。洗礼されていない、隙の多い行動だ。武器こそ持っているものの、恐らくは戦闘したことはないと考えられる。
どうにも調子を狂わされたギュンターは、真正面から相手せず、無策に突っ込んできたアッシュの足を払った。
「うわっ……いてぇ!?」
アッシュはバランスを崩し転んだ。頭から行っている。絶対に痛い。
「おい大丈夫かよ」
あまりの情けなさに思わず声をかけてしまう。
「畜生……まだだ!」
「根性だけは一人前だなぁオイ」
商人ギルドであるという"黄昏の旅団"。先程戦ったのが傭兵ならば、このアッシュという男は"黄昏の旅団"……クライアント側なのだろう。
だが、ただの傭兵を『仲間』と呼ぶだろうか。
「かくなるうえは……」
アッシュは鼻を抑えながらも、懐からボール状の何かを取り出した。
「ギルド本部に投げるためだったが仕方ない……ここで使わせてもらう!」
そう言うとアッシュはボールに火を附けた。
「メディア!」
「きゃあ!」
それが爆弾だと気づいたギュンターは、メディアを庇うように自分の体を上にして伏せた。
◆◆◆
咄嗟にメディアを庇ったギュンターの背に大量の瓦礫が降り注ぐ。
運良く致命傷になりかねない大きい瓦礫こそ当たらなかったものの、頭のてっぺんから爪先まで瓦礫が当たらなかった箇所はない。
「――――ッ!」
本当なら大声で痛いと騒ぎ立てたいところだが、ギュンターのプライドがその欲求を押さえ付ける。
「メディア、無事か……?」
「わ、わわわたしは、大丈夫だよ……!」
ならよかったと辺りを見る。
偶然にも2人のいた所は瓦礫の隙間、つまりは空洞のようになっている。少々狭いが2人とも座れそうだ。
「乗っかって悪かったな。今どくからよ……ッ!?」
身を起こすと、左腕に激痛が走った。
もしや今の瓦礫で千切れたのかと慌てて右手で左腕があるかどうか確認する。
――良かった、腕が折れているだけのようだ。
「ギュンターくん、どうしたの?」
「左腕が折れただけだ、問題ねぇよ。どうせ爆発の衝撃で折れたんだろ」
問題ありなのだが、メディアが自分を庇ったせいだと思わないように嘘をつく。
左腕は以前骨折した時と同じように、無理矢理元の位置に骨を戻しておいた。応急処置にもならないが、しないよりはマシだろう。
「あ、えっと、庇ってくれて、ありがとう」
「メディアを怪我させるわけにはいかねぇしな。まぁ無事で良かったわ」
瓦礫に光が遮られているため、お互いの顔は見えないが、それでもギュンターは笑いかけた。
「しっかし、大変なことになっちまったなぁ」
「そ、そうだね……」
底抜けに明るい声で話しかけるも、メディアの反応は暗いままだ。
信用されてないんだなと肩を落としつつ、ギュンターは更に話し続ける。
「そう不安がるなよ。俺が信用できないのはいいとして、お前の妹やウェンなら必ず助けてくれるって」
「ち、違うの。ギュンターくんのことが信用できないわけじゃないの。……ただ、こうも暗いと、リディアちゃんのことを思い出しちゃって」
暗闇であることと、リディアを思い出すこと。何の繋がりもないように見える。
……いや、ひとつあった。
「そういや、リディアは暗い所が苦手って言ってたな」
「うん。わたしは平気だけど、リディアちゃんは暗いところと狭いところが本当に苦手なの。ここに閉じ込められたのが、わたしでよかった」
狭くて暗いところが苦手。ギュンターも背負った得物の都合上、狭い所を苦手としているが、話はそういうことではないだろう。
「なんで苦手……。いや、やっぱいいわ」
苦手としている理由を訊ねようとしたが、止めておいた。
誰だって思い出したくない過去くらいある。ギュンターだって、つい最近だが、ナハトに自分の想いを吐露してしまい、後になって後悔している。出来れば記憶から消してしまいたい。
他にも後悔し続けていることがある。恐らくは、ウェンも同様のことを後悔しているはずだ、
「ううん。ギュンターくんなら、いいよ……」
「えっ」
「ギュンターくんは、わたしたち姉妹の恩人だもん。それに、悩みを誰かに打ち明けて解消するって手法もあるでしょ?」
「まぁ、そういうのもあるけどよ」
本当にいいのか? と疑問を感じてしまう。
「こうやって、ギュンターくんと二人きりになれたのも、何かの縁だよ。だから全部話すね、わたしたち姉妹のこと」




