奇妙な依頼
魔族を倒してから半年。
フィレンツェを出て各地を旅していたエリーたちは1度、フィレンツェに戻ってきていた。
半年間一緒にいると色々見えてくるものがある。
「疲れた…なんで馬車使わなかったのよ…」
彼女…シルヴィア=クロムウェルは、基本的にガサツで他人任せなところがある。
宿屋に長期滞在した場合、彼女の部屋は大抵私物で溢れかえる。
綺麗好きなエリーとしては片付けて欲しいが、シルヴィア曰く「最低限掃除はしているし、物が探しやすいから楽」と溢れかえっている私物を頑なに片付けようとしない。
大陸西にある国、スチュアート王国の公爵家クロムウェルのお嬢様である彼女は身の回りの世話を執事やメイドたちにされていたこともあり、そういうことに経験がなくついつい適当になってしまうそうだ。
「旅費の節約だ、しょうがないだろ」
シルヴィアの幼馴染み兼護衛その1、ギュンターは大雑把なところはあれど整えるところは整えおり、シルヴィアのように片付けをしないということはない。
また、金銭は彼が管理している。エリーはともかく他の2人に任せていたらあっという間に無くなるからだそうだ。
「でも全部歩きの必要は無かったんじゃないですか…?」
シルヴィアの幼馴染み兼護衛その2、ウェンは几帳面でエリー以上に綺麗好きである。ギュンターが片付けをする理由も半分はウェンがうるさいから。
また、シルヴィアが何かやらかしてしまった場合、説教するのは彼の役目である。
代々クロムウェル家に仕える一族である彼は誰に対しても丁寧に接する。ウェンとの距離を感じた時もあったがあれが彼のデフォルトらしい。
結論はシルヴィアたちは総じてお人好しということだ。
旅先で困っている人がいれば後先考えずに助けにいく。
そのせいで危険な目にも会っているが、懲りずにまた何度でも人助けをする。
そんな人たちじゃなければ自分に手を差しのべたりはしないだろう。
シルヴィアたちが世話になってたという宿屋に到着する。
今回は事情もあり、1ヶ月ほど滞在する予定だった。
「何はともあれ、戻ってきたねフィレンツェ」
「半年ぶりかしら」
「そっか…もう半年か」
まだ感傷に浸るには早すぎるが色々と思うものがある。
「それで、部屋どうするよ」
ギュンターの声で現実に戻される。
宿屋では基本、ギュンターとウェン、シルヴィア、エリーと3部屋に分けていた。
エリーは自分もギュンターとウェンと一緒でいいと言ったが、シルヴィアが「野郎共にエリーは任せられないわ。私と一緒の部屋にしましょう」と激しく抵抗。
エリーも流石に女性の部屋はまずいと拒否。話し合いの末エリーも1人部屋に落ち着いた。
「いつも通りでいいのでは?」
「ウェンの言う通りいつもの部屋割りでいいよ」
別に変える必要もない。
「それがさ」
ギュンターはやけに重々しい表情をしていた。
「2部屋しか空いてないんだ」
「えっ」
「む…」
「フフッ…」
1人やけ変な声を出していたが気のせいだろう。
「どうするかね」
ギュンターがシルヴィアを一瞬見てから冷や汗を流す。
「決まってるじゃない!」
「あっそうだ」
シルヴィアが何かを言う前に遮る。
「実は違う地区だけど、ここフィレンツェには僕がいた孤児院があってね」
フィレンツェは大陸でも屈指の巨大な都市だ。
東、西、南、北の4つの地区に別れていて、その地区1つ1つが国の首都に匹敵する広大さをもつ。
さらにどこの国にも属していない自由都市なため、ギルドの本部も設置されており、様々な人が行き交う都市である。
自然と行く宛のない孤児も多くなり、各地区にも孤児院がいくつか見られている。
「今僕たちがいるのが西区。それでその孤児院があるのが南区。地区が違うけど孤児院自体は西区にかなり近いからそこまで遠くはないよ」
「ならそこにお世話になりましょうか」
「おっけー決まりだな」
「そ、そんな…」
シルヴィアが1人悔しがっているが、無視した。
「親父すまんな。また今度世話になるぜ!」
ギュンターが宿屋の主にあいさつをすませ、出発しようとしたその瞬間である。
「そういえばまだギルドに報告してませんよね?」
「そういやそうだったな危ない危ない」
GMは各地域の支部にきた場合報告するのが掟である。
GMの人数を把握しておかなければならいためという理由があるが、GM個人に依頼がくる場合があるためでもある。
「まさか私たち個人に依頼なんてこないでしょうし、明日でいいんじゃないかしら?」
「距離も近いしついでですよついで」
宿屋から歩いて3分、ギルドの西区支部に到着。
フィレンツェは広大なためギルドの本部だけでなく、各地区にも支部が置かれている。
「シルヴィアさん、ギュンターさん、ウェンさん、エリーさんの4名がフィレンツェ西区支部にいることを確認しました!」
受付に確信を済ませ、早々に立ち去ろうとする。
「お待ち下さい!」
受付に呼び止められる。
「あなた方を名指しに、依頼が発注されています」
「マジかよ」
受付は紙を取りだし依頼の内容を話した。
『依頼を1つ頼みたい。死神と呼ばれるGMの調査だ。この死神と呼ばれている男は全てが謎であり、唯一わかっていることは魔族が対象の依頼のみを受けている点だ。
死神と共に依頼を受けたGMは高確率で殉死しているため、なんらかの関係があると見ている。これを調査してほしい。
もし魔族と繋がりがあった場合、これはギルドの信用を脅かす事態だ。早急に対処せねばならない。
死神は今このフィレンツェにいることがわかっている。いつまでいるかは不明だ。
死神は主に南区支部に現れる。南区支部に行き、依頼を一緒に受けてもらいたい。
またこの依頼はシルヴィア=クロムウェル氏及びその同行者に遂行してもらうことを強く所望する』
「ちなみにこの依頼、依頼主がわからないんです。本来ならこのようなものは依頼として処理しないのですが…」
「何かあるんですか?」
「死神と呼ばれているGMが実際このフィレンツェ南区にいることと、彼と共に依頼を受けたものが高確率で殉死しているため整合性はとれています。よって特例ですが依頼を発注させて頂きました。ご容赦ください」
「どうするシルヴィア」
「依頼として発注されたからには受けなければね。その依頼、受けさせて貰うわ」
「承知しました」
シルヴィアは受付から依頼書を受けとる。
「じゃあ行こうか」
「気を付けてくださいませ」
「本当に大丈夫なんでしょうか」
ウェンが不安そうな声を上げる。
「受けてしまったものはしょうがないわ。どうするかを考えましょう」
「とりあえず孤児院に行こうぜ」
エリーも一抹の不安は感じながらも孤児院へと案内を始める。
そのせいだろうか。
エリーたちを見つめる黒い影にエリーは気付かなかった。