姉妹の再開
「秩序の守護者殿ですな。話は通っております」
「無理を通してくれて感謝するわ。リズね……リズ大司祭はどこなの」
翌日、リズ大司祭との対談をすべく大聖殿へと足を運んだエリーたち。
通してくれるのはマキナとアリシアだけではないかと危惧したが、エリー、シルヴィア、クローヴィスも問題なく通してくれた。
「大司祭様は執務室に居られるはずです。本来ならば執務室でお迎えするべきですはありませんが、何せ就任は昨日。無礼をお許しください」
「そーゆーのはいいのよ。向こうにもあまり気張ってほしくないし」
『姉』との再開を目前に、ワクワクが隠せないでいるマキナ。
案内役に連れられ大聖殿を進む足の歩みも自然と速くなっていく。
「すみません。少し質問していいですか?」
「答えられることであれば」
ずっと気になっていたことがあった。
堪えるべきだったかもしれない。しかし、見知らぬ町だ。任務のためにも疑問は解消した方がいい。
「この町はどうしてギルドに対して寛容なんでしょうか。他の優先すべきことを排してまで、ギルドの要望に応えるのは少し不自然だと思いまして」
案内役の男は黙り込んだ。
訊いてはいけないことを訊いてしまったのではないかと焦る。
「7年前になります。とある少女のお陰でこの町はギルドにより再建できました。あの日を知っているこの町の者はみなギルドと少女に感謝しています。スラム街を無いものにするわけではなく、この町全体の生活水準を向上させ、結果的にスラム街を無くしたのです。だからこそ、この町はギルドへの感謝を忘れていません。それは大聖殿の人間とて同じ。ギルドが優先されたのは、そのような理由があるからです」
マキナはギルドの職員にスラム街をなんとかしてほしいと頼んでいた。
それをギルドは責任をもって遂行したのだろう。
「……そうですか。ありがとうございます」
「いえ、このくらいなら。……到着しました、執務室になります」
気がつけば執務室の前だった。
「それでは私はこれで」
案内役の男はそそくさと行ってしまった。
「……『ギルドの威信にかけて、君の願いを叶えよう』。――まったく、やってくれたのなら言いなさいっての」
「よかったね、マキナさん」
アーカマの平穏の裏にはマキナの願いと、名もなきギルド職員たちの奮闘があったのだ。
「さぁ、行くわよ」
マキナは執務室の扉に手をかけ、それを勢いよく開けた。
◆◆◆
「よくお出でくださいました。大司祭兼
「リズ姉さん!」
マキナは執務室の部屋を開けると、長い髪に落ち着いた雰囲気の美しい女性――リズの言葉が終わる前に彼女に呼び掛けた。
「ま、マキナちゃん……?」
リズはまさかマキナだと思わなかったのか、目を見開いている。
「リズ姉さん。ただいま……!」
「本当に、マキナちゃん、なんだね……」
広場の時のような人の上に立つ責任に満ちた声とは違い、1人の『姉』としての声でマキナに呼び掛けるリズ。
「マキナさん、良かったな。『姉』と再開できてさ」
「うん。2人とも、本当に嬉しそう」
クローヴィスの言葉に頷く。
クローヴィスの『姉』もクローヴィスのことを想っていると伝えたかったが、それは言えなかった。
「マキナちゃん。再開を祝してさぁ! 私の胸に飛び込んでおいで! さぁ、妹よ! 」
……あれ?
リズの反応は自分の予想していたものと異なっている。そして既視感がある。
「親近感を感じるわね」
そうか、変態か。
シルヴィアの場合は部屋に忍び込むなり、風呂に乱入したりとしているが、リズとは方向性が違うだけでやっていることは似通っている。
「……変わんないねリズ姉さん」
「これでも変わったほうだよ。7年も経てば、色々あるし」
2人の間に流れる沈黙。
7年という年月が、それだけ大きいものだと実感させる。
「ね、マキナちゃん。彼氏とかできた?」
「は、え? そ、そう言うリズ姉さんはどうなのよ!?」
慌てふためくマキナ。そんな彼女の姿が珍しい……わけでもなく、割と弄られている彼女は怒ったり驚いたり忙しそうにしている。
「私ね、結婚したよ」
「けっ、結婚!?」
またまた驚くマキナ。
根っ子は真面目で優しいくせに素直になれず、ちょっかい出すといい反応してくれる彼女は弄りがいがあるとカナヒメは言っていた。
「その、旦那は誰なの?」
「多分ここに案内してくれた男性がいると思うけど、その人」
「えぇ!? あの人!?」
さっきから次々とマキナの表情が変わり、見ていて飽きない。
「後で挨拶しなきゃ」
「いいよマキナちゃん。あの人、意外に恥ずかしがり屋だから」
リズはにっこりと笑った。
「マキナちゃんのお友達とも放したいところだけど、ごめんね。あまり時間がなくて……」
「いや構いません。我々こそ忙しい中時間を割いて貰っている。感謝するならばこちらです」
今回はアリシアが対応する。
爵位があるわけではないが、世間一般では貴族と同等の扱いを受けているアリーヤ家の子女だけに、アリシアの対応もしっかりしている。
リズはそんなアリシアを見て、一瞬笑みを溢すと
「ではここからは大司祭、リズ=スフォルツァとして話します」
直前までの優しげな声から一転、真剣な声音へと変貌を遂げた。
「……秩序の守護者No.8、マキナ・アモーレ」
「そして秩序の守護者No.18、アリシア・アリーヤ。ここに参りました」
仕事モードで2人はそれぞれ名乗る。
「ギルドはこのアーカマに、何の要求があるのでしょうか」
「ギルドは宗教都市アーカマに、"魔槌アイムール"を要求します」
細かい話抜きと言わんばかりにマキナはリズに言い放った。
リズは"魔剣"を要求されるとは予想していなかったのか、驚いたように口を開いている。
「それはできません。……例え、他ならぬマキナちゃんの頼みであっても」
「それは……何故」
「"アイムール"は私たちの町では神聖な物として祀られております。町の象徴であり、誇りであり、敬うべきもの。……申し訳ありませんが、"アイムール"は譲れません」
そうですか……とマキナは俯いた。
今回の任務、実を言ってしまうと完遂する意味はない。
だが任務の失敗が続いているアリシアの汚名返上をさせなければならない。少なくともマキナはそうしたいと考えている。
一瞬だけ静かになった執務室に、外からの騒音が聴こえてくる。
「アモーレ、気にするな。落ちた信頼は私自身の手で取り戻す。だからここは退くべきだ。他人の大切なもの奪えるほど、私の神経は図太くない」
「アリシア……わかった。であれば、我らギルドは"魔槌アイムール"から手を引きましょう。他人の大切なものは奪えません」
きっと、これでいいのだろう。
"レイヴン"から睨まれるかもしれないが、だからどうしたと言うのだ。
そもそも信用の欠片もない"レイヴン"に手を貸すことがおかしいのだ。
「感謝します。…………さて! 気難しい話は終わり! 今日は大聖殿に泊まってってね、マキナちゃんのお友達とも話したいもの!」
一瞬で切り換え、明るい顔を見せるリズ大司祭。
成人した大人の女性ではあるが、所々妙に子供らしい。その子供らしさ、明るさが、人々を導くにあたって有効に働いているのかもしれない。
(……外がやけに騒がしい)
エリーたちが大聖殿に来た後に、大司祭の就任を祝して祭か何かをやっているのだろか。
――祭にしては、悲鳴らしきものが聞こえるの。
(どうだろう……。わからない)
「エリー」
クローヴィスが小声で話しかけてきた。彼も外のことが気になって仕方ないらしい。
「わかってる。後で見てみよう」
どうも嫌な予感がする。
「それじゃあマキナちゃんたちの部屋を
「リズ! 大変だ!」
執務室にリズの言葉を遮って入ってきた男は、先程エリーたちを案内した男――つまりはリズの夫だ。
「ど、どうしたのアラン!?」
アランと呼ばれた男は真っ青な顔でこう告げた。
「この町の四方にそれぞれ魔族が現れてそれぞれ門を破壊、それに乗じて魔物が入り込んできたッ!」
予感が悪夢へと変貌した瞬間だった。




