かつては敵、今は友
シルヴィアとカナヒメがぐだぐだ話す箸休め回
『これはこれは……美味いのう!』
「あなた料理を食べる度に嬉しそうね」
満面の笑みで料理を頬張るカナヒメを少し呆れた目でみるシルヴィア。
ここは大聖殿……ではなく、広場の近くにあるとある酒場だ。
あの後大聖殿に向かったのはいいが、流石に時期が悪く門前払いを食らった。
ただ秩序の守護者が直接来たとのことで、大聖殿側は急遽予定を変更し明日には会合が開けることなった。
そのため、エリーたちは1度解散し町を好きに回ることにした。
マキナは故郷の町を隅々まで見に行き、アリシアはやることがないからとマキナについていき、クローヴィスはオルクスに連絡するとギルドへと向かって行った。
そんな中、エリーとシルヴィアは食事でもしようと近くの酒場に寄ったのだが、カナヒメがこの時代の料理を食べたいと表に出て来て今に至る。
『妾の時代も美味なものは多かったが、この時代も多くていいのぅ』
「食べ過ぎじゃないかしら……」
とうにシルヴィアの食事は済み、後はカナヒメを待つだけなのだが彼女は食べ終わるどころかさらに注文を重ねている。
……財布の中身が不安になってくる。
ここはカナヒメの意識を食事から移そう。
「カナヒメ、相談があるのだけど」
『なんじゃ?』
と言っても内容が浮かばない。
『エリーのことかの?』
「ええそうよ」
『だと思うたわ。そなたはエリーのことなると見境ないの』
エリーのことで思うところはあったが、カナヒメに相談するものでもなかった。
しかし、ここは己の財布を守るため打ち明けねばなるまい。
もっともエリーの性格からしてシルヴィアに奢らせることはないと思うのだが、誘ったのはシルヴィアだ、できれば自分が払いたい。
ちなみに、エリーだけではなく全員食事に誘っているのだが他の3人はそれぞれの理由で断ってしまっている。
「それでねカナヒメ。私、エリーに色々とアプローチかけているんだけど、エリーの反応がないのよ」
『そういうことか』
「そういうこと、じゃないわよ。あそこまで無反応を貫かれると、エリーはもしかしたら男の人が好きなんじゃないかなって思ったりもするのよ」
エリーの部屋に忍び込みベッドに潜り込んだり、シャワーに突撃したりとあの手この手を尽くしているのだが。
『ベッドに潜り込んだり、シャワーしている際に突撃するからじゃろう。エリーが部屋に鍵をかけるようになったのもそなたが忍び込むからじゃ』
新たに頼んだ海鮮パスタを胃袋に納めながらカナヒメは呆れた目をして言った。
『そもそもエリーは男色家ではないぞ。至って普通じゃ』
「ならよかったけど。……それより、エリーに聞かれてないかしら、この会話」
『安心せい、既に感覚は切ってある。……のじゃが、体の所有者はエリーじゃからの。その気になれば強引に体の支配権を奪えるはずじゃ』
海鮮パスタの7割を既に消えさせたカナヒメは、手元にあったコップに入った水をぐいっと飲み干した。
『そもそもなぜ妾に訊く? マキナちゃんなりアリシアなりおるじゃろう』
「その2人じゃダメでしょうよ。マキナは不器用過ぎるし、アリシアは恋より武術じゃない。となると今いる面子で恋愛相談できるのカナヒメしかいないのよ」
『妾も恋愛経験が多いわけではないぞ……』
と言ってもフィレンツェに残った面子で恋愛相談に応じれそうなのはあまりいない。
マリーなら相談にのってくれそうだが。
『そもそも二十歳になるまで恋愛のれの字も知らないことがおかしいとは思わぬのか? 近くにギュンターとかウェンがいたじゃろ』
「あの2人はなんか違うのよね。確かに2人とも別ベクトルでかっこいいと思うけど……私としては家族というか、姉弟みたいなものなのよ」
もちろん2人とも大好きたが、エリーに対する大好きとはまた違う。
また、シルヴィアの恋愛経験の無さはなまじ2人とも顔がいいために、シルヴィアに変な虫が寄らなかったのも原因のひとつだと言える。
『ちなみにその"きょうだい"のニュアンスはそなたが姉か?』
「当然よ」
頼んだミルクティーが届き、ストローでちまちま飲む。
普段はストレートばかりだが、たまにミルクもいいかもしれない。
……ちなみに、シルヴィアたち3人の中ではシルヴィアが一番誕生日が遅い。
「でもあの2人は私を妹だと思ったるのよね。特にギュンターなんか、ハンカチは持ったかとか髪は整えたかとか色々とうるさいのよ、私のお母様か何かかしら」
『それだけ大事に思われておるのじゃろうて。シルヴィアもそうではないのか?』
「そうだけど……。あの2人も私に縛られないで生きて欲しいのよ。あの2人も誰かを好きになればいいのに」
ぜひそうするべきだ。
シルヴィアはそう思いながら、ミルクティーをストローでかき回す。
『仮に、じゃが。もしエリーのことを好きな人がそなた以外に出てきたらどうするつもりなのじゃ?』
レベッカのように、だろうか。
「私はね。誰かが誰かを好きになるのは、とっても素敵なことだし、誰にも止められないことだと思うの」
『ほう』
「そしてそれを咎める権利は私にはないわ。ただ……」
『ただ?』
「私に1度話を通して欲しいわね」
レベッカなら別にいくらでも構わない。むしろ2人がかりでエリーに色々したい。
『はぁ。意外とシルヴィアは嫉妬深いようじゃな。逆に、誰かがそなたに告白してきたらどうするつもりかの』
「丁寧にお断り申し上げるわ。私はエリーしか見ていないの」
その言葉に少し危険なものを感じるカナヒメ。
シルヴィアがエリーをただ盲目的に愛しているわけではないのは確かなのだが……。
「カナヒメはどうなのよ。一国のお姫さまなら許嫁とかいたんじゃないの?」
『いたぞ。まぁ婚姻の前に人間としての妾は死んだわけじゃが』
「どんな人だったの?」
顎に手を当て、少し悩む。
『思い出せぬ。悪い人ではなかったのは確かなのじゃがのぅ』
「それは残念ね……」
『なにぶん、何千年と生きておるからの。流石にそんな遥か昔のことははっきり覚えておらぬよ。それに妾が生きておるのは"今"じゃ。いつまでも過去に囚われたままではいられぬ』
許嫁とはいえ、彼と顔を会わせたのは数回しかない。
もはや顔すら思い出せないが、自分がいなくなった後に彼はどうしたのかは気になるところではある。
……と、カナヒメは今度は山菜パスタを頼みながら邂逅する。
「……今度、アリシアと服を買いに行こうかしら」
『ほぅ。それは何故に』
「アリシア、せっかく可愛いのに飾り気のない服しか着ないじゃない。そんなのもったいないわ」
カナヒメは思った。
シルヴィアはとてつもないお人好しだと。前からエリーはシルヴィアのことをお人好しだとは言っていたが、こうして1対1で話すとよくわかる。
『そんなことしてシルヴィアに何の得があるのやら』
「あるわよ。可愛い子を可愛く着飾って悦に浸れるじゃない」
予想の斜め上を行く返答に会話と食事の両方が止まる。
とはいえ、それでもシルヴィアに対する見返りは少ないだろう。
……カナヒメはまだエリーの他者に対する献身を全て認めたわけではない。エリーやシルヴィアたちを認めたから力を貸しているだけだ。
ただ、少しずつではあるが、かつて人だった頃のように他者のために動くことも悪くないと考え始めている。
『よく考えてみれば、ついこの間殺しあった妾たちがこうやって食事を共にしておるのもおかしな話じゃな』
「昨日の敵は今日の友ってね。お互い本気でエリーのことを想って戦ってたもの。それに、あなたの言葉は私に届いた、あなたの叫びは私に響いた、あなたの憤怒は私を目覚めさせた。――エリーのことを想ってくれていたのなら、私があなたを嫌いになる理由はないわ」
そうか。そういうことか。
エリーが惚れ込むのも納得かもしれない。お人好しで、馬鹿で、そしてお人好しだ。
『……ふっ、そうか。そなたは本当にお人好しじゃな。本来ならば、妾は存在を消されてもいいはずなのに』
「ええ。私はお人好しだもの」
屈託のない笑みを見せるシルヴィア。
自分の感情が最優先なのに、常に他者を思いやる。ある意味ではエリー以上に矛盾を抱えたシルヴィアだが、それもまた彼女らしいところか。
『……そろそろ時間か。他のみなも宿に戻っておるじゃろうて』
「あら、もうそんな時間なの? ……エリーとほとんど話してない気がするわね……」
そう言えばそうだったと苦笑する。
ついつい長話してしまった。そして目下に広がる皿の山に戦慄する。
『シルヴィア。……その、すまぬ』
「だ、大丈夫よ。元々は5人で食べる予定だったし、うん」
なんとか会計を済ませ、酒場から出るカナヒメとシルヴィア。
『では、体をエリーに返すとしようかの』
カナヒメは一瞬目を瞑る。
そしてその目が再び開けられ、体の支配権がエリーに移ったことがわかった。
「……お腹、重い…………」
「エリー大丈夫!?」
「カナヒメ、どれくらい食べたの……」
体を渡された途端に悶え始める。
普段エリーが食べる量の数倍をカナヒメは食べていたのだ、エリーがこうなるのも当然だ。
「……はぁ、そんなに? 食べすぎじゃない……? というかシルヴィア、お金大丈夫? せめて僕の分だけでも」
「だ、大丈夫よ。何てことないわ。だって公爵家の子女よ? ご飯を奢ったくらいで財布が寒くなるわけないじゃない!」
「 ……ならいいけど」
もちろん、嘘だ。
現に財布の中身は悲惨であり、実家からの金銭的支援はシルヴィア自身が断っている。
それをエリーは知っているため、もしかしたら今のシルヴィアの財布の惨状は察しているかもしれない。
つまりはシルヴィアの顔を立ててくれたのだろう。
「さぁ、はやく宿に行きましょうよ。みんな待ってるわ」
「そうだね」
こうしてエリーとともに居られればそれで十分だ。
何があっても支えると決めたのだ。永遠すら超え、それでもなお自分を想い続けたエリーに少しでも報いることができるように。
「シルヴィア、何で笑ってるの?」
「ふふっ、なんでかしらね」
自分より少し背が低くて、髪は栗色。幼さの残る少女のような顔立ちに桜色の唇。強い意志を秘めた目は茶色と紅色のオッドアイだ。
大切で、愛しくて、どうしようもないくらい大好きな人。
「ね、エリー。抱きついていい?」
「えっ。ここじゃダメだよ……」
意外にも好感触で思わず驚く。
確かに広場は人が多く、恥ずかしいのだろう。なら宿に着いたら抱きつこう。
「シルヴィアのことは僕が守るから」
「なら私は私を守るエリーを守るわ」
おあいこだねと微笑みあう。
ああ、幸せだ。
夕焼けが広がる広場を見てふと思う。
「じゃあ行きましょうか」
エリーの手を取り、夕焼けで黄金に染まる髪を掻き分け、駆け出した。




