宗教都市アーカマ
エリーたちはアーカマの東門から町に入ろうとした、のだが。
「待て。何者だ」
門番と思われる男に止められた。
甲冑に六枚の翼を抱いた女性が描かれている。これはアークナ教のシンボルとのことだ。
「秩序の守護者No.8よ。身分証明ならこれで十分でしょ」
マキナが門番に何かを投げた。
「……秩序の守護者だということは間違いないようだな。通っていいぞ」
門番はマキナにそれを返すと、東門を開ける。
「さっさと行くわよ」
マキナを先頭にエリーたちはかの宗教都市へと足を踏み入れた。
◆◆◆
アーカマに入ってすぐ、マキナは
「なんで門番をつける必要がある? そもそもなんなこんな……!」
訝しげな顔で辺りを見渡した。
周囲は家々があるだけで、別に変わったところはどこにもない。
……いや、ひとつだけ謎の大きな建物があった。
「この町で何かあったわけでもなさそうだ。ただの検問ではないのか?」
町には特に変わったところはなく、あるとすれば中心部にある大聖殿くらいだ。人々の顔も怯えたりしているわけでもない。それに町の隅から隅まで清掃されているようで町中綺麗だ。
他の同規模の都市と比べて少々静かだと思いはするが、宗教の町ということを加味すれば理解できる。
「違うのよ。この町は……!」
何かを言いかけてはっとするマキナ。
「マキナさん。この町のこと、知ってるよね……?」
彼女は間違いなく、この町のことを知っている。
なぜ隠しているかは不明だが。
「知ってるわよ。なにせ、あたしが育ったとこなんだから……」
マキナが育った町。
それにしては故郷に帰ったような顔はしていない。
言い換えれば、嬉しくなさそうなのだ。
「はぁ……。隠してても仕方ないし、話すわよ。この町にいたころのあたしを」
大きな溜め息をつくと、マキナは静かに語りだした。
◆◆◆
あたしのいた頃のこの町は、今からじゃ考えらんないくらい酷かったわ。
宗教都市なんて語っていたけど、それは外面向けの話。
"とてもお美しい"中心部から、町の外れになればなるほど貧しい人たちがいるスラム街になってったのよ。
人は平等だと説く人間は中心部にて豊かな暮らしを傍受し、その日を必死に生きる人間はスラム街で中心部の人間を憎み、妬む。
――平等なんて、そんなもの最初から存在しなかったのよ。
あたしは、そんなスラム街生まれだった。
口減らしでしょうね……親に捨てられ、味方がいなくなったあたしは、1日を生きるのに必死だった。
まぁ、親がいない子どもはあたしだけじゃない。別段珍しくもないもの。
あたしと同じように親がいない子どもたちは、あるひとつの廃墟を根城にしていたわ。
それがあの大きな建物がある場所にあったのよ。
今はもう、無いみたいだけど。
その廃墟では、まだ年端もいかない少年少女が助け合って生きていたわ。
全員が協力し合わないと死ぬだけだったし。
それでも死んじゃう子はいた。
病気や怪我……治療を受けられるはずはないし、本当、諦めるしかなかった……。
ただ死ぬだけが別れでもなかった。誘拐される子もいた。今はどうなってるか、考えたくもないわ。
そんな中、あたしはひとつだけ他の子と違うことがあった。
そう、魔力よ。それに魔術。
ある時は中心部の町へと忍び込み魔術の本を盗み、またある時は魔術師が唱えた魔術を見て覚えた。
生きるためだった。魔術で芸のひとつでもやれば金は稼げたから。
稼いだ金は他の子たちと共有した。独占なんてできるわけないし、したくなかった。
ただ、その金稼ぎも完璧とは言えなかった。
魔術の本を盗んだって言っても、当時のあたしは全部読めたわけじゃないわ。簡単な読み書き程度しか無理だった。
だからできたのは初心者向けの地味で、簡単な魔術だけ。
そんなんじゃ飽きられるのよ。次第に芸をやっても、金は手に入らなくなったわ。
だからあたしはまた中心部に行った。
今度はちゃんと読めるように魔術の本だけじゃなくて、勉強するための本も。
でも、悪いことすると罰が当たるのよね。
盗もうとしたところを店員に見つかっちゃったのよ。
「クソガキ! テメェ何してんのかわかってんのかァ!」
大声で怒鳴り散らした店主の親父の顔は今でも忘れないわ。
「ごめんなさいごめんなさい……」
あたしはただ謝ることしかできなかった。
その時、あたしははじめて光を見た。
「もう、欲しいならお姉ちゃんに言いなよ! 店長さんごめんなさい。私の妹が迷惑かけて。これ、代金です」
見ず知らずの女の人がいきなりあたしの姉だと言い張り代金を支払った。
「……!! 姉なら、妹から目を離さないで貰えるか」
その人はあたしなんかと違ってちゃんとした服装で、顔立ちや髪の色だって違くてどう見ても姉妹には見えなかったのに……。
きっと、店長もわかってたと思うわ。
その人はあたしに自分が代金を払った本をあっさりと渡し、笑顔で言い放った。
「全く、そういうことしたらダメなんだぞっ!」
これがあたしの大恩人――リズ姉さんとの出逢いだった。
リズ姉さんは中心部に住むいいとこのお嬢さんで、あたしたちスラム街の住人なんかが見るはずのない人なの。
「そっかぁ。……私、何も知らなかったんだね」
リズ姉さんは中心部の住人なのに、嫌みも何もなくて本当に優しい人だった。
それから何度かリズ姉さんと会って話してたけど、本当に裏がない人というか、底抜けに明るかった。
「マキナちゃんは、なんで1人になったの?」
「家族に捨てられたのよ」
「あ、ごめんね……」
「別に気にしてないわよ。あたしも、リズさんみたいな中心部の人間がいるなんて知らなかったし」
それまでのあたしにとって中心部の人間は平等を謳いながら富を貪る屑みたいなやつらだと思ってたからリズ姉さんみたいな人はいないと思ってた。
「マキナちゃん」
「なによ」
「私のことお姉ちゃんだと思って!」
「……は?」
いきなり何言い出すんだと思った。
「家族がいないなら私が家族になる! 今日からマキナちゃんは私の妹だからねっ!」
「姉妹……」
「そう!」
……信じられなかった。
スラム街の住人を家族だと言い張る愚か者なんて。
でも、あたしはリズさんの言葉が怖かった。
甘い言葉に連れられていなくなった子を知ってたから。スラム街の人間を「飼う」中心部の人間の戯れか何かだと思ってたから。
「ごめん……!」
「待って、マキナちゃん!」
リズ姉さんから逃げ出していつもの根城へと帰ったあたしは、リズ姉さんがくれた本を読めなかった。
恩人から逃げ出して、その人から渡された本なんて、読めるわけなかった。
でもあの人は、1度逃げられたくらいでめげなかった。
どこで知ったのか、リズ姉さんはあたしがいる廃墟までやってきたのよ。
「マキナちゃん!」
「アンタ……何やってるのよ! こんなところまで来て!」
驚いてリズ姉さんの近くまで寄ると、いきなり抱きついてきた。
「マキナちゃんごめんね……。私、マキナちゃんの気持ちを考えてなかった……! 信用できないよね。いきなりあんなこと言われても……!」
「もう……いいわよ……。あたしも悪かったわ」
本当に馬鹿な人だと思った。
治安が悪いスラム街まで1人で来るなんて。何かあったらどうするのよ。
「……リズ姉さん」
「マキナちゃんいまなんて?」
「リズ姉さん!」
その時のリズ姉さんの顔は忘れられないわ。
馬鹿みたいに嬉しそうな顔してたわ。泣いてたけど。
「……あたしの根負けよ。だから、色々と教えて、リズ姉さん」
「わかった! わかったよぅ!」
それからの日々はうってかわって充実した日々だった、
リズ姉さんに文字をちゃんと教わり、その文字で本を読み、知識をつけていく。そうして得た知識は廃墟の子たちにも教えてた。
今思えば、こうした経験があったから魔術研究所で働けているのかもね。
それからのあたしは魔術を覚え、魔術師として生きていけるだけの実力はつけた。
当時のあたしはその魔術で廃墟の子たちを守り、魔術でさらに派手な芸をして日頃の金銭を稼いでいた。
リズ姉さんは、それを見て嬉しそうにしていたわ。
あたしとリズ姉さんは本当の姉妹のように、家族のようだった。大好きだった。
……リズ姉さんのことが大好きだったのに、あまり素直になれなかったのはあたしの悪いところだったんだけど。
そして、あの日がやってくる。
あたしが13歳だったころの話よ。
魔術師として順調に成長していたあたしの元へ、ある人間たちがやってきた。
ギルドの人間よ。あたしの魔術の噂を聞きつけやってきたのよ。
「君の魔術は素晴らしいものだ。この大陸の秩序と平和のため、力を貸してくれないか?」
秩序の守護者への勧誘。
その説明をされた時はなんであたしがって思ったけど、どうやらあたしはそこらの魔術師では不可能なほど連続して魔術を唱えたいたらしいわ。
あたしは悩んだわ。ギルドが提示した条件はあたしの生活を変えるほどのものだったけど、そうしたらこのスラム街で一緒に生きてきた子たちを見捨てることになる。
それにリズ姉さんと会えなくなるかもしれない。
でも、あたしは決めた。この町と同じように苦しめられている人たちがいるなら、あたしの力で助けることができるかもしれないと。
そのためにはもっともっと勉強して強くなる必要があるって。
だから、あたしはギルドと約束を交わしたわ。
『秩序の守護者となる代わりに、この町のスラム街を救う』
それを条件として、あたしは秩序の騎士になった。
そしてこの町を去るときに、リズ姉さんがやってきた。
「マキナちゃん。ギルドの人たちとここを出るって本当なの?」
「……うん。リズ姉さんのお陰であたしは世界の恵まれない子どもたちを救うために戦うことができる」
正直、悲しくて哀しくて泣きそうだった。
あたしにはじめて出来た、本当の『家族』だったから。
でも振り返るわけにはいかなかった。
「……わかった。お姉ちゃんなんだから、妹の意志は尊重しないとね。無理はしちゃダメだよ」
「わかってる」
リズ姉さんは懐から1枚の紙を取り出した。
その紙には何かが書いてあった。
「マキナちゃんのラストネーム、考えたの。私のと一緒にしたかったんだけど、それはできなくて。だから、私なりに一生懸命考えたっ!」
私の本当の姓はアモーレではないわ。これはリズ姉さんがくれたものよ。
本当の姓は、家族に捨てられた日に捨てたわ。
「マキナ・"アモーレ"。"愛"に溢れた人生で、日々でありますように……!マキナちゃんを"愛"する人が現れるように……!!」
涙が止まらなかった。リズ姉さんは本当にお人好しで馬鹿で、とっても、優しい人なんだから……。
「マキナちゃん元気で! 絶対、帰って、くるんだよ!」
「リズ姉さんも……! あたしが帰ってくるまで絶対に元気でいて!!」
あたしたち姉妹の絆は絶対だと忘れないように、例え何千何百の昼と夜が訪れても忘れるものかと脳裏に焼き付けた。
それが8年前、あたしが秩序の守護者となった日よ。
◆◆◆
「以上、あたしがこの町にいたころの話よ。……どうしたのよアリシア」
「すまない……この手の話には弱いんだ……。しばらくそっとしておいてくれ……」
自分の過去を話したマキナは涙ぐんでいるアリシアを心配すると、かつて自分がいたという廃墟だった場所を見上げた。
「マキナさん。……ごめんなさい、何て言ったらいいか」
「無理に言葉にする必要はないわよ。ただ、今のあたしがいるのはリズ姉さんのお陰。また会えるといいな……」
マキナが本当にリズという人物を慕っていることがわかる。
彼女は本物の『家族』を得られたのだから。
(……僕の両親はどんな人だったんだろう)
7歳の頃に魔族に両親を殺されたのだが、それ以前の記憶かないのだ。
シルヴィアたちにそれ以前のことを話したことがないのも、話したくないからではなく『話せない』からだ。
両親を殺されたショックで記憶を失ったものだと思うのだが、あれから12年は経過しているしそろそろ少しずつ思い出せそうなものなのだが、なかなかそうもいかないらしい。
「マキナが優しいのはリズさんの影響でもあるのね。あと、お姉ちゃんって響きよくないかしら? エリー、試しに私をシルヴィアお姉ちゃんって呼んでみてくれると嬉しいわ」
「ほんとブレないわねアンタ。まぁその方がいいけど」
シルヴィアもマキナの話を聞いて感傷的になってはいた。ただそれだけで終わらないのがシルヴィアだ。
彼女らしいと言えば彼女らしいのだが、たまには真面目になってほしい。
「家族に捨てられた、か。俺とは大違いだな……」
『家族』への反逆のため、『家族』の元から去ったクローヴィスはまた違う感想を抱いていた。
クローヴィス自身が語ったわけではないが、彼の過去を知るエリーからすればいつかクローヴィスも家族と和解をして欲しいと願っている。
「昔話も済んだし、さっさと大聖殿に行くわよ。とっとと"魔剣"を回収しないと」
「あぁ、行こう」
涙ぐんでいたアリシアも元に戻り、大聖殿へと向かう5人。
話をつけるだけなら、大したことないはずだ。
◆◆◆
――大聖殿前広場。
前までくると、改めてその大きさが実感できる。
ギルド本部と同じくらいの大きさだろうか。こんな施設があってもアークナ教の総本山ではないというのだから恐ろしい。
「それにしても人が多いわね」
「なんか今日は重大なお知らせかなんかがあるらしいぜ」
大聖殿前広場は人で溢れかえっていた。あまりの人の多さに人酔いしてしまいそうだ。
周囲の人々の話を聞いてみると
「市長と大司教兼任するってんだからすげぇな」
「7年前のあの日からこの町を治めると本気になったらしいぞ」
「7年前か……あの日からこの町は一気に変わったな」
「今じゃスラム街もない。平和で安全な町になった。ギルドも捨てたもんじゃないな」
どうやら新しい町のトップが決まるらしい。
「タイミング悪いわね」
「むしろ好都合よ。市長になって日が浅いなら、変な考えが凝り固まってないはず」
先程の市民の話を聞くとこのアーカマという町はギルドに恩があるらしい。
したくはないが、その恩に漬け込んで"魔剣"を回収する……ということもできなくはないだろう。
とはいえ市長になったばかりでは色々と忙しそうだ。交渉できるのは何時になるのかは定かではない。
「始まるみたいだぞ」
「どんな人なんだろ」
広場から見上げる形でエリーたちは大聖殿を見る。
そこには発表用のものと思われる高台があった。
「ここに新たに市長として、名を連ねる者を発表する!その者は大司教を兼ねて統治する!」
司祭の1人と思われる男が前に出た。
「宗主アークナの教えに従い、これより継承式を実行する!」
1人の女性が前に出た。
「リズ、姉さん……!?」
マキナが絶句した。
「今日この日よりこの町を導く命を承った。リズ=スフォルツァです」




