オウレリア街道
右から飛びかかってきた狼の魔物をエリーは見逃さなかった。
「そこだッ!」
背後に待機させておいた剣三振りを、猫がひっかくように振り下ろす。
「――――ッ!」
剣は的確に狼の魔物を切り裂き、地面を赤く染める。
「――ガァッ!」
今度は左から今倒したのと同種の狼の魔物が、エリーの首筋に牙を立てんと飛び掛かる。
「甘い!」
それに対し六振りの剣を重ねるように出して狼の魔物から身を守る。
狼の魔物は突如として現れた剣の壁に対応できず、それにぶつかり動きを止めた。
「終わりだ!」
その動きを止めた一瞬を見逃さず、上から剣を雨のように降らせてハリネズミのような姿へと変身させてやる。
「……こんなものかな」
今しがた倒した魔物が魔力の粒子へと還るのを見送ると、呼び出した剣を戻しエリーは近くの石へと腰をおろした。
魔物を排したことを確認したのか、後ろから足音が聞こえる。その数4。
「カナヒメとは一度戦ったからわかっていたことだけど、やっぱりすごいわね」
「狼の魔物は10体ほどいた。それを無傷で倒すとは、流石は魔剣か」
「カナヒメがいなくてもエリーなら無傷で切り抜けるだろ」
「力を使いこなしたいって言うからあたしたちは引いてたけど、もうこれからの戦闘はエリー任せでいいんじゃない?」
シルヴィア、アリシア、クローヴィス、マキナの4人だ。
――オウレリア街道。
この街道の歴史は長く、およそ2000年前にその時代の皇帝の手によって作られたという。
現在も使われているのだが、今エリーたちはその街道から少し離れた場所にいた。
目的はエリーの個人的な理由、"魔剣センチュリオン"に慣れることだ。
「お疲れ様。楽しいのはわかるけど、無理をしてはダメよ?」
シルヴィアが銀髪を揺らし、エリーの隣に座った。
そのままシルヴィアは心配そうにエリーの顔を覗きこむ。シルヴィアの顔がエリーの予想より近かったせいで少しドキッとしてしまった。
「気を付ける。ただ、魔力を消費しない遠隔攻撃って考えると凄く便利に思えちゃってね」
魔力を消費しない分魔術に比べて威力は控えめだが、奇襲性と柔軟性はこちらの方が上だ。
「魔術と魔剣の力、いい具合に互いをカバーしあってるし上手く使えればもっと戦いやすくなるかも」
近、中、遠、全距離制覇だ、と意気込む。
『本来ならば妾が剣の制御を担当なんじゃがな。どうしても、と言うから今はエリーに制御を任しておる』
「あら、そうなの」
カナヒメがエリーの体を借りて喋る。自分の口から発せられた別人の言葉を自分が聴く、というのもおかしな話だが、カナヒメの声は自分とはだいぶ違い妖艶なものだ。
『普段はエリーが戦い妾が援護する、つもりなのじゃがなぁ』
カナヒメの言うとおり普段はエリーがいつも通り戦い、それにカナヒメが自身の力で援護するという戦法だ。
「でも、僕もある程度使えたら便利かなって。カナヒメにはまだまだ及ばないけどね」
まだまだ自分は未熟だ。だからこそ鍛えぬく。
新たな目標を手に、エリーは仲間とともに宗教都市アーカマへと急いだ。
◆◆◆
――深夜。
あと徒歩で半日ほどの距離まで進み、後は明日歩こうとその日は野宿になった。
「マキナさん、交代の時間だよ」
「ん……エリーか。それじゃ、あたしは寝るわね」
魔物が出る可能性もあり、野盗がいないと決まっているわけでもないので野宿の際はこうやって順番に見張りを立てている。
「よっこらせっと」
近くにあった岩へと座り込み、辺りを適当に警戒する。
これから数時間見張りをするわけだが、その間の暇潰しが一番の問題だ。
カナヒメがいるから話し相手には困らない……というわけでもなく、彼女も寝てしまっている。
彼女自身は眠る必要はもうないらしいものの、「眠りたいから寝る」らしい。
どうしようかなと周りを見ながら考えていると
「……エリー。ちょっといい?」
テントに戻ったはずのマキナが戻ってきた。
マキナはこちらに歩いてくると、エリーが座っている岩に腰をおろした。
「マキナさん?」
「前からアンタに聞きたいことがあったのよ」
聞きたいこととはなんだろう。
「聞きたいことってのは、アンタの魔術のこと」
「僕の魔術?」
別に特別なものはないはずだ。
むしろ魔術師としてはマキナ方が格上だ。
「エリー。アンタの得意な魔術の属性って何よ」
「火と雷かな。地属性もそれなりに」
元々使えていたのは火属性と雷属性。それに後からウェンから教わることにより地属性も扱えるようになった。
残念ながら水属性及び天属性は苦手だったため、使わない。
「……今まであたしやウェンが固くなに雷属性の魔術を使わなかった理由わかる?」
「苦手だから、じゃないの?」
エリーの魔術の師であるウェンとマキナにも苦手な属性は存在する。
ウェンは水と地属性を得意としているが、火と天属性は苦手だ。マキナはそれとは真逆の火と天属性を得意としながら、水と地属性は苦手としている。
……そう言えば、2人が雷属性の得手不得手を聞いたことがなかった。
「……違うわ。"使えない"のよ。あたしとウェンだけじゃない、あたしの知りうる限り雷属性を唱えられる魔術師はいない。……この意味がわかる?」
「……通常ではあり得ない魔術ってこと?」
なぜだろう。今、自分は開けてはならない禁忌の扉に手をかけている気がする。
そんなエリーの心境など構いもせず、マキナはひとつ真実を告げた。
「アンタの魔術は"人間では扱えない魔術"なのよ」
「…………」
エリーは言葉を発することができなかった。
"人間では扱えない魔術"……?
「魔族の血の影響なのかなかしらね。魔族が魔術を唱えたという事例はまだ聞いたことないけど、放出くらいならしてるし」
マキナは1人でどんどん進んでいく。
「魔族の血が必要ならマリーさんにも聞いてみる必要がありそうね」
「……逆に質問するけどなんで人間では扱えないのに雷属性という概念があるの?」
扱える人物がいないのなら、そもそも雷属性の魔術の存在すら確認されていないのではないか。
「理論上は存在するだけよ。今まで扱える人材がいなかっただけで」
「そこに僕が現れたと」
「そーゆーこと。あたしはやっぱりアンタの魔族の血が重要だと思ってて……」
ふとマキナが自分の口を塞いだ。
顔には後悔の念が浮かんでいる。
「ごめん……魔族魔族って連呼して。アンタの気持ちも理解してなかった……」
なんだそんなことかと、エリーは優しく微笑む。
「大丈夫だよマキナさん。僕は僕だ。例え魔族との混血でもなんでも……それこそ人じゃなくても、僕の想いは本物だ。だから、大丈夫」
以前の自分なら落ち込んでいたかもしれない。でも今は、シルヴィアや仲間たちと出会い成長した。魔族としての側面も受け入れられた。
自分は自分だと、胸を張って叫ぶことができる。……運命を越えられたと呟くこともできる。
「そっか……」
マキナはエリーの言葉を目を反らさず聴いてくれていた。
「ごめん。アンタも成長してんだね。もう魔族と知ってもへこまないくらい」
「僕だけじゃ無理だったよ。今日この日この時まで出会った人たちから学んできた。だから今ここに僕がいる」
今まで出会った人々と起きた事柄全ては無駄ではなかった。
ふと、マキナは岩から立ち上がった。
そのマキナの顔に少しばかり影があったのは気のせいではないだろう。
「強いね、エリーは。……あたし、もう寝るわ。見張り、頑張りなさいよ」
「おやすみなさいマキナさん」
テントへと戻るマキナを見送り、エリーは再び周囲への警戒に戻る。
気になることはあるが、今は見張りの方が重要だ。
エリーはふと立ち上がると、自身の新たなる剣を手に取った。
◆◆◆
『――はてさて、誰も気づいておらぬようじゃのぅ』
意識の中、カナヒメは1人呟いた。
エリーに寝ると伝えたのは真っ赤な嘘。心は少し痛んだが、今はエリーとの意識の接続を切ってでも考えねばならないことがある。
『なぜ、エリーが妾の力を扱えたか。妾も指摘していないし、誰も疑問を持つことはないじゃろうな』
カナヒメの魔剣としての力は『影』を操る力があってこそのものだ。
本来ならば『影』の力を持たないエリーが"魔剣センチュリオン"の力を自由にできるはずがないのだ。
シルヴィアが"魔剣センチュリオン"を扱えるというのなら一応筋は通るし、試してはいないがやろうと思えば実際にできるはずだ。
『シルヴィアや妾と同じ血筋……というわけでもないしの。本当に謎じゃわ』
実はエリーたちにこのことを話そうとも考えた。
しかしあまりにも謎が多すぎる。言ったところで混乱するだけだろう。
『それに雷属性の魔術。マキナちゃんは勘違いをしておったが、あれは魔族の血があったところで使いこなせぬよ。魔族も元は人間なのじゃからな』
魔族の血が関係ないという理由は、今までの"エリー・バウチャー"たちが『全員』雷属性の魔術を扱えているからだ。
今までのエリーたちのほとんどは後天的に魔族化した者ばかりで、今のエリーのような喪とから魔族の血が流れているということはなかった。
であれば、なぜ扱えるのか。
『雷……神鳴り……。いや、まさかの……』
まさか。そんなことがあるはずがない。
……それだけはあってはならない。
『……考えすぎじゃな。本当に寝るとするかの』
当たり前だが、肉体を持たないカナヒメは睡眠という行為を必要としない。
だが今は脳裏に駆け巡った、ひとつの悪い予感を忘れたいがために眠りについた。
◆◆◆
「せいッ! はぁッ!」
マキナと話してからどれくらい時間が経過しただろう。
剣を素振りしていたら夜が明けていた。
――新たなる剣の名は"エスペランザ"。
『希望』の名を冠するこの剣は"アングレカム"を元に"リベレイター"の要素を取り入れ、それをエリーが扱いやすいよう調整した業物だ。
これは今までの旅の集大成だ。運命を『解き放つ』ために戦い、未来が変わることを『願い』、『希望』を掴んだ今のエリーたちには相応しい剣だろう。
その時、ガサッという草木を掻き分ける音が聞こえた。
「誰!?」
「俺だよ、クローヴィスだ」
クローヴィスかと安心する。
「朝から気合い入ってるな」
「見張りしてるとやることないし、素振りしようと思って。それにカナヒメ……"魔剣センチュリオン"は強いけど、それはカナヒメ自身の力だ。認めて力を貸してくれてるから全くもって僕の力じゃない。とは言えないけど」
"エスペランザ"をちらりと見て、それを握る拳に力を入れる。
「僕も四六時中"センチュリオン"を握っているわけじゃない。持っていない時だってある。そんな時に限って戦う時になったらどうする?」
「まぁ、自分の身ひとつで戦うよな」
「それまでカナヒメに頼りきりで、僕自身の訓練を怠けてたらきっと倒される」
――力に頼りすぎるな。
かつてキニジに言われたことだ。
「……そうか。本当にエリーは努力家だな」
クローヴィスは寝起きの自分を完璧に目覚めさせるように体を伸ばした。
「そうかな?」
「そうだよ。それに、訓練したいなら俺も誘ってくれよ」
準備体操を始めるクローヴィス。
そういえば、何年もクローヴィスと一緒に特訓やら何やらをしていない。
久しぶりにやってみるかと、エリーも楽しくなってきた。
――その後しばらく、剣裁の音が響いた。
特訓も終え、エリーとクローヴィスは草原に寝転がった。
「ありがとうクローヴィス。ギルドとはもう関係ないのについてきて貰って」
「ステュアートに帰るにしてもここの近くは通る予定だったしいいんだよ。そろそろ国王陛下のとこに帰らないと行けないし」
クローヴィスの目的はエリーの奪還で、今はその目的は達している。
「ま、その前に"親友"の手伝いくらいできればと思ってさ」
「……ありがとう。クローヴィスは僕の最高の"親友"だよ」
互いに笑いあう親友。
「そろそろ戻ろっか」
「だな。それにしても腹減ったな」
激しい運動してたもんね、と相槌を打ちテントへと戻る。
会えなくても友情は確かなものだのそう想えた。
◆◆◆
「見えた。あれが宗教都市アーカマだね」
「結構大きい町なのね。あそこが町の中心地なのかしら」
宗教都市アーカマがの全体がよく見える小山にエリーたちはいた。
魔物の侵入を阻むため町の周りを壁で囲み、出入りできるのは壁の各方角につけられた門だけ。
見た目は至って普通の町のようだが、ひとつだけ普通とは異なる部分がある。
町の中心地に一際大きな建物があるのだ。
「あれは大聖殿。あの町の中心地で、アークナ教の聖地よ」
「詳しいんだな」
アリシアが感心したように言う。
「まぁ、ね。んじゃ、さっさと行くわよ」
さっさと進んでいくマキナ。
彼女の顔は普段は明るく、不器用だが優しい人物だと思えないほど険しいものだった。




