魔剣語りし世の理②
『では次は"魔剣"の話でもしようかの。妾自身のことでもある』
「魔剣か。人造魔剣と界造魔剣があるのだったな。人が造ったものと世界が造ったものという違いだけなのか?」
アリシアの問いにカナヒメは首を横に振った。
『界造魔剣は、世界が己の安定のために産み出した楔のようなものじゃ』
「安定のため……?」
『世界は魔術により常に書き換えられておる。故にどうしても綻びが生まれてしまうのじゃ。綻びと言うても微々たるものじゃが、それが積み重なればどうなるかわかるじゃろう?』
衣服に開いた穴を無視したらその穴が広がり着られなくなるかのように、綻びが積み重なれば世界が崩れるかしれない。
『取り返しがつかなくなる前に、世界の綻びを無くすために、魔剣を産み出した』
「それなら僕らが魔剣を持っているのはまずいんじゃないの?」
人造魔剣たる魔剣センチュリオンはともかく、
"魔槍ブリューナク"
"魔剣クレイヴ・ソリッシュ"と"魔剣クラウソラス"
"聖杖アスクレピオス"
"魔剣ダーインスレイヴ
"魔槍トリシューラ"。
エリーが知っている界造魔剣だけでもこれだけある。
どれだけ界造魔剣があるかは知らないが、そう多くないはずだ。
そう人間が易々と持っていてもいいモノなのだろうか。
『世界も阿呆ではない。最低三振りあれば綻びを抑えられるようにしておるはずじゃ』
「その綻びを抑えるために元あった場所に戻さないとダメなんじゃない?」
既に最低五振りが人類の手にある。
事情を説明すれば、ギルドも魔剣を元にあった場所へと戻すことを納得しそうだが果たして。
『いやそうでもないぞ? 何も祀ってあった場所へと返す必要はないからの。ただ存在しているだけで、魔剣は楔となり得るのじゃ』
「そうなの?」
『そうとも。遺跡などに祀られていた魔剣は過去の人間が勝手にそこに"置いた"だけじゃ。元あった場所に居なければならないのであれば、とうの昔に世界は滅びておる』
言われてみればそうだ。
自分とカナヒメがいた霊峰アリフィスが人々の信仰の対象となったように、世界が造り上げた魔剣も信仰されても不思議ではない。
ならばそれらを祀るために遺跡なりなんなりを建造することも十分考えられることだ。
「随分と詳しいのね。アンタの時代じゃそんなに研究が進んでたの?」
マキナが興味を隠しきれない様子で訪ねた。
カナヒメのいた時代は過去ということしかエリーたちは知らない。
今よりも進んだ文明であることは間違いないのだが。
『それなりにはの。エリーの記憶から推測するに、魔力技術ではそなたらのおよそ20年くらい先を進んでいたようじゃな』
「20年……そんなに……!」
ここ10年で大陸の魔力技術は飛躍的に成長した。10年前からでは考えられないようなものが今ではあるとのことだ。今は10年後どころか1年後の魔力技術の発展を想像できない。
それが20年だ。カナヒメの時代の技術の進み具合は十分に推し測れた。
『界造魔剣はまだまだ話すことがあるぞ。そなたらも知っておるじゃろうが、界造魔剣には何かしらの能力が備わっておる』
わかりやすいところで言えばマキナの"聖杖アスクレピオス"だろう。
"アスクレピオス"は治癒魔術の欠点である、"対象者への負荷"を打ち消す能力を持っている。
「私の"ブリューナク"もか?」
『そうとも。妾はそこまで詳しくないからどんな能力かはわからぬが、強力であることは間違いない』
そう言えばアリシアが"ブリューナク"の力を扱っていた記憶がない。
それはキニジもなのだが、彼の場合は意図的に扱わなかった可能性がある。
「あたしのは便利だし助かるけど、攻撃的ではないのよね」
『何も敵を倒すだけが戦いではないじゃろう? 治癒の力は一番優しい力じゃ。そなたにはぴったりじゃのぅ、マキナちゃん』
「だから"マキナちゃん"はやめなさいっての」
ぷいっとそっぽを向いてしまうマキナ。
だが優しいと言われてどこか嬉しそうなのは言わずに心の奥にしまっておこう。
それにしても。
「治癒魔術か……」
"アスクレピオス"の能力は便利だが、マキナ1人に任せておくのは申し訳ない。
どうにかできないものか……。
「あっそうだ!」
『どうしたのじゃエリー』
エリーの頭の中を彗星のようにひとつの案がやってきた。
「カナヒメ、治癒魔術の負荷って唱えた人に移すことは出来ないのかな?」
『はぁ? 何を言うとるんじゃ。――まぁ、出来なくはないの。治癒魔術の術式にとある文を入れれば可能なはずじゃ。しかしそれは負荷を受け入れるだけではなく、寿命をも削ることになるぞ?』
「そっか。ごめん変なこと聞いて」
デメリットは多いが出来ることは出来るようだ。
寿命を削るという点も、体の時が止まっている自分ならば無いのも同然だ。負荷の受け入れも日頃から憑依術式で無茶やってる身からすればどうということはない。
それに自分が治癒魔術を使えるようになれば、戦闘が楽になり、戦術にも厚みが増す。
(後でこっそり練習しておこう)
自分を助けるために仲間たちは戦ったのだ。ならば今度は自分が仲間を助ける番だ。
『こほん。話を戻すとその界造魔剣の持つ能力に惹かれた人間が造り上げたのが、妾たち人造魔剣じゃ』
人を剣に作り替えた結果だ。
カナヒメの記憶から彼女が剣になった過程を垣間見たが、あれほどおぞましいものはない。
人としての尊厳も、自由も、何もかも奪い取るあの行為だけは許せない。
かつては他者のために力を振るってた彼女が、魔剣となったが故にその行為を嫌悪するようになってしまったのだ。
それもシルヴィアたちとの戦いやエリーとの対話を経て収まりつつあるが、まだ彼女はエリーの他者への奉仕をあまり快く思っていない。
エリー自身もやりすぎなところは直そうと努力している。が、あまり芳しくない。
『人造魔剣として造られたのは
"魔剣センチュリオン"
"堅盾バスティオン"
"閃槍パルヴァリオン"
の三振りじゃ。妾こと"魔剣センチュリオン"が一番最初に造られていての
「待ってくれ。"魔剣バスティオン"ではないのか?」
『違うわい。あれは剣ではなく盾じゃよ。レザールという輩が持っていた時は剣のような形態じゃったが……あれの真の姿は盾じゃ』
盾なのに見た目が剣とはややこしい話だ。
もしかしたらカナヒメの時代の人間たちが一種の笑いのネタとして仕組んだ……かもしれない。
冗談はさておき"バスティオン"の能力は防御のはずだ。グリードの一閃を防ぎきったのなら、かなりの強度を誇るはず。
「カナヒメ。残りの二振りも人が使われているの?」
『いや、人を使ったのは妾だけじゃよ。他ふたつは単純な能力だが、"センチュリオン"は複雑な能力故にそれを制御できる人材を欲していた』
だからこそ「あなたが必要」だったのだろう。
カナヒメの記憶で見た男の言葉は祖国のために人柱となった彼女を嘲笑うものか、単純な哀れみか、はたまた研究者としての好奇心からか……。
――今になってはわからないことだ。
しかし、人間を元にするだけであれば別にカナヒメである必要はないのではないか。
「それってカナヒメである必要があったのかしら?」
『あったのじゃよシルヴィア。妾にはそなたと同じ『影』があった』
「えっ、『影』!?」
カナヒメの記憶で見た『黒い何か』。あれが『影』だったのだろう。
つまりカナヒメはシルヴィアの祖先が何かなのだろうか。カナヒメと対話した際に彼女がシルヴィアに妙に似てたのにも頷ける。
しかし、彼女は結婚していなかったはずだが……。
「つまりカナヒメは私のご先祖様ということかしら?」
『妾に子はおらぬ。ついでにエリー、そなたと心の中で話した際に妾がシルヴィアに似ておったのは妾が人間の時の素顔が思い出しにくかったのと、そなたの一番に想う女がシルヴィアだったからじゃ。その影響を受けてシルヴィアに似てしまったのじゃろう』
本当の妾はもっと美しいがな! と宣うカナヒメを余所にエリーは1人考え込む。
(シルヴィアとカナヒメが子孫と先祖の関係じゃないならなんなんだ……? 『影』はクロムウェル家の人間しか使えないはず……)
いくら考えてもわからない。
『なぜ妾がシルヴィアと同じ力を使えるか、じゃが。妾とシルヴィアは祖先や子孫の関係ではないが、非常に遠縁の親戚にあたる』
「というと?」
『妾たちの祖先……その人物が人ならざるものと交わった結果、『影』の力を扱える人間が産まれた』
「やだ……私のご先祖様、相当変態じゃない」
シルヴィアが何を想像しているのかは謎だが、少なくともそのご先祖様はシルヴィアだけには言われたくないと思う。
そのシルヴィアは周囲から「真面目にやれ」という無言の圧迫を受け、涙目になりながら「ごめんなさい、ふざけすぎたわ」と謝った。
『……ともあれ、その人物の子孫が世界中に散らばった。数世代単位の話ではなく、何百年かけて、その血は世界中に受け継がれたんじゃよ』
「そんなに昔の話なら、その血はかなり薄まっているんじゃないかしら」
『そうとも。クロムウェル家でも『影』を操れる人物はそう多くはないじゃろ?』
現在クロムウェル家で『影』を操れるのはシルヴィアだけだ。
彼女の父親と弟は操ることができず、クロムウェル家と親戚でもあるギュンターのハンプデン家でも『影』を操れる人物はいない。
「まぁ確かに、私の前に『影』を操れたという記録が残っているのは直近では100年ほど前のクロムウェル家党首よ。さらに前となると300年くらい昔だったかしら」
「そんなにいなかったの?」
そんな百年単位でしか扱える人間が現れないとは思ってもいなかった。
「そうなのよ。ちなみに名前は100年前のはギネヴィア=クロムウェル、300年前のはオリヴィア=クロムウェルね」
「女の人だけなのかな?」
「私の知る限りでは、ね。カナヒメもそうだし女性しか『影』は操れないのかしら?」
カナヒメも女性のため、『影』は女性しか操れないというのも十分にありえる。だが今はそこが重要ではない。
『それで『影』の相違についてじゃが。――『影』は魔術とは似て非なるもの』
「と、いうと?」
『魔術が世界を書き換えるモノだとしたならば、『影』は世界に呼び出すモノ。例えるなら何か書いてある紙にその書いてあるものを消して白紙に戻してから新しく書くのが魔術、消さずにそのまま上から書き足すのが『影』じゃよ』
原理から違うということだ。
「人に扱いきれるものなの?」
『元より人の力ではあらぬ。言ったじゃろう、人ならざるものと人間が交わった結果だと。容易に扱えるものではないが、御した際には多大な力を与える。シルヴィアも『影』が上手く扱えてきておるしの』
継承戦争の際の『影』といい、霊峰の時の『影』といい、シルヴィアは土壇場に強い。
その土壇場で力を発揮した理由が、誰かを守りたい、誰かを救いたいというものだ。お人好しの彼女らしい理由だ。
『その人間と交わった人ならざるモノ。妾はそれこそが世界の繰り返しの原因じゃと考えておる』
黙り込むエリーたちを気にせず、カナヒメはさらに続ける。
『人ならざるモノの血を受け継ぎ、なおかつ『影』まで扱えるシルヴィア。偶然ではあるまいて』
「じゃあその人? を倒せば何となるの?」
『そうかもしれぬが、姿形も、名前さえも知らず、見つけられるのか? そもそも生きているのかすら不明なのじゃぞ?』
「きっと、生きてるよ」
でなければ、あの時の声が説明できない。
必ずだ、必ずその原因を追い詰める。
散々世話になったのだ、お礼参りも派手に行こうじゃないか。
静かに闘志を燃やすエリーを余所に、カナヒメは話を締めくくった。
『妾の知っていることはこれくらいじゃな。人ならざるモノがいたとしても、すぐには行動を移さないはずじゃ』
「まだ時間はある、ということね」
何はともあれ、今は自分の力を磨く必要が出てきた。
世界のために、自分のために、そして何よりシルヴィアのために。
「うん、よし! 今のカナヒメの話、情報が多過ぎてまとめるのめんどくさいけど、なんとかまとめてみせるわ。これであの"アリーヤ"のクソジジイどもの腰を抜かしてやる!」
「マキナさん言葉遣いが悪いですよ」
やる気が出てきたマキナと彼女の言葉遣いを嗜めるウェン。
他の仲間たちもそれぞれ思うところがあったようで、それぞれの表情を見せている。
「……あ、太陽が」
ふと窓を見ると、日が昇っていた。
それは世界の夜明けなのか、日が墜ちるように死への旅路の始まりなのか。
それはまだ、わからない。




