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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第3章 運命を穿つ奇跡
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運命を穿つ奇跡

気づけば、もう月が出ていた。


決着は、既に着いていた。



「…………」


膝をついたのはエリー、立っていたのはシルヴィアだ。

だが、この決着にはシルヴィアは不服しかない。



「はじめから、やる気なんてないじゃない。斬撃全てを逸らして、仮に直撃したとしても浅い傷程度になるようにしていたくせに」

「…………」


そう、本当に僅かではあるが、エリーの斬撃は上手くシルヴィアを逸れどうやってもシルヴィアが傷つかないようにしていたのだ。1年間、エリーとともに戦ってきたシルヴィアだからこそわかることだ。


逆に言えば、1年間一緒に戦ってきた人物にエリーが負けるはずがない。

癖も手の内も全てエリーに知られている現状、それら全てに最適解の行動をしてくるエリーに勝てる道理がないのだ。





「……どうしたの、シルヴィア。殺さないの?」

「そうね。あなたを殺すわ」


シルヴィアは膝をついたままのエリーに近づくと、


「――!?」


剣を手放し、思いっきり抱きしめた。



「……辛かったわよね。世界を1人で背負って。でも大丈夫、あなたの側には私がいるわ」

「……シルヴィア……」

「だから死神のあなたは……世界の敵のあなたは……今日で"最期"よ」


互いに顔は見えない。

だが間違いなく、エリーは泣いていた。そしてシルヴィアも、涙を流していた。

本当はどれだけエリーが辛かったか、シルヴィアにはわからない。でも、わからないならわからないなりに、声をかけることができるはずだ。


「どうして……そこまで僕を」

「言うまでもないわ。エリーは私のために世界を巻き戻しているのに、私がそれに応えなくてどうするのよ。もっと単純に言えば好きだからよ」


エリーと出逢った1年前から今日この日この時まで、エリーへの想いは途絶えていない。


「世界をあなたが背負うなら、私は世界を背負うあなたを抱きしめましょう。だから、もう無理しないで、抱え込まないで。私がいるわ」

「……シルヴィア」

「"エリー・バウチャー"が背負ってきたもの、欠片だけでも背負わせてね」


優しくぎゅっと抱きしめる。

エリーも憑き物が降りたように、力が抜けていく。




「ねぇ、シルヴィア」

「なにかしら?」

「もう少し、皆を頼っても、いいのかな」

「当然よ」


当たり前のことを聞くのねと少し笑ってしまった。


「私の幼馴染みをはじめに、そこにいるアリシアやクローヴィス、この近くで待機してるマキナやメディアにリディア、グリードさんもいるわよ。あなたを助けるためだけにここまで来たわ。今ここにはいないけど、レベッカにキニジさん、マリーさん。皆あなたを助けたいのよ」

「みんな……」

「それだけあなたが頼れる人がいるのよ。1人で抱え込まないで、皆に頼りなさい」


エリーは何も言わずに俯いた。

そして何分経っただろうか、小さく「ごめん」と呟いた。





「心配させて、迷惑かけて、どう償えばいいのかな……」


これまたシルヴィアにしか聞こえないような声音でエリーが呟く。


「誰も迷惑だなんて思っていないから大丈夫よ。でも、心配させたのはそうね。償いは誰もいらないって言うでしょうけど、ここは少し意地悪になろうかしら」

「……?」

「ずっと、私の側にいなさい……いや、いてください」

「えっ」

「センチュリオンに言われたの。私は無意識にあなたに物事を強いてしまっていたって。だからどうすればいいかわからないけど、どうにかしようって。だからまずは命令口調じゃなくてお願いしようかなって思ったのよ」


何事もまず一歩から。

貴族としての、ある意味自然とした態度を直していこう。

誇り高きクロムウェルの名を捨てるつもりはないが、それでも貴族として生きるつもりはない。





「……はぁ。シルヴィアは本当に……。うん、いるよ、最期まで」


少し呆れたような声で、エリーは言った。

だが、固い決意がそこにはあった。


「あんなことしたのは……ケジメでもあったんだ。僕が死ぬのは責任なんだって」

「そんなこと気にする必要ないわ」

「後ひとつ。センチュリオンから僕の体を奪ったのは――僕だけの力じゃない。あの瞬間から頭のどこかで『シルヴィア=クロムウェルを殺せ』って声が響いていた。センチュリオンじゃない、もっと別の"何か"。あれごと僕を殺させようとしたんだ。……もうあの声は聞こえないけどね」


"何か"。シルヴィアは直感で、それがこの繰り返される世界の元凶だと悟った。

だが悟ったところで何もできない。せいぜい頭の片隅に置いておくのが関の山だ。



「シルヴィア、僕にはまだやることがある」

「……センチュリオンのことよね」

「うん。彼女とはまだちゃんと話せてないから。しっかり話したいんだ」


そう言うとエリーは花畑に仰向けに寝転がり、目を瞑る。

アングレカムの花に囲まれ、月の明かりに照らされるエリーはどこか幻想的で、蠱惑的だった。


「少しの間、頼むね」


それだけ言うと、エリーは眠りについた。






◆◆◆






――何もない真っ白な空間だ。

前後不覚なってしまいそうなほど、エリーの周囲は白一色だった。

宙に浮かんでいるのか、それとも床があるのか、それすらわからない。



それでも前だと思わしき場所へと足を進める。



そして彼女はすぐに見つかった。


嫉妬すらできない圧倒的な美貌を誇り、そこから伸びる艶やかな黒髪は地面に達している。

体は雅な服を何重も羽織り、どこからどう見ても位に高い人物としか認識できない。


だがその顔にどこか見覚えがあった。



『エリーか。よもやこんなところまで来るとはのぅ。そんなにも妾が憎いか?』


いや違うと首を横に振る。


「……カナヒメ」

『――!?』

「それがセンチュリオンの本当の名前、なんだよね」


途切れ途切れではあるが、何度も見た彼女の記憶。彼女がまだヒトであったころの記憶。

そこでは彼女はカナヒメという名だった。


はるか過去のどこかの国のお姫様。

レベッカが持っている小説に『救国の剣姫』というものがある。

その中のとある国のお姫様と彼女はほとんど同じ顛末を辿っていたのだ。


だからこそ、あの小説の表紙には剣しか描かれていなかった。


――『救国の"剣"姫』。剣となって愛する民を救ったからこそ、付けられた名前。


どのような経緯を辿って本となって読まれるようになったのかは定かではない。しかし彼女の伝承は、この時代まで綴られているのだ。




『……見たのか、記憶を』

「それはお互い様だよ。カナヒメだって、僕の記憶を見たじゃないか。僕の場合はカナヒメが僕の記憶を覗く時に見えちゃってたんだけどね」


ばつの悪そうな顔をするカナヒメ。


『それで、どうするつもりじゃ。妾を消すか?』

「…………」


その言葉と同時に、エリーの手元に剣が現れる。

ここが彼女の魂の中だとしたら、彼女の思うままということだろう。

言い換えると、ここで彼女をこの剣で貫けば、彼女は正真正銘魂ごと消滅する。



「いや……」


エリーはカナヒメに近づくと、剣を放し、手を差し出した。


「僕はカナヒメと共存を望むよ」

『阿呆かそなたは! そなたをここまでにしたのは妾なのじゃぞ!?』


そんなことは関係ない。


「でも僕を守ってくれた。記憶の中のカナヒメは、とても優しくて、暖かい人だった。僕はそんな"人間"を斬れないよ。だから一緒に行こうカナヒメ」


背はエリーより少し高いくらいか。もしかしたらシルヴィアと同じくらいかもしれない。

だが今のカナヒメはとても小さく見えた。



『本当に、そなたは阿呆じゃの。普通なら、殺しても腹の虫が収まらないはずなのに』

「1年前の僕なら、間違いなくそうしてたと思うよ。でも、シルヴィアと出逢って、誰かに手を差しのべる強さを知ったんだ」


馬鹿がつくくらいのお人好し。

そんなシルヴィアたちに自分はいつしか感化されていた。



『それが己を滅ぼすことになってもか?』

「狂気的なまでの献身……そうかもね。でも僕は助けられたから、救われたから。……誰かに救われた人は、今度は誰かを救いたくなるのかもしれない。だから僕はこれからも、手を差し伸べ続けるよ、誰であってもね」


シルヴィアたちに救われたように、今度は自分が誰かを救う。

世界を何度も滅ぼした贖罪の気持ちもあるかもしれないが、それでもエリーはかつての自分がされたように、誰かに手を差し伸べる。――そう決めたから。



「カナヒメの言い分もわかるよ。剣になってから、自分が望まなくても力を発揮し続けたこと。――力は自分に使うからこそ美しい。でも僕は、愚かでも誰かのために力を使いたい」

『筋金入りの阿呆じゃな。……これももう三度目かの』

「ほんとにね。でもこれが僕だから。それにカナヒメだって、人だった頃は自分の力を他人のために使ってた」

『そういえばそうじゃったな。……何もかも懐かしい。妾の愛した国は、民は、どうなっておるのじゃろうか』


カナヒメが愛した国と民。

『救国の剣姫』で語られた国は、




「今も残ってるよ。それどころかカナヒメの話がこの時代まで語られてる。救国の剣姫としてね」


それを聞いた途端、カナヒメの眼から眩しいものが流れ出す。


『……そうか。残っておったのじゃな……。妾の行動は無駄に終わらなかったか……! そうか……よかった……!』


カナヒメは本当に、国と民を愛していたのだと、エリーは深く感じ取った。

彼女にとっては祭り上げられるよりも、国が残っていることが重要なのだ。



「カナヒメ」

『わかっておる。……エリー・バウチャー、そなたに我が力を貸そう。ふっ、扱いきれるかの? 妾はじゃじゃ馬じゃぞ?』

「望むところだよ」


カナヒメはエリーの手をとる。

すると、エリーとカナヒメのいる空間は光に包まれ、あまりの眩しさにエリーは目を閉じた。






◆◆◆






眼が覚めると、アングレカムの花畑の上だった。


「エリー……!」

「バウチャー!」

「おっ、起きたか。随分と長いおねんねだったな」


エリーの顔を、シルヴィア、アリシア、クローヴィスが覗いていた。

起き上がると、近くにはグリードもいるようだ。


「……"魔剣センチュリオン"を御したか。まさかお前さんがここまでやれるとはなぁ。大したもんだ」


感心したように頷くグリード。

彼がまさかここにいるとは思ってもいなかったため、内心驚きながらも立ち上がる。




「エリー、目、どうしたの?」


シルヴィアの言葉に何のことだろうと思い、剣を鏡のように覗く。


――妾とそなた。2人が共存している証じゃ。今のそなたなら、妾を自由に扱える――


エリーの右目は今まで通りの焦げ茶色、左目はカナヒメが支配していた時時と同じ深紅に染まっていた。



「今センチュリオンに聞いたんだけどこれは、僕とセンチュリオンが共存している証なんだって」


――ちいとばかり、体を借りるぞ、エリー――

(どうぞカナヒメ)


カナヒメに体を明け渡す。


『まぁそういうことじゃ』


シルヴィアたちは大いに驚き、グリードに至っては刀に手を手を懸けていた。



『そう焦るな。妾はもうエリーの体を操ろうとは思わぬよ。これからは、そなたたちの力となろう……』

「……だからもう、剣を抜く必要ないよ」


自分とカナヒメの人格を入れ換え、それぞれ喋る。どうでもいいが、少し楽しい。



「てことは、エリーはセンチュリオンを受け入れたのか?」


今一情報が飲み込めないクローヴィスは、どちらの人格ともわからないエリーに話しかける。


「そうだよ。あと、センチュリオンの本当の名前は"カナヒメ"って言うんだ」

「カナヒメ、か。随分と変わった名だな」

『そうか? ……そうじゃの』


アリシアの直球すぎる物言いに少し凹むカナヒメ。

だが今はカナヒメの名前に花を咲かせている場合ででない。



「とりあえず、山を降りましょう。みんな、待ってるわ」

「……む、そうだな。待たせても悪いしな」


シルヴィアとアリシアに無言で頷く。クローヴィスとグリードもそれで問題ないようだ。


月光の下、光輝く祈りアングレカムの花を名残惜しく見ながらと、エリーは仲間たちとともに霊峰を降りた。





◆◆◆





「やっと戻ってきやがったか。おせぇよ、皆心配してたんだからな」

「お帰りなさいエリーさん。信じてましたよ」

「まったく……勝手に消えないでよね。ウェンもあたしも、まだまだアンタに教えたいことは山ほどあるんだから」

「おかえり……じゃなくて、はじめましてかな、エリーちゃん。メディア・ロンバルディアと言います」

「おかえりなさい、そしてはじめまして。わたくしは、メディアの妹のリディアですわ」


山頂から続く洞窟を抜けると、そこには見知った顔の仲間たちと"オラクル"だったはずの人間がいた。

もしかしたら和解したのかもしれない。



でも、今はそんなことより言うべきことがある。





「ただいま、そして、ありがとう」

3章、"運命を穿つ奇跡"終了です。

第二部前半の『センチュリオン編』もここまでとなっております。


第二部後半は『変革編』と名をうち、"レジスタンス"、"レイヴン"、そしてギルド。

これら三者に決着をつけます。


他には

ロンバルディア三姉妹の過去。

グリードの過去。

"レジスタンス"の本当の目的。

"レイヴン"内の裏切り者。

これらも気にしてくれるといいかなと思います。




第二部の根幹に関わる"魔剣"についてですが。

人造魔剣たる"センチュリオン"とバスティオン"。そしてもうひとつの人造魔剣。

魔剣。魔盾。魔槍。その名を冠する"ツルギ"たちは、どんな道を辿るのか。


見て頂ければ幸いです。




それで4章の話なんですけど。

真面目な話をずっと書いていたので、気分転換がてら次からの数話は明るい話を書きたいと思います。


以上、だらだらと長い後書きでした。

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