奇跡の否定者
何かの熱い想いに、エリーは目を覚ました。
……どうやら、センチュリオンが誰かと戦っているらしい。
だが、どうにもその戦う相手がセンチュリオンにとっては特別らしく今までに感じたことがないほど彼女の感情は昂っていた。
流れ込んでくるセンチュリオンの感情を垣間見ると、その相手が誰なのかがわかった。
(……そうか、シルヴィアたちなんだ)
――――やっと、やっと殺しに来てくれた。
まだ自分の体が奪われてからあまり日数が経過していないこと、そしてシルヴィアたちが"魔剣センチュリオン"を倒す手段を整えたことを悟る。
このまま自分を殺せと届きはしない声をシルヴィアにかける。
(シルヴィアに殺されるなら、構わない。だからシルヴィアが傷つく前に……)
……センチュリオンの過去を知ってから、エリーはセンチュリオンを憎めなくなっていた。
その代わりとして、エリーは自分自身を深く憎悪するようになった。
――それはまるで、デイヴァと同じように。
自分が死ねば全て解決するのに何故死ななかったのか。デイヴァに大口叩いたくせに、どう足掻いてもこの運命は乗り越えられなかったではないか。
簡単なことだったのだ。
あそこで自分自身に殺されていれば、こんなことは起こらなかった。
足掻いても足掻いても、運命を変えられるほどの奇跡はなかった。
だからこそ自分自身と同じように奇跡も憎んだ。
奇跡なんて存在しない。そんな言葉は戯れ言だ。奇跡なんてものを信仰する『人間』には血塗れの現実が突きつけられるだけだ。
だって、自分の人生には"奇跡"なんてなかったから。
ここまでの出来事も、これからの出来事も全て決められていたものだ。
自分がシルヴィアと出会ったことも、こうして今この瞬間に自分の体とシルヴィアが戦っていることも。
全ては決められていたのだ。そこに"奇跡"なんて介在しなかった。
だから奇跡はない。
八つ当たりに近い感情でエリーは奇跡を憎んだ。
奇跡なんて存在しない。だからシルヴィア、僕を救わずに殺してくれ。
そうすれば、何もかも決着するのだから。
◆◆◆
センチュリオンが敗けを認めると同時に、クローヴィスに突き刺さった剣や周囲に点在していた剣などが全て粒子と化して消えていった。
「思いっきりぶん殴るって言ったのに左腕動かないし殴れないじゃんかよ」
『もう手を離すがよい、クローヴィス。もう戦わぬ』
「そっか。じゃあ離すわ。あぁ、くそっ、痛ぇなぁ…」
言われた通りにクローヴィスはセンチュリオンから手を離すと、そのまま倒れる。
貫かれた左肩と右太ももからは血が止めどなく流れている。このまま放っておくわけにはいかないだろう。
それを見かねてか、センチュリオンは身を屈めるとクローヴィスに話しかける。
『傷口くらいは塞げる。それ以上はそなたへの負荷が大きすぎる故にできないがの』
「あぁ、ありがとうな」
センチュリオンはクローヴィスの傷に手をかざし、それを塞いでいく。
本格的な治療はマキナに任せる他ないが、今はこれで十分だ。
応急処置を終えると、センチュリオンは立ち上がりシルヴィアを見据えた。
『さて、シルヴィアよ。そなたは本当にエリーを救えると思うか?』
「当然よ」
間髪いれずに言い切るかとセンチュリオンは口元を緩ませる。
『そなたらの覚悟、見せてもらった。今のそなたらならもう歴史は繰り返さないと信じることにしよう。では、体をエリーに返すとしようかの』
自らである"魔剣センチュリオン"を鞘に納め、目を瞑るセンチュリオン。
「あ、少し待ってくれるかしら」
『……なんじゃ?』
「少し言いたいことがあって。えっとね、こうして和解できたのは、奇跡だと思うわ。"エリー・バウチャー"が繋げてきた軌跡が、こうして奇跡として実を結んだ、そう思うのよ」
純白の自分の衣服を見て、そう確信する。
それまでなら、この純白の衣服は鮮血に染まっていた。そうならなかったのは繋いできた祈りが決められた運命を打ち破ったからだ。
「あなたの言葉を忘れはしない。無自覚にエリーに私の意志を強いてたのは、頑張って直す。何をしたらいいのかはわからないけど、それでも頑張るわ」
『……それがどのような形で実を結ぶかはわからぬが、妾も影ながら応援しよう。妾をどうするかはエリー次第じゃが、まぁ許すはずもあるまいて』
それはどうかわからないが、こればかりはエリーとセンチュリオンの問題だ。
センチュリオンを許さず葬るのか、許して新たな道を切り開くのか。
どうであれ、エリーが後悔のない選択をするのを願うばかりだ。
今まで黙っていたクローヴィスが口を開く。
「俺からも一言。というかお願いなんだけど。俺がエリーのことを親友だって言ってたのは教えないでくれない?」
『それはどうしてじゃ?』
「いやまぁ、恥ずかしいし。冷静になって考えると恥ずかしいんだよ、ほんと」
『ふっ、そうか。エリーは良い友を持ったようじゃな。エリーもそなたを一番の友と思っておるようじゃしの』
そこに吹き飛ばされ意識を失っていたアリシアが目を覚ましたのか、やってきた。
「私からは礼を言わせてくれ。あの時、私とバウチャーを守ってくれたこと、感謝している」
『どういたしまして、じゃ。そなたの"魔剣"、扱いきれるようにな』
「あぁ。私も頑張るさ」
3人とも伝えたいことはもうない。
因縁は終を迎えたのだ。これからは、まだ見ぬ未来の物語だから。
『では、さらばじゃ』
「ええ、さようなら。奇跡を掴み、迎えた明日は守り続けるわ。約束よ」
『頑張るのじゃぞ。……んッ!? なんじゃ……いきなりッ!!』
エリーに体を渡そうとしたセンチュリオンがその体を抱え、悶える。
その後、いきなりその悶えが止まったかと思うとゆっくりと身を起こした。
「……"奇跡"? がっかりだよ。在りはしないものを信じるなんて。"僕"はそんなものは認めない」
紅く染まった目は元の色に戻り、まったく異なっていた雰囲気は元ヘと戻る。
「え、エリー?」
「奇跡なんて在りはしない。希望もない。あるのは、ただただ無慈悲な運命だけなんだ」
"魔剣センチュリオン"から、剣を1本取り出す。
「あの剣は、"アングレカム"……!」
アリシアが驚愕の声を上げる。
エリーとアリシアが造らせた剣、アングレカム。ラカムとの戦いの際に"魔剣センチュリオン"に吸収されたのを呼び出したのだ。
「どうして、殺してくれなかったのシルヴィア」
感情の隠っていない顔で、シルヴィアに問いかける。
「どうしてって、私はあなたを助けたくて……」
「そんなことは頼んでないッ!!」
「……っ」
唐突な、そして明らかな怒気を含めたエリーの声に怯む。
エリーの顔は、涙を流しながら憤怒の表情をしていた。
「何が運命を乗り越えるだッ! 結局はこうなっちゃったじゃないかッ! 僕はあそこで死んでおけばよかったんだッ!」
「それを乗り越えるために、私たちは戦ってきたのよ!」
「無駄なんだよ……。僕はこうして呑まれた。そうでしょ?」
剣を持ったまま、ふらふらとシルヴィアたちに近づいていく。
「どうして……私はエリーを助けるためならなんだってするって決めたのに。エリー、どうして……」
「なんだってするのなら、今すぐ僕を殺してよ」
エリーはシルヴィアの剣を指差した。その剣で自分を斬れと言うことだ。
だがそれに黙って首を横に振る。
「僕を斬れないなら、こうしよう」
何か思い付いたように、エリーはアングレカムを構えた。
「シルヴィアがここで僕を殺さないなら、まずはそこのクローヴィスとアリシアを殺す。次に他の仲間も殺す。魔力さえ戻ればセンチュリオンの力でフィレンツェを滅ぼせる。とにかく、目につく生きとし生けるもの全て……尽く殺す。――これなら僕を斬れるでしょ? シルヴィアがここで僕を殺さなければ、みんな死ぬ」
――話が極端すぎる。
皆殺しが出来るか出来ないかはともかく、エリーは本気で殺されたがっているのだ。
今のエリーなら、デイヴァと同じように自分自身を問答無用で殺せるだろう。それにしては自害しないのは不自然だが、センチュリオンが妨害しているのかもしれない。
ならばこそ、救わねばならない。
奇跡を信じないのなら、目の前で起こしてみせよう。希望がないのなら、その希望を灯してみせよう。
運命に屈し、絶望の内にさ迷うのなら、それを完膚なきまでに救う。そう決めたのだ。
「……そう、わかったわ」
今はエリーの案に乗る。
隙を作るのだ、エリーを救える隙を。
ちらりとクローヴィスとアリシアの方を見る。
「…………」
「バウチャー……クロムウェル……!」
クローヴィスは動けず、アリシアもまた消耗している。
唯一シルヴィアは魔力が無くなっただけで、シルヴィア自身はさほど消耗していない。
ここからは自分1人の戦いだ。
いや、1人で戦わねばならない。
ずっと共にいると誓ったから、何があっても自分だけは味方であり続けると約束したから。エリーを心から愛しているから。
絶 対 に エ リ ー を 救 っ て み せ る 。
――その想いだけは、揺るがない。
「それでいいんだよ、シルヴィア……」
剣を右手で持ち、左手はナイフを逆手に持つ。いつものエリーの構えだ。
自分もまた、"エクセルシオール"を両手で持ち、中段で構える。
何度となく目にしてきた、お互いの戦い方。
まさか、こんな形でエリーとの再開を果たすことになるとは思わなかったが、それでも再開は再開だ。
「……そういえば、久しぶりのデートかしらね? ふふっ、今日は気合いを入れて来たのよ。あなたとまた一緒に居られるように、祈りを込めて、"おめかし"してきたわ」
「それは嬉しい、かな。じゃあ、始めようか。殺してみなよ、シルヴィア」
今のエリーの言葉には、いつもエリーのような感覚があった。
「そうね。……殺すわ、あなたを」
一刻もはやくエリーを救う。
そのためにはこれ以上の言葉は不要だ。
「行くわよッ!」
「……ッ!」
シルヴィアとエリーは同時に踏み込んだ。
絶望に囚われたエリーを救うために、シルヴィアは剣を握る。
分の悪い賭けかもしれない、無意味なのかもしれない。でも諦めはしないのだ。
なぜなら、奇跡を信じ、希望を抱いて手を伸ばし続けることこそ
――運命を穿つ奇跡なのだから。




