親友
――はじめは、純粋な親切心からだった。
絶望に呑まれたような顔をしているエリーが放っておけなくて、助けたい一心で最初は声をかけた。
はじめこそ周りに当たり散らして、周囲との距離が離れる一方だったエリーも自分やレベッカのお陰で孤児院の子どもたちと打ち解けあっていった。
やがてその孤児院の子どもたちも成長し孤児院を去り、エリーと自分とレベッカしかいない時期がやってきた。
その当時のエリーはどこか穴が空いたようなところはあれど、笑えるくらいにはなっていた。
しかし自分やレベッカに頼っている場面は多かった。
――そんなエリーを見て、俺は……どこか、喜んでいた。
頼られている、こいつは自分がいなければ何もできない。
――優越感に浸っていたのだ。
いつしか友人としてではなく、見下す対象として、エリーを見てしまっていた。
だからこそ、エリーが剣を学ぶと言い出した時は大いに焦った。
今思えば、随分と幼稚なことだ。
エリーが復讐のために剣を学んだとすれば、クローヴィスはただエリーに負けたくない一心だった。
見下す対象が自分より力を付けたのなら、今度は自分が見下されるのではないか。
エリーの性格からしてクローヴィスに見下されていたと気付くことも、クローヴィスを見下すこともないだろうが、それでもクローヴィスは焦っていた。
(師匠は俺らに慢心させないように才能がないと言い続けてきたけど。あったんだよ、才能。……エリーにな)
ただ焦っていたクローヴィスでは絶対に追い付けないほどの壁がそこにはあったのだ。
――目標だった。
復讐の意志だけでどんな特訓にも耐えたエリーに、見下す見下されるという感情は淘汰され、ただ幼馴染みに負けたくない、追い付きたい、その一心で剣を振り続けた。
気がつけばクローヴィスは16歳に、エリーは15歳となっていた。
15歳になったエリーはある日ギルドメンバーになると告げた。
当然、マリーやレベッカは反対した。
だが復讐にかられたエリーは2人の言葉に耳を傾けることなどなかった。
そして、永遠に体が成長しない……永遠に肉体の時が止まったままという、"代償"を払ってまでエリーは1人で旅に出た。
マリーやレベッカは忽然と旅に出たと思っているだろうが、クローヴィスは知っている。
旅立つ僅か数時間前、エリーはクローヴィスに話していた。
「旅立つ前にクローヴィスには話しておきたかったんだ。……僕が師匠の厳しい特訓に耐えられたのはクローヴィスがいたからなんだ、1人じゃ無理だったと思う。クローヴィスがいたから、僕も頑張ろうって思えたんだ。ありがとう、僕なんかの特訓に付き合ってもらって。クローヴィスは僕の一番の友達だよ」
違う、とは言えなかった。
目の前で恥ずかしそうに笑うエリーに、そんなことは言えなかった。
そしてその時、クローヴィスは深く自分を恥じた。
――何が、自分がいなければ何もでないだ。エリーのほうが俺なんかよりもずっとずっと、何倍も立派で大人じゃないか。俺は……そんなやつを見下してたのか。
結局、その時は何も返せなかった。
そして、エリーはその晩に姿を消した。
――今の俺じゃエリーの友達って言葉に応えられない。だから俺は……。
いつかエリーとまた会った時に胸を張って友達と……いや、"親友"と呼べるようになろう。
そう思い、そのためには世界を見て自分の見聞を広めようとエリーが旅立ってから半年後にクローヴィスもまた旅立った。
そして大陸を旅し、オルクスと出合った。
はじめはただの護衛依頼だった。まさかそれが王位継承者のお忍びの護衛だったとは考えもしなかったが。
オルクスの口から彼の信念を聞いた。
"助け、助けられる"。
その言葉を聞いてハッとした。
自分が今こうやって旅をしているのはエリーの言葉に、ある意味救われたからだ。
――ならば、今度はエリーが救いを必要としているのなら、自分が助ける。
それが親友だと、そう信じたから。
◆◆◆
(――それが今だ。絶対に"親友"は連れ戻すッ!)
グッと拳を握り締め、射出された剣を最低限の動作でかわす。
「剣は全て私が撃ち落とすわ! アリシア、クローヴィス、任せたわよ!」
背後のシルヴィアの声を聞く。
シルヴィアの『影』に疑問は尽きないが、今はその力を便りにさせてもらうしかない。
『……その力は……まさかよりにもよってそれとはの。こと『影』に関しては妾は貴様よりも深い理解があるのでな』
「くっ……!? 」
センチュリオンはクローヴィスの援護で精一杯なシルヴィア目掛け、さらに大量の剣を撃ち出す。
剣を鞘に納め、両手で『影』の制御をしているシルヴィア。これでは今から剣を抜いても間に合わない。
「私を忘れては困るなセンチュリオンッ!」
だが、射出された剣をアリシアが弾き返す。
それもアリシアとシルヴィアが被弾するであろう剣のみを弾き、アリシア自身への負担も最低限に抑えていた。
「どこを見てるんだセンチュリオン!」
センチュリオンの意識がアリシアとシルヴィアに向くのと同時に一気に距離を詰める。
『遅いわ!』
センチュリオンは限定解放による防具から魔力を吹き出し、クローヴィスとの距離をとろうとする。
「させないわ!」
「甘いなッ!」
センチュリオンが逃げる方向に真正面から突撃するアリシアに、クローヴィスとアリシアがカバーしきれていない方向を『影』で補うシルヴィア。
『見事な連携じゃ。しかし……』
その攻撃をセンチュリオンは飛んで避ける。魔力が翼のような形を成して背後の三対の剣と舞う姿は幻想的だろう。
「逃がすか! ……絶対なる氷の追跡者、我に仇なす敵を討てッ! "アイシクル・チェイサー"!」
『なにっ!?』
クローヴィスの周囲に6つの氷塊が出現し、それをセンチュリオンを狙って発射する。
クローヴィスの魔力は多くはない。
しかし、多くないだけで魔術が使えないわけではない。
武器がない今、魔力強化に使っていた魔力で魔術が唱えられる。
そしてエリーにはクローヴィスが魔術を唱えた記憶がない。
『こんなも避ければ』
「逃がさないて言ったろ! そいつはどこまでも追いかけんだよ!」
"アイシクル・チェイサー"は横に飛んだセンチュリオンを追うように急角度で曲がる。
それに気付いたセンチュリオンはギリギリのところで防ぐも直撃は避けられず地に墜ちる。
飛んでいる相手に直線的な魔術を唱えるほど愚かではない。
魔力に乏しいのなら最大限に活用しなければ。
そしてセンチュリオンの落下地点へと走る。
『……"魔剣"を、舐めるでないわ!』
そのまま墜ちるだけかと思ったセンチュリオンは空中で体勢を立て直し、魔力放出を行い周囲を凪ぎ払う。
「ちイッ!」
それを食らったクローヴィスは大きく吹き飛ばされる。
だが、その横をアリシアが駆け抜けた。
「残念だったなセンチュリオン!」
『厄介な小娘じゃよ。まったく!』
紅く輝く瞳で睨み付けられ、アリシアは怯むもそれを払い除け、手にした長槍を振りかざす。
『槍ならば、妾の能力が適用されないと考えたか! それは正解じゃ、しかし!』
センチュリオンは振り降ろされた槍を剣を呼び出して防ぎ、カウンターとばかりに手に持った剣でアリシアの胴を薙いだ。
「その程度か」
アリシアはどこかがっかりした様子で避け、センチュリオンの体に蹴りを入れる。
『ぐぅ!? こうも簡単に!』
「やはり、自分自身で戦うのが得意ではないようだな。バウチャーならばもっと素早く隙のない斬撃だったものを」
予想が的中した。
"魔剣センチュリオン"は自身の能力が優れている……優れすぎているが故に自身の戦闘能力はそこまでないのだろう。
「いくら体を奪ったとはいえ、本人のような動きはできないようだな」
『そこは認めよう。じゃが、もう近付けると思うなよ?』
センチュリオンは後ろに飛び立つと、アリシアがいた場所に無数の剣を撃ち出す。
「アリシア、行って!」
「言われるまでもない!」
だが、その剣を全てシルヴィアが撃ち落とす。アリシアもそれがわかっているからこそ、剣に見向きもせずセンチュリオンへと走る。
「逃がすものか!」
一瞬で距離を詰めると、頭目掛けて槍を振る。
センチュリオンはそれを手に持った剣と呼び出した剣で防ぎきる。
そして砕け散る音が響く。
アリシアの槍とセンチュリオンの剣が全て砕けたからだ。
センチュリオンの顔に安堵と油断の表情が浮かぶ。
「アリシア、これを使えッ!」
大きく後退していたクローヴィスがアリシアに自身の両剣を投げ渡す。
「ありがたく使わせてもらおう!」
受け取ったアリシアは器用に両剣を操ると、ありったけの魔力を以て両剣を強化し、両腕と右足の防具を破壊した。
油断していたセンチュリオンはされを避けることもできなかった。
防具が左足のものだけとなり、姿勢制御ができなくなったセンチュリオンをアリシアは追撃する。
「貰った――ッ!」
『そんな……! と思うたか! 散り飛ぶがよいわッ!』
「なに…ッ!?」
再び、広範囲に及ぶ魔力放出でアリシアを吹き飛ばす。
「アリシア!」
シルヴィアの声が響くなか、吹き飛ばされるアリシアと交差するようにセンチュリオンへと肉薄するものが1人。
「俺を忘れてもらっちゃ困るなエリー!」
「くっ、援護するわ!」
吹き飛ばされたアリシアの元へと走ったシルヴィアは、『影』を操りクローヴィスを守るように彼の周囲に漂わせる。
『言ったであろう、その力は妾が一番理解しておると』
もう何度目になるかわからない剣の掃射。
それをシルヴィアの『影』は防いでくいくが、彼女の魔力の限界が近いのか何本か防ぎ切れなくなってきていた。
『そして、『影』を打ち破ることは簡単じゃ』
センチュリオンはたった1本の剣を手に持つと、それを投げた。
その1本。
たったそれだけで、クローヴィスを覆っていた『影』は食い破られたかのように消え去った。
「だからなんだッ!」
関係ないとばかりにクローヴィスはセンチュリオンへと、エリーにあと数歩という距離まで迫った。
『この距離なら、外しはせん!』
「だからどうした!関係ねぇんだよッ!」
剣をクローヴィスに射出。
全てを避けられる距離ではなく、剣のがクローヴィスの左肩と右太ももにつき刺さる。
だが関係ないとばかりにクローヴィスは突進を止めはしない。
――ここで止まったら、俺はエリーを親友と呼ぶことも、救うこともできはしないッ!!
「うおおおおおおおッ!!」
――痛みと覚悟の籠った咆哮とともに、エリーの体に捕まえた。
「いや、やっと届いた……かな」
バランスを崩し、エリーとともに倒れる。
だがそれでも右腕は離さない。離すわけにはいかないッ!
『妾の負けか……』
「あぁ、そうだ。俺の勝ちだ、エリー。帰ってこいよ」
エリーに股がるような形で、エリーの首根っこを掴み勝利宣言を謳う。
"魔剣センチュリオン"との戦いが、決着した瞬間だった。




