居場所
剣と拳が互いに空を切った。
必殺の一撃をどちらとも空振るも、それを気にとめることなく次の一撃に備える。
どちらがいつ死んでもおかしくない戦いなかで
――どこか、満足していた。
自分と同等以上の敵が目の前にい。
傷を与え与えられ、何度も死線を掻い潜り、常に死が隣にある感覚を愉しんでいるのだと、2人がそれを理解するのにそう時間はかからなかった。
……戦って、戦って、戦ってッ!――――そして無惨に死ぬ。
そこに感情は在らず、ただただ事実のひとつとして、常識として捉えていた。
だが今この瞬間は。
かつて相見えたことのない、強敵。
感覚が研ぎ澄まされ、何もかも把握できるにではないかという全能感。
――これが闘い、己の全てを賭して相手を上回る。
戦士としてのひとつの完成形に今まさに2人の戦士が辿り着こうとしていた。
――霊峰アリフィス、中腹。
マキナたち5人がスキピオとその私兵との大混戦の最中、ギュンターとナハトは意図せずその乱戦とは外れた場所にいた。
「面白い武器を持っているなギュンター君!」
「こちらの台詞だクソッタレ!」
ナハトの魔力強化された拳を寸でのところで避け、自分の腕力とシュッツァーの魔力の噴出を大上段から合わせて思い切り叩きつける。
並の人間なら避けられることなく地に伏せる一撃を、ナハトは避けてみせた
「踏み込みが甘いぞッ!」
「それ込みでの攻撃だッ!」
勢い余って地面に突き刺さった大剣を支えに、手を軸にして回し蹴りを放つ。
ナハトはそれを防ぐ。
「……くっ!? 剣だけが取り柄ではないようだな」
「これでも一応軍隊所属なんでな! 格闘術のひとつやふたつくらい心得はあるっての!」
回し蹴りは防がれてしまったが、ナハトに肉弾戦という選択肢があることを教えることには成功した。
最後の手段として隠しておくことも考えたが、普段から徒手空拳で戦っている者に奥の手としての肉弾戦はこちらが押されてしまう可能性もある。
ならば最初から教えておいて、攻めにくくさせるという手をとった。
「この実力ならば、秩序の守護者に招かれてもおかしくはないはずだ!」
「知ったことかよッ! 俺が忠を尽くす相手はな! 最初から決まってんだよッ!」
大剣と拳が舞い踊るなか、己の決意を吐露する。
「忠を尽くす相手……シルヴィア=クロムウェル、だったかな」
「…………」
「少し君たちのことは調べさせてもらってね。まさか公爵家の令嬢だったとは知りもしなかったよ」
互いに距離が開き、体勢を整える。
シュッツァーの魔力結晶の残りはまだ余裕がある。これならまだまだ戦える。
「だからなんだ?」
「君の力は個人を守るためのものなのか?」
「脈絡がねぇんだよはっきりしろ!」
今は時間が惜しい。
他の5人はそう簡単にやられるようなことはないが、目にして無事を確かめないと落ち着かない。
「ギュンター君。そのシルヴィア=クロムウェル嬢は君が守るに相応しいのか?」
「……は?」
突然何を言い出すのかとナハトの正気を疑った。
ナハトの全身は鎧に包まれ様子を見ることはできず、声もくぐもって聞こえるために感情が読み取り辛い。
故に彼がなぜこんなわけのわからない質問をしたのかが理解できない。
「忠誠心か、義務感か、それとも恋慕か」
「どれでもねぇしどうでもいい。降参なら降参と素直に言えよめんどくせぇな」
「ではなぜ君は守る? ……君のような守る理由がない人間がいる一方で、大切な者すら守れなかった人間がいるんだぞッ!」
(……なるほど、そういうことか)
ナハトの謎の行動に合点がついた。
ナハトは恐らく"オラクル"事変において、大事な人を喪ってしまったのだろう。
だからこそ、憎いのだ、悔しいのだ。
原因の一部である姉妹がのうのうと生きているのに、その影で絶望に暮れる人がいる。それが許せなくてたまらない。
守りきれなかった悔恨と、その原因に対する憎悪。
それはきっとギュンターが口出しできるようなことではない。
だが、だとしても――――!
――俺が負けていい理由にはならないッ!
「……守る理由か。考えたこともなかったな」
「やはりな」
「だって、考える必要なんかねぇからな」
「なんだと…!?」
ここで自分が倒れれば、ナハトは仲間に手を出すに違いない。
それだけはさせない、させらられないのだ。
「もう全部守りますみたいな夢は捨て去ったさ。……だがな、せめて自分の手の届くやつらだけは守りぬく」
所詮、人間1人ではできることに限りがある。
だがその限りある中で自分ができる最大限を尽くす。
「理由なんか必要ねぇ。ただ守りたいって気持ちになれた奴らが後ろにいるだけだ。それだけで俺は……誰よりも前で戦って、誰よりも傷を負ってやるッ!」
誰かを傷つける刃ではなく、誰かを守る盾として、この剣を振ろう。
頂に登りきった戦士は、その答えを掴みとる。
――もう迷いはない。闘いに理由は必要ない。ただひとつの想いがあれは、人はどこまでも強くなれる。
「――来い、ナハト・リヒト。理由がなくちゃ戦えねぇお前に、俺は倒せない」
「……理由は必要ないか。そうか、それが君の答えか」
拳に力をこめ神経を張り詰め、次の一撃に全力を込めるべく大剣に取り付けられた引金に指をかける。
この引金を引き、少しギュンターの魔力を流し込むことで、剣に仕掛けられた魔力結晶の魔力が剣に伝導し常時魔力強化のような状態となる。
だが今はギュンターの魔力の全てを魔力強化に注ぎ、剣の魔力は全て斬撃時の噴出に回す。
全身全霊全力の一撃だ。外したら、という弱気なことは考えない。
「……私も全力の一撃で君を迎え撃とう。早急にあの姉妹を殺さねばならないからな」
ナハトも両腕の籠手に魔力を貯める。籠手が蒼く輝き、粒子が籠手を包み始めた。
「そうはさせねぇよ。じゃ、いくぜ――ッ!」
「あぁ! 来たまえ、ギュンター・ハンプデンッ!」
一歩踏み出すと大剣に宿した魔力を全て解放し、圧倒的な加速を得てナハトに肉薄する。
その速度は限定的ながら憑依術式・完全解放の速度を遥かに超え、並の人間ならまず視認することすら不可能だ。
避けるという行動を与えない速度と防御不可能な一撃必殺の一閃。
並の人間どころか歴戦の戦士ですら死を覚悟する攻撃に、ナハトはあえてそれを迎え撃った。
「回避も防御も不可能。――ならば、真正面から打ち砕くッ!」
蒼く輝く拳に全てを賭けてナハトは両腕を己の力と魔力の噴出で神速で打ち出す。
これもまた常人には見切れるはずもなく、生半可な防御では砕かれるのがオチだ。
その力は全くの互角。どちらが立っていられるかは、2人にもわからなかった。
「うおおおおおおッ!」
「はああああああッ!」
頂に登りきった戦士の一撃は互いにぶつかり合い、光を撒き散らし、そして。
◆◆◆
――立っていたのは、ギュンターだった。
「――してやられたな。まさかあの一撃をフェイントに使うとは」
「そうでもしなきゃ、倒せねぇからな……」
籠手を砕かれ、腕を露出させながら仰向けになって倒れるナハトと、肩で息をしながらもボロボロになった大剣を支えに立っているギュンター。
「あの一撃で倒せるならそうしてたさ。でもよナハト、お前は違うだろ?」
あの一瞬。互いの全てを賭けた一撃の瞬間。
ナハトの胴を薙ぐつもりだった大剣の切っ先を僅かに逸らしたのだ。狙いは籠手そのもの。
狙いは自身ではなく籠手だと気付いたナハトは全力で打ち出したの両腕を大剣から守るために、打ち出し伸びきったはずの両腕を曲げ防御体勢を取らねばならなかった。
しかし魔力を全て出しきった籠手では十分に防ぎきることはできず、籠手を砕かれその際の衝撃により吹き飛ばされてしまった。
それこそがギュンターの狙い、籠手を狙い相手を動けなくさせる最高の不意打ちである。
……とはいえ、ギュンターも相当な無茶をしたため大剣は修理に出さなければならず、体も治癒魔術が必要なほどなのだが。
「……それにしても守ることに理由はいらない、か。私には考えられないな。ギュンター君、やはり君は面白い男だ」
「そりゃどうも。俺からすりゃあいつらの方が……前も言ったなこんなこと」
デジャブを感じて笑う2人。
「……ひとつ昔話をしてやるよナハト」
突然、聞かれたわけでもないのにギュンターは語りだした。
「――そいつにはな幼馴染みが2人いたんだよ。しかもその1人は目が見えねぇ頃からの付き合いだ」
脳裏に2人の姿が浮かぶ。
「ガキの頃は互いの立場とか身分とか関係ないだろ? でも成長して立場や身分を考える歳になってもそいつらは仲良くやってたんだ」
しかし、ひとつだけその3人を隔てる壁があった。
――"才能"である。
「ある日、そいつは他の2人は自分なんかが及ばない才能があることに気づいちまった。何でもそつなくこなせるし一族に伝わる秘術を操る才能を持つお嬢様、稀代の魔術の才能を持ったその従者。お嬢様に至っては顕著な、そいつが1年かけて習得したことを1ヶ月足らずで習得して平然な顔をしていやがった」
ギルドメンバーとして世界を見ることを決意した彼女は、幼馴染みの父親に頼み込み剣を学んだ。
その成長は目覚ましく、天才とさえ謳われた。
「だからそいつは努力した。唯一誇れるものすら一番でなくなってしまったら俺の存在意義がなくなる……ってな」
努力して努力して努力して――。
自分の居場所を無くさないためだけに剣を振り続けた。
「それからお嬢様は宣言通りギルドメンバーとなり旅に出て幼馴染み2人はそのお供として旅に出たんだわ。その旅の中そいつは他の2人よりも前で戦い続けた。それは守りたいからじゃねぇ、幼馴染みに追い付かれそうな剣の腕を誤魔化すために――自分の居場所を守るために縋っただけのことだったんだ……ッ!」
2人を守り「ありがとう」と言われる度に自分はまだ居ていいのだと、空虚な自分を埋めてきた。――そうでもしなくてはどうにかなってしまいそうだった。
「本当は――怖いんだ。自分の何倍もデカいやつの目の前に立つのが。でもそうでもしなきゃ自分はあの場所にいられないッ! 2人への煽るような口振りも、怯える自分を奮い立たせるためのものなんだ……!」
だがその口振りのお陰か頼りにされてきた。
そうやって頼りにされることでか細い自信を保ってきた。
……だが、1年前にそれは変わってしまう。
「……1年前、エリーがそいつの仲間に加わったことでそれも終わっちまう」
自分よりも小さくて、細くて、弱々しいのに、エリーは恐れずに――例え恐れていたとしてもその恐怖を乗り越え、果敢に魔族へと向かっていった。
「エリーは自分の力を見極めて、あらゆる手を尽くして戦う力を身に付けていた。――努力の果てに才能を得たんだ。俺には出来なかった、死を覚悟してまで戦う力を得るなんて」
ここで今にも崩れそうな空虚な自信が揺らいだ。
代償を払ったエリーを責めるどころか、尊敬の念を抱いていたのかもしれない。
「本当に、エリーと出会ってからが転機だったな。色んな奴を見てどいつもこいつも俺なんかよりも……」
「ギュンター君……」
ナハトを見ながら話していたギュンターは不意に下を向いた。
「まぁ簡単に言えば追い詰められてた。いつか2人に必要ないと言われるんじゃないかとな。だからどうにかして居場所を作ろうと努力し続けた。その果てがこれだ」
支えにしていた大剣を一瞥する。
自力では限界を感じ、採らざるを得なかった手段。
「これが俺、ギュンター・ハンプデンという男だ。情けねぇよな」
ナハトは、この瞬間今まで悲壮な目をしてきたギュンターの目がまるで違うものになったのを見た。
「――だけどな。あいつは、シルヴィアは言いやがった。"そんなこと気にしていないわ、ギュンターはずっと私たちを守ってくれたじゃない"ってな。……そうだな、思い悩むまでもなかったんだ」
――例え非才でもなんでも、自分を支え続けてくれた。自分はそんなあなたを不必要だとは考えない。なんたってギュンターは私の大切な仲間なのだから。
わずかな言葉だったが、それに込められた想いを全てわかる月日をギュンターたちは重ねてきた。
「上から目線にもほどがあるぜ。だがな、心地よい言葉だ。あぁ、そうだ……最初から決まってたんだよ」
自分が仕える者はただの1人。
「俺が忠誠を誓うのは我が主、シルヴィア=クロムウェルだけだッ! 主の邪魔をする者は俺が剣となり盾となりて、それを打ち砕くッ!」
何年も悩んでいたことを、たった少しの言葉が解決してくれた。
――そうだ、悩む必要も、思い詰める必要もない。自分の後ろには仲間が友人が幼馴染みが、守ると誓った人がいる。それさえあれば、自分は戦える。もう居場所を探す必要はない。なぜなら、最初からそこにあったのだから。
「秩序の守護者のスカウト、一考の価値はあったさ。俺には世界よりもまず守らないといけない仲間がいるんでな。その誘いは蹴らせてもらう」
「……そうか、残念だ。守りたいと想えた人がいる、か。私の敗けだな、武力も覚悟も君の勝ちだ。でも、なぜだろうな、この敗北が、気持ちいいんだ。ギュンター君、君に負けたからかな? 」
妙に楽しそうなナハト。
ギュンターは知らねぇよと言い切り、ボロボロになった大剣を背負う。
顔も見えず、声もくぐもっているが、間違いなくナハトは笑っているだろう。
「じゃあ俺はあっちの援護行くから。まぁナハトはそこで寝てろ」
体の節々が痛いが戦えないほどではない。No.6とその私兵との戦闘はまだ続いているはずだ。
はやく行かなければ。
「……待てギュンター君」
「どうした」
「あちらの方向、人がいる」
ナハトが指した方向から、気づかれたと悟ったのか数人の武装した人間が現れた。
「やれ」
その中の1人が最低限の言葉で指示を出す。
現れた人間たちは全員顔を仮面で覆われ、判別がつかない。
「なんだこいつら!?」
「仕方あるまい、ここは私に任せろ。ギュンター君は先に」
「怪我人残して先に行けるかッ! 言わなかったか? 手の届く人間なら誰であっても守るってなッ!」
無理に立ち上がったナハトを支え、剣を構えるギュンター。
そこであることに気づく。
(鎧込みで考えると軽くないかこいつ……。いや、今はどうでもいい、さっさとこのわけのわからねぇ奴らを倒さねぇと)
「さぁ、行くぞッ!」
魔力こそ使い果たしたがどうということはない。
想定外の敵を前にギュンターは不敵な笑みを浮かべた。




