それぞれの想い
翌日。
マキナの予想通り、ギルドからエリーを対象とした任務が出された。
「……エリー・バウチャーの打倒及び"魔剣センチュリオン"の確保、ね」
マキナだけでなく、複数の秩序の守護者に同様の任務が出されていた。それはアリシアも例外ではない。
キニジは現在戦えないため、数に数えられていない。
「来るとは思っていた。私とアモーレを含めこの任務が言い渡されいるのは計4名。1人殺すためにここまで用意するとはな。ギルドも慎重ということか」
それだけ"魔剣センチュリオン"が驚異ということだろう。
おそらくセンチュリオン1人で軍隊を相手に無傷で勝てるほどの力がある。
剣を無条件に支配下に置け、魔力を宿してあるのならば剣でなくても彼女の一部に加えられる。
そのため今回選ばれた秩序の守護者たちは全員剣以外の得物を操る者ばかりである。
それだけ"魔剣センチュリオン"の能力が驚異ではあるが、逆にセンチュリオン本人の戦闘能力は低いと仮定された。
エリー本人が戦うのならともかく、センチュリオンが相手ならば懐に潜り込めば勝機はある。
たらればの話ではあるがキニジがセンチュリオンと戦った場合、キニジが負けると予想されている。
純粋な実力差ではなく、二振りの魔剣は機能せず、憑依術式も"魔剣センチュリオン"の支配下に置かれる可能性が高いからだ。
そう、致命的なまでに相性が悪いのだ。右腕が健全であっても勝てる見込みは低い。
それが右腕を"義手"で補うとあればなおさらだ。
剣士最強と名高いキニジをギルド側も捨て置くのは惜しかったのだろう、第2研究室"タスク"と第4研究室"ケミスト"両方に義手の開発を命じた。
聞けば最初は個別に義手を開発していたが、今は協力して開発を行っているとのことだ。
その義手には以前マキナが話した魔力結晶を用いた技術が使われている。
魔力結晶が動力となるその義手は当然、"魔剣センチュリオン"の支配下に置かれてしまう。
そうなれば流石のキニジでも片腕だけでは勝ち目がない。それに元よりまだ義手は完成していない。
だからこそギルドはキニジの復帰を待たずエリーの討伐任務を発したのだろう。
「No.6、あたし、No.13、アリシア。これが今回の任務に参加する面子よ。No.13のナハトについては知ってるだろうけど、No.6って名前すら知らないよね?」
「知らないわ。そもそもあなたとキニジさん以外の現役一桁No.いたのね」
意外そうに手を顎に持っていくシルヴィア。
それも当然のことだろう。
秩序の守護者の順列はその人物の実力や貢献度ではなく、単純に入った順番である。
そのため番号が若くなるほど年齢を重ねている人物が多く、また戦ってきた年数も増えることから殉職やら年齢による引退などで一桁No.は少なくなりがちだ。
マキナのような年少期にスカウトされた例外を除き、現在の一桁No.は全員30代を越えているという。
No.1のマリーも実年齢は40歳を過ぎており、それでも現役当時は若輩者であったことから50代、下手をすれば60代の一桁No.もいるかもしれない。
「No.6か。彼は自分が戦うタイプではなく、指揮能力に長けていたことから選ばれたはずだ」
「あぁ、その通りだ。奴自身ははっきり言って弱い。だが指揮能力が凄まじくてな。奴が指揮したところ10人で100人相手に勝ったという話もあるくらいだ」
キニジは会ったことがあるのか、少し遠い目をして呟いた。
そもそも少数精鋭が売りの秩序の守護者において、そのようなタイプの実力者はいないものかと考えていた。
「No.6は現地についたら一目でわかるでしょ、目立つし」
「そんなにわかりやすい御仁なのか?」
「……見ればわかる」
そんなに目立つ人なのかと俄然興味がわいてくる。
マキナ曰く秩序の守護者には変人奇人がやたらと多いという。その中でも目立つとあれば余程の人間なのだろう。
「それでどうするの。全員行くの?」
マキナが周囲を見渡し訊ねる。
今では仲間の人数も増え、孤児院のリビングでは狭く最近は中庭で話すことがほとんどだ。
初夏なのでまだ外で話し込めるが、本格的な夏に移行した場合どうするかが身近な悩み事となっている。
「待って。つまり任務を受けるってことでしょう? それはあまり…私はやりたくないわ」
「いや、受けたほうがいいんですよ。No.6とNo.13はエリーさんとの関わりがありませんし、容赦なく戦うと思います。その結果万が一センチュリオンが彼ら2人を倒した場合、ギルドと対立は避けられないものとなってしまいます」
ここまで言われてシルヴィアははっと気付いた。
「なるほどね。私たちならセンチュリオンを止めて、エリーを奪い返せる。センチュリオンがエリーの体を乗っ取ったことはギルドも把握しているし、奪い返せばエリーと彼らが戦う必要もないってことね」
取り返しのつかないところに行く前に、それを止める。
問題は説得に応じずセンチュリオンと戦闘になった場合だ。得物が剣のシルヴィアではまず戦いにならない。かといってその他の武器を扱えるわけではない。
「んじゃ次はセンチュリオンと実際に相対するやつを決めるぞ。俺は残念ながらは無理だ。新しい相棒とは色々相性が悪すぎる」
ギュンターはシルヴィアたちがいなかった2週間弱の間に例の鍛冶屋に頼み新たな武具を製作してもらっていた。
「頼みがあるって言われて、聞かされたのが武器の改造よ? お陰でちょっとcode:Aに生かせそうな結果が出たんだけどさ」
「まぁそんなわけでカベナンターを改造したんだわ。名がシュッツァー」
マキナの愚痴をさらっと受けながし、ギュンターは背負っていた大剣を抜くと見せつけるように地面に突き立てる。
"シュッツァー"は今までギュンターが操ってきたカベナンターの要素は残しつつもまるで別物のような姿となっていた。
以前もツヴァイヘンダーとカテゴリされているにしては刃が大きかったが、今回はさらに厚みが増している。理由としてはその特徴的な刃自体だろう。
カベナンターは両刃剣だったが、シュッツァーの刃は片方だけのものとなり、変わりに何かの噴射口のようなものが峰部分に備わっている。
「リディアと戦ったときに見せたんだけどよ、魔力を限界まで剣に込めてそれを噴射させることで爆発的な加速を得られるんだわ。でも俺って魔力ないだろ? だから1回切りの正真正銘全身全霊の必殺技、みたいな感じだったわけ」
つまり峰部分は魔力の噴射口ということだろうか。確かに多少距離が離れていようとも一瞬で間合いを詰められ、なおかつ必殺の一撃を叩き込めるがその制御は並大抵のものではあるまい。
「それで魔力を一々込めるよりは最初から剣に突っ込んだほうがいいって考えてな。 大剣に魔力結晶入れた」
「なんというか…頭の悪い発想ね。確かに一撃の威力は強くなるけど、操れるの?」
「ったりめぇじゃねぇか。そんくらいの努力はしてるっての。お前だって『影』の習得を隠れながらやってただろ」
「えっバレてたの」
「全員にバレてましたよシルヴィアさん」
「そんなぁ…」
土壇場でかっこよく『影』を操ろうとしていたのに、まさか裏で練習していたのが全員に認知されてしまっていたとは。
ともあれあれから『影』については調べていたが、まるで情報がない。魔術とは似て非なるものらしく、魔術研究所でも再現できないらしい。
そもそもなぜクロムウェル家だけが使えるのかさえ不明なモノだ。何れ自身の血を検査にでも出そうかとシルヴィアは考えていた。
……ここで、シルヴィアの頭に一閃の光が過ぎ去った。
「……ん? 『影』……そうよこれよ! これさえあればセンチュリオンとも戦えるわ! マキナ、流石に『影』までは支配下に置かれないわよね!?」
「わかんないけど…。物質じゃなくて純粋な魔力の刃っぽいんでしょ『影』って。なら大丈夫だと思うけど」
「ならよかったわ。よし、私はセンチュリオンとの交渉係ね、よし!」
1人盛り上がるシルヴィア。
シルヴィアの気持ちは全員理解しているが、そこまでになるかと若干呆れてもいる。
次に手を挙げたのはアリシアだった。
「私も行こう。それくらいはさせてくれ。私はバウチャーを……その、相棒みたいなものだと思っていたんだ、恩人でもあるがな。だから……」
「皆まで言う必要はないわよアリシア。あなたも一緒にエリーを救うのよ。……これで2人、魔術師3人はどうかしら?」
槍が得物の彼女ならセンチュリオンとの戦闘も問題ないだろう。
ギュンターとリディアは戦えず、クローヴィスも微妙なところ。残るは魔術師3人だが、3人とも首を横に振った。
「センチュリオンは前動作なしの遠距離攻撃ができます。詠唱してやっと攻撃できる僕らではそのスピードに対応できない。術式陣程度ではあの威力は防ぎようがありませんし」
「なら無詠唱でって考えるかもしれないけど、そうしたらわたしたちは魔力すぐ尽きちゃうし…。どう頑張ってもエリーちゃんとは戦えないよ。シルヴィアちゃん、ごめんね」
「だいたい飛び道具あるし転移魔術で自由に移動できるしで魔術師とは相性悪いのよ。そんなわけであたしたちは周囲を抑えるから、よろしく」
なら2人で戦うしかないかと頭を抱えるシルヴィア。
どう戦えばいいかを悩むも、いい案が浮かばない。今まではエリーが考えていたが今はそのエリーが相手になっている。
「あれ、ちょっと俺忘れてない? 俺そんな影薄いかな」
どうしたものかと悩んでいると、クローヴィスが困ったように手を挙げた。
「でもクローヴィスの武器…どうなの?」
「武器のことなら大丈夫。これ使わないし」
センチュリオンに支配下に置かれることを危惧しているのはクローヴィスもわかっているはずだ。
「ならクローヴィス、何を使うつもりだ? 俺は剣しか教えていないが」
「あぁ違うっすよ師匠。武器なんかいらないってことです」
「何を馬鹿な。死ぬつもりか!」
「クローヴィスなに言ってるの!?」
「死ぬつもりも、馬鹿なつもりもないです。安心しろレベッカ。……グレた親友の目を覚まさせるのに、武器なんて必要ない。拳ひとつで十分、違いますか?」
いつになく真剣な眼差しのクローヴィス。今のクローヴィスを止めることはできない、彼は本気でエリーを拳ひとつで止めるつもりなのだ。
「そうか……"親友"、か。わかった。好きにしろクローヴィス。だが死ぬなよ」
「そこまで言うならいいけど……。エリーもクローヴィスのことを親友だって思ってるんだから、絶対死んじゃダメだからね」
「ありがとう師匠、レベッカ。危なくなったら死ぬ気で避けるさ、死ぬわけにゃいかないんでね」
口調こそ軽いが、その声音は重く覚悟を決めた男のものだった。
その一方、少し遠い目をするキニジ。
親友という言葉にエヴァンジェを思い出したのだろうか……。
「……なわけで俺もエリー担当にしてくれないかな、シルヴィアさんや」
少し気恥ずかしそうにシルヴィアに訊ねるクローヴィス。
あまり親友という言葉は人前で使わない分、言うことにためらいもあっただろう。
シルヴィア自身もギュンターとウェンに全幅の信頼を寄せてはいるものの、普段それを公にすることはない。理由は単純、恥ずかしいからだ。
それがあっても親友と呼ぶのなら、それだけの覚悟と決意があるということ。
「えぇ、わかったわ。私は大好きな人を、アリシアは相棒を、クローヴィスは親友を。センチュリオンから取り返すわよ」
「あぁ。必ず助けよう」
「もちろん」
それぞれエリーに掛ける想いは違うが、エリーを救うという覚悟は同じだ。
考えも思想も異なる人間が今はひとつの目的を目指している。それだけエリーが大事に思われているのだ、幸せ者とは彼のことだろう。
だからこそ、それを伝え救わなければならない。
「では決まりましたね。シルヴィアさん、アリシアさん、クローヴィスさんがセンチュリオンと実際に対面する役割を。彼のことは頼みましたよ、皆さん」
無言で頷く3人。
シルヴィアたち3人以外は周囲の確保。最悪の場合秩序の守護者との戦闘になるかもしれないが、それでも全員首を縦に振ってくれた。
……そんな中、重苦しくなってきた空気を破ったのはアリシアだった。
「そうだひとつ思い出した。皆バウチャーのことを彼だの男だの言っているが……その、もしかしてバウチャーは男なのか?」
何を言っているんだとアリシア以外の全員が固まった。
「そうだけど…知らなかったの?」
「……え?」
「えっ!?」
今度固まったのはアリシアだ。
「そんな馬鹿な…。いやでも思い当たる節がいくつか……うーん……」
「なんでしばらく一緒にいたのに気づかないのかしら。……アリシア?|
「ははははは! そうかわかったぞクロムウェルが男なのだな!?」
「なんでそうなるのよ! 宿のお風呂に私と何回も入ってるじゃない」
余程ショックだったのか、意味のわからないことまで口走るアリシア。
とりあえずあの手この手でアリシアを落ち着かせようと尽力し、
――数分後、そこには窶れたような顔をしたアリシアがいた。
「ここ最近で一番のショッキングな出来事だったな…」
近くにあった椅子に座り項垂れるアリシア。その横ではマリーが心配そうに顔を覗いている。
「まぁ、アリシアの気持ちもわからなくはないわよ? 見た目可愛い女の子だもの」
「そういえば、デイヴァも最初は女の子だと思っておりましたわね。女の子扱いしたら『僕は男だ!』と怒っていましたけれど」
「あったねぇ…。あの時のデイヴァちゃん可愛かったなぁ…」
懐かしそうに頷くリディアとメディア。デイヴァもそんなことがあったのかとむしろ感心してしまった。
"オラクル"は常に緊張感漂った雰囲気なのかと思ったが、実は違うのかもしれない。
「ウェンとかギュンターもはじめは性別間違えたりした?」
「僕とギュンターですか? 確かに間違えましたね。シルヴィアさんが何故か一目で看破してたので、アリシアさんみたいに長い間勘違いしてたわけではありませんけど」
マキナの素朴な疑問にすっと答えるウェン。むしろすぐにわかったシルヴィアがおかしいのだろう。
シルヴィア自身もなぜあそこで性別が男だとわかったのかがわかっていないのだが。
「まぁ疑問も晴れたし、もう憂うこともない。万全の状態で戦える」
「ええ。緊張も解けたみたいね」
図らずともアリシアのお陰で緊張が解けた。緊張は大事だが、し過ぎるのもよくない。いざというとき本来の力を発揮できないかもしれないからだ。
あとは本当にエリーのところへ向かうだけ。
そこで全てが決まるのだ。
「そうだ、任務の場所を伝えていなかったな」
「あ、そういやそうだったわね」
アリシアは自分への任務が綴られている手紙を見ると、静かにその場所を告げた。
「――場所は霊峰アリフィス。白花の山と呼ばれ、頂上では一年中アングレカムの花が咲き誇っているという世にも珍しい山だ」




