再起
ついに100話達成です。
読んでくれた全ての読者様に感謝を。
――数日後、フィレンツェ。
「2度とエリーに逢うな、か。そりゃシルヴィアも沈むわね」
「悔しいですが、"センチュリオン"の言葉もある意味では正論です。まぁ、僕はシルヴィアさんの意志を尊重しますけど」
「世界のためにエリーを諦めるか、世界が滅びる結果になってもエリーを選ぶか。簡単にはいかない話だわな」
孤児院の中庭にあるテーブルにて、難しい顔を突き合わせているのはマキナ、ウェン、ギュンターの3人だ。
話の内容はただひとつ。エリーとシルヴィアのこと。
――スサの町から帰還後、シルヴィアは死んだも同然な状態になっていた。
"エリーのために逢うな"。
この数週間、エリーに逢うために動いてきた彼女にとってこの言葉はあまりにも厳しいものだった。
エリーが幸せを願うように、シルヴィアもエリーの幸せを願っている。
ただエリーと違いは、シルヴィア自身がエリーの隣に立っていたいという望みも彼女の願望でもある。
死別したわけでもないのに、エリーと2度と逢えない。
いや――いっそのこと死別だったのならば、シルヴィアも幾らかマシぁったのかもしれない。
エリーが生きているのに、もう逢えない。それが彼女の心を締め付けていた。
「私も、一緒していいかな…?」
「あぁ、レベッカさん。もちろんどうぞ」
暗い顔をしてこちらにやってきたのはレベッカだ。
このテーブルはちょうど4つの椅子がある。別になんてことはないのに、椅子に空きがあると寂しい気がするのだ。今の状況では特に。
「私、考えたんだ。もしシルヴィアと同じ立場だったらどうしようって。……でも、選べなかった」
「…………」
静寂が辺りを包み込む。
その静寂を切り裂いたのはマキナだった。
「みんなには悪いけど、あたしなら世界を選ぶわ。別にエリーが嫌いだとかそんなんじゃない。ただ、今の世界が守れるなら……やっと手に入れたものを手離すわけにはいかないのよ」
「マキナさんは間違っていませんよ。常識的に考えれば愚かなのは僕らです。……ですが、そう簡単に仲間を見捨てられるほど、僕は聖人ではありません。エリーさんを救うのが愚かだと宣うのであれば、僕は進んで愚人になりましょう」
どうやらウェンの腹は決まったようだ。
しかしマキナの選択も、かつての彼女のことを考えれば無理もないことだ。
ストリートチルドレンとしてどん底の人生を歩んでいた彼女にとって、才能を買われて第2研究室"タスク"として選ばれのはまさに夢のような出来事だったのだろう。その証拠に、"タスク"の室長レオナルドには言葉では表せないほどの感謝の念を抱いている。
それだけではない。
ウェンや彼の仲間との出会いはマキナにとって何事にも替えがたい宝物となった。
それを易々と手離すことができるはずがない。
「どっちも大切だから悩むんだろ。シルヴィアからすればエリーはもちろん、デイヴァが救ったこの世界も守りたいんだろうな」
「ギュンターはどうするの?」
「んなもん決まってんだろ。"センチュリオン"倒してエリーを奪い返す」
単純明快、簡単な話だ。
レベッカの問いに即答したギュンターは椅子から立ち上がると荷物でも整えるのか孤児院の中へと入っていった。
「ったく…悩んでなかったじゃない。2人とも助ける以外の選択肢ないじゃん。ま、助けるならあたしも協力するわ。あくまであたしがシルヴィアの立場だったらって話だし」
力が抜けたようにテーブルに身を任せるマキナ。両手を台にしてその上に顎を乗っけた体勢をしながら、レベッカを見つめ直す。
「それで、レベッカはどうするの」
「皆と違って私は戦えないから、私が意見しても
「戦えるとかそんなの関係ないでしょうに。アンタはエリーを助けたいの? 助けたくないの?」
「もちろん助けたいよ!」
「じゃあ決まりね。アンタが戦えないことを今まで誰かが責めたことないでしょ。そんなことでうじうじしないの! 引け目を感じる必要もない! 言いたいこと言えばいいのよ! あたしはずっとそうしてきたし」
「マキナ……」
だらけた体勢を直し、レベッカに訴えるために背筋を伸ばすマキナ。
本当に言いたいことを言ってきた彼女だけに、説得力があった。
他の皆が戦い傷ついている間もレベッカはただ孤児院で待つことしかできなかった。それを引け目に感じていたのだろう。
それが原因で、普段レベッカはあまり意見することがなかったのかもしれない。だがこれからはそんなことが無くなればいいとウェンは思った。
「レベッカさんもマキナさんも覚悟は決まったみたいですね。後は問題のお嬢様を説き伏せるだけ……はぁ、肝心なところで消極的になるのやめてくれませんかね、シルヴィアさん」
気づけばこの中庭にやってきていたシルヴィアに視線と言葉を投げ掛けるウェン。
「…………。みんな、どうして簡単に決められるのよ」
渦中の人物であるシルヴィアは未だにどちらを取るか決められないようだ。
エリーをとっても世界をとっても、完璧な結末とはならない。
なら後は自分が大事なものを選ぶだけだ。だがシルヴィアは自分の意志よりもエリーのことを考えている。
「――なぜか。そんなの決まっているのです」
「お母さん……!」
シルヴィアの後ろから声をかけた人物。マリーだ。
マリーは強い意志を以てシルヴィアを真っ直ぐ見透す。
「マリーさんは、どちらを選ぶんですか…?」
力なくシルヴィアが訊ねる。
瞳からは光が失せ、顔には涙の痕が見えていた。
「エリーと世界。そんなの比較対象にすらならないのです」
「なら、あなたは…」
「悩みすらしません。私はエリーを救います」
悩みに悩んでいるシルヴィアを嘲笑っていると勘違いしてしまいそうなほど、マリーの言葉には迷いがなかった。
「"親"からすれば、"子"は何より大事なもの。世界程度では釣り合わない。"子"のために世界を敵に回す覚悟なんて、18年前のあの日にしているのです」
「……世界を敵に回す、ね…………」
マリーの言葉で何かに気付いたシルヴィア。その瞳に少し光が戻ったように見えた。
「シルヴィア」
「レベッカ……?」
「はっきりと言わせてもらうね。今のシルヴィアはエリーには釣り合わないよ」
レベッカは何を言い出すんだと驚く一同。
マリーですら目を見開いている。
「エリーが好きなシルヴィアは今のうじうじした姿なの? 違うでしょ!?」
「でも、私は」
「でもも何もない!」
こんなにも感情を露にする彼女を見たことがないため、誰もレベッカに言葉を返すことができなかった。
「エリーが一番好きなシルヴィアが助けに行かなくてどうするの!? 私は戦えない? ……笑わせないで。戦いたくても戦えない人だっているのよ!!」
「レベッカは……エリーのことが好きなのよね?」
「そうだよ大好きだよ! でも、エリーの隣にいるのはシルヴィアじゃなきゃダメなの! だからシルヴィアが助けに行かなきゃいけないんだ!」
その言葉は間違いなくシルヴィアに響いた。
自分の恋慕の感情を明かしてまでレベッカはシルヴィアを鼓舞したのだ。ここで立ち上がらねば、クロムウェルの名に恥じる。
「シルヴィア、あなたは簡単にエリーを諦めるのですか? 違うはずです」
「……違うわ」
力の籠った声。
シルヴィアの中に意志が戻った瞬間だった。
「シルヴィアさん。いつも通り、自分に素直になってください。自分が一番したいこと、やりたいこと、すべきこと。それらを考えれば自ずと答えは見えてくるはずです」
「私の……やりたいこと……!」
俯いていた顔を上げ、活力を取り戻した瞳で空を仰ぐ。
「私は、決めたんだ。ここで、この孤児院で、エリーを待つって。確かに私は戦えないよ。でも、"皆"が帰ってくるこの場所は守ってみせる。その"皆"にエリーがいないとダメなんだよ! だからお願い、シルヴィア…!」
「そうよ……エリーも……一緒にッ!」
拳をぐっと握る。
もうその姿は絶望していた先程の彼女とは全く違う。
「……大事なことを忘れていたわ。私はいつだって、自分のために動いてきた。これからもそう! ……決めたわ、エリーを取り返すわよ!」
"エリーを奪い返す"。その決意が固まった。
自分自身に素直になる。それでこそシルヴィアだとウェンはそれを隠しながらも喜んだ。自分の仕える主人はそうでなくては。
「世界なんて知ったこっちゃないわ! 私はエリーと共に在りたい、それだけよ。エリーが私を殺す? 馬鹿馬鹿しい、殺れるものなら殺ってみなさいよ!」
鬱憤を晴らすかのように喧しく叫び続けるシルヴィア。
銀色の長髪を揺らし、銀眼で空を見上げ、絶世の美貌を持ちながらも、子どもよろしくわめきたてる彼女がどこか可笑しかった。
「ねぇウェン。まさかアンタここまで想定してたの?」
「それこそまさかですよ。ただ、立ち直ってほしかっただけです」
怪訝なそうな顔でこちらを見るマキナにそれはないと否定する。
マキナもマキナで落ち込んでいた仲間を励まそうとしていた。かつての彼女からは考えられないことだ。
昔から素直で言いたいことははっきり言う性格なのは変わらない。だが他人を思いやることはしなかった。
しかし継承戦争が終わってから、マキナは他人のことを気遣えるようになってきている。
「マキナさん、ありがとう」
「な、何よ急に!?」
「少し礼を言いたかっただけです。あなたには色々と世話になっていますから」
大小様々なことを彼女には手伝ってもらっている。
文句を言いつつもなんだかんだで手を貸すマキナもまたお人好しなのだろう。
「さてと! 準備を整えたら"センチュリオン"を追うわよ!」
本調子を取り戻したシルヴィアとその隣で「おー!」と元気よく右腕を上げるレベッカ。
マキナはそれを面白そうに見るとウェンに視線を戻す。
「さっきも言ったけどエリーのことはあたしも手伝う。聞いた限りじゃ相当派手にやったみたいだし、ギルドに嗅ぎ付けられて捜査されても当然ね。転移魔術で消えたってもまぁ見つかるでしょ」
「だといいですけど」
問題はその捜査担当の"レイヴン"が既に敵の手中にあることだ。
その手中にあることをギルドは知っていてあえて野放しにしているのか、本当にわかっていないのか。後者だとするならば無能にしても程がある。
そもそも"レイヴン"全体が"レジスタンス"に操られているのか、一部なのかでも状況は大きく異なる。
メディアとリディアに聞いてみたところ、カルディアは"レジスタンス"と繋がっていなかったらしい。
そのため彼らが手中に収めているのは一部だけの可能性は在るものの、一端の職員でしかなかった彼女が知らなかっただけかもしれない。
繋がりがあるのは幹部連中だけで役職なしの職員はただ命令された通りに動いている……という事態も思考の端に置いておく必要がある。
……とはいえ、今は情報がない。
センチュリオンの動向も"レジスタンス"の動向もわからないため下手に動くわけにもいかない。
今は待つことが最善策だと信じ、ウェンは尚も喚き続けるシルヴィアを咎めに椅子から立ち上がった。




