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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第1章 因縁の決着
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因縁の決着

魔族の両方の刺を破壊したことにより、魔族との戦いはさらに有利なものとなった。




「…"ディザスター・ブレード"!」


何度目になるかわからないウェンの魔術が地面を揺らす。

それでも魔族は倒れない。驚異的な耐久力だ。


「硬い…まだ倒れない…」

「イライラしてはダメよエリー。クールに、確実に、よ」


爆発で起きた風に銀髪を揺らすシルヴィア。余裕な態度を見せてはいるが、彼女も所々かすり傷が見える。

傷ついているのは全員同じだ。後方で魔術を唱えているウェンでも、魔族の唐突な攻撃に晒される可能性もある。

全員同じリスクを持っている。だからこそ、はやめに倒さねばならない。



「どうした2人とも?疲れたなら俺に任せて休憩してろ」


魔族の攻撃を尽く捌いていたギュンターも、同じように傷が目立ち始めた。

それでも強気に俺に任せろと言えるギュンターが頼もしい。


「僕はまだ戦える。もう前のように1人で戦わない」

「ええ。一緒に戦って負けるはずがないわ」


握力がなくなってきた手にどうにか力を集め、白銀に彩られた剣を握る。

どこで切れたか髪留めがなくなり、今は束ねた髪が前まで見えている状況だ。奇しくもシルヴィアと同じような髪型となっている。

もう自分の髪など気にしてはいない。

この髪が魔族と同じように忌避の対象だが、今は魔族を討つことに集中している証ともとれる。




「いい加減エリーに囮を任せるのも忍びねぇ。俺がやるからお前らが仕留めろ!」


地煙を切り裂くように斬り込んだギュンターが、魔族の前に躍り出る。

そのまま左腕に袈裟斬りをすると蹴りを挟み、真上からツヴァイヘンダーを叩きつける。



「ァァア…」


何度もエリーやウェンの魔術が直撃し、さらには何度も斬りつけられ魔族も弱っている。その声にかつての力強さはもうない。


「そろそろ魔力がもたねぇか…。ウェンにエリー、後は頼んだぞ!」


やはりギュンターの魔力切れが近い。

消耗しているのはエリーたちも同じだ。速く勝負を決めたい。




「私とギュンターは囮に徹するわ。その間にエリーとウェンは、魔術を!」

「気を付けて…!」


シルヴィアが前に出るのとは逆に、エリーはウェンがいる場所まで下がる。

魔力を使えないシルヴィアと魔力を使い果たしたギュンターが囮となり、その間にエリーとウェンが魔術で倒す。

普通の魔族が相手なら、シルヴィアたちにかかればギュンターが魔力を使い切る前に倒せるはずだ。

だがこの魔族は異様な程に硬い。剣はほとんど通らず、魔術も予想より効いていない。



「とりあえず関節だ!関節を狙うぞ!」

「わかったわ!」


ギュンターが頬に傷を作りながらも叫ぶ。関節を狙ったせいで魔族の咄嗟の攻撃を完璧に避けられない、といったところか。

危険を冒してほしくはないが、そうでなくては倒せないのなら仕方のないことだと自分に言い聞かせる。


「確かに関節なら魔力を纏わせる必要もない…!――穿て、炎穿の魔弾!"フレイムシュート"ッ!」


魔族の残った左目に向けて火球を打ち出す。魔族はそのまま避けることなく火球が直撃する。

あくまで魔族の視界を一時的にでも奪うのが目的だ。



「グゥゥアァ…」

「よし今だ」


苦しんでいるのか、ただの唸りなのか、それすらわからないほど魔族にはもう力が残っていない。


魔術が直撃したのと同時に駆け出したエリーは、シルヴィアとギュンターの隣を駆け飛び上がる。

狙うは魔族の首だ。首を落とすのではなく、左手に握ったナイフを突き刺して魔族をさらに弱めることが目的だ。




「エリー、合わせるわ!」

「わかった!」


エリーが駆けたその場所をシルヴィアが走る。

ちょうどエリーに隠れるような形だ。


「これで…どうだッ!」

「アアァァァァァッ!」


さきほどシルヴィアが刺したその横にナイフを突き立てる。


「これでも食らいなさい!」


シルヴィアはエリーが刺したナイフを思いっきり蹴り上げた。

その勢いのまま頭を真上から斬りつける。魔族からすれば唐突に現れ攻撃されたと見えるはずだ。




「皆さん下がってください!"アイシクル・バースト"ッ!」


突然現れたシルヴィアに不意をつかれ、尚且つその直後にウェンの魔術が襲いかかる。

ろくに対処もできないだろう。ーーそうでなくても、弱っている魔族に避けられるとは考え難い。


「――!?」


魔族の体が徐々に氷で覆われていく。ウェンの魔術の効果だ。

魔族の体が氷で完全に覆われると、


「――散れッ!」


ウェンが氷を魔族ごと、氷の内側から爆破させた。

魔族はもう声すらあげられないのか、膝をついて全身傷だらけの体でこちらを睨んでいる。



「いいぜ上出来だッ!このまま押しきるぞッ!」


我先にとギュンターが魔族に突貫する。エリーとシルヴィアも後に続く。

あと一押しだ。


これなら勝てるとさらに苛烈な攻撃を加える。しかし――――、




魔族は倒れなかった。



もはや何かの執念かと思うほど、この魔族は倒れようとはしなかった。

特にエリー以外の3人の攻撃では倒れるわけにはいかない。そうこの魔族から感じ取れるほどに。

まるで、エリーに殺されたがっているようだ。






「まだ、倒れないのね…」

「でも…ここで、倒す…確実に…ッ!」


シルヴィアも弱音を吐いてしまっている。しかしエリーは諦めるつもりはない。

全員、限界が近い。

気がつけば日も傾き、夕日が眩しくなっている。

だがいくら日が傾こうが、打開策が思い付くわけでもない。




「――2人とも、後はお願い」

「…シルヴィア?」


斜陽が差しシルヴィアの顔の影が濃くなる。

それと同時にエリー自身の不安が大きくなるのを感じるが、今のエリーにはシルヴィアの名を呼ぶことが精一杯だ。


「あぁわかった」

「………」


いつもより低いトーンで了承するギュンターと、無言で頷くウェン。

彼らのこれも合わさって余計不安になる。



「シルヴィア、何を…」


シルヴィアに何かあっては困る。もし先日の自分のような行うをするのなら、無理にでも止めるつもりだ。

そうでなくとも、ギュンターとウェンがそうさせないとは思うが。


「奥の手を披露するだけよ。…心配してくれてありがとうエリー。あと、危ないから少し下がってくれるかしら」

「…わかった。頑張ってシルヴィア」

「えぇ、はりきって頑張るわ!」


シルヴィアは笑顔で応えた。

心なしか、血色もよくなったように見える。

つまるところ自分にできることは彼女を見守るだけだ。だからこそ見届ける。





シルヴィアはまず自分の指先を軽く斬る。そこから滴り落ちた血が地面を濡らすと、シルヴィアはそこに剣を突き立てた。

そしてシルヴィアは魔術のそれとは異なる詠唱らしきものを紡いだ。


「…我が血に楔られし、数多のカミ。今こそ解き放たれ、喰らい、潰し、血を奉れ。クロムウェルの名において蹂躙せよ 、我が影の刃ッ!」


詠唱の直後、突き立てた剣を中心に突風が巻き上がり剣が砕け散る。

ーーするとシルヴィアの影が肥大化した。


(なにあれ…)


見間違いでもなければ、幻覚でもない。

シルヴィアの影が肥大化、さらには枝分かれし、そのひとつひとつが刃を形成している。




「あくまで本命はエリーよ。やれるのは足止めくらい、頼んだわ。――さぁ、行きなさいッ!」


シルヴィアが魔族を指さし、『影』に命令を下すような素振りを見せた。

そして『影』は、シルヴィアの意思に従うように魔族へと一直線に飛び、魔族の四肢を貫いた。

後から聞いた話ではこの『影』はクロムウェル家に伝わる秘蔵の魔術らしい。それに本来はこのような足止め用の魔術ではなく、一撃で仕留めることに特化した魔術とのことで、シルヴィアはかなり無理をしていたとのことだ。




「あまり…持たないわ…!はやく…ッ!」

「ありがとうシルヴィア!…ここで決めるッ!」


シルヴィアが作った決定的なチャンスを逃しはしない。


「――ガァァァァァアッ!」


魔族も最期の抵抗を見せた。

貫かれている右腕を強引に『影』から引き離し、そのままエリーに叩きつけんと振りかぶった。


だが、エリーはそれを避けようとはしない。

なぜなら彼の後ろには、ギュンターとウェンがいたからだ。



「足掻くなぁオイ!だが…そうはさせねぇよッ!!」

「邪魔はさせませんよ…斬り伏せろ!"ディザスター・ブレード"ッ!」


ギュンターの大剣とウェンの剣の形をした魔力。その両方が魔族の右腕を捉え、消し飛ばした。


「今よエリーッ!」

「エリーッ!」

「エリーさんッ!」


――ここで決める。




「うおおおおおおおッ!」


飛び上がり、剣を構える。

狙うは魔族の首だ。


右腕を失い、残った手足を貫かれ、死を目前にしてもなお魔族はエリーから目を離さなかった。

その深紅に染まった目に僅かな安堵が見えたのは、気のせいではないだろう。



「これで――」


脳裏に甦る数々の記憶。


11年前の両親を失った日。


それなら8年間過ごした孤児院での日々。

突き放してもそれでも諦めずに自分と話そうとした親友、誰よりも優しく笑顔が素敵だった親友。

そして自分を導き道を外させまいと精一杯の愛をくれた大人と、自分に戦いを力とその心意気を教えてくれた大人。



3年間の旅の記憶もある。


見ず知らずの自分に声をかけ、一緒に戦い、そして死んだ2人。

――あのことは忘れない。



そして、今。


シルヴィア、ギュンター、ウェン。

数日だったが、彼女たちとともに過ごした日々は間違いなく楽しいものだった。



この魔族の死は、自分にとって終わりとはじまりだ。

そのためにも、ここに至る因縁に決着をつける。



「――終わりだ」





肉を斬る、確かな感覚。

着地と同時に響く。倒れた音。


それが何を意味するのかは、わかりきっている。



「エリー!」

「やりましたね!」


ギュンターとウェンの声だ。

彼らの声にも、安堵感が感じられた。


「エリー…よかった…本当に」


シルヴィアの声も聞こえる。



今、彼女たちに言えることはひとつしかない。








「――ありがとう」


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