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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第1章 因縁の決着
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はじまり

ギルド、という組織が存在する。


元は傭兵の同業組合だったものが肥大化し、傭兵以外の人員が大量に出入りしたため、傭兵の斡旋以外の仕事を始めたのが発祥だ。

本来の意味のギルドという単語と今のギルドの意味は異なってはいるが、『ギルド』という単語そのものが今の組織の固有名詞と化している。


今やそのギルドは大陸中に支部を作るほどの組織と化し、大国にすら影響力を持つ存在だ。だがギルドはあくまで中立の存在であり、特定の国の肩を持つこともなければ深入りすることもない。


そのギルドの仕事はシンプル極まりない。紛争や魔物、魔族の討伐から日常のいざこざまで。多少の審査はあるが、ほぼ全ての問題を『依頼』として担いそれを解決すること。

そのかいもあってか、ギルド創設からおよそ300年。大きな戦争もなく、大陸は概ね平和だったと言えるだろう。


また、そのギルドの一員となって活動するものをギルドメンバーと呼び、その頂点に立つものはギルドマスターと呼ばれている。







そしてとある町のギルド支部に、"彼"の姿はあった。



「よぉ、お嬢ちゃん。1人かい?なら俺たちとどっかに行かねぇか」


この手の言葉は何度も聞いている。それこそ両手両足の指でも足りないくらいだ。

それに自分は"お嬢ちゃん"ではない。


それを意思表示するため、聞かなかったことにした。


「聞こえなかったのか?そこの栗色の長い髪の毛を纏めたお嬢ちゃんだよ!」


声からして自分よりかなり歳上だろう。内容は間違いなく自分のことだ。




だが無視した。


「こっちを見ろよ小娘!」


痺れを切らしたのか、髪を引っ張られ男の方を向かせられた。数が少なければ、多少強引な手段を使ってでも逃げようと思ったのだが。



「へっ。素直に言うことを聞けばいいんだよ」


…相手は屈強な強面の男3人。これでは勝ち目がない。

男は自分の顔を見ると、獲物を前にした獣のように舌なめずりをした。

『こりゃあ上玉だ』。言葉にしなくとも、欲望にまみれた顔を見ればわかる。



「…なんですか」


本音を言うと、凄く怖い。


周囲の人間に助けを求めるような視線を投げ掛けるも、それに答える者は誰一人としていなかった。

屈強な強面の男3人と真正面から相対しろというのも無茶な話だ。



「俺らと遊ばねぇかって言ってんだよ」


もはや脅しに近いが、何度も無視されれば苛つくのも無理はない。


「嫌だ、と言ったら?」

「さぁな。そもそも拒否権なんてものはないけどな」


力任せに腕を引っ張られた。抵抗するが、自分の腕では振りほどけないだろう。せめてもう少し力があればとは思うが、3年前にそのことは諦めている。



「さぁ来てもらおうか」

「楽しめそうだぜ」


気持ち悪い顔をしながら笑う男たち。

悠長に構えている場合ではない。このままではどんな目に合うかはわかりきっている。


(やるしかないか…)


そっと腰にある剣に手を伸ばす。1対3では勝てなくとも、このギルドの支部にいる人間を巻き込みながら戦えば勝機はある。自分とこの3人、どちらの味方になるかと聞いたら、大抵の人間はこちらの味方になるはずだ。

特にこの一部始終を見ているのなら尚更だ。



まずは自分の腕を掴んでいる男の腕を切り落とそうと剣を少し抜いたその時だった。


「そこまでよ!」


自分の後ろから響く凛とした声。誰だと確認したいが、生憎腕を捕まれているからかそちらへと顔を向けられない。


(女の人…?まさか僕を?)


もしかして助けてくれるのか、淡い期待を抱く。だがその次の声は自分が期待したものとは違っていた。



「悪いけど、その子は私のモノだから」







――――数分前。



少し前からまた滞在しているこの町のギルド支部は、他所と比べて安全だという触れ込みだった。

実際に何度もここには訪れているが、揉め事を見たことがない。



だが、アレはどうなのだろう。


「なぁ、あれってどう見てもアレだよな」


眼鏡をかけた仲間に確認を込めて話を振る。


「どう見ても仲は良くなさそうですね。…というかあの子嫌がってますし」


ポニーテールに髪を束ねた少女に、大の男3人が群がっている。どこかの貴族の護衛なら話はわかるが、あの雰囲気はそうではないだろう。



「嫌がってるのに連れていこうとしているのだから、マトモな集団ではなさそうね」


もう1人の仲間はゴミでも見るかのような詰めたい眼差しで男たちを見ると、ため息をついた。

彼女も彼女で目を引く存在ではある。普段なら四方八方から彼女に対する羨望の眼差しを感じるほどだ。

だが今はそれを感じないほどに、この場の目線を少女と男たちは集めていた。



「…はぁ、仕方ねぇな。ちょっくら助けてくるか。ウェン、お前もこい」


流石に1人では3人相手に部が悪い。だがもう1人いればなんとかなるはずだ。

眼鏡をかけた青年――ウェンは「仕方ありませんね」と言うと


「シルヴィアさんは待っていてください。僕とギュンターで十分です」


大剣を背にした青年――ギュンターは座ってていいぞとそれに同意する。




「いえ、私が行くわ。むしろギュンターとウェンが座ってていいわよ」


彼女――シルヴィアは、自分1人でいいのだと言い切った。

しかし自分の立場上、それを易々と許可するわけにはいかない。



「全く、自分の立場を考えろお嬢様。俺も人のこと言えねぇけど、お人好しが過ぎるとろくな目に合わないのはわかってるだろ」


一瞬、過去の悪夢たちが頭を過る。

それに護衛としては彼女には動かないでほしい。



「でもギュンター。私が困ってる人を見逃せないのを知っているでしょう?それにあなたもウェンも同じように見逃せないじゃない」

「まぁ、そうだけどよ」


否定はできない。それにシルヴィアは止めても聞かないような人間だ。…言うだけ無駄だったということだ。




「…じゃあ全員で行きましょう」


呆れたようにウェンが提案した。さっきの自分の発言はウェンが言うべきではないのかと言いたいが、今はそれを飲み込む。


「最初からそのつもりだったけどね」

「お前さっき俺らに座ってろとか言ってなかったか」

「あら、そうだったかしら?」

「もう痴呆にでもなったか?いやむしろなってくれ、俺の役目がはやく終わる」

「あ、それは僕からもお願いします」

「残念ね。私がボケる前に2人が禿げるのが先よ」

「…面白い冗談だなお嬢様」

「生憎、僕は長生きするつもりでしてね。先にシルヴィアさんが墓に行くのが先ですよ」


いつものように煽り合いに近い軽口を交わす。端から見ればただの口喧嘩だが、自分たちにとっては普通のことだ。



「とりあえずさっさと彼を助けましょうよ」

「わかってるって。…ん、彼?」

「え、わからないのギュンター」

「は?」

「その話は後です。もう間に合いませんよ」


見れば少女は男たちに連れていかれそうになっている。このままでは本当に間に合わない。



「とりあえず私が先陣を切るわ」


ちょっと待て、と言うより先に


「そこまでよ!」


シルヴィアは男たちに向かって言ってしまった。


頭が痛くなりながらも、仕方ないとギュンターは男たちと相対した。







「悪いけど、その子は私のモノだから」


背後から響いた声は、男たちを止めると同時に怒りを覚えさせるには十分だっただろう。


「なんだとてめぇ…。人のモノに唾かけやがって」

「あなたたちのモノでもないでしょう?なら私が所有権を主張しても問題はないわ」


恐らくは助けにきたはずだが、会話の内容がそうだとは思えない。


「ふん…なら嬢ちゃんが相手してくれるのか?」

「まさか。あなたたちに触れられるくらいなら首を吊って死んでやるわ」


下品な笑い声に一歩も引かない声。顔こそ見れないものの、頼もしいことこの上ない。


「それにあなたたちの敵は私だけじゃない。そうでしょう?」


彼女の声に応えるように、2つの声がまた後ろから聞こえる。


「とまぁそんなわけだ。…フッ、剣ならいくらでも相手してやるぜ?命の保証はしないけどな」

「僕は剣ではなくて魔術ですけどね。まぁ、死にたい人からかかってきてください」


今度は頼もしい声だ。これで状況は自分を抜いて3対3。数的には互角だ。




「たかだか若造3人…」


男たちは一歩引いてしまっている。仕掛けるなら今がチャンスだ。


「3人?いえ、あなたたちの敵はこの場にいる全員よ。違うかしら?」


周囲の見ているだけの人に問いかけるように話しかけた。

周囲から「確かにそうだ…」、「悪漢の味方なんていねぇよ」など聞こえる全ての声が後ろの彼女たちの味方だった。


「ぐっ…。クソがッ!」


男は自分の腕を放すと、他の男たちとともに走り去っていった。


「逃げたか。支部の中で戦うことにならなくてよかったな」


さきほどの刃のような鋭い声音が一転、ほっとしたような声音になった。





「あなた、大丈夫?」


凛とした声の持ち主の女性は、安堵と別の何かを持った声音だろうか。

とりあえずは礼を言おうと振り返る。


「はい、大丈夫…」


言葉を失った。



銀眼を携えた顔立ちは、見れば誰もが振り返るであろう美貌を備え、彫刻のような完璧な美しさともとれる。

また目と同じ色の髪、つまり銀髪は普段から入念に手入れしてあるのか、腰まで乱れなく整っている。

服装はまさに汚れをしらないような純白の長袖の上着と、ワインレッドのミニスカートと靴を着用している。

そのミニスカートから見える足は健康的な白い肌を覗かせ、露出こそ少ないが十分な色気を醸し出している。



簡単に言えば見惚れていた。これほどまでの美人はそうそう見れるものではない…はずだ。

でもなぜそんな人が自分なんかをという疑念に駆られる。




「どうしたのかしら? 私の顔に何かついているの?」

「い、いえ。その…あ、ありがとうございました」


彼女をまじまじと見てしまっていたらしい。恥ずかしさのあまりに顔が熱くなってきた。


「何か…礼をさせて欲しいんです」


だが、自分の意思と関係なしにそう呟いてしまった。今の自分は間違いなくおかしいと自覚している。




「別にいいのよ。私たちが勝手にやったことだし」

「でも助けてくれなかったら、どんなことになってたか…。命の恩人みたいなものです。せめてご飯を奢ったりとかでもさせてください」


誰がみても動揺しているのがわかる態度で話す。

端から見ればおかしい人にしか見えないだろう。それほどまでに彼女に魅了されていたのだ。



無駄なこと言わずに礼だけ言って去ることももちろんできる。

それでも抗いきれない"何か"が自分の背中を押していた。


「…そうね。とりあえずあなたの名前を教えてくれるかしら」

「エリー。エリー・バウチャーです」


他人に名乗ったことなんて2年ぶりだろうか。


「エリー、ね。私はシルヴィアよ」


彼女――シルヴィアは隣に立っている大剣を背負った青年を見る。


「この大剣担いでるのがギュンター」


大剣を背負った青年――ギュンターはシルヴィアに紹介されると少し困ったような顔をしている。

次いで眼鏡をかけた青年を見る。


「この眼鏡がウェン」


ウェンと呼ばれた青年は、人の良さそうな笑顔を浮かべるとエリーに軽く会釈をした。






「んー、ご飯を奢ってくれるというのはいいから、しばらく私たちと組む、というのはどうかしら?エリーさえよければ私はそうしたいわ。どう?」


シルヴィアが右手を差し出した。

まるでこうなる様に仕組んだかのようなスムーズさだ。もし何か裏があったとしても、自分は構わない。


「それでいいのなら…。よろしくお願いします」


シルヴィアの手をとる。

せめて、深入りしないようにしようと心に決めた。





彼と彼女の物語は、ここからはじまる。

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