5.におい
月は沈み、陽が昇った。昼を過ぎて、畑に来た太郎は眠そうに何度もあくびをしていた。
「兄貴! 昨日は眠れなかったんですか?」と、訪ねるチンに、太郎はまあな、と曖昧に答えた。
「なにかあったんですか」と訪ねるチンに、太郎はなにも、としか答えられなかった。
強い日差しのなか、クワを土に立て、太郎は汗を拭った。チンは、土の中に見つけた石を外に投げている。
それにしても、とチンが手を休め、太郎に聞いてきた。
「どうして、いきなり畑を広げ始めたんっすか」
まあな、と返事する太郎。チンは太郎の方に向き、次の言葉を待っている。なにか他の話をして、はぐらかそうとしたが、何も思い浮かばず、太郎は頭を掻いた。さすがに、このまま何も言わないままには出来ないな。
ため息をついてから、太郎は口を開く。
「前々から、畑を広げようとは話していただろう? この前、灰を撒いたし、耕した畑は、種をまくまでしばらく何もしないのだから、手が空くくらいなら、少しでも収穫をあげるために畑を広くしようと思ったんだよ」
太郎は、確かにそう考えていた。言ったことに嘘はない。ただ、畑を広げることを急いだのには、他にも理由があった。
太郎の話に納得したのか、チンは、そうっすね、と足下に転がる石に目を戻した。ほっと息を吐いた太郎が作業に戻ろうとすると、チンが声を上げた。
「あ、兄貴! カンが来たっす」
カンに向かって手を振るチン。カンは立ち止まり、じっとこちらを見ている。
「あれ? 兄貴。カンの様子が……」と、太郎に振り向くチン。太郎も、同じく無言でカンを見ていた。チンは、二人を交互に見る。と、二人ほとんど同時に顔を横に背けた。チンには、太郎がふんっと言っている音すら聞こえた。
目をぱちくりとしたチンが「兄貴、カンと何かあったんですか」と、おそるおそる聞いてみると、太郎は「なにも」としか答えなかった。
太郎は地面に立てていたクワを手に取り、カンに背を向け、土を掘り起こし始めた。がつがつと石が当たる音がする。無言で作業を続ける太郎の背中と、近くの木陰に移動して腕を組んだままそっぽを向いて座るカン、二人を交互に見たチンは、首を傾げた。風の吹かない中、湧き出る汗は土に落ちては、どこかへと消えていく。カンの向こう側では、青々と茂った草の一帯が風を心待ちにしているようだった。
無言で作業をしながら、太郎は昨日のことを思い返していた。
月明かりに照らされた道を歩き太郎とカンが畑へと向かう途中、いつもと違うことに気がついた。
そよ風が顔に当たる。
「カン、なんか臭わないか?」
「臭うな」
異臭と言うか、悪臭と言うか。
「臭い……」
「臭いな」
カンがやけに堂々としている。そう思うのは気のせいなのか、と太郎はカンの後ろ姿をじっと見る。冷や汗が頬を伝ったのに、太郎は気がつかなかった。
太郎とカンは、月明かりに照らされた畑についた。見た感じでは、いつもと変わらない。ただ一つを除いて。