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04:「桃太郎」  作者: 郡山リオ
第二章「仲間」
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3.手伝い

 太郎は、一瞬何を言っているのか、頭が追いついていかないのか、トンに、え? と聞き返した。

 トンは、体の前に腕を組んで胸を張る。「言葉のままだ。もし達成できなかったら、お前が俺の子分になるんだ。男なんだ、そのくらいの覚悟でやらなきゃな」

 がはは、というトンの笑いが家の中に響く間、トンはほかの二人に目を移した。カンは、ぼうっと太郎を見ていて、チンはあんぐりと口を開けている。太郎の顔や背中に冷や汗が出てきた。鼓動が早まる、焦りが走る。

 太郎は、驚きのあまり音にならない声を必死に奮い立たせ、一言だけ発した。

「もし、1つでも達成できたら?」

 トンは、あからさまに焦る太郎を見て気分がいいのか、自信満々に「俺がお前の子分になってやるよ」、と言い、続けてがははと笑った。そして太郎たちに背を向けると、歩き出す。

「まあ、せいぜい頑張れ」と言い捨て、歩いていくトンの笑い声が聞こえなくなってから、ようやく何が起きたのか頭で整理ができたのか、チンがうつむきながら悔しそうに言った。

「それができなくて、トンのとうちゃんに、俺のおやじや、かあちゃんは頭を下げに行っているんだ」

 ちくしょう、とチンは、床に手をつき静かに涙を流した。

 太郎は、見えなくなったトンの後ろ姿のあった出入り口を見て、奥歯を噛み締めた。

 太郎がうつむき、ふとカンを見ると、目が合った。カンは腕を組んで、家の柱によりかかり、じっと太郎を見てくる。お互いに言葉はない。どうにかしなければ、その考えが浮かぶものの、特に何も思い浮かばず、カンから目をそらして、太郎は持っていた手ぬぐいをチンに渡した。今は、このぐらいのことしか太郎にはできなかった。

 さっきまで木々を揺らしていたはずの風は、今は止んでいた。

 太郎は、朝起きて飯を食べては、昼まで家の仕事をする。仕事が終わり、早めに昼飯を食べた後、チンの家の畑仕事をする。日が暮れる前に仕事を終え、家に帰り体を洗って眠ろうとする太郎に、かあちゃんは無理矢理にでも飯を食わせて、一日は終わっていった。ある日、太郎が畑に行くと、チンが両親と一緒に耕していた。チンは、オレも、手伝うっす、とどこかはずかしそうに言って、太郎に背を向ける。働く間、太郎とチンの間には特に会話もなく、黙々と畑を耕し続けていた。そんな二人を木陰からカンがみていたが、畑に居る誰もがカンには気がつかなかった。


 雨が降り、どろだらけになる日もあったり、しばらく雨が降らず土が風で舞い上がり目が開けられない日もあったり……。太郎は、毎日疲れ果てて泥のように眠るために帰り、朝から仕事を始める毎日の中でも、今までになかった感情があることに気がついていた。それが何なのかは分からない。ただ、否定的な感情でないことは、確かだ、と太郎は畑に向かいながらいろいろなことを考えていた。

 畑を耕し始めてから何週間か経ち、畑を広げることを提案した太郎に、チンの両親が反対することはなかった。しっかりと真面目に働く太郎に、チンの両親はお昼ご飯を用意してくれるようになり、作業のコツや、要点を少しずつ太郎に教えてくれるようにもなった。はじめこそ何もできなかった太郎だったが、次第に体力が付き、一人前に作業ができるようになってからは、太郎の提案に、チンの両親はある程度のことを任せるようにもなっていた。チンもチンで、あまりたくましくはないが、ガリガリではなくなっていた。

 あのころ淡い黄緑だった草木は、緩やかに強くなっていく日差しのなか、まだ深くない緑色に変わっていた。


 チンの両親いわく、ようやく種をまく季節が近づいているらしい。あれからほとんど会わないトンも、たまに見かけるのは遠くからチンの畑の様子を見にきているときだけだ。この勝負は、絶対に勝ちたい、でも、どうすれば良いのか、太郎はあれこれ考えていた。

 ふと気が付くと、畑へ向かう太郎の前に、チンが立っていた。太郎は足を止め、よっ、と声を掛けた。

「久しぶりだな、元気だったか」

 そんな声をかける太郎に、カンは黙ったまま、じっした視線をぶつけてくる。

 しばらくして、こくりとうなずいたカンは「元気だ」とだけ返してきた。

 太郎は、再び歩き始め、「じゃあな、これから仕事があるから」と、カンの横を通りすぎるとき、小さくつぶやいた言葉が太郎に聞こえた。

「このままじゃ、勝てない」

 太郎は足を止めた。

「なぜ、そう思うんだ」

 背中を向けたまま、太郎は口を開いていた。

 カンの声が後ろから聞こえる。

「畑の広さが足りない。働く人も足りない」

 そうか、と太郎は言葉をこぼしていた。何度か、ほかの家の畑を見に行ったことがあった。そのときに太郎が思ったことと同じことをカンは言っていた。

「じゃあ、どうすればいい」

「考えがある」背中を向けていた太郎は、その言葉に振り向いた。

 カンはじっと太郎を見ながら立っていた。しばらくして聞こえたのは、「俺も手伝う」という言葉だった。


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