2.勝負
それを聞いていた太郎とカンは、その間何も話さなかった。
今の時期をすぎると、自分も手伝わないといけなくなることから始まったチンの話は、両親が村の人たちに頭ばかり下げていることが嫌だ、という所まで続いた。何度目かの風が部屋を通りすぎた。
「俺は、そんな百姓にはなりたくないんすよ」と、チンが言ったところで、砂を踏んだときのじゃりっとした音が部屋に届いた。チンがびっくとしてから振り返る。太郎とカンは、そのままの姿勢で顔を上げるだけで誰が来たのか見えた。
「よう、3人そろって俺だけ仲間はずれっていうのは、冷たいじゃねえか」
出入り口に絶っていたのは、意地悪そうな顔をしたトンだった。
通り過ぎていた風が止んだ。
緊張しているように体をこわばらせていたチンが、ほっとため息をつき体の力を抜いた。
「なんだ、トンか、俺はてっきり」と話すチンの言葉をトンが遮る。
「てっきり、お前の親父か、かあちゃんかとおもったのか?」へっ、と、トゲのある話し方でトンは続けた。
「いっその事、二人ともに今の会話を聞いてもらった方がすっきりしたんじゃねえか」
「どうしたんだよ、いきなりそんな言い方をして」チンをかばうように、太郎はトンの話の中に入った。
そんな太郎にトンは敵意を持ったまなざしを向ける。
「俺は、チンのそういうところが気に食わないんだ」
トンがチンをひとにらみ。ひいっと、チンが悲鳴を上げた。
「意見があるなら言えば良い、言わないなら従えば良い。どっちつかずで、周りに任せておきながら、裏では文句ばかり。……甘いんだよ、胸くそ悪い。」と、トンが背を向け出入り口から出る。
「トン、お前言い過ぎだぞ」太郎がその背中に叫んだ。トンの足が止まる。そして、太郎の方に振り向いた。
「言い過ぎ? 言わなさすぎの間違えじゃないのか?」へんっとトンは自分より下のものを見るような目を太郎に向けた。
「言い過ぎたとして、俺の子分だ、なにが悪い」
「お前、言って良いことと悪いことが……」
そこまで言って、太郎は、ふとチンを見る。チンはうつむき、奥歯を噛み締め、じっとしていた。太郎はそんなチンを見ているのが嫌だった。意外にやんちゃなチンがもっと自由になれるようにするには、どうすればいいのか。うつむきながら必死に考え、太郎は、ハッとした。この考えを言ったら、もう後戻りはできない、でも、ここで逃げたら何も変わらない。太郎は、いつの間にか握りしめていた拳に、さらに力を入れ、トンをにらむようにして叫んだ。
「いいか、チンは、俺の子分になりたがっているんだ。」
一瞬の静寂。そのあとすぐに、はっ、何を言ってやがる、とトンが言い返した。明らかに、焦りが見える否定だった。
チンが顔を上げ、キョトンとした目で太郎を見ていた。ことの成り行きを無言でうかがっていたカンが、じっと視線だけをトンと太郎の間で行き来させていた。
「チンは俺の子分だ、お前の好き勝手にはさせない」
「だが、チンは俺の子分になりたがっている」
お互いににらみ合い、一歩も譲らない。カンが一言投げた。
「勝負をすれば良い」
「へっ、そうだな」トンがにやりとする。
「何をするんだ、喧嘩か?」
そう言ってにらむ太郎にとんが返した。
「そんなの俺が必ず勝ってしまうから面白くないだろ」トンが、がははと笑い、頭をかく。
「じゃあ、何で勝負するんだ。」太郎が聞くと、「そうだな」と、じろりとチンを見て、チンがひいっと悲鳴を上げたが、どうやらチンを脅すのが目的ではないらしく、トンは、カン、太郎、部屋や家の外を順にじっとりと見てから、「俺もあまり暇でなくてな」とつぶやいた。しばらくじっとした後に、にやっと笑い、太郎を見て、「決めた」と言った。
太郎や、チンは、トンが何を言い出すのかと、息を呑んだ。出入り口に立つトンは、淡々と話し始めた。
「俺の家は村の中で商売をしている。島中の魚や野菜を漁師や百姓から買い集めて売っているんだ。
俺の家が買い取っている百姓の家は、この島に5つある。その中で1番収穫が少なく一番出来が悪いのがチンの家だ。」
トンが、チンをひとにらみ聞かせ、チンは声は出さないものの、じりじりと後ずさりした。
「百姓が嫌だというくらいなら、収穫量か育てたものの出来を上から3本指に入れるようにするくらい、簡単にできるだろ? お前が男ならな」
それから太郎に向き直り、「それなら、チンが百姓を嫌がるのも、俺は納得できるしな」と真剣な顔をし、トンは続けた。
「もし、次の秋の収穫のときにチンの家が3本指に入っていなかったら……」
太郎は、生唾を飲み込み、言葉の行き先を待った。
トンは、ふてぶてしくにやっとして口を開いた。
「太郎、お前は、俺の子分になれ。」